崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第94話 錯綜する情報

 ソラム陥落が告げられてから、数時間後。

 

 トトの家では居間の机で三人の少女が顔を突き合わせ、難しい顔をしていた。

 

「ともかく情報を集めないと話にならんですね」

 

 ニノンは情報端末(アルカナ・ロール)を懸命に操作しながら、視線を激しく上下左右に動かしている。

 机の端にはどでかい携帯型通信中継機(ミニ・ジャンパー)が置かれ、無駄に存在感を誇示していた。

 

「すげえじゃまなんですけどこれ」

 

 トトは興味深そうに中継機を眺め、時折つんつんと指で触りながら文句を言っていた。

 

「必要なものなんですから我慢してください」

 

 ついでに、とニノンは付け加える。

 

「それ結構高いんで、壊さないようにしてくださいね」

 

「どんくらいするですか」

 

「多分トトさんの年収よりは高いですよ」

 

「んひぃ!?」

 

 トトは慌てて机から飛び退った。

 

「そんな恐ろしいもの無造作に置かないでくださいですよ!?」

 

「だから必要なんです。しゃーねんですよ」

 

 軽口を叩いてる間もニノンは手と指を止めない。

 軽やかに素早くスワイプして、そこに映る情報を手早く頭に叩き込む。

 

「今流れてる範囲だと、ソラム陥落くらいまでしか分からんですね流石に」

 

 目の前の端末には、「113区陥落!ソラム壊滅か」という見出しがでかでかと載っていた。

 

「一般のニュース系ファブリックだとこんなもんですよね。現状一般に流れてる情報なんてうちらが知ってる事とほぼ変わらんって事です」

 

「ニュースサイトまで有るのか……」

 

 情報系に関しては本当に先進的だな、と隣で見ていた未来は唸った。

 

「時々わからん単語出てきますよね。流石異世界人って気がします」

 

「まあ常識はおいおい覚えるさ」

 

「ちょっと待ってなんか今聴き逃せない単語が出てこなかったですか?」

 

 ん?と引っ掛かりを覚えるトトを尻目に、未来とニノンは頭を突き合わせる。

 

「今一番知りたいのは魔族とやらの進軍状況だな。あとは戦力か」

 

「それは多分駐屯軍も一番知りたがってんじゃないですかねえ」

 

「異世界人って何? どういう事なんですか?」

 

 このダラマトナが攻められるまでどれだけの猶予が有るのか。

 ニノンの見立てである一週間が正しいのか。

 二人はまずそれを知りたいと思っていた。

 

「魔族は基本的に歩いてきますから、そんなに進軍速度は速く無いとは思うんですよ」

 

 ニノンは机の上のコップをずず、と動かす。

 緩慢に滑るその様で、魔族の動きを表そうとしているようだった。

 

「しかも大群でしょうし、どう考えても速度は出ないでしょうね。で、おそらく駐屯軍もすぐに出張って迎撃すると思うんで」

 

「それも込みで一週間、か?」

 

「二日くらいはなんとか耐えてくれる想定の数字ですねー」

 

「つまり駐屯軍の頑張り次第で変わる数字という訳か……」

 

 ふむ、と未来は腕を組む。

 

「実際兵士や騎士はどれだけ魔族に対抗できるんだ?」

 

「兵士は頑張って下級の魔族を倒せるくらい。騎士は強くて中級の奴でも一発ですけど、魔力切れ起こしたら終わりって感じなんで」

 

「騎士のリソース管理を上手くやれるかどうか次第、か。つまり指揮官の質で変わる」

 

「未来さん相手だと話が早くて助かりますね」

 

 ダラマトナの駐屯軍の質はそう低くないだろうと、ニノンは予想していた。

 最前線の後背地。

 前線への交代要員が集まるここは、少なくとも完全に後方よりはマシなはずだ。

 

 二日は耐えるだろうという彼女の予測もそこから来ていた。

 流石に鎧袖一触は無いだろうと。

 

 ニノンも流石に、まさか前線の砦とその後ろに有る街が半日経たない短期間で抜かれたとは、微塵も思ってもいなかった。

 

 騎士も沢山居るんだし一日二日は耐えただろうと、そう考えていた。

 

「最善は駐屯軍が跳ね返してくれる事なんですけどね」

 

 はーあ、と息を吐きながら、ニノンはぐっと背中を反らせた。

 

「ソラムまでで大打撃を受けていて、魔族軍はもうギリギリ。ダラマトナからの反撃を受けて撤退。理想的な流れはこれですね」

 

「確かに迎撃してくれればそれに越したことは無いな」

 

 未来もニノンの言葉に深く頷いた。

 

「まあ、そう上手く行くとは思えないが」

 

「水を差さないでくださいよぉー。折角明るく楽観的な気分にしようと思ったのに」

 

「戦いに楽観視は禁物なんだよ、ニノン」

 

「ぐえー正論が痛い」

 

 結論が出ないのが結論とばかりに、水掛け論に発展しそうな二人の姿を見ながら。

 トトは叫んだ。

 

「だから異世界人てなんですうううう!?」

 

