進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第百二十六話

 

 

グリシャ・イェーガーの震える背中を玄関で見送った後、シガンシナ区の我が家には、再び静寂が降りてきた。

 

 

 

キッチンから漂うほのかな紅茶の香りと、窓から差し込む夕暮れの赤い光。

 

 

 

俺は、リビングに置かれた質の良い革張りのソファに深く腰を下ろした。隣には、何も言わずに俺に寄り添うように座るリーシェがいる。

 

 

 

これまで、俺は彼女に対して『自身の異常な能力』や『これから起こるであろう危険』については断片的に伝えてきたが、この世界の根本的な謎や、俺がなぜあそこまでしてあの親子に干渉したのかという『真実』については、意図的に伏せてきた。

 

 

 

だが、もうグリシャの因果すら書き換えた今、彼女に隠し事をする必要はないだろう。

 

 

 

俺の唯一の『共犯者』であり、誰よりも俺を愛してくれている彼女には、すべてを知っておいてほしかった。

 

 

 

俺は小さく息を吐き出し、隣に座るリーシェの横顔を見つめた。

 

 

「……今から話すのは、壁内人類が歩んできた真の歴史と、これから起こる筈だった未来の話だよ」

 

 

「……」

 

リーシェは何も聞かず、ただ静かにアイスブルーの瞳を俺に向け、無言で続きを促した。

 

 

 

 

その真剣な眼差しを受け止めながら、俺はぽつりぽつりと、前世の記憶として知る『進撃の巨人』の残酷な世界観を語り始めた。

 

 

 

「約100年前、当時の王は、始祖の巨人の力で壁内の人々の記憶を改竄し、『壁外の人類は滅んだ』と信じ込ませた。

そして、平和を享受する代わりに、もし外の敵が攻めてきても、反撃せずに滅びを受け入れるという『不戦の契り』を自らに課し、それが今も尚、王家の血筋に受け継がれるようになったんだ」

 

 

リーシェの眉が微かにピクリと動いたが、彼女は口を挟まなかった。

 

 

「私たちが今まで壁の外で戦って、切り捨ててきた無垢の巨人たち。あれはただの化け物じゃない。

海を隔てた外の世界にある『マーレ』という国で、罪人として捕まり、巨人化の注射を打たれて永遠の悪夢を彷徨わされている……私たちの同胞なんだよ」

 

 

 

残酷な真実

 

 

 

今まで自分たちが狩ってきた的が、実は同胞の成れの果てだったという事実。

 

 

 

普通の調査兵団の兵士が聞けば、発狂してもおかしくない事実だ。

 

 

 

だが、リーシェは表情一つ変えなかった。彼女にとって、俺以外の人間がどうなろうと、それが同胞であろうと知ったことではないのだろう。

 

 

 

俺はさらに、これから訪れるはずだった『未来』へと話題を進める。

 

 

 

「そして、今年の秋に。超大型巨人と鎧の巨人、女型の巨人の力を持った『マーレの子供たち』が、このシガンシナ区の門とウォール・マリアの内壁を破り、無数の巨人に住民たちが蹂躙される。

その地獄の中、さっきまでここにいたグリシャさんの奥さん──カルラさんが巨人に食べられて、エレン君が復讐の鬼になる」

 

 

 

俺の脳裏に、アニメで見たあの凄惨な第一話の光景がフラッシュバックする。

 

 

 

「壁が破られた混乱に乗じて、グリシャさんは半狂乱になりながら、王都の地下でレイス家───始祖の巨人を保有する真の王族を襲う。

自身を巨人化して彼らを捕食し、罪のない子供達すらも惨殺する。

そして、何も知らないエレン君を森に連れ出し、巨人化の注射薬を打って……自身を、自分の息子に捕食させて、能力を継承させるんだ」

 

 

 

言葉にするだけで、おぞましさが胃の底からせり上がってくる。

 

 

 

さっき、涙を流して感謝してくれた、あの不器用で優しい父親が。

 

 

 

照れくさそうにクッキーをかじっていた、あの純粋なエレン少年が。

 

 

 

そんな血塗られた運命を辿るはずだったのだ。

 

 

「やがて、エレン君は『巨人を一匹残らず駆逐する』という復讐鬼に成り果て、壁の向こうに住まう人々を……十数億人規模で踏み潰し、世界を更地にする大量虐殺を実行する。

……そうなる、筈だった」

 

 

そこまで言って、俺はふと口を噤んだ。

 

 

 

自身の膝の上に置かれた華奢な白い手が、無意識の内に、微かにガタガタと震えていることに気がついたのだ。

 

 

 

いくら「自分が回避させた」と頭で分かっていても、記憶の中にあるあの絶望的な世界観の質量は、ただの元男子大学生の精神にはあまりにも重すぎた。

 

 

 

何十万、何億という命が理不尽に散っていく世界。親が子に喰われ、友が友を殺し合う世界。

 

