進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
地下25メートルの最深部に構築された、冷たく、そして静まり返った石造りの牢獄。
松明の炎が揺らめき、鉄格子の向こう側で膝を抱える三人の少年少女の青ざめた顔を不気味に照らし出している。
逃げ場のない密室。
圧倒的な暴力を見せつけられ、両手を重厚な鉄のミトンで拘束された彼らは、もはや反撃の意志すら喪失し、ただ私から下されるであろう『死の宣告』を震えながら待っていた。
私は、彼らの怯えた視線を正面から受け止めながら、あえて威圧感を消し、静かに、しかし絶対的な重みを持って語りかけた。
「君達の事情は、概ね把握している……この島の海の向こうにある『マーレ』から、始祖奪還の為に愛する家族を残し、ここまで来たことをな」
その言葉を口にした瞬間、三人の息がピタリと止まった。
大きく見開かれた瞳には、恐怖を通り越した純粋な驚愕が張り付いている。
壁の中の悪魔たちは何も知らないはずだという彼らの前提は、たった一言で完全に粉砕されたのだ。
私は彼らが思考の海で溺れる前に、最も重要な『大前提』を提示する。
「大前提として、我々は君達を殺しも、拷問も、実験体としても扱わない事を、この場で誓おう」
「えぇ……! ……そ、そんなぁぁ……っ!!」
私の宣言の直後、背後からハンジのこの世の終わりでも見たかのような情けない悲鳴が響き渡った。
「あんなに、あんなに素晴らしい検体なのに……! 指の一本だけでも、いやせめて爪の先だけでも……ッ!」
「おいクソメガネ、てめぇが一番の悪魔に見えるぞ。黙ってろ」
リヴァイが苛立たしげにハンジの頭を鷲掴み、物理的に黙らせる音が聞こえたが、私は一切の表情を変えずにそれを無視した。
檻の中の彼らは、私の言葉と背後のカオスなやり取りに、信じられないといった様子で目を白黒させている。
無理もない。
彼らからすれば、自分たちを『数秒』でダルマにし、鎧を紙屑のように吹き飛ばした理外のバケモノ(アトラス殿とリーシェ特別班長)が控えているのだ。
戦いとも呼べない一方的な蹂躙を受けた直後に、「何もしない」と言われて素直に信じられるはずがない。
だからこそ、交渉のテーブルには彼らが喉から手が出るほど欲している『対価』を乗せる必要がある。
私は言葉を続ける。
「君達、九つの巨人化能力者は『十三年の呪い』という寿命の縛りを受けている……間違いは無いか?」
図星を突かれた戦士たちは、顔を見合わせた。
やがて、金髪で大柄な少年──ライナーと呼ばれていた彼が、乾いた唇を噛み締めながら、絶望に満ちた瞳で静かに一つ頷いた。
「ありがとう……我々は……いや、ここに居る彼女、アトラス殿は、その呪いを解除することが出来る」
私は、右後ろに立つ美しい少女──先程まで15mの鋼の巨体で彼らを蹂躙していた特異点──へとスッと手のひらを向けながら、信じ難い事実を告げた。
アトラス殿は、彼らからの視線を受けて「ふふっ」と人の良さそうな、小悪魔的な微笑みを返している。
「そして、君たちがマーレに残した愛する家族を、我々の圧倒的な武力をもって安全に保護してみせると約束しよう」
寿命の呪いの解除。
そして、マーレからの家族の救出。
マーレの戦士として彼らを縛り付けている最大の鎖を、同時に二つ断ち切るという提案。
余りの飛躍した展開と、理解の範疇を超えた超常の提案に、彼らの脳は完全に処理が間に合っていないようだった。
地下牢に、松明の爆ぜる音だけが響く重い沈黙が落ちた。
数十秒の間を開け、彼らがこの状況の異常性と、提示された条件の重さを天秤にかけるのを待つ。
最初に動いたのは、金髪の小柄な少女──アニだった。
「……わかった。やって」
氷のように冷たく、しかし確かな生存本能と打算を秘めた瞳で、彼女は私とアトラス殿を真っ直ぐに見据えて言い放った。
「アニ! 正気か!?」
ライナーが、裏切られたような顔で身を乗り出し、彼女を怒鳴りつけた。
「こいつらは悪魔だぞ! マーレを裏切って、俺たちが無事で……っ!」
「ライナー、私はね」
アニは、激昂する同郷の少年を冷めた声で遮った。
「大義だとか、マーレの使命だとか……そんなものは、もうどうでもいいの。私が生きて帰れないなら、家族を守れないなら、戦士でいる意味なんてない」
彼女の言葉は残酷なまでに現実的だった。
あの平原で、リーシェという名の『鬼神』に数秒で四肢を解体された彼女は、この島で武力による任務遂行が100%不可能であることを、誰よりも骨の髄まで理解しているのだ。
「……っ……」
ライナーは悔しそうに顔を伏せ、ギリッと奥歯を噛み締めた。
戦士としての洗脳と、仲間を想う心、そして圧倒的な現実の前で、彼の精神は限界まで引き裂かれようとしている。
すると、隣で震えていた黒髪の長身の少年──ベルトルトが、震える声で、しかしどこか諦観の混じった優しいトーンで口を開いた。
「ライナー……アニの言う通りだ。僕達に、もう選択肢は無いんだよ」
