進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第百四話

あれから数時間

 

 

我々本隊は、かつてないペースで討伐される巨人たちが放つ高温の蒸気──視界を白く塗り潰す死の霧を抜けるため、各地を転々としながら、霧が濃くなる度に陣形ごと移動を繰り返した。

 

 

夕方、太陽が地平線の彼方に沈みかけ、空が血のような赤に染まる頃。

 

 

「……団長。索敵班からの報告です。最早周囲一帯に、巨人の影は確認できません」

 

 

伝令の言葉に、私は静かに頷いた。

 

 

どうやら、この一帯に生息し、あるいは我々の立てた喧騒に引き寄せられてきた巨人たちを、文字通り『狩り尽くして』しまったようだ。

 

 

本隊にて討伐数を集計していた記録係の報告によれば、今日一日で討伐した巨人の数は『約二百体』。

 

 

 

本作戦に参加している兵士の総数が百三十名であることを考えれば、兵一人につき一体以上を討伐している計算になる。

 

 

これは、壁内人類の歴史上、いかなる遠征においても成し得なかった前代未聞の快挙である。

 

 

その上、さらに信じ難い事実がある。

 

 

十数名の重傷者──骨折や深い裂傷を負った者は出たものの、野戦病院での迅速な処置により命に別状はなく、なんと死傷者は『ゼロ名』なのだ。

 

 

 

かつてないほど巨人を呼び寄せ、自ら死地へと飛び込むこの狂気的な駆逐作戦において、この被害状況はまさに神がかり的な奇跡と言っても過言ではない。

 

 

新兵たちの練度は、この半日の苛烈な実践訓練で格段に跳ね上がっていた。

 

 

 

特に、一度目の陣形移動の際に披露された、リーシェ特別班長による撤退戦という名の単独蹂躙劇。

 

 

 

あれが彼らの魂に火をつけたのは間違いない。

 

 

あの次元の違う暴力、絶対的な「勝利の象徴」をその目に焼き付けた新兵たちは、巨人を「越えられない絶望」ではなく「倒すべき敵」として認識し始めた。

 

 

 

恐怖の枷が外れたことで、より一層動きに磨きがかかり、午後には古参兵に引けを取らない連携を見せる班すら現れていた。

 

 

しかし、流石に朝から夕方にかけて、三交代制とはいえ永遠と巨人を狩り続けるという極限状況下だ。

 

 

 

兵士たちの顔には、隠しきれない濃密な疲労の色が浮かんでいる。

 

 

私はこれ以上の戦闘は不要と判断し、全体の行進を停止させ、見晴らしが良く巨人の接近を察知しやすいこの丘陵地帯を本日の野営地として設営を開始させた。

 

 

 

──────夜

 

 

携帯食料と固いパン、薄いスープだけの簡素な食事を終えた新兵たちは、極度の緊張から解放された反動と肉体的な疲労により、文字通り泥のように眠りに落ちていた。

 

 

 

彼らの安らかな寝息と、焚き火が爆ぜる音だけが夜の平原に響いている。

 

 

 

私は体力に余裕のあるベテラン兵数名を交代で周囲の見回りに向かわせた後、本陣の中央に張られた天幕に、調査兵団の幹部たちを集合させた。

 

 

 

薄暗いランプの灯りが照らす粗末な木机を囲むのは、分隊長のハンジ・ゾエ、ミケ・ザカリアス。

 

 

そして独立遊撃兵のリヴァイと、リーシェ・ベニア特別班長の四名である。

 

 

なお、アトラス殿の姿はここにはない。

 

 

彼女は日中、裏方として新兵の治療や物資運搬に尽力してくれていたため、リーシェが「私の可愛いアトラスは今、馬車の中で天使のような寝顔ですやすや眠っているわ。誰にも邪魔はさせないから」と、強力な結界でも張る勢いで寝かしつけてきたからだ。

 

 

「……さて、皆ご苦労だった」

 

 

私は机の上に広げた地図と集計表を指し示し、静かな、だが確かな熱を帯びた声で切り出した。

 

 

「先程も共有した通り、本日の討伐数は約二百。重傷者は出たが、死者はゼロだ。君たちの並外れた働きと、新兵たちの奮闘に心から感謝する」

 

