進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
845年4月上旬
ぽかぽかとした暖かな春の陽射しが、シガンシナ区の一軒家の窓からリビングへと降り注いでいる。
その穏やかな光に包まれながら、俺は今日、密かに進めていた一つの巨大なプロジェクトを完了させた。
俺の有する独自の『道』のサーバー。
そこを通じて、既存の『九つの巨人』のシステムへと干渉し、理を書き換えるための、言わばプログラミングのコードのようなものが遂に完成したのだ。
あとはこの『ウイルス(概念)』のようなものを、九つの巨人を継承する戦士本人と直接接触し、俺の管理者権限で、ダバーッと流し込むだけだ。
これが成功すれば、彼らを死の運命に縛り付ける『ユミルの呪い(13年の寿命)』を完全に解除することができる。
さらに、おまけとして俺の意思一つで、対象の巨人化を強制的に解除させたり、一時的に巨人化そのものを禁ずる(ロックをかける)ことすら可能となった。
……いや、この「巨人化強制解除」に関しては、ぶっちゃけ狙って作ったわけではなく、偶然できた代物だ。
本来は、始祖の巨人が有する『硬質化の解除』のシステム構造を参考に、俺の雑なプログラミングで見よう見まねで弄り回していただけなのだ。
それがどういうバグの連鎖か、硬質化どころか『巨人化そのものの強制解除』とかいう、ふざけた、そしてえげつないチート能力へと昇華されてしまったのである。
ここまで何度心の中で突っ込んだか忘れたが、俺という存在自体が、もはや「意味不明なバグ」という言葉すら烏滸がましいほどの『ぶっ壊れキャラ』になり果てている。
故に、こんなデタラメな現象が起きても、「まぁ、そういうものか」と受け入れ、納得するしかない。
……そう、納得するしかないんだ。俺は神様じゃなくて、ただの元男子大学生なんだけどな。
それよりも
俺の頭を悩ませているのは、そんな世界の理とかいう壮大な話よりも、もっと身近で、もっと厄介な問題の方だった。
エレン少年が、あの一件──衝撃的なクッキーのあーんで、新たな扉を開いてしまった事件以来、明らかに何かおかしなことになっているのだ。
あの日からというもの、彼は週に一回か二回のハイペースで、俺たちの家に通い詰めるようになった。
そしてリビングにやって来るなり、俺かリーシェのどちらかを窓際の光の当たる椅子に座らせ、何処から調達してきたのか、分厚いスケッチブックのようなものを開いて、
ものすごく真剣な、それこそ巨人を駆逐するかのような殺気立った目で、俺たちの肖像画を描き始めるのだ。
まぁ、ぶっちゃけ俺たちは秋(超大型巨人の襲来予想時期)まで特にやることもないし、時間は有り余っているから暇潰しのモデルくらいは別に良い。
問題は、リーシェの態度だ。
最初の頃こそ、リーシェは「アトラスとの貴重なイチャイチャ時間を邪魔された」とばかりに、エレン少年が来るたびに俺の背後に隠れて、片頬をぷくっと可愛らしく膨らませて威嚇していたのだ。
しかし、ある日
俺が夕飯の買い出しに行っている間、エレン少年と二人きりで留守番をさせていた日を境に、事態は急変した。
俺が買い物から帰ると、リーシェはエレン少年と何やら深く頷き合い、それ以降、彼が家に来るたびに「あら、坊や。いらっしゃい。今日も良い光が入ってるわよ」と、満面の笑みで喜んで迎え入れるようになったのである。
……怪しい。
あまりにも怪しすぎる。
(まさか……浮気か?)
いやいや、相手は10歳そこそこの少年だぞ。
でも、この世界では分からない。
それに、逆に俺の方が曇らせられる事態に陥っているのが精神的にキツかった。
原作のエレン・イェーガーは、どんな逆境に立たされても「進み続ける」執念の塊だった。
今はまだ父親のグリシャが生きているから能力の継承はされていないが、もし、彼の本質的な部分で『元々その(狙った獲物を逃さない)要素が強かったら?』と考えると、いてもたってもいられなかった。
あの氷の狂犬すら手懐ける、未来の主人公の恐るべきタラシ術。
もしリーシェがエレン少年に絆されてしまったら……俺のこの平穏な生活はどうなってしまうんだ?
そんな不安と葛藤がドロドロと渦巻き、遂に俺の精神的限界を迎えた、ある日のことだった。
「……リーシェッ!!」
エレン少年が帰った後のリビングで。
俺は前世を含めても珍しく、完全にヒステリーを起こしてしまった。
ドンッ! とテーブルを両手で叩き、目を潤ませながらリーシェに詰め寄る。
「ちょっとリーシェ! 最近あの子と仲良すぎない!? 私が買い物に行ってる間に、一体何を話したの!
