崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第83話 果ての前まで

 その後、未来とニノンは施設内の犠牲者を試験場に連れてきた。

 

 この少年少女達をここに打ち捨てていく訳にはいかない。

 彼らの体を荼毘に付し、全てを還す。

 人としての尊厳を全うさせる事だけが、二人が出来る数少ない慰めだった。

 

「一体何十人犠牲に……」

 

 未来の手で連れてこられる犠牲者の多さに、ニノンは憤りを隠せなかった。

 

 あのシリンダーに入ってただけでも30人以上。

 そこからさらに20人。

 

 ここに居ない犠牲者を含めれば、100人を越えていてもまったくおかしくない。

 改めて、ここが非道な実験場だという事をニノンは実感した。

 

「これで全員のはずだ」

 

 一人一人、丁重に犠牲者達を抱えてきた未来がそう告げる。

 その手には、マントに包まれた物言わぬ少女が抱えられていた。

 

「ありがとうございます、未来さん。手間をかけさせて」

 

 既に体力が限界のニノンが、ここから動く事は不可能だった。

 彼女は生まれて初めての命のやり取りを続け、何もかもが限界に達しつつあった。

 

「いいさ」

 

 対する未来には如何程の消耗も無いように見受けられた。

 その顔には汗一つ滲んではいない。

 

「この子達を打ち晒して行く訳にはいかないとは、私も思っていた。むしろニノンには感謝しなければならない」

 

 未来はゆっくり、床に少女を横たえる。

 犠牲者達が、広い室内の床に、並ぶように横たえられていた。

 一見するとただ眠っているようにも見える幼子達。

 その事がより凄惨さを増幅させていた。

 

「私だけではどうする事もできなかった。ありがとう」

 

 自分一人だけでは、彼らの骸を放置して行く以外の選択肢は存在しなかったと、未来は知っている。

 だからこそ、未来は深い感謝の念をこの魔法使いの少女に抱いていた。

 多少の肉体労働など対価にもならないと。

 

「じゃあ、やりますね」

 

 すっとニノンが杖を掲げる。

 

「なんかここ、大分排気強いんですよね。あのデカブツ動かす所為か」

 

 魔法陣を構築しながら、彼女は上を見る。

 そこには外に繋がる巨大な空気穴らしきものが幾つも見えた。

 網目状の格子に塞がれたその部分から空気を吸い込み、外に出しているのだろうと未来にも想像がついた。

 

「だからシンプルに火で焼きます。多分大丈夫だと思いますけど、ヤバくなったら外に逃げてくださいね」

 

 朗々とニノンは呪文を紡ぐ。

 美しい彼女の声が部屋中に響き渡る。

 それはまるで、子供たちへの鎮魂歌のようだった。

 

獄炎災禍(イグニッション・ゲヘナ)

 

 起動鍵(コマンドワード)の解放と共に、業火が出現した。

 子供たちを遍く包むよう、炎の柱がその場に立ち上った。

 

 強烈な熱量が発生し、空気が渦を巻く。

 だが未来もニノンもそれに怯まずそれを見つめ続けた。

 

 子供たちの体が燃えていく。

 無惨な姿をかき消すように、炎がその体を食い尽くしていった。

 全てはまるで無かったかのように、灰になって消えていく。

 

 それを二人は静かに見つめていた。

 

「あの子達の親は」

 

 未来がぽつりと呟く。

 

「これからも、帰ってこない我が子を待ち続けるのだろうな」

 

「この残酷な姿を突きつけて、もう死んだんだって伝えられるのとどっちがマシなんでしょうね」

 

 知らないまま永遠に待ち続ける、精神を削られていく日々と。

 最早すべては帰ってこないと知らされて、その場で精神を壊される事。

 

 どちらがマシなどと、比べられるようなものではなかった。

 

「当事者だったら、悩むだろうな」

 

 そう言う未来の顔にも、苦悩が浮かんでいた。

 

「だが部外者なら、知らせない事を選ぶよ。これは余りにも酷すぎる」

 

「……そうですね」

 

 自分の子や弟妹がこのような非人道的な実験に使われ、死んでいったなどと、誰が伝えられようか。

 二人の気持ちは一致していた。

 

 

 

 やがて、炎の柱が消える。

 徐々に細り勢いを無くし、空間の狭間に入り込むように消えていった。

 

 後に残されたのは床に散らばる灰のみだった。

 

 未来はその灰を集め、マントで包んだ。

 

「埋葬とまではいかないが……せめて外に帰してあげよう」

 

 それが未来の考える、せめてもの慈悲だった。

 

「さて、これからどうする。とりあえず外に出なければいけないが」

 

 ここですべき事は終わったと、未来はそうニノンに問いかけるが――

 

「待って下さい」

 

 ニノンはそう言った。

 

「まだ最後にやる事が残っていますよ」

 

 そう言って、再び彼女は杖を掲げた。

 

 そして、再び魔法を唱え始める。

 