 家主の心からの叫びだった。

 

 

 

 ダラマトナの中心部に有る、総合庁舎。

 

 その大会議室には、十二名の男たちが集まっていた。

 

 ダラマトナ参事会。

 

 この街を運営する中枢にして頭脳。

 彼らの決定がそのまま街の意思となる。

 そのような集団だった。

 

「報告を」

 

 まず声を発したのは、市長のジョリス・コストであった。

 彼が一報を受けてから、まだ数時間と経っていない。

 だというのに、その顔には既に疲労が色濃く表れていた。

 

「まずソラムですが」

 

 男の一人が手元の情報端末(アルカナ・ロール)の内容を読み上げる。

 

「一切の通信が途絶し、通信不能です。一般的に使われている(ホール)も、駐屯軍が使う機密用の(ホール)も完全に消滅しているようです。状況的に壊滅したものと考えて良いかと」

 

「第113区防衛砦ですが」

 

 さらに別の男の声が続く。

 

「こちらも同じく、連絡途絶。緊急(ホール)を開こうとしても、不可能な状況です」

 

 そこまでは既に判っていた情報だ。

 ジョリスも他の皆にとっても、あくまで再確認に過ぎない。

 

「ソラムについては現在傭兵の斥候を向かわせています。早駆けすれば、一日程度で現地に着いて情報を得られるかと」

 

「信用はできる者達か?」

 

「公的な仕事を何度か請け負っている手練ですので、大丈夫かと」

 

 この時代に、目視確認か。

 

 男たちは、溜息をつかざるを得なかった。

 魔導通信網による情報化社会。

 それが到来しているというのに、異常が起きている現地の情報一つ満足に確認できない。

 最後は結局人の目が頼りとは――

 

 長く、苦しい一日になりそうだなとジョリスは思った。

 焦燥を抱えながら待つ苦しみを今から想像し、彼は頭を抱えた。

 

「それで、駐屯軍の動きは」

 

「昼頃には出陣するとの報告がこちらには上がっています」

 

「早いな」

 

 想定を越えた出撃速度に、場の空気がざわめく。

 おそらく出陣は準備を鑑みると明朝ではないかと思われていた。

 それが自分たちの考えよりも圧倒的に早い。

 

 駐屯軍が想像以上に優れた組織で、この早い出撃を実現できたのか。

 

 それとも、無理をしてでも出陣しなければいけない程状況は悪いのか。

 

「流石駐屯軍、と言えればいいのですがな」

 

 疲れ切った男の声が、場に居る者達の心を代弁していた。

 

 言葉の無い静寂が暫く続いた後、ジョリスが口を開いた。

 

「ともかく、まずは戦時体制への移行を正式に発布する。異論は」

 

 市長の提案に、皆が沈黙で肯定を示した。

 

「ではまずその手続を。その後、馬車の徴発と食糧の供出。あとは衛兵に締めるよう通達もしてくれ。こういう状況だ、良からぬ事を考える者も出てくるだろう」

 

 てきぱきとジョリスは指示を出していく。

 まずはやるべき事をやらねばならない。

 

 自分はこの街の市長なのだから。

 

 ジョリスは疲れた心を奮起させる。

 だがその脳裏から最悪の想像を振り払う事ができなかった。

 

 ダラマトナの壊滅。

 

 自分が生まれ育ったこの街が消滅する未来を、どうしても彼は思い描いてしまうのだった。

 

 

 

 衝撃――トトにとって――の発言が飛び出して少し後。

 トトは、机に突っ伏して頭を抱えていた。

 

「ミクが異世界から喚ばれた勇者……?」

 

 衝撃の真実に、頭がついていかなかった。

 

「じゃあリュウハやナナもそうだったですか?」

 

「あそこに居た35人は、少なくともそうだね」

 

 未来はしれっと言うが、トトにとっては何もかも衝撃だった。

 あの一ヶ月間、共に居た同僚。

 そしてあの不可解な黒髪の集団が、勇者達だったなんて。

 

 何もかもが、想像を越えていた。

 

「いやあのちょっと待って」

 

 横で聞いていたニノンも焦り顔で問いかける。

 どう考えても聞き捨てならない情報が出てきた。

 

「勇者って35人も喚ばれてたんですか? マジで?」

 

「私達は16次召喚らしいから、その16倍くらいは喚ばれてる計算になる」

 

「どんだけ喚んでんだよ勇者!」

 

 今度はニノンが叫ぶ番だった。

 可愛らしい声が、狭い室内に木霊した。

 

「ていうかもう真っ黒じゃねえか王国(エタ)……密かに勇者召喚しまくってるって……」

 

 ごん、とニノンも机に突っ伏す。

 小さい獣人の少女と魔法使いの少女が、仲良く頭を抱えていた。

 

「訳わかんねえよほんと……こんだけ強い奴500人居たらもう人類勝てるだろ……」

 

「いやあの、その」

 

 未来の頬を、汗が伝う。

 

「私はちょっとその、多分強い方だから」

 

「ミクって強いですか」

 

 トトはジト目で未来を眺めた。

 

「リュウハとかは見た目に強そうだったですけど、他の連中はとてもそうは見えなかったですよ」

 

 トトは一ヶ月間共に過ごした同僚の事を思い出していた。

 戦うどころか日常的な雑用すらこなすのに苦労を重ねていた、貧弱な少年少女。

 

 あれが、勇者?

