進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
第百三十四話
845年9月10日
ついにやってきた。俺たち壁内人類にとって、そして海の向こうからやって来る三人の子供たちにとって、全てが始まる「運命の日」が。
俺はシガンシナ区の南端、巨大な壁の頂上にて、隣に伏せるリーシェと共に、南の平原の彼方からやって来るはずの「三人の戦士」を今か今かと待ち侘びていた。
現在のシガンシナ区は、異様な静寂と極限の緊張感に包まれている。
エルヴィン団長の指揮の下、調査兵団は表向き『壁門突破時を想定した特別軍事作戦(大規模防衛演習)』という名目で、シガンシナ区の住民を一時的に奥の区画へと退避させていた。
そして現在、総勢約200名にも及ぶ調査兵団の超精鋭兵士たちが、このシガンシナ区全域に配置されている。
春からの増員で兵団戦力は約1200名にまで膨れ上がっているが、その実に六分の一にあたる精鋭中の精鋭が集結し、壁外、壁上、壁内の三ヶ所に分かれて息を潜め待機しているのだ。
彼ら一般兵士は、今日ここで何が起こるのか、本当の真実を知らない。
だが、特異点たる俺たちやリヴァイ兵長をはじめとする上官たちの尋常ではない気迫を感じ取り、いつ如何なる事態に陥っても即座に対応できるよう、その刃を極限まで研ぎ澄ませていた。
「……来た……」
俺の隣で、リーシェが極低温の声を漏らした。
視線の先。遥か遠くの正面の平原に、揺らぐ陽炎の中から三つの小さな黒い点が現れ、真っ直ぐにこのシガンシナ区の門へと向かって歩を進めてくるのが見えた。
「斬る?」
リーシェが、チャキッと偽装型・超々硬質ブレードを構え、いつでも超音速で飛び出せるよう筋肉をバネのように収縮させる。
そのアイスブルーの瞳には、愛する俺の平穏を脅かす外敵に対する、絶対零度の殺意が渦巻いていた。
「……まだ。……巨人化するまで待って」
俺は彼女の肩にそっと手を置き、静かに制止した。
人間の状態のまま斬り伏せるのは容易いが、彼らが巨人の力を温存したままでは後々厄介だ。
一度彼らに能力を使わせ、巨人化によって体力を限界まで消耗させた方が、捕獲後の無力化と「呪いの解除」の処置が圧倒的に確実になる。
「分かったわ」
リーシェは短く返事をし、スッと殺気を引っ込めた。
俺たちは、遥か下を歩く彼らに壁上からの視線や気配を不審がられないよう、冷たい石造りの壁の頂上にピタリと身体を伏せる。
ジリジリと焼け付くような時間が流れる。彼らの足音が、壁の真下へと到達した。
そして、遂に
───キィィィィィン!!!!
鼓膜を破るような甲高い破裂音と共に、巨人化時に特有の強烈な黄色い雷の閃光が壁の真下から天を衝いた。
大地が激しく揺れ、爆発的な轟音と超高温の熱波が周囲の空気を一瞬にして吹き飛ばす。
もうもうと立ち昇る赤い蒸気の中から、壁の高さすら超える60メートルの巨大な筋繊維の塊───超大型巨人が、ゆっくりとその絶望的な顔を壁上へと覗かせようとしていた。
原作通りだ。本来なら、ここでシガンシナ区の門が蹴り破られ、地獄の蓋が開く。
だが、今の俺たちにとって、この程度の絶望はもはや「ちょっと大きな的」でしかない。
俺は、超大型巨人が壁に手をつくよりも早く、壁の外側(平原側)に向かって躊躇なく飛び降りた。
空中で、懐に忍ばせていたナイフを引き抜き、自身の白い手のひらをスッと切りつける。
──ギィィィィィィン!!!!