ベルトルトは、檻の外で静かに微塵の隙もなく佇むリーシェと、微笑みを浮かべるアトラス殿を見つめた。
「あの人達の力は……マーレの軍事力とか、九つの巨人とか、そういう次元じゃない。
僕達がここで少しでも抵抗する素振りを見せたら、今度こそ数秒で跡形もなく消される。
……あの人達の指示に、従おう……」
ベルトルトに宥められるように言われ、ライナーの肩からスッと力が抜けた。
彼もまた、頭では理解しているのだ。
あの時、自身の誇りであった『鎧』が、アトラス殿の放ったたった一撃のクリスタル球でチリと化した絶対的な敗北を。
「……分かった……ベルトルト……」
重い、本当に重い息を吐き出し、ライナーはゆっくりと顔を上げた。
戦士としての仮面が割れ、そこには、ただ家族を想い、生きることを渇望する一人の十代の少年の顔があった。
彼は私に、そしてアトラス殿に向かって、深く頭を下げた。
「お願いします……俺たちにかけられた呪いの解除と……マーレにいる家族を……俺たちの家族を、救って下さい……!」
絞り出すような、悲痛な願い。
彼らもまた、世界という巨大で残酷なシステムに踊らされ、子供の身で重すぎる業を背負わされてきた被害者なのだ。
私は一人の兵士として、そして彼らの境遇を知る大人として。
すべてを捨て、この絶望的な状況下で己と家族の生存を選ぶという、彼ら幼き戦士の勇気ある決断に最大の敬意を表するために、こう告げた。
「貴殿らの英断に、最大の敬意を表する」
私がゆっくりと頷くと、背後の兵士たちが鉄格子の重い鍵を開けた。
私はアトラス殿に向けて、無言で視線を送る。
「それじゃあ、ちょっと手枷を外すね」
アトラス殿は、可憐な足取りで鉄格子の中へと足を踏み入れた。
その背後では、リーシェ特別班長が黒鋼の剣の柄に手をかけたまま、一歩も動かずに氷のような眼差しで三人の挙動を監視している。
万が一、手枷を外された彼らが自傷行為──巨人化に及ぼうとすれば、雷が落ちるよりも早く彼らの首が飛ぶだろう。
アトラス殿は、最も手前に座っていたアニの背後に回り、分厚い鉄のミトンのような手枷のロックを、カチャリと小気味良い音を立てて外した。
拘束が解かれ、アニの白い手が露わになる。
次の瞬間、アトラス殿の華奢で真っ白な手が、アニの手にそっと触れた。
「……ッ!?」
一瞬、アニの肩がビクンッと大きく震え、その瞳が驚愕に見開かれた。
目には見えないが、彼女の体内──魂の根幹を繋ぐ『何か』に、極太の迸る何かが流れ込み、強引に書き換えられるような超常の感覚が走ったのだろう。
「大丈夫、痛くないよ」
アトラス殿は優しく微笑みかけながら、そのまま順番に、ベルトルト、そしてライナーの背後へと回り、手枷を外しては彼らの手にそっと触れていった。
触れられた少年たちは、一様に雷に打たれたように身体を強張らせ、言葉にならない小さな喘ぎ声を漏らした。
ほんの数秒の出来事だった。
「……よし、おしまい」
アトラス殿は、ほっと一つ息をついて立ち上がると、拍手をするようにパンッと自身の両手を打ち鳴らした。
「これで、君たちを縛っていた『十三年の呪い』は綺麗さっぱり解かれたよ。君たちはこれからは普通の人間と同じように、天寿を全うできる」
「なっ……!?」
「本当、なのか……!?」
信じられないという顔で自身の手のひらを見つめるライナーとベルトルト。
アトラス殿は、さらに畳み掛けるように、神の如き所業をサラリと告げた。
「おまけに、これからは始祖の巨人による記憶改竄や洗脳といった影響も一切受けなくなったよ。君たちを、始祖ユミルが管理する道から引き剥がして、私の持っている『道』に直接移し替えたからね」
「あなたの、道……?」
アニが呆然と呟く。
「うん……一応、事後承諾になっちゃうんだけど」
アトラス殿は、少しだけ申し訳なさそうに眉を下げ、えへへと可愛らしく笑いながら、最も恐ろしい『枷』の事実を口にした。
「今、君達が持っている『九つの巨人』の力は、私の完全な管理下に入ったよ。だから、私が許可しない限り……君たちは二度と、巨人化することはできない。一旦、変身の機能は制限させて貰うね」
「……あ……」
三人の口から、間の抜けた声が漏れた。
寿命の呪いが解け、始祖の支配から外れ、そして最大の武器であった巨人化すらも、目の前の可憐な少女の『スイッチ一つ』で完全に封じられてしまったのだ。
マーレの戦士としての存在意義が、たった数秒の接触で、根底から書き換えられ、上書きされてしまった。
何が何だか分からないといった様子で、彼らはただ呆然とアトラス殿を見上げている。
だが、彼らの顔から、先程までの暗い絶望と死の恐怖の色は、確実に薄まっていた。
少なくとも、自分たちは今日、ここで殺されることはない。
そして、いつ来るか分からない寿命に怯える必要もなくなったのだ。
私は、完全に『こちら側の手札』として組み込まれた三人の元・戦士たちを見下ろしながら、この圧倒的な勝利の余韻を静かに噛み締めていた。
血を一滴も流すことなく、人類最大の脅威は我々の軍門に降った。
いよいよ、我々が王政府の喉元に刃を突きつける、真の反撃の時が来たのだ。