 

「いやぁ、凄かったね! 歴史が動く瞬間をこの目で見ちゃったよ!」

 

 

ハンジが目を輝かせて身を乗り出す。

 

 

ミケも静かに鼻を鳴らし、「……血の匂いよりも、勝利の匂いが勝っている。良い一日だった」と頷いた。

 

 

「だが、想定以上の戦績を上げたことで、代償も生じている」

 

 

私は集計表の別の項目────物資の残量を指で叩いた。

 

 

「新兵たちに実戦経験を積ませるため、積載物を使い切るまで戦うと宣言したが……討伐ペースがあまりにも早すぎた。本隊に積載していた膨大な替えのブレードと、立体機動用の超高圧ガス、そして医療物資の大半を、今日たった一日で消費し尽くしてしまった」

 

 

これには流石の幹部たちも僅かに目を見張った。

 

 

百三十名分の数日分の予備物資が、たった一日で底をついたのだ。

 

 

それほどまでに、我々は今日、濃密な死闘を繰り広げたということである。

 

 

「これ以上の長期滞在は、文字通り丸腰で巨人の群れに身を晒す自殺行為となる。よって、明日の夜明けと共に陣形を組み直し、帰路につく。明日の昼頃には、ウォール・マリア南端のシガンシナ区に帰還することとする」

 

 

「ふふっ、賛成よ」

 

腕を組んでいたリーシェが、花が咲くような笑みを浮かべて同意した。

 

 

「早く清潔な壁内に戻って、アトラスをゆっくりお風呂に入れてあげたいもの。彼女の美しい肌にこれ以上、壁外の埃をつけたくないわ」

 

「……チッ、相変わらず頭の中はお花畑か、この狂犬は」

 

 

リヴァイが腕を組み、三白眼でリーシェを睨みつける。

 

 

「何よ、リヴァイ。今日一日で一番巨人を狩ったのは私よ? あなたなんて、たかが三十体そこらじゃない」

 

「てめぇが群れごと吹き飛ばしたからだろうが。俺の獲物を横取りしやがって」

 

「あら、私が手を出さなければ、あの子たち(新兵)が何人か死んでいたかもしれないわよ? 感謝してほしいくらいだわ」

 

以前であれば一触即発の殺し合いに発展しかねない空気が漂うところだが、不思議なことに、今のリーシェからは底冷えするような殺意は感じられない。

 

 

あくまで「からかっている」範疇だ。リヴァイもそれを察しているのか、舌打ちを一つして顔を逸らすだけで矛を収めた。

 

 

「……話を戻そう」

 

私は軽く咳払いをして、二人の小競り合いを制止した。

 

 

 

「各分隊長、そしてリヴァイ。今日一日戦い抜いた新兵たちの練度について、率直な評価を聞かせてくれ」

 

「はいはーい!」ハンジが勢いよく手を挙げる。

 

 

「私の班の新兵たちは、最初はやっぱりガチガチだったけど、午後からの動きは見違えるようだったよ! 特に、リーシェ班長のあの『超音速人間砲弾』を見た後はね、『自分たちもやれる!』って謎の万能感に包まれていたみたい。恐怖心が薄れたことで、立体機動のワイヤーの射出タイミングが格段に良くなった」

 

「……ミケ班も同様だ」とミケが続く。

 

 

「ただし、自信過剰になり突出しすぎるきらいがある。そこは古参兵が手綱を握る必要があるだろう」

 

 

私はリヴァイに視線を向けた。

 

「遊撃として全体を見ていた君の目からは、どう映った?」

 

 

リヴァイは腕を組んだまま、忌々しそうに、だが極めて冷静に分析を口にした。

 

 

「……どいつもこいつも、動きが鈍え。刃を入れる角度も甘いし、ガスの無駄遣いも多い。地下のネズミの方がマシな飛び方をする」

 

 

辛辣な評価にハンジが苦笑するが、リヴァイの言葉はそこで終わらなかった。

 

 