超大型の派手な落雷とは違う、空気を重く押し潰すような鈍い閃光と轟音が響き渡る。
視界が白く染まり、膨大な熱量と共に、俺の肉体が再構築されていく。
着地と同時。
そこに現れたのは、黄金比で計算されたかのようにバランスの良い鋼の筋肉を纏う、男性ベースの15m級巨人。
俺は巨人化の完了と同時に、コンマ一秒のタイムラグもなく全身の皮膚を最高硬度のクリスタルで覆い尽くし、完全な『超硬質化状態』へと移行した。
『遠路遥々ようこそ、歓迎しようじゃないか。』
俺は、腹の底から響くような、重く低い声でそう言い放った。
見た目が完全な「鋼の筋肉を持つ男性ベースの巨人」なので、意図的に口調を少しシニカルな男性寄りに変えている。
この厳つい見た目のまま、人間体(美少女ボディ)での可憐な口調のまま話すと、情報量の凄まじい濁流で俺自身の脳みそがショートして爆発しそうになるからだ。背に腹は代えられない。
言葉を発すると同時。
俺は両手から瞬時に「絶対に切断不可能な硬質化の縄」を大量に生成し、それを鞭のように振るって、眼前に立つ60メートルの超大型巨人の太い胴体へと何重にも巻き付けた。
『まずは、お座りだ』
俺は、全身の鋼の筋肉を躍動させ、平原側に向かって後ろへ軽く体重をかけて引いた。
俺の巨人体のフィジカルは、80メートルの巨木を二本担いでダッシュできる狂気の産物だ。
いかに60メートルで質量があろうと、動きの鈍い超大型の重心を崩すことなど造作もない。
「ズォオオオオオオオッ!?」
超大型巨人が、信じられないものを見るような目で俺を見下ろした直後。
──────ズドォォォォォォォォンッ!!!
凄まじい轟音と地響きを立てて、超大型巨人は壁から引き剥がされ、平原へと仰向けに無様に倒れ込んだ。
俺は間髪入れずに跳躍し、倒れ伏した超大型巨人の四肢の関節へと落下。
硬質化した拳で、軽く構えただけのパンチを連続で叩き込む。
ドパンッ! バァンッ!
まるで熟れた果実が弾けるように、超大型巨人の巨大な両腕と両脚が、たった数発の打撃で跡形もなく消し飛んだ。
再生すら追いつかない、文字通りのダルマ状態だ。
そのあまりにも理不尽な光景を、平原に立っていた二人の人影が呆然と見上げていた。
まだ巨人化していなかった、若かりし頃のアニとライナーらしき人物だ。
彼らの顔には、作戦の要であるベルトルトが秒殺されたことへの、理解を超えた恐怖が張り付いている。
「あ、あああ……っ! ライナー!」
「くそっ、巨人化しろアニ!!」
パニックに陥った彼らは、慌てて自身の手を噛みちぎり、黄色い閃光と共に巨人化した。
筋繊維剥き出しの女型の巨人と、全身を硬い鎧で覆った鎧の巨人が平原にその姿を現す。
だが、それこそが彼らの最大の悪手だった。
「……遅いわ」
空から、極低温の死神の声が降ってきた。
壁上から飛び出したリーシェが、アトラス謹製の高圧蒸気ガスを爆発させ、文字通り超音速の弾丸となってアニ(女型の巨人)へと肉薄する。
「ガァッ!?」
格闘術の構えをとる暇も、うなじを硬質化で防御する暇すら与えられない。
リーシェの振るう黒鋼の剣が、銀色の竜巻となって女型の巨人を包み込む。
─────シュパパパパパパンッ!!!
