進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第百五話

 

 

翌朝、東の地平線が薄紫から白茶け、やがて眩い黄金色へと染まり始める頃。

 

 

 

冷たい夜露を払い、我々調査兵団は撤収作業を迅速に終え、シガンシナ区への帰還の途につくべく平原に整列していた。

 

 

 

朝日を背に受ける百三十名の兵士たちの顔には、確かな疲労の色が濃く刻まれている。

 

 

 

しかし、その瞳の奥に宿る光は、昨日壁門を潜った時の怯えた仔羊のそれとは全く異なっていた。

 

 

 

たった一日。

 

されど、彼らは狂気的な討伐戦の中で二百体もの巨人を葬り去り、その死骸の山を踏み越えてみせた。

 

 

 

自分の刃が巨人のうなじを削ぎ落とす感触、血と蒸気の匂い、そして仲間との連携がもたらす『勝利』の味。

 

 

 

それらを知った彼らの顔つきは、もはや立派な調査兵団の『兵士』そのものであった。

 

 

 

私は愛馬の背に跨り、全軍に向けて重く、しかしよく通る声で本日の行動指針を告げた。

 

 

「皆、昨日はよく戦い抜いてくれた。君たちの勇猛な働きにより、我々はかつてない戦果を上げ、そして誰一人欠けることなくこの朝を迎えることができた。指揮官として、これほど誇らしいことはない」

 

 

兵士たちの間に、微かな安堵と誇らしげな空気が流れる。だが、私は即座に手綱を引き締め、空気を一変させた。

 

 

「しかし、喜ぶのは壁門を潜るまでだ。昨夜の会議で分隊長たちからも通達があった通り、我々の積載物資──予備のブレード、超高圧ガス、医療品の大半は昨日で完全に底をついた。現在の我々は、事実上の『丸腰』に近い」

 

 

 

ゴクリ、と新兵の一人が息を呑む音が聞こえた。

 

 

 

「故に、本日これよりシガンシナ区への帰還行軍において、巨人との『戦闘』は極力これを回避する。立体機動装置の使用は原則として禁ずる。各自、馬の脚と陣形の伝達機能のみを頼りに、巨人の索敵範囲から逃れ続けるのだ」

 

 

 

昨日、我々が実行したのは、自ら巨人を呼び寄せ、消耗戦を強いる積極的駆逐であった。赤い信煙弾は、獲物の位置を知らせる『号砲』として機能していた。

 

 

 

だが今日は違う。私が本来考案した長距離索敵陣形の真の目的───すなわち、『巨人と遭遇せず、無駄な血を流さずに生きて帰ること』を、彼らの身体に叩き込む日なのだ。

 

 

 

「いいか、新兵諸君。巨人を倒すことだけが調査兵団の強さではない。退くべき時に退き、己の命と馬を守り抜く『戦闘回避の判断力』こそが、壁外という地獄を長く生き抜くための最大の武器となる。……総員、抜刀は許可しない。己の馬を信じ、陣形を崩さず進め!」

 

 

「ハッ!!」

 

百三十名の力強い声が平原に響き渡り、我々はシガンシナ区へ向けて馬を走らせた。

 

 

行軍を開始して小一時間が経過した頃だった。

 

 

陣形の左翼前方を警戒していた索敵班から、空高く『赤い信煙弾』が打ち上げられた。

 

 

 

昨日の感覚が抜けきっていない新兵たちの間に、一瞬、ピリッとした好戦的な空気が走るのが分かった。

 

 

 

無意識に腰のブレードの柄に手が伸び、立体機動装置のトリガーを引こうとする者すらいる。

 

 

昨日あれだけ巨人を狩り尽くしたのだ。「あそこに行けば、また巨人を倒せる」という血の昂りが、彼らの冷静な判断を鈍らせようとしていた。

 

 

「抑えろ! 抜刀するなと言ったはずだ!!」

 

 

各班の古参兵たちが、すかさず鋭い怒声を飛ばして新兵たちの逸る気持ちを制止する。

 

 

 

私は赤い煙の上がる方角──左前方に巨人がいることを確認すると、即座に信煙弾の筒を構え、右斜め前方へ向けて『緑の信煙弾』を放った。

 

 

 

パンッ! という破裂音と共に、緑色の煙が風に乗って流れていく。

 

 

「団長の指示だ! 全軍、右前方へ微速転進! 陣形を崩すな!」

 

 

私の緑の信煙弾を視認した各班の兵士たちが、次々と緑の煙を打ち上げ、情報を陣形の隅々へとリレーしていく。

 

 

 

百三十名という巨大な塊が、まるで一つの生き物のように、滑らかに、そして規則正しく進行方向を右へとずらしていく。

 

