進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
重厚なマホガニーの扉が閉まり、分隊長たちと特異点たる者たちが退室していくと、狭い会議室には再び深い静寂が舞い降りた。
私は微かに揺れるランプの灯りを頼りに、机上に広げた羊皮紙の地図へと視線を落とす。
明日、我々が踏み出すシガンシナ区外の進路計画を、脳内で幾度となくシミュレーションし、あらゆる不測の事態に対する分岐ルートを再構築していく。
その作業の片隅で、私の思考は自然と、今回の遠征の主役とも言える『新たに入団した約百名もの新兵たち』へと向かっていた。
例年であれば、調査兵団を選ぶ訓練兵など両手で数えるほどしかいない。
常に死と隣り合わせの壁外へ自ら赴くなど、狂人の沙汰とみなされるのが常だからだ。
それが今回、既存の兵力を一気に三分の一も増強させるほどの大規模入団へと至った。
この異常とも言える事態がなぜ引き起こされたのか。私は指揮官として、その背景にある三つの決定的な要因を冷静に分析していた。
一つ目の要因として挙げられるのは、調査兵団における『生存率の劇的な上昇』だ。
そしてその根源にあるのが、『鬼神』リーシェ・ベニアの存在である。
あの日、雪降る巨大樹の森での遭難から彼女が生還して以降、兵団内の死亡率は信じがたいほどに低下している。
一個旅団規模の巨人の群れすら単騎で蹂躙する彼女の異常な武勇伝は、瞬く間に壁内の若者たちの間に知れ渡った。
その神がかった活躍と噂が、新兵たちにとっての強烈な憧れとなり、「調査兵団に入れば確実に死ぬ」という、長年重くのしかかっていた心理的ハードルを大きく引き下げる要因となったのだ。
さらに重要なのは、既存の兵士たちへの影響である。彼らは実戦の中で、リーシェの常軌を逸した超音速機動や立体機動の軌道をその目に焼き付け、完全な模倣は不可能であっても、そのエッセンスを抽出して自身に合うよう落とし込んでいる。
無意識のうちに全体の戦力と生存能力が底上げされているという事実は、指揮官として見逃せない大きな副産物であった。
そして二つ目の要因。
それは先日の前代未聞の大規模遠征において、『死者・行方不明者ゼロ』という壁外調査の歴史を覆す偉業を成し遂げたことだ。
その実態は、リーシェが愛する半身(アトラス)に一切の危険を寄せ付けないため、周囲の巨人を一人で皆殺しにしながら行軍したという『完全なる過保護の賜物』に過ぎない。
しかし、その内情を知らない一般の人間からすれば、調査兵団はついに巨人を克服し、安全に壁外を探索できる力を持ったのだと錯覚する。
結果だけを見れば、「今の調査兵団ならば入っても無駄死にすることはない」という希望を抱くのも無理からぬことであった。
最後に三つ目の要因。
今の調査兵団が、かつてないほどに民衆からの厚い支持を集めているという社会的側面である。
先日の凱旋パレードでの熱狂がすべてを物語っている。
今や調査兵団の翼を背負うことは、税潰しの厄介者ではなく、人類の希望を切り拓く『英雄の仲間』としてのステータスに昇華された。
調査兵団に入団すれば地元の誇りとなり、今後の婚姻や一族の社会的地位に箔がつく。
そういった極めて世俗的で、しかし人間の本能に根ざした動機付けが、多くの若者の背中を押したことは間違いないだろう。
だが、私は決して楽観視はしていない。
名誉欲や浅はかな生存確率の計算だけで、あの壁の外の地獄を生き抜けるはずがないからだ。
実力が及ばない者、覚悟が定まっていない者は、壁外の現実を前に即座に命を落とす。
しかし、その懸念を払拭する絶対の信頼が私にはあった。
訓練兵団の教官へと転身した、前団長キース・シャーディスという男の目利きだ。
彼は兵士の資質を見抜くことに長けている。
浮ついた考えで志願しただけの脆弱な者は、彼の非情なまでのしごきと見極めによって、入団前に容赦なくふるい落とされているはずだ。
その厳しい選抜をくぐり抜けた上で、なおこれだけの人数が残ったのだ。
彼らの基礎練度と精神力は、過去のどの期の新兵と比較しても極めて高い水準にある。
今後の調査兵団の飛躍的な戦力向上に、大きく期待して良いという確信が私の胸にはあった。
────だからこそ
今回の壁外調査で、彼らに実戦の空気感を叩き込まなければならない。
訓練用の模型をいくら綺麗に削ごうとも、本物の巨人が放つ圧倒的な質量と熱、腐臭、そして本能をすくみ上がらせる『死の恐怖』は、壁の外でしか学べない。
訓練だけでは決して得られない生死の狭間での判断力とスキルを実戦で磨き上げ、彼らを真の兵士として完成させるのだ。
振り返れば、ここに至るまでに様々な奇跡的要因が重なってきた。
アトラス殿とリーシェの生還。
キースから私への団長の継承。
民衆の支持。
そして、地下の泥底から見出した最強の原石、リヴァイ・アッカーマンの加入。
これらすべての歯車が噛み合い、人類が長きにわたって強いられてきた劣勢を覆すための、かつてない強固な盤面が整いつつある。
そして、その奇跡の連鎖を本物の人類の力として定着させ、完成させるための『最後のピース』。
それこそが、明日の壁外調査なのだ。
これを単なる生存訓練で終わらせるわけにはいかない。
人類の反撃の要となる精鋭部隊の礎を、ここで確実に築き上げる。
絶対に、失敗は許されない。
私は机上の地図を巻き取ると、静かに立ち上がり、窓辺へと歩み寄った。
硝子越しに見上げる夜空の向こうには、明日我々が踏み入るべき広大な闇が広がっている。
私は痛む胃の存在など忘れ去るように深く息を吸い込み、壁外調査を指揮する者としての冷徹で揺るぎない覚悟を改めて胸に刻み込んだ。