あの子が来るたびに嬉しそうに笑って……まさか、私よりあの子の方がよくなったの!?
──────私のこと、もうどうでもよくなったの!?」
声が上ずり、自分でも引くくらい女の子らしい、嫉妬に狂ったメンヘラ彼女のような台詞が口をついて出た。だが、止まらなかった。
「答えてよリーシェ! 私だけを愛してるって言ったじゃん! なのに、どうしてあの子にそんなに優しくするの……ッ!」
息を切らし、涙目で睨みつける俺。
すると、リーシェはポカンと目を丸くした後……突如として、その美しい顔を両手で覆い、肩を震わせ始めた。
「……ふふっ、あはははははっ!!」
「な、何がおかしいの!?」
「ご、ごめんなさい、アトラス! あぁもう、可愛すぎて、愛おしすぎて頭がおかしくなりそう……っ!」
リーシェは恍惚とした表情で俺を抱きしめ、首筋に顔を擦り寄せてきた。
「誤解よ、アトラス。私が他の誰かに目移りするわけないじゃない。
……実はね、あの日、あなたが留守の間に、坊やのスケッチブックを見せてもらったの」
「スケッチブック……?」
「ええ。そこにはね、あなたへの狂気的なまでの賛美と、圧倒的な美しさが、何十枚にもわたって緻密に描かれていたわ。
あの坊や、息をするのも忘れるくらい、あなたという存在の『美』に魅入られているのよ」
リーシェはクスクスと笑いながら、真相を語り始めた。
「だからね、意気投合したの。
坊やは、アトラスの至高の美しさを永遠の形に残すための『同志』よ。
彼が『普段のアトラスさんはどんな表情をするんですか?』って聞いてくるから、私があなたの寝顔の可愛さとか、ご飯を食べてる時の幸せそうな顔とか、私にだけ見せる甘えた声とか
……あなたの素晴らしい日常のすべてを、たっぷりと語り聞かせてあげているだけなのよ」
「…………えっ?」
「坊やはそれを聞いて、鼻血を出しそうになりながら必死にメモを取って、新しい構図のインスピレーションを得ているの。
私たちが仲良くしているのは、ただの『アトラス愛好会の会合』よ。ふふっ、安心した?」
「…………………………………………」
俺の頭の中で、張り詰めていた嫉妬の糸が、プツンと音を立てて切れた。
浮気じゃなかった。
エレン少年は、ただの強火の『アトラス&百合オタク(兼専属絵師)』に成り果てており、リーシェは俺のプライベートな情報を嬉々として漏洩する『情報提供者』になっていただけだったのだ。
俺がさっきまで、涙目で必死に訴えかけていた、あのヒステリックな嫉妬の言葉の数々。
『私よりあの子の方がよくなったの!?』『私だけを愛してるって言ったじゃん!』
「ああああああああああああああッ!!!」
急速に沸騰するような羞恥心が全身を駆け巡り、俺はその場に両手で顔を覆って蹲った。
熱い。
顔から火が出そうだ。
穴があったら入りたい。
いや、今すぐ巨人化してこのシガンシナ区の地盤ごと陥没させて、自分もろともすべてを無に帰したい。
「……シテ……コロ……シテ……」
「え? なあにアトラス? もっと撫でてほしいの?」
「……シテ…コロシテ………ハズカシイ……モウ……コロシテ……」
床に丸まり、完全に機能停止したbotと化して数十分間呟き続ける俺。
その俺の頭を、リーシェは愛おしそうに、何度も何度も優しく撫でていた。
「あぁ、アトラスが私のために嫉妬して泣いてくれるなんて……私、生きてて良かった。
本当に、本当に幸せ……ふふふっ、あははははっ……!」
彼女の瞳は、今まで一度も見たことがないほどの、俺の独占欲の爆発に対する極上の愉悦と、さらに深みを増した狂気的な愛情でドロドロに濁っていた。
……
…………
………………
(……思い出しただけで、また消えたくなってきた……)
春の暖かな陽射しの中、俺は椅子の上でギュッと膝を抱え、過去の黒歴史に身悶えする。
世界の運命より、巨人の謎より。
俺にとっては、このカオスすぎる日常をどう生き延びるかの方が、よっぽど切実な問題なのだった。
嫉妬してヒスっちゃうアトラスちゃん可愛いですね(*^^*)