進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
夜、街の喧騒が完全に静まり返り、僅かな建物の窓から微かに薄明かりが漏れ出す時間帯。
シガンシナ区の調査兵団宿舎の一角、その狭い会議室の中で、私と分隊長のハンジ、ミケ、そしてリヴァイ、リーシェが一堂に会し、翌日の行軍計画の最終的なすり合わせを進めていた。
今回の遠征は、訓練兵団を卒業し新しく入団した新兵が大半を占めている。
戦闘は古参兵や実力のある兵士を中心に担い、新兵たちにはまず「壁外の空気感」と「生きた巨人の圧力」を知ってもらうことが主目的だ。
今までは、ここまで余裕のある作戦など逆立ちしても立てられなかった。
新兵が入れば、即座に血みどろの実戦へと放り込まれる。故に、数年前は生き残る兵は一年後には六割に満たないというのが、我々調査兵団の残酷な現実だった。
もちろん森から帰還したリーシェや私が団長に就任してからは、致死率も大幅に減少したが。
しかし、今作戦は根本から違う。
王都の地下街から掘り起こした原石、リヴァイ・アッカーマン。
一個旅団規模を単騎で殲滅する、人類最強の『鬼神』の異名を持つリーシェ・ベニア。
そして、その気になれば人類文明を文字通り灰塵に帰すことが出来る神のごとき巨人、アトラス・ベニア。
特にベニア姉妹には、本作戦において『緊急時と身の危険を感じた時以外は介入不要』と申し渡してあるが、それでもあの規格外の戦力が自陣の後方に控えているという事実だけで、作戦の安定感は劇的に跳ね上がる。
「……皆知っての通り、今回の壁外調査は厳密には新兵の実践訓練だ」
私は、ランプの灯りに照らされた長机を囲む面々を見据えて、重く静かな声で告げた。
「その為、リーシェ特別班長及びアトラス殿の介入は、部隊が壊滅の危機に瀕するような緊急時以外『無いもの』と思え。
皆は新兵への実戦において、重要な戦術や動きの指導、改善点の指摘に集中してもらいたい。
……そして、もし対処不能な事態に陥った場合は、一瞬の躊躇いもなく信煙弾を使用するんだ」
今回、新たに入団した新兵の数は凡そ100人と、過去類を見ない規模に膨れ上がっている。
既存の兵団の人数が約300人である為、一気に三分の一もの人員が補充されたことになる。
これも偏に、去年団長の座を私に譲り、訓練兵団の教官となった男───キース・シャーディス、彼のおかげだ。
一人一人の兵士としての質や練度が、これまでと比較しても驚くほどに高い。
不器用な男だが、私が見出した彼の『指導者』としての才能に間違いは無かったのだと、素直に感謝している。
私が心の中で前任者への敬意を噛み締めていると、リヴァイが机の上にうっすらと積もる微かなホコリに不快な表情を浮かべながら、低く冷たい声で口を開いた。
「……俺は自由に斬っていいんだな?」
私は彼へ視線を向け、頷いた。
「ああ、君は他者との連携を考えなくて良い。
君のその機動力は、我々の戦術の枠には収まりきらないからな。
……その代わり、他のメンバーの獲物の横取りは極力控えてくれ。彼らにも経験を積ませる必要がある。
ただ、新兵が危険そうであれば、自己判断で即座に介入することも許可する」
私の言葉に納得したのか、リヴァイは短く鼻を鳴らし、腕を組んで再び忌々しそうに机のホコリへと視線を戻した。
「ふふっ。新兵の面倒を見るなんて、調査兵団もすっかり教育機関みたいになったわね」
壁際に寄りかかっていたリーシェが、花がほころぶような、明るく柔らかな笑みを浮かべて口を挟んだ。
「安心して、エルヴィン。私だって、アトラスの艶やかな肌に巨人の返り血や汚れが飛ぶのは絶対に嫌だもの。アトラスに危険が及ばない限り、私は大人しく彼女の隣で手を繋いで見学させてもらうわ。
……それに、早く無事に帰って、彼女の可愛い寝顔を独り占めしたいしね」
彼女の行動原理は、相変わらず一から十まで『アトラス至上主義』で完結している。
人類の未来や新兵の命など微塵も気にかけていないことは明白だが、その利己的な動機が結果として私の作戦方針と完全に合致している以上、これほど御しやすいことはない。
「助かるよ、リーシェ。君たちがいてくれるだけで、我々は背後の憂いを完全に断ち切って前を向ける」
私がそう答えると、数日前班長から分隊長へと昇格したハンジが興奮した様子で身を乗り出してきた。
「いやぁ、それにしても凄い布陣だよね! 今まで巨人に怯えて逃げ回るだけだった壁外調査が、こんなに心強いなんて! アトラスちゃんの力は封印中とはいえ、リヴァイのあの変態的な機動力がいよいよ生きた巨人を相手にどう炸裂するのか……あぁもう、早く明日にならないかな! リヴァイ、君の動きもじっくり観察させてもらうからね!」
「……おいクソメガネ。気色悪くジロジロ見やがったら、巨人の前にてめぇのその目玉をくり抜くぞ」
リヴァイが三白眼で凄むが、ハンジは「あはは、照れ屋さんめ!」と全く意に介していない。
「……新兵たちの宿舎の方から、不安と高揚の匂いが混ざって漂ってくる」
ミケが、特徴的に鼻をヒクつかせながら静かに呟いた。
「だが、不思議なことに『絶望の匂い』はしない。
……良い傾向だ」
ミケの言う通りだった。
かつての遠征前夜は、死の恐怖に押し潰され、遺書を書きながら泣き崩れる兵士の姿が絶えなかった。
しかし今は、未知への恐怖を抱きながらも、どこか『自分たちは生き残れる』という微かな希望が、兵団全体に根付いているのを感じる。
盤面の駒は揃った。
規格外の暴力と、泥底から見出した最強の原石。そして、希望を胸に抱く若き兵士たち。
我々はもう、ただ巨人に怯え、無意味に血を流すだけの存在ではない。
「……明日は夜明けと共に出発する。各自、備えを怠らないように。解散だ」
私の号令で、短い作戦会議は幕を閉じた。
明日の壁外調査は、人類が本当の意味で「反撃の糸口」を掴むための、確かな第一歩となる。私は、微かに痛みを和らげた胃の辺りを撫でさするのだった。