進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
どれくらいの間、あそこで涙を流していただろうか。
ひとしきり泣き晴らした私の顔は、酷く情けなく、ひどく腫れ上がっていたはずだ。
それでも、あのアトラスという名の女性は、最後まで慈愛に満ちた微笑みを崩さず、伴侶であるリーシェと共に玄関先まで私を見送ってくれた。
「お気をつけて、グリシャさん。またいつでも遊びにいらしてくださいね」
「坊やによろしくね。また良い絵が描けたら見せに来るよう伝えてちょうだい」
神のような美貌を持つ二人の女性に手を振られ、私は何度も深く頭を下げてから、ベニア邸を後にした。
シガンシナ区の石畳を歩く。
空はすでに茜色から深い藍色へと移り変わりつつあり、初夏の心地よい夜風が、涙で濡れた私の頬を優しく撫でていった。
(……軽い)
ふと、自身の足取りの軽さに驚愕する。
比喩ではない。物理的に、そして精神的に、私の全身を縛り付けていた鎖が跡形もなく消え去っていたのだ。
『進撃の巨人』を継承して以来、私の体内には常に残酷な時計の針の音が響いていた。
ユミルの呪い──13年という絶対的な寿命の制限。
残された時間の中で、壁の王から始祖を奪い、復権派の悲願を達成しなければならないという強迫観念が、私の胃を、心を、絶えず削り続けてきた。
それが今、完全に沈黙している。
彼女の手が私に触れたあの数秒間。
巨人の血がもたらす重圧も、すべてが幻であったかのように消え失せた。
「第十の巨人化能力者……独自の『道』……」
呟いた自分の声が、夜風に溶ける。
エルディアの長い歴史において、九つの巨人以外の存在など聞いたこともない。
ましてや、始祖ユミルの座標そのものを無理矢理介入し、対象を自分の管理下に上書きするなど、神の御業としか言いようがなかった。
彼女は一体何者なのか。
その正体は依然として謎のままだが……一つだけ確かなことがある。
彼女は、私たち家族を『凄惨な運命』から救い出してくれた恩人だ。
(エレン……)
息子の顔が脳裏に浮かぶ。
本来であれば、私は壁が破られた日、王族を惨殺して始祖を奪い、何も知らない幼い息子に巨人化の注射を打ち、自身を食い殺させるつもりだった。
それが、未来の記憶が示す唯一の『進撃』の道だったからだ。
そんなおぞましい業を、愛する息子に背負わせる恐怖と罪悪感に、私は毎夜苛まれてきた。
だが、未来は変わったのだ。
『彼、きっと将来歴史に残りますよ──天才画家として』
アトラスの言葉が、脳内で温かく反響する。
確かに最近のエレンは、人が変わったようにカンバスに向かい、猛烈な勢いで筆を走らせている。
王都の貴族から贈られたという高級な画材を手に、何かに憑りつかれたかのように『美』を描き出そうとするその姿には、
かつての「壁の外に出たい」という危うい憧れは消え失せ、純粋な情熱だけが満ちていた。
私には、息子が具体的に何を描いているのか(なぜか完成した絵を絶対に見せてくれないのだ)は分からない。
だが、あのアトラスが『天才画家』と太鼓判を押すほどの才能を開花させているのなら、親としてこれほど喜ばしいことはない。
血塗られた自由の闘士ではなく、人々の心を打つ芸術家としての道。
彼がそんな平和な未来を歩めるというのなら、私は喜んで彼を応援しよう。
(カルラも……死なずに済む……)
マーレの戦士たちによる壁の破壊。
その日を、アトラスは未然に防ぐと断言した。
あの彼女の瞳には、一切の迷いも嘘もなかった。
私の愛する妻が巨人に喰われる未来は、もう来ない。
気がつけば、私の足は自然と早歩きになっていた。
早く帰りたい。早く彼らの顔が見たい。
『先ずは…グリシャさんの妻と子供達を目一杯、愛してあげてください』
アトラスのその言葉が、私の胸の最も深い部分を温かく満たしている。
エルディア復権派としての使命や、偽りの王政との闘い。
それは確かに残っているし、いずれ私が彼女の隣で果たすべき役割があるのだろう。
だが、今は
今だけは、ただの「父親」として、そして「夫」として、取り戻した長い人生を彼らと共に歩むことが許されたのだ。
見慣れた我が家の明かりが見えてきた。
扉の向こうからは、カルラが夕飯の支度をする温かい匂いと、エレンやミカサの微かな話し声が漏れ聞こえてくる。
私は、目尻に滲んだ涙を袖で乱暴に拭い、大きく深呼吸をした。
そして、これまでのどの瞬間よりも軽やかな手つきで、我が家の扉を開け放った。
「……ただいま。カルラ、エレン、ミカサ」
長きにわたる呪いから解放された男の、本当の意味での『新しい人生』が、この穏やかな夜から静かに幕を開けたのだった。