時間にしてわずか数秒。
悲鳴を上げる間もなく、女型の巨人の四肢は完璧な精度で削ぎ落とされ、ただの巨大な肉塊となって平原に崩れ落ちた。
一方、残されたライナー(鎧の巨人)は、目の前でアニが瞬殺されたことに完全に正気を失ったのか、絶望の咆哮を上げながら、俺に向かって猛突進してきた。
「ウオオオオオオオオオオッ!!」
地響きを立てて突っ込んでくる鎧の巨人。その全身の硬質化装甲は、壁内の刃を通さない無敵の盾だ。
だが、次元が違う。
『元気だな……ただ、それは無謀だ』
俺は冷徹に告げると、硬質化した右手のひらに、自身の超高温・高圧蒸気を極限まで圧縮した直径2m程の「クリスタルの球体」を瞬時に生成した。
そして、超音速で飛び回るリーシェが射線に入らないことを完璧に確認した上で、突っ込んでくる鎧の巨人に向けて、野球のピッチャーのようなフォームでそれを軽く投擲した。
音を置き去りにして放たれたクリスタルの球体が、鎧の巨人の胸板に直撃する。
────ズドボォォォォォォォォォォォォッ!!!!
着弾と同時に内部の超高圧蒸気が解放され、大気を揺るがす大爆発が巻き起こった。
鎧の巨人の誇る無敵の装甲など、紙切れ同然だった。爆発の凄まじい威力が、鎧の巨人の「上胸から下」の肉体すべてを跡形もなく消し飛ばしたのだ。
下半身と胴体を失ったライナーの顔面と胸の上部だけが、突進の凄まじい慣性に従って、ズザザザザザッ! と平原の地面を数十メートルにわたって抉るように滑っていき、やがてピタリと停止した。
静寂が降りた
時間にして、彼らが巨人化してから一分も経っていない。
シガンシナ区の壁を破壊し、人類を絶望の淵に叩き落とすはずだったマーレの最強兵器たちは、俺とリーシェのたった二人の前に、赤子の手をひねるよりも容易く制圧されてしまった。
俺は、ダルマ状態になって蒸気を吹く超大型巨人のうなじへと歩み寄り、硬質化した指先で器用に肉を割き、中で気絶しているベルトルトを回収した。
そのまま、地面に転がる鎧の巨人の残骸へと歩を進める。
俺は、硬質化した両手で鎧の巨人のうなじを掴み、凄まじい握力と腕力でバキィッ! と装甲ごと無理やり引き剥がした。
「ヒッ……!!」
うなじの中から引きずり出されたライナーは、意識を保っていたものの、顔を恐怖と絶望でグチャグチャに染め上げ、ガチガチと歯を鳴らして震えていた。
壁内人類を「悪魔」と教え込まれてきた彼だが、今、彼の目の前にいる俺たちこそが、理解の範疇を超えた本物の『理外の悪魔』に見えていることだろう。
「はい、アトラス。女型の中身、連れてきたわよ」
そこへ、超音速の機動を終えて息一つ乱していないリーシェが、うなじから引きずり出して気絶させたアニの首根っこを掴んで、俺の手のひらの上へとポイッと放り投げた。
『ありがとう、リーシェ』
俺は、三人の子供たち(気絶したベルトルトとアニ、恐怖で硬直するライナー)を片手にまとめると、もう片方の手からクリスタルを生成させ、彼らを傷つけないよう薄い球体の膜の中にすっぽりと閉じ込めた。
これで逃げられることも、途中で窒息することもない。
『それじゃあ、行こうか』
俺が短く告げると、リーシェは慣れた手つきで俺の巨人体が持つ長い黒髪にガシッと掴まり、自身の身体を固定した。
壁上から、エルヴィン団長率いる調査兵団の精鋭たちが、言葉を失ったままこの一方的な蹂躙劇を見下ろしているのが気配で分かる。
彼らの出番は、本当に一つも無かった。
俺は、三人の戦士を閉じ込めたクリスタル球を小脇に抱え、平原の地面を力強く蹴り上げた。
ドォンッ!! という爆発的な踏み込みと共に、俺の巨体は新幹線並の全速力で加速する。目指すは、ハンジ分隊長が壁外の森の地下深く(地下25m)に極秘裏に建造した、あの堅牢な地下牢だ。
シガンシナ区の壁は、今日、たった一つの傷もつくことなく、秋の高い空の下で静かにそびえ立っていた。
人類の悲劇は、完全に回避されたのだ。