「行きましょう。多分まだぎりぎり間に合いますから」

 

 ニノンは力強く、起動鍵(コマンドワード)を言い放つ。

 未来の手を取り、強く。

 

「――精神投射(アストラル・プロジェクション)

 

 

 

 その瞬間、未来とニノンの精神が肉体から分離した。

 

 遥か彼方の物質世界に隣り合う場所。

 精神世界(アストラルサイド)に彼女たちは浮かび上がった。

 

『よし、来れましたね』

 

 光の塊となった自らの体を感じて、魔法の成功にニノンは安堵した。

 自分だけならともかく、他人を連れての精神投射(アストラル・プロジェクション)は相応の難易度を誇る。

 魔導師(マスター)であるニノンであっても気の抜けない作業だった。

 

『どうです未来さん。これが精神世界(アストラルサイド)って奴で――』

 

 すよ、と続けようとしたニノンは、未来の姿を見て目を見開く。

 

 そこには物理世界(フィジカルサイド)となんら変わらない姿の未来が居た。

 やや光り輝いてはいるものの、五体を保ってそこに居た。

 

『これは流石に初めての体験だな』

 

 未来は自らの体を、興味深そうに見回していた。

 時折掌を握ったり開いたりして、なんらかの感触も確かめているように見えた。

 

『なんでええええええ!?』

 

『何がだ』

 

 小首を傾げる未来に、ニノンは思わず心の中で突っ込んだ。

 

 ――普通精神世界(アストラルサイド)で人の形なんて保てねえんだよ!

 

 形振り構わずそう叫びそうにもなる。

 この少女は何故ここまで常識が通用しないのかと、ニノンは頭を抱えた。

 

 精神世界(アストラルサイド)では、意志力と認識力がものを言う。

 自分はこうである、とか、自分はこういう姿をしている、と明確に認識できなければ、その姿は茫洋としたはっきりとしないものになってしまう。

 

 なってしまう、というか確実になる。

 人が正確に「自分はこういう形をしていて、こういう存在ですよ」などと認識している事はまず無いからだ。

 だから大多数の術者が精神世界(アストラルサイド)に来た際、曖昧な光の塊となってしまうのだ。

 それは魔法の頂に近いニノンですら例外ではなかった。

 

 だと言うのに、この未来という少女はそれを覆している。

 はっきりとした姿形を保ち、ここに居る。

 

 ニノンは今はっきりと理解した。

 この少女の恐ろしい所は、その強さや技術ではない。

 

 常軌を逸した精神力が源に有ると。

 

 それは最早人を超越した、怪物的な有り様としか言いようが無かった。

 彼女はきっと、自分が決めた事を必ずやり遂げる。

 今までも遂げて、そしてこれからも遂げ続けるのだろう。

 

 それが少しばかりニノンには恐ろしかった。

 

『形は無いが、雰囲気で誰かは分かるみたいだね』

 

 未来はニノンの姿を見て、うんうんと納得したように首を動かす。

 

『アホの子っぽい雰囲気をしていたから、すぐにニノンと理解ったよ』

 

『未来さんまでアホの子だと思ってたんですか!?』

 

 自分は何故ここまでアホの子扱いされるのだろう。

 こんなにも貞淑で才気溢れた知性溢れる令嬢然としているのに。

 ニノンは本気で悩んだ。

 

『まあアホかどうかは今は良いです』

 

 そうだ、とニノンは気を取り直す。

 

『時間が無いんで、すぐに動かないと』

 

 ニノンは上――この世界に、その概念が有るかどうかは定かではないが、便宜上――を指さした。

 

 そこには、光り輝く太陽のような()()が存在した。

 太陽のように眩しく、それでいて熱も無く。

 純粋な光の塊のようなそれが、そこには浮かんでいた。

 

 そしてその光に引き寄せられるように、小さな光の塊がそこへと集っている様が見て取れた。

 

『あれは、なんだ?』

 

 未来がニノンに問う。

 彼女の知識では知り得ない、未知の存在だった。

 

()()()()()です』

 

 ニノンはきっぱりとそう言った。

 

『形を持ちながら、生者では決して辿りつけない、最果ての場所。全ての始まりにして、全てが存在する場所。私達魔法使いが目指すべき極点にして、不可侵の聖域』

 

 語るニノンの目には、崇敬と憧憬が混在していた。

 

『それが、世界の果てです』

 

『つまり、あの世だな?』

 

『まあ、そうとも言いますね』

 

 未来の端的な要約に、納得しながらも何か釈然としない表情をニノンは見せた。

 色々と語りたいような顔をしていたが、彼女はぐっと言葉を飲み込んだように見えた。

 

『死者の魂はこの精神世界(アストラルサイド)を通じ、世界の果てに帰ります。だから、まだ間に合うはずです』

 

 行きましょう、と。

 ニノンは未来を誘った。

 

『最後のお別れを、するんです』

 

 

 

