進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
数分後
あまりの情報量と超常現象の連続に床に転げ落ちていたグリシャだったが、どうやら何とか現実を受け止めたらしい。
彼は力なく立ち上がると、再び椅子に腰を下ろした。
その顔には、先程までの絶望や強迫観念に縛られたような影は消え去り、代わりに、長年背負い続けてきた途方もない重圧から解放された、深く安堵したような表情が浮かんでいた。
「……貴女様には、何とお礼を申し上げるべきか……」
グリシャは震える声でそう呟くと、机の上に両手を揃えて置き、まるで神に平伏するかのように深く深く額を押し付けた。
「本当にッ……! 有難う御座いますッ……! 私の、いや、我々家族の運命を……こんな形で救ってくださるなんて……!」
嗚咽交じりに絞り出される感謝の言葉。
その背中は、涙を堪えるように小刻みに震えている。
エルディア復権派としての挫折、前妻ダイナの喪失、そして今の家族を犠牲にしてでも進まねばならないという「進撃」の呪縛。
それらすべてから、彼は今、俺のハッキングによって完全に解き放たれたのだ。
「そう畏まらないで下さい、グリシャさん」
俺は極上の女神スマイルを浮かべ、彼を安心させるように優しく声をかけた。
「私がしたいと思った事をしたまでです。それに、私にとってもグリシャさんという『真実を知る』味方が必要だっただけですから」
とはいえ、このまま重苦しい感謝と涙の時間を続けるのも気恥ずかしい。
俺は場の雰囲気を変えるため、少しだけ話題のベクトルを変えることにした。
「ところで、グリシャさん」
俺がトーンを落として呼びかけると、グリシャはビクッと肩を揺らし、まるで神の審判の宣告でも受けるかのように顔を上げた。その目はまだ赤く潤んでいる。
「エレン君の描く絵画、御覧になりました?」
「……え?」
急激すぎる話題の内容の落差に、グリシャはポカンと口を半開きにし、エメラルドグリーンの瞳を丸くした。
世界の真実や巨人の呪いの話から、突然息子の趣味(?)の話に飛んだのだ。彼が混乱するのも無理はない。
「ふふっ……」
俺は、心底面白そうにクスクスと笑いながら続けた。
「彼の絵の繊細さと表現力、それに何かに憑りつかれたような執念の筆致。
王都で活躍するお抱えの画家とは一線を画した圧倒的な描写力が、最近シガンシナ区に視察に来た貴族や大商人の目に留まり、非常に高く評価されているそうじゃないですか」
「あ、ああ……」
グリシャは戸惑いながらも、頷いた。
「ええ……最近、エレンは人が変わったようにカンバスに向かい続けていまして……
どこかの貴族の方から、信じられないほど高価な絵の具や画材を一式贈られてきたんです。
カルラも私も、一体何が起きたのかと驚いているところで……」
彼のその戸惑いの表情から察するに、エレンは親に対して、自分が『絶世の美女二人の濃厚な百合空間』を狂ったように描き続けているという事実は隠しているらしい。
まぁ、そりゃそうか。
親に見せられる代物ではないし、見たらカルラさんあたりは卒倒するかもしれない。
俺は、そんな未来のラスボスの親に向けて、嘘偽りなく心からの微笑みを浮かべて告げた。
「彼、きっと将来歴史に残りますよ」
「……え?」
「───天才画家としてね」
そうだ、未来は完全に変わった。
壁の外の自由を求め、世界を憎悪し、常に血塗られた未来へと進み続ける『自由の奴隷』としてのエレン・イェーガーの道は、俺とリーシェの存在によって完全に断たれたのだ。
今の彼は、この残酷な世界に己の信じる究極の美、すなわち『百合園(ユートピア)』を絵画という手段で布教する、狂信的な宣教師として生きることに魂を燃やしている。
ある意味、人類の八割を踏み潰すよりは遥かに平和で、しかし別の意味で(王都の思想を百合で染め上げるという)恐ろしい影響力を持った存在へとクラスチェンジを果たしてしまったのである。
俺の言葉の真意、その「平和すぎる未来」の意味に気付いたのだろうか。
グリシャは静かに息を飲み、呆然と俺を見つめた。
「ですが」
ここで俺は、彼に対してもう一度、今度は『呪い』ではない、新しい『役割』を与えることにした。
今の彼は、長年縛られてきた使命と責務から突然解放され、進むべき目標(道)を失ってしまった状態だ。
このままでは、燃え尽き症候群のようになって腑抜けになってしまうかもしれない。
「まだ、この世界には解決すべき問題が残っています」
俺は紅茶のカップをソーサーに戻し、真剣な眼差しでグリシャを真っ直ぐに見据えた。
「偽りの王政、壁の中の巨人たち、不戦の契りの真実、そして……海の向こうからやって来る、マーレの戦士という外敵」
グリシャの表情が引き締まり、かつての知性的な医者としての顔つきが戻る。
「私一人では、壁の中の体制を無血で変えることはできません。
……いずれ、エルディア復権派の生き残りであり、壁外の真実を知る『グリシャ・イェーガー』という存在に、政治的・思想的な面で協力してもらう時が必ず来ると思います」
俺は立ち上がり、グリシャの前に立つと、彼の肩にポンと手を置いた。
「とはいえ、それはまだ少し先の話です。
……先ずは、グリシャさんの愛する奥さんと、子供達を、一人の父親として……目一杯、愛してあげてください。
寿命の心配はもうないんですから」
復讐でも、使命でもなく。
ただの父親として、家族と長く共に生きる未来。
その言葉を聞いた瞬間、グリシャの中で張り詰めていた最後の糸がプツンと切れたようだった。
「……はいぃ……っ……!」
堰を切ったように、大粒の涙が彼の目からボロボロと溢れ落ちた。
彼は両手で顔を覆い、嗚咽を漏らしながら、何度も何度も深く頷いた。
窓から差し込む春の暖かな陽射しが、涙を流す彼の背中を優しく照らしている。
俺は、ようやく一つの大きな悲劇のフラグをへし折ることができた安堵感と共に、彼が落ち着くまで、ただ静かにその場に立ち尽くしていた。