進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第百二話

 

 

人類の支配領域外、三重の壁の外

 

 

 

人工物が一切存在しない、果てしなく続く緑の平原と手付かずの自然が支配するこの領域に足を踏み入れてから、わずか数分程が経った。

 

 

 

「長距離索敵陣形、展開ッッ!」

 

 

 

私の号令と同時に、信煙弾の合図が空を駆け、馬蹄の音が四方へと散開していく。

 

 

 

130名というかつてない規模の兵士たちが、各々の配置へと正確に、そして迅速に散っていく様は、上空から見れば一つの巨大な生き物が翼を広げるかのように美しく、洗練されていた。

 

 

 

陣形が完璧な形を成したと確信した、まさにその直後だった。

 

 

 

自身が位置する陣の中央から見て、右前方の空に一条の赤い軌跡が立ち昇った。風に流される真紅の煙──赤い信煙弾だ。

 

 

 

早速、この世界の本来の主である『巨人』のお出ましという訳だ。

 

 

 

今回の壁外調査も、我々調査兵団が主軸とする陣形『長距離索敵陣形』を取っている。

 

 

 

しかし、その運用方法は、考案者である私が本来想定していたものから大きく逸脱している。

 

 

 

本来、この陣形は「生存率を高め、目的地へ到達すること」を至上命題としていた。

 

 

 

外周の索敵班が巨人を発見次第、赤い信煙弾を打ち上げ、外から内側へと視覚的リレーで脅威の存在を伝達する。

 

 

 

それらを確認した私が、巨人と接触しないよう陣形全体の進行方向を即座に決定し、緑の信煙弾で全軍を誘導する。

 

 

 

 

そうすることで、極力巨人と遭遇し、無用な血を流すことなく部隊を前進させていく。それがこの陣形の真の目的であった。

 

 

 

だが、今回は違う。

 

 

本来の陣形の運用方法を巨人を避ける『回避型』と呼称するならば、今我々が実行に移している運用方法は、自ら巨人の喉元に食らいつく『積極型』、或いは『駆逐型』とでも称するのが正しいだろう。

 

 

 

外周の索敵班が巨人を発見次第、赤い信煙弾を打ち上げる。

 

 

ここまでは本来の運用と何一つ変わらない。

 

 

 

だが、ここからが根本的に違うのだ。

 

 

 

赤い煙を目視した瞬間、発見した班の周囲に展開している部隊が、巨人の規模や数に応じて即座に索敵班と合流を果たす。

 

 

 

さらに増援が必要だと判断した場合は、追加の信煙弾を打ち上げて後続を呼び込む。

 

 

 

そして、十分な戦力が合流したと判断するや否や、対象の巨人に向かって一斉に突撃し、組織的な討伐を開始する。

 

 

 

その間、交戦に参加していない周囲の班はどう動くか。

 

 

 

彼らは戦闘中の班を半円状に包み込むように布陣し、警戒態勢のまま待機する。

 

 

 

巨人の討伐に伴う立体機動装置のガス噴射音や、戦闘の騒ぎ、あるいは兵士の血の匂いに惹かれて、必ず別の巨人が引き寄せられてくるからだ。

 

 

 

そして予測通りに別の巨人が現れ次第、待機していた別の数班が即座に現地へ向かい、迎撃・討伐を開始する。

 

 

 

今までの調査兵団の常識、いや、壁内人類の常識で考えれば、これは狂気の沙汰だ。

 

 

 

自ら巨人を呼び寄せ、消耗戦を強いるなど、完全なる自滅行為であり常軌を逸している。

 

 

 

だが、今の我々にはこの無謀を「戦術」として成立させるだけの明確な根拠が存在した。

 

 

 

その一つが、いかなる陣形にも縛られず、戦場を自在に駆けて巨人を屠る独立遊撃兵、リヴァイ・アッカーマンの圧倒的な個の暴力。

 

 

 

そして何より大きいのが、緊急時──万が一、兵団の処理能力を上回る規模の巨人の群れに囲まれ、部隊が壊滅の危機に瀕した場合に備えて、中央後方で静かに待機している『絶対的な安全装置』の存在だ。

 

 

 

一個旅団規模を無傷で消し飛ばす『鬼神』リーシェ・ベニアと、その気になればこの平原の地形ごとすべてを灰塵に帰すことができる(戸籍上の)妹、アトラス・ベニア。

 

 

 

あの二人の規格外の存在が背後に控えているという事実だけで、私は兵士たちを極限の死地へと送り込み、限界まで戦わせることができる。

 