 ロロは、ふよふよと、光の中に浮かんでいた。

 

 これまで何をしていたのかも良く思い出せない。

 

 ただこれから、あの光の先に向かわなければいけない事だけは分かっていた。

 そしてそれが、何故かとても悲しい事だとも。

 

 先生にもう一度会いたいな、と彼女は思った。

 

 もう叶わない願いだとどこかで理解してはいた。

 それでも、会いたかった。

 

 最後の最後になんのお別れもできなかった事だけは良く覚えていて、それだけが悲しかった。

 

 ゆっくりと進むロロの体が、唐突に抱きしめられた。

 もう人の形などしていないのに。

 両の腕で包まれたと、確かに感じた。

 

『ようやく、会えましたね』

 

 懐かしい声が後ろから聞こえる。

 忘れるはずもない、その声。

 

 ロロが世界で一番大好きな、優しい声。

 

『せんせえ!』

 

 ロロも背後の人物――ニノンに、勢いよく抱きついた。

 

 二つの光が絡み合い、美しい螺旋模様を描く。

 きらきらと輝くそれは、物質世界では決して見られない美しく崇高な光景だった。

 

『ごめんね』

 

 ニノンが強く自分を抱きしめるのを、ロロは感じた。

 

『先生、間に合わなかったね』

 

 そして思い出す。

 自分がどうなったのかを。

 

 ダラマトナという街で仕事の最中に、誰かに襲われて。

 そのまま暗い場所に連れて行かれてしまって。

 とてもとても、苦しい思いをしたような気がする。

 

 そして、自分は死んだのだと唐突に理解した。

 

『ううん』

 

 ロロも強くニノンに抱きつく。

 これが最後だと、彼女にも理解できていた。

 だから思いっきり、その感触を忘れないように、ぎゅっとぎゅっと抱きついた。

 

『ちゃんと来てくれてありがとう』

 

 最後の通信。

 たすけて、というそんな一言だけで。

 ここまで来てくれたんだ、先生は。

 

 その事がロロには何より嬉しかった。

 

 師弟の間に、言葉は要らなかった。

 ただ束の間の間無言で抱きしめ合う。

 それだけで十分だった。

 

『あ』

 

 唐突に、ロロは自分の体が先生から引き離されるのを感じる。

 

 時間が来たのだ。

 

『ここまでみたいですね』

 

 少しづつ、ロロとニノンの距離が開いていく。

 これで本当の本当にお別れだ。

 

『せんせ―!』

 

 ロロは叫んだ。

 力の限り。

 

『もし生まれ変わったら、絶対また先生の所に行くから!』

 

 少しづつ開いていく、二人の距離。

 それは最早視認できないような距離になりつつあった。

 だが、声は届く。

 まだ、届いている。

 

『また魔法を教えてね!』

 

『もちろんですよ!』

 

 ニノンも叫ぶ。

 世界の全てに届けと言うように叫ぶ。

 

『先生以外の誰がロロに魔法を教えられるってんですか! 任せなさいよ!』

 

 ――ありがとう。

 

 最後の言葉は、ちゃんと届いたかな。

 ロロは気になったが、もうニノンの姿は見えなくなっていた。

 

 ロロは前を向く。

 眼の前には輝ける大きな何かが存在していた。

 ここに行けば、もう戻れない。

 

 だけど不思議と悲しくはなかった。

 

 強い光が、ロロを包む。

 その輝きは何故か、顔も知らない母親を思い出させた。

 

 

 

 同じ頃、違う光の奔流の中で。

 未来は二つの小さな光を抱きしめていた。

 

 ザバとカロ。

 

 二人を彼女は見つける事ができた。

 本当に限界点ギリギリのところで。

 

『未来さん、いろいろありがとうございました』

 

 ザバが感謝を告げる。

 

『姉さんや母さんをよろしくお願いします』

 

 カロはそっと、未来の手を握った。

 

『あそんでくれて、ありがと』

 

 ただの光の塊の彼女の頭に、確かにリボンが揺れている。

 未来には、そう見えた。

 

『トトの事は任せてくれ。きっと守るよ。ローネさんの事も、心配しないで』

 

 三人にも、その時間がやってきた。

 

 ザバとカロの輝きが、引かれるように上昇していく。

 

『どうやらもうついていく事はできないみたいだ。これ以上行くと、戻れないと感覚的に分かる』

 

 未来は二人を追わず、ゆっくり下がる。

 望むのであれば、先に行く事は可能だろう。

 だが、戻る事ができない。

 今はここに立ち入るべきでないと、彼女は理解した。

 

 未来はゆっくりと手を振った。

 にっこりと、優しい笑顔を浮かべて。

 

 別れを悲しくしてはならない。

 

 未来はそれを、これまでの経験から知っていた。

 

『さよなら。ザバ、カロ。君たちと居た一ヶ月はとても楽しかった』

 

 二つの輝きが、天に登っていく。

 その姿を未来は、いつまでも見つめていた。

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