 

 

俺はそんな恐ろしい歴史の真上に立っているのだという実感が、今更になって冷たい恐怖となって背筋を這い上がってきた。

 

 

「……アトラス」

 

 

不意に、震える俺の両手を、リーシェの温かく柔らかい手が包み込んだ。

 

 

 

顔を上げると、そこには一切の揺らぎもない、どこまでも深く、そして狂気的なまでに俺だけを愛し抜く決意に満ちたアイスブルーの瞳があった。

 

 

 

「震えなくていいわ、アトラス。何十億の人間が死のうが、誰が誰を喰い殺そうが、私にはどうでもいいこと。

……でも、その運命があなたを少しでも怯えさせるというなら、私が先にその『未来』ごと、すべてを切り刻んであげる。王族だろうと、海の向こうの国だろうと、私が一匹残らず蹂躙してあげるから」

 

 

 

世界よりも、ただ俺一人の安寧を優先する彼女の異常な愛情。

 

 

 

普通なら恐れを抱くようなその狂気的な言葉が、今の俺にはたまらなく暖かく、頼もしく感じられた。

 

 

 

強張っていた肩から、スッと力が抜けていく。

 

 

 

俺は震えの止まった手を裏返し、リーシェの指を優しく握り返した。

 

 

「……ありがとう、リーシェ。でも、もう大丈夫。リーシェが手を汚す必要なんてないんだ」

 

 

俺は、ソファに深く背中を預け、天井を仰ぎ見ながらふわりと微笑んだ。

 

 

「だって、その悲惨な未来のフラグは……もう、殆ど全部『へし折った』からね」

 

「へし折った?」

リーシェが小首を傾げる。

 

 

 

「うん。まず、一番の火種だったエレン君の復讐心。あれはもう完全に消え去った。

今の彼は巨人を駆逐する悪魔じゃなくて、私たちを崇拝する『天才画家』にジョブチェンジしちゃったからね。

世界を踏み潰すどころか、世界を百合の絵で埋め尽くす気満々だよ」

 

 

俺がクスクスと笑いながら言うと、リーシェも思い出したように「ふふっ、あれは良い信者(同志)になったわね」と満足げに頷いた。

 

 

 

「そして、今日。グリシャさんから『13年の呪い』と『進撃の運命』を取り払った。

これで、彼がレイス家の子供たちを惨殺して、エレン君に自分を食わせる悲劇も起こらない。

彼はただの優しいお医者さんとして、カルラさんやエレン君と一緒に天寿を全うできる」

 

 

 

俺は、繋いだリーシェの手をギュッと握り締めた。

 

 

「残るは、今年の秋に壁を壊しに来る『マーレの子供たち』だけ。

でも、それも大丈夫。壁が破られる前に私が超大型巨人を無力化して、今日グリシャさんに使ったあの『ウイルス』を彼らにも打ち込む。

彼らを脅している寿命の呪いを解いて、私の『道』に組み込めば、彼らは戦う理由を失う……誰も殺さずに、味方に引き入れることができるんだ」

 

 

 

俺の口からスラスラと紡がれる『解答』。

 

 

これこそが、俺がこの数ヶ月間、シガンシナ区ののどかな生活の裏で必死に組み上げてきた、この残酷な世界に対する「完全論破(ハッピーエンド)」のシナリオだった。

 

 

 

俺の言葉を聞き終えたリーシェは、心底愛おしそうに目を細め、そのまま俺の肩にコツンと頭を乗せてきた。

 

 

「本当に、あなたは女神ね。

……そんな途方もない悲劇の連鎖を、たった一人で、こんなにもあっさりと終わらせてしまうなんて」

 

 

「私一人じゃないよ。リーシェがずっと隣にいてくれたから、私は狂わずに済んだんだ」

 

 

俺は、肩に寄りかかるリーシェの金色の髪を優しく撫でた。

 

 

 

窓の外は、すでに完全な夜の闇に包まれようとしていた。

 

 

 

だが、俺の心の中にあった、得体の知れない未来への恐怖という暗雲は、完全に晴れ渡っていた。

 

 

 

もう、怯える必要はない。

 

 

 

壁内人類が歩むはずだった地獄の歴史は、俺という特異点であるバグと、リーシェという狂犬の介入によって、完全に別のルートへと分岐したのだ。

 

 

 

あとは、秋にやってくるであろう『彼ら』を迎え撃ち、このどうしようもなくカオスで、だけど平和で温かい日常を守り抜くだけだ。

 

 

「……今日の夕飯、何にしようか」

 

 

「アトラスの作ったものなら、私、なんだって食べるわよ」

 

 

 

俺たちは、世界の命運など忘れたかのように、ただの恋人同士のように甘く他愛のない会話を交わしながら、静かな夜のキッチンへと向かうのだった。

 

 

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