 

 

どれほど戦線が崩壊しようとも、全滅だけは絶対にあり得ないという、指揮官にとってこれ以上ない盤石の保証があるからだ。

 

 

 

今回の作戦に、目指すべき『目的地』は存在しない。

 

 

 

ただひたすらに、立体機動の音や人間の匂いに反応してやってくる巨人を、殺して、殺して、殺し続ける。

 

 

 

これは、新兵たちの身体に巨人の恐怖と死の匂いを直接叩き込み、実戦の中で兵士としての細胞を強制的に覚醒させるための、狂気の実戦訓練なのだ。

 

 

 

陣の中央を進む本隊の巨大な荷馬車には、大量の物資が山と積まれている。

 

 

 

使い捨ての替えのブレードが何百本と束ねられ、超高圧ガスのシリンダーが所狭しと並び、予備の立体機動装置すら大量に満載されている。

 

 

 

それだけではない。馬車の一つは完全に野戦病院としての機能を備えており、鼻をつくアルコールの消毒液、純白の包帯の山、そして簡易的な手術道具に至るまで、戦闘に伴うあらゆる負傷に対する対策が万全に整えられていた。

 

 

 

この作戦において一番重要なルール。

 

 

 

それは、"これら荷馬車に積まれた膨大な物資を全て使い切るまで、この地獄の訓練は決して終わらない"ということだ。

 

 

今回は、このかつてない規模と方針で行う、初の実践的な壁外訓練である。

 

 

 

この極限の経験を通して得られたデータや、兵士たちの疲労度、物資の消費速度などを詳細に分析し、今後行われるであろう二回目、三回目の『壁外訓練』のノウハウとして強固に積み上げていく。

 

 

 

そのために、私はすべての分隊長、班長を経由し、全兵士に対して一つの絶対的な命令を通達している。

 

 

 

『死にそうであれば、一瞬の躊躇もなく直ぐに引け』だ。

 

 

 

これまでの壁外調査では、仲間の撤退を援護するために自らを犠牲にする美談が数多く存在した。しかし、今は違う。

 

 

 

生きてさえいれば、彼らは今日の恐怖を反省し、明日の戦術へと繋げることができる。

 

 

 

だが、死んでしまえば終わりだ。彼らがこれまでに培ってきた訓練の成果も、実戦で得た微かなスキルも、すべてが無に帰する。

 

 

 

それは、今後の人類の反撃を担う我々兵団にとって、許容し難い最大の損失なのだ。

 

 

 

折れたブレードや空になったガスシリンダーなどの武器は、資金さえあれば工場でいくらでも新しく作れる。

 

 

 

食糧や包帯も、畑を耕し、人を動かせば補うことができる。

 

 

 

しかし──────

 

 

 

兵士という『人』だけは、決して替えがきかない。

 

 

 

実戦を経験し、生きて帰還した熟練の兵士は、一朝一夕で生み出せるものではないのだ。

 

 

 

故に、無駄な死は絶対にあってはならない。

 

 

 

前方の戦線から、黒い煙が上がり、巨人の崩れ落ちる重い地響きがここまで伝わってくる。

 

 

 

私の視線の先では、古参兵が的確な指示を飛ばし、それに必死に食らいつく新兵たちが、見事な連携で巨人のうなじを削ぎ落としていた。

 

 

 

恐怖で足が竦む者はいない。キースの厳しい教練で鍛え上げられた基礎技術と、背後に控える絶対の特異点がもたらす心理的余裕が、彼らの動きから無駄な力みを奪い、極めて質の高い連携戦闘を実現させている。

 

 

 

彼らが淡々と、しかし確実に巨人を屠っていくその勇姿を眺めながら、私は手綱を握る手に力を込めた。

 

 

 

"心臓を捧げよ"

 

我々調査兵団が長年掲げてきた、この悲壮なスローガン。

 

 

今までは、文字通り『自身の命を投げ出し、死して人類の未来の礎となれ』という、絶望に満ちた自己犠牲の言葉だった。

 

 

しかし、今。この瞬間から、その意味は根本から覆ったのだ。

 

 

自らの心臓を動かし続けよ。生き延びて、敵(巨人)を狩り尽くし、その死骸の山を踏み越えて、我々自身の手で人類の生存圏という『礎』を築き上げろ。

 

 

 

吹き荒れる壁外の風の中、巨人の断末魔と兵士たちの勇ましい咆哮を聞きながら、私は新たなる調査兵団の夜明けを、その眼に確かに焼き付けていた。

 

 

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