進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
845年2月13日
あの日、シガンシナ区の路地裏でとんでもない女神様とぶつかってから、あれこれと数日が経った。
その間、俺はミカサやアルミンと一緒にいても、ずっと上の空だったと思う。
頭の中は、あの黒髪の綺麗なお姉さんのことでいっぱいだったからだ。
街の噂はあっという間に広まっていた。
あの超絶綺麗なお姉さんは「アトラス・ベニア」という名前で、なんとあの調査兵団の英雄、一個旅団を一人でなぎ倒す『鬼神』リーシェさんと一緒にこの街の中央に移り住んできたらしい。
近所のおばさんたちは、井戸端会議でひそひそと、でもどこか誇らしげに語っていた。
「本当に綺麗で良い人たちだけど、英雄様たちはゆっくり休養されてるんだから、無闇に近づいていって迷惑かけちゃ駄目よ、エレン」
そう釘を刺されたけれど。
……俺は、どうしても我慢出来なかった。
あの日会ったあの人が本当に実在するのか。ただの白昼夢じゃなかったのか。
もし本当にいるなら、まずはちゃんとぶつかった事を謝りたい。
あの時は逃げるように走り去ってしまったから、すごく失礼なことをしてしまった。
……いや、分かってる。こんなのは、ただの口実に過ぎないってことを
あわよくば、もう一度お話して、仲良くなりたい。
あの日鼻先を掠めた、あの信じられないくらい甘くて良い香りを、もう一度間近で嗅ぎたい。
そんな、年頃の男としてのどうしようもない欲望が、俺の背中を力強く押していたのだ。
俺は今、シガンシナ区の中央にある、少し大きめで綺麗な一軒家の前に立っている。
「ふぅーっ……」
大きく息を吸い込み、乱れそうになる心拍を必死に整える。
緊張で手のひらにはじっとりと汗が滲んでいた。
ズボンの生地でそれをゴシゴシと拭き取り、俺は覚悟を決めて、年季の入った厚い木の扉を数回ノックした。
コンッ、コンッ
「す、すみません! ベニアさんはいらっしゃいますか!?」
裏返りそうになるのを必死に堪えながら、少し大きめの声で呼びかける。
すると
「はーい」
中から、足音と共に小気味の良い声が聞こえた。
ドクンッ、と心臓が跳ね上がった。
あの人だ。昨日から今日まで、寝ても覚めてもずっと俺の脳内で再生され続けていた、鈴を転がしたようなあの人の声。
カチャリ、とノブが回り、扉がゆっくりと、しかし確かに開かれる。
「どちら様で──あっ……君はあの時の……」
扉の隙間から顔を出したのは、やはりあの『女神様』だった。
そしてその瞬間、室内の匂いなのか、それともお姉さん自身の匂いなのかは分からないが、中からふわりと、頭が甘く溶けてしまいそうな程に優しい花の香りが漂ってきた。
俺はもう、その瞬間から頭の中が真っ白になってしまった。
だけど、ここまで来て何も言わずに逃げるわけにはいかない。男として、何か言わなくちゃいけなくて。
「あっ! あの! 昨日はごめんなさい!」
俺は勢いよく頭を大きく下げた。
何について謝っているのかなんて主語を完全にすっ飛ばして、とにかく謝罪の言葉だけが弾かれたように口をついて出ていた。
すると、深く下げた俺の頭の上から、まるで神の啓示の如く美しい声音が降ってきた。
「ふふっ……良いんだよ。君の方こそ大丈夫だった? 勢い良く尻もち着いてたけど?」
ああ、なんて優しい人なんだ。
謝罪の言葉も足りていない怪しいガキを許すどころか、俺の身を案じて心配してくれている。
ただでさえ綺麗な人が、そんな信じられないくらい優しい言葉をかけてくれるものだから、俺はなんだか胸の奥がギュッとなって、涙が出そうになるのを必死に堪えなければならなかった。
「だ、大丈夫です! 俺っ! 頑丈なんで!」
少しでも格好良く、強そうに見せるために、思わずそんな強がりな言葉が飛び出してしまう。
本当は尻もちをついたお尻はしばらくジンジン痛かったのに。
俺が顔を上げると、お姉さんはホッとしたように、花が咲くような柔らかい笑みを浮かべた。
「そっか、良かったぁ……」
そして、何かを思いついたようにポンッと手を打ち合わせる。
「あっそうだ。良かったら上がっていって? 今、リーシェとクッキーを焼いたところなんだよね」
そう言うと、お姉さんは開け放たれた扉の奥に向かって、明るい声で呼びかけた。
「リーシェー! あの時の子が来たから、家に上げるねー!」
「えぇ!?」
奥の部屋から、ガチャン! と何か硬いものを落としたような音と共に、ものすごく驚いた様子の、そしてどこか不機嫌そうな女性の声が聞こえてきた。
(……え? ちょっと待ってくれ)
俺は、今の状況が上手く処理できずに完全にフリーズしていた。
俺、今からこの家に入るのか!?
こんな信じられないくらい良い匂いがする家に!?
こんな超絶綺麗なお姉さんと一緒に!?
その上、手作りのクッキーまでご馳走になるって!?
呆然と立ち尽くしている俺の右手を、お姉さんの手がそっと握った。
すべすべで、信じられないくらい柔らかくて、それでいてとても暖かな白い手。
その手に優しく引かれ、俺はまるで夢の中にいるようなフワフワした足取りで、家の中へと引き入れられた。
玄関の土間を上がりながら、お姉さんは俺の方を振り返り、優しく微笑みかけた。
「私の名前はアトラス。アトラス・ベニアだよ───君の名前は?」
そのアイスブルーの瞳に真っ直ぐに見つめられ、俺は目を丸くしたまま、最高に情けない、だらしない表情で答えてしまった。
「エレン……イェーガーです……」
俺がそう名乗ると、アトラスさんは花のような可憐な表情でこてんと小首を傾げた。
「エレン君だね。よろしくね」
その一言と破壊力抜群の笑顔を前に、俺の脳の処理能力は完全に限界を突破し、ただただ真っ赤な顔でコクリと頷くことしかできなかった。