 

 彼女にはとても信じられなかった。

 

「いや馬鹿つえーですよほんと」

 

 知らんのかマジで、という表情をニノンは浮かべ、横目でトトを見た。

 

「量産型未来が10人揃ったら魔王なんて一捻りですね、多分」

 

「なんですか量産型未来って」

 

「私を量産するな」

 

 はあ、とトトは溜息を付く。

 

「まあいきなり言われても信じられなかったから仕方ないですけど」

 

 むー、とトトは未来を睨みつけた。

 

「出来れば普通に話して欲しかったですけど?」

 

「すまないね、トト」

 

 拗ねる獣人の少女に、未来も苦笑しながら答える。

 

「なにしろ現実離れした話だ。なかなかに切り出し辛かったんだ」

 

「それなのになんも気にせず話した馬鹿もいましたですけどね」

 

「私は馬鹿じゃねえよ!? 溢れる知性が垣間見えるんですけど!?」

 

「他人の事情をしれっと話す奴は、世間一般では馬鹿って言うですよ」

 

「なんか収拾つかなくなってきたな……」

 

 話がズレてるな、と呟いて、未来はパン!と手を一回叩く。

 

「私の話云々は後で改めてきちんとする事にしよう。それよりもまず目の前の事だ」

 

 いいね?と二人の目を交互に見て、未来は話を進める。

 

「とりあえずここを引き払う準備はニノンが宿に戻っている間に二人で済ませておいた」

 

 未来の視線の先には、部屋の隅に有る背負い袋が幾つかが存在した。

 やや大きめなそれにはパンパンになっており、口からは少し衣服がはみ出ていた。

 

「悲しい事にそんな荷物無かったからすぐに済んだですよ」

 

 貧乏なのが役に立つとは思わなかったです、とトトは漏らす。

 

「現金は肌身離さず持ち歩けるようにしておいた。離れ離れになった時を想定して、私とトトで半分ずつ持っている」

 

衛星国民(セクタ)だと現金決済なんでしたっけ。ちょっと不便ですね」

 

「君は違うのかい?」

 

王国民(エタ)は魔核認証の自動決済ですよ。まあ勝手に金ガンガン引き落とされるんで、ついつい散財しがちですけど」

 

 これはこれで苦労あんですよ、と零すニノンに、未来はまたしても唸る。

 

「生体個別認証でオート決済とは、本当に進みすぎだろうこの世界の情報関連」

 

「お金持ち歩かなくていいのはほんと羨ましいですよ王国民(エタ)は」

 

 ふふん、とニノンは胸を逸らす。

 

 ――いやお前がすげえ訳じゃねえだろ。

 

 トトはそう思ったが、口に出さないだけの慈悲はまだ有った。

 

「私の方はですねー、荷物は全部宿から引き上げてきました」

 

 背負い袋の隣に、あのニノンの重そうな鞄も鎮座していた。

 来た時よりは多少軽くなったようだったが、依然としてニノンには文字通り荷が重いようだった。

 

「暫くは情報収集ですね。ヤバくなったら最悪駐屯軍に不正解析(ハッキング)かまして情報抜いてくるんで安心してください」

 

「堂々と犯罪宣言しないで欲しいです」

 

「バレなきゃ犯罪じゃねえんですよ、ちびっこ」

 

「倫理観持てよ、アホの子」

 

 いつものように戯れ始めた二人を尻目に、未来は考える。

 

「この数日間、あとやれる事は」

 

 異邦人である故に伝手は無い。

 情報収集に役立つような技能も特には持ってない。

 

「……何も無いな」

 

「いえ、そんな事無いですよ」

 

 途方に暮れる未来に、ニノンは真剣な声で声をかける。

 

「未来さんには未来さんにしかできない大切な仕事が有ります」

 

 ニノンは未来の肩を掴み、真摯な顔で告げる。

 

「私を……養ってください!」

 

「堂々とヒモ宣言しやがったですよこいつ」

 

 恥も何もかもかなぐり捨てたその要請に、トトはドン引きした。

 

「だって仕方ないじゃないですか」

 

 声を張り上げ、ニノンはこぶしを振り上げた。

 

「こんな研究しかした事の無い美人で聡明なお嬢様が、身の回りの事なんて出来る訳無いでしょおおお?」

 

 ニノン、心の叫び。

 本人にとっては切実な、周囲からすればうわあ……と一步引いてしまいそうな宣言が部屋に響いた。

 

「まあ、いいけどさ」

 

 流石の未来も、苦笑いしかできなかった。

 

「その分情報収集には期待するよ」

 

「お任せー」

 

 やったぜ、と小さくガッツポーズするニノンの姿に、未来とトトは顔を見合わせ、思わず吹いた。

 

 絶望的な状況だったが、少なくとも今この瞬間だけは愉快な気持ちを三人は共有できていた。

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