「だが……『腹は据わってきた』ようだな。巨人の腕を切り落とす時、目が泳いでねぇ奴が増えた。最初は泣き喚いてたガキ共が、夕方には死に物狂いで仲間の背中を庇い合ってやがった。……まぁ、あれだけ狩り続けてりゃ、嫌でも肝は据わるだろうがな。悪くねぇ」

 

 

あのリヴァイが「悪くない」と評した。地下街という本物の地獄で生き抜いてきた彼が、新兵たちの『覚悟の質』を認めたのだ。

 

 

 

私は深く頷いた。技術は後からいくらでもついてくる。最も重要な『心臓の在り方』が、彼らの中で確立されつつある証拠だった。

 

 

「最後に、本日の反省点と改善点の共有だ」

 

 

私は地図上の、我々が蛇行して進んだ軌跡を指でなぞった。

 

 

「最大の課題は、かつてない討伐ペースが引き起こした『巨人の蒸気による視界不良(霧)』だ。あれは陣形の機能そのものを麻痺させる。

今回は後退とリーシェ班長の突撃で切り抜けたが、常に彼女に頼るわけにはいかない」

 

 

「そうだねぇ」ハンジが顎に手を当てて思考を巡らせる。

 

 

「巨人の死骸から出る蒸気は高温で、基本的には上空へ昇っていく。だけど、無風状態だったり、一度に大量の巨人を狩りすぎたりすると、大気中に滞留してあんな風に濃い霧になっちゃうんだ」

 

 

「……風を読む必要があるな」ミケが鼻をヒクつかせた。

 

 

「その通りだ。今後は討伐を行う際、その土地の風向きと地形を考慮し、蒸気が滞留しやすい盆地や森の近くでの連続討伐は避ける。さらに、戦闘班を一点に集中させず、意図的に巨人を分散させて各個撃破する戦術──『分散駆逐陣形』の構築を急ぐ必要があるだろう」

 

 

私は持参した羽根ペンで、地図上に新たな陣形のラフを描き込んだ。

 

 

「また、リヴァイの指摘した通り、新兵のガスの無駄遣いも課題だ。恐怖心が薄れたとはいえ、無駄な軌道修正が多い。明日の帰還行軍では、戦闘は極力避け、立体機動装置を使わず馬での陣形移動の練度向上に努める」

 

 

「了解した」「……ああ」

幹部たちがそれぞれの役割を認識し、力強く頷く。

 

 

「……エルヴィン。もういいかしら?」

 

不意に、リーシェがふわりと立ち上がった。その顔には、会議の議題などとうの昔にどうでもよくなったというような、甘く蕩けた微笑みが浮かんでいる。

 

 

「明日の昼には帰れるんでしょ? なら、私はもうアトラスのところへ戻るわ。あの子、私が腕枕してあげないと可哀想なの。夜風で冷えちゃいけないし、私がしっかり温めてあげなくちゃ……ふふっ」

 

 

そう言い残すと、彼女は誰の返事も待たずに、いそいそと天幕を出て行ってしまった。

 

 

「……あのお花畑狂犬、そのうち寝首掻いてやろうか。」

 

 

リヴァイが心底冷ややかな目で、リーシェの消えた天幕の入り口を睨みつける。

 

 

「あはは……まぁまぁ、リーシェ班長がご機嫌なのが一番の安全保障だからさ!」

 

ハンジが苦笑いしながらフォローを入れた。

 

 

会議は以上だ、と私が告げると、皆それぞれ休息を取るために散っていった。

 

 

一人残された天幕の中で、私はランプの灯りを落とす。

 

 

疲労で重くなった身体とは裏腹に、私の心臓はかつてないほどの力強い鼓動を打っていた。

 

 

(我々は、巨人に勝てる……)

 

今日一日で得た戦果と、蓄積されたノウハウ。そして、確実に芽生え始めた兵士たちの力と自信。

 

 

 

壁内人類の反撃は、もはや儚い夢ではない。

 

 

私は、明日シガンシナ区の門を潜る我々の姿を───真の意味で「英雄」として帰還する調査兵団の姿を思い描きながら、静かに目を閉じた。

 

 

明日の昼、我々は必ず、この奇跡の実践訓練を完璧な形で終わらせるのだ。

 

 

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