 

左前方にいたはずの巨人の姿は、遠く豆粒のように視界の端を通り過ぎ、やがて地平線の彼方へと消え去っていった。

 

 

(……見事だ)

 

私は内心で深く頷いた。これこそが、長距離索敵陣形の本来の美しさであり、私が理想とした『生存のための戦術』の完成形だ。

 

 

新兵たちは、ブレードを抜くことなく巨人の脅威から完全に逃れ去った事実に、最初は戸惑いを隠せないようだった。

 

 

昨日であれば、あそこでガスを噴射し、命を懸けてうなじを削ぎ落としに行かなければならなかった。

 

 

 

しかし今は、馬の轡を少し操作し、緑の煙に従って走る方角を変えただけで、誰の血も流れることなく巨人を『やり過ごす』ことができたのだ。

 

 

 

血気に逸っていた彼らの顔に、徐々に「理解」の色が広がっていくのが、馬を走らせながらでも見て取れた。

 

 

 

立体機動装置で空を飛び、巨人を殺すことだけが戦いではない。

 

 

広大な平原の地形と距離を利用し、敵の視界に入らないよう立ち回ること。

 

 

 

それがどれほど安全で、どれほど兵団の生存率を高める戦術であるか。極限の討伐戦を経験した翌日だからこそ、その『回避の価値』が彼らの骨の髄まで染み込んでいく。

 

 

「……チッ。大人しく逃げ回るってのも、存外疲れるもんだな」

 

 

私の斜め後方を駆けるリヴァイが、忌々しそうに舌打ちを漏らした。

 

 

彼は生粋の戦闘者だ。目の前に敵の気配があれば、本能的に刈り取りたくなる衝動に駆られているはずだ。

 

 

 

だが、彼はその殺気を完璧にコントロールし、私の命令通りに決して列を乱すことなく馬を走らせている。

 

 

その彼が「我慢」している姿は、新兵たちにとって何よりの模範となっていた。

 

 

あの地下街から来た最強の原石でさえ、陣形の規律を守り、私情を殺して戦闘を回避している。

 

 

 

その事実が、新兵たちの間に強固な自制心を生み出していた。

 

 

そして、本隊の中央──────

 

 

最も安全な位置を進む荷馬車の中では、リーシェ特別班長が、アトラス殿の膝の上に頭を乗せ、周囲の緊張感など全く意に介さない様子でご機嫌に鼻歌を歌っていた。

 

 

彼女が動かないということは、陣形の索敵と回避が『完璧に機能している』という何よりの証明だ。

 

 

あの異常な直感と殺意を持つ彼女が、微塵の脅威も感じていない。

 

 

これほど心強いバロメーターは他にない。

 

 

 

その後も、幾度か赤い信煙弾が上がり、その度に私は緑の信煙弾で進路を修正し続けた。

 

 

 

時には後方から奇行種が接近するアクシデントもあったが、それすらもミケや古参兵の的確な誘導により、馬のスタミナ配分だけで引き離すことに成功した。

 

 

一滴の血も流さず、一度のガスも噴射することなく。

 

 

我々はただ、静かに、そして美しく、緑の平原を滑るように進み続けた。

 

 

やがて、太陽が真上に昇り、暖かな日差しが我々の肩を照らし始めた頃。

 

 

 

地平線の彼方に、空を分断するようにそびえ立つ、巨大な壁のシルエットが姿を現した。ウォール・マリア、そして我々の帰還すべきシガンシナ区の壁門だ。

 

 

「……見えたぞ! 壁だ!!」

 

 

新兵の一人が、抑えきれない歓喜の声を上げた。

 

 

 

その声は次々と伝播し、疲れ切っていた百三十名の兵士たちの顔に、パッと明るい希望の光が点る。

 

 

 

昨日、狂気の実践訓練で「敵を殺す力」を身につけた。

 

 

 

そして今日、戦闘回避の行軍で「無駄に死なないための知恵」を学んだ。

 

 

 

このわずか一泊二日の壁外調査で、彼らは調査兵団の兵士として必要な攻防の二極を、完璧な形でその身に修めることができたのだ。

 

 

「全軍、陣形を維持したまま直進! シガンシナ区は目前だ!!」

 

 

私の号令に応える兵士たちの返事は、昨日壁門を出た時の悲壮感漂うそれではなく、本物の誇りと自信に満ち溢れた、力強い響きを持っていた。

 

 

 

私は、微かな胃痛すら心地よい疲労感として受け止めながら、高くそびえる壁門へ向けて、胸を張って愛馬の歩みを進めたのだった。

 

 

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