進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
844年5月2日
抜けるような青空が、シガンシナ区の真上へと果てしなく広がっていた。
まるで今日という日を、そして調査兵団が赴く未知なる壁外への旅路を世界そのものが祝福してくれているかのような、雲一つない絶好の快晴である。
朝の冷たく澄んだ空気を切り裂くように、シガンシナ区のメインストリートはかつてないほどの熱狂と喧騒に包まれていた。
通り沿いの家々の窓から、建物の屋根の上から、そして沿道に隙間なく押し寄せた群衆から、割れんばかりの大歓声が降り注いでいる。
「行けぇぇ! 調査兵団!」
「人類の力を、巨人の群れに見せつけてやれ!!」
「頼んだぞ、英雄たち!!」
かつての壁外調査に向けられていたような、税金泥棒を蔑む冷ややかな視線や嘲笑は、ここには一切存在しなかった。
あるのは純粋な期待と、狂熱にも似た憧憬、そして人類の反撃を託す重すぎるほどの切実な願いだけだ。
その民衆の熱気を背に受けながら、巨大な壁門の前に整列しているのは、エルヴィン・スミス団長を筆頭とする総勢約130名の兵士たち。
過酷な壁外を生き抜いてきた歴戦の古参兵約30名と、そして今回新たに入団し、その背中に真新しい『自由の翼』を背負った新兵約100名という、かつてない規模の陣容で構成された【第23回壁外調査】の遠征部隊である。
手綱を握る新兵たちの顔には、確かな緊張と極限のプレッシャーが張り付いていた。
沿道から投げかけられる期待の歓声は、彼らにとって誇りであると同時に、決して無様に死ぬことは許されないという強烈な重圧でもある。
馬の背で強張る身体、微かに震える指先、そして幾度となく生唾を飲み込む喉の動き。
これから彼らが足を踏み入れるのは、訓練という名の箱庭ではなく、巨人が跋扈する正真正銘の地獄なのだ。
未知の世界に対する本能的な『恐怖と不安』。
しかし、背後から向けられる民衆の熱い眼差しに応えようと、彼らは奥歯を強く噛み締め、必死に己の顔を上げ、決死の覚悟で表情を引き締めていた。
陣形の中央。もっとも安全な位置に配置された俺は、馬上に揺られながら、その張り詰めた空気を肌でヒリヒリと感じ取っていた。
最前列に陣取るエルヴィン団長が、スッと右手を高く掲げた。
「……開門!!」
エルヴィンの鋭く通る号令が、熱狂する街の空気を一刀両断に切り裂く。
その声を合図に、巨大な壁の上に設置された無数の歯車が、重々しい金属音を立てて一斉に噛み合い始めた。
───ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
地鳴りのような重低音を響かせながら、何十トンという途方もない重量を誇る重厚な壁門が、ゆっくりと、確かな力強さで引き上げられてゆく。
暗い門の底から、徐々に光の帯が広がる。そして、ゆっくりと持ち上がる門の向こう側に、どこまでも続く緑の平原と、地平線の果てまで広がる『外の無限の世界』が、圧倒的なスケールでその姿を現した。
開け放たれた門から吹き込んでくる、壁外の生々しい風。土と草の匂いに混じる、微かな死の気配。
「いいか新兵ども! お前らの命は俺たちが預かる! だが、自分の身は自分で守れ!」
「小便ちびって馬から落ちるなよ! 目をかっぴらいて、前だけを見て走るんだ!!」
ミケやハンジをはじめとする各分隊長たちが、緊張で凍りつきそうになっている新兵たちに向けて、容赦のない、しかし確かな愛情と生存への祈りを込めた叱咤激励を飛ばす。
その言葉に呼応するように、新兵たち約100名が一斉に腰の鞘からブレードを抜き放った。
チャキッ! という鋭い鋼の音が重なり合い、100本の白刃が朝の陽光を反射して、空に向けて高く突き立てられる。
「おおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
そして、彼らの喉の奥から絞り出された、大気を震わせんばかりの野太い雄叫び。
恐怖を塗り潰し、自らを鼓舞し、人類が自らを囲う檻から反逆するための、魂の咆哮。
それは沿道の歓声をかき消し、シガンシナ区の街全体をビリビリと震わせるほどの凄まじい熱量を持っていた。
新兵たちの咆哮が頂点に達したその瞬間。
先頭に立つエルヴィン・スミスが、胸いっぱいに壁外の空気を吸い込み、軍馬の腹を強く蹴り上げた。
「第23回壁外調査を開始する!!」
彼の声は、新兵たちの雄叫びすら凌駕するほどの圧倒的な声量と、人類の希望を背負う指揮官としての絶対的な覇気を纏っていた。
「進めぇぇぇぇ!!!!!!」
号令と共に、百三十頭の軍馬が一斉に土を蹴り上げ、爆発的な推進力を持って駆け出した。
蹄が大地を叩く轟音、舞い上がる土埃、風を切り裂く緑のマント。
先頭のエルヴィンに続き、古参兵が、そして新兵たちが、次々と開け放たれた巨大な門を潜り抜け、未知なる世界へと雪崩れ込んでゆく。
(……すげぇ……ッ!)
前世で、安全な画面の向こう側から見ていた『アニメ』の光景。
だが、そんなものは比較にすらならない。
肌を叩く風の圧力、土煙の匂い、鼓膜を揺らす馬の嘶きと兵士たちの咆哮。
命を懸けて地平線の彼方へと駆け出していく人間たちの、あまりにも生々しく、泥臭く、そして気高い姿。
それらが濁流となって俺の五感を打ち据え、俺の胸の奥底で、否応なしに熱い闘志が燃え上がっていくのを感じた。
俺は自分の心臓が早鐘のように鳴り響くのを自覚しながら、ただ黙って、陣の中央から彼らの勇姿を見つめていた。
介入は禁じられている。俺はただの、絶対安全圏に置かれた過保護な見学者だ。
それでも、彼らと共にこの『自由の翼』を背負い、未知の世界の風を浴びて駆けているという事実が、俺の全身の血をどうしようもなく熱く滾らせていた。