進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第百四十一話

845年9月12日、昼

 

 

シガンシナ区を出発してから一定のペースで陣形を乱さないよう細心の注意を払いながら、俺たちは今、ウォール・シーナ北部に位置するオルブド区の宿屋に身を寄せていた。

 

 

南門からウォール・シーナ内へと侵入し、王政府の中枢である王都ミットラスをあえて素通りし、そのまま北門を抜けてこのオルブド区へと至るルート。

 

 

 

その道中、俺は前世の記憶───本来の歴史で起こるはずだった『王都での苛烈な市街地立体機動戦』を警戒し、いつケニー・アッカーマン率いる対人制圧部隊の奇襲が来てもいいように神経を極限まで尖らせていた。

 

 

 

しかし、王都ミットラスで戦闘は起こらなかった。

 

 

 

建物の屋根からも、路地裏からも、散弾銃の銃口が俺たちを狙うことは一度もなかったのだ。

 

 

 

不気味なほどの静けさだった。

 

 

 

だが、それは決して彼らが俺たちの動きを見落としたということではない。

 

 

 

あの頭の切れるケニーのことだ。

 

 

 

俺たちのこの異様な行軍の真の目的地が『始祖の巨人』───すなわち、真の王家が潜む地下礼拝堂であることを既に看破していると考えるべきだ。

 

 

 

王都で交戦がなかったということは、奴らは既に先回りして礼拝堂で待ち構えているか、あるいは今まさに、俺たちを確実に仕留めるために全戦力をもって向かって来ている最中なのかもしれない。

 

 

 

いずれにせよ、ここは敵地のど真ん中だ。

 

 

安全な宿舎での一時休憩中とは言え、警戒は常に怠るべきではない。

 

 

 

予定では、今日の15時頃

 

 

このオルブド区とウォール・ローゼ内壁を結ぶ壁門を抜け、その先にあるレイス家の領地、そしてすべての始まりである『地下礼拝堂』へと向かうことになっている。

 

 

 

覚悟は、とうの昔に出来ている。

 

 

 

この残酷な世界で、俺の愛するリーシェの笑顔を守るため。

 

 

そして、シガンシナ区で出会ったイェーガー一家──グリシャさん、カルラさん、エレン少年、ミカサ、アルミンという、俺にとって第二の家族とも呼べる大切な人たちの平和な日常を勝ち取るため。

 

 

 

そのためならば、俺はこの神にも等しい『特異点』としての力を振るい、壁内人類の理(不戦の契り)そのものを、何としてでも物理的・概念的にへし折って、このクーデター作戦を成功させてみせる。

 

 

 

だが、頭ではどれだけ強固な決意を固めていても、肉体は正直だった。

 

 

 

巨人に変身しての物理的な戦闘なら、俺に負ける要素は一つもない。

 

 

 

しかしこれから挑むのは、始祖ユミルのシステムへのハッキングと、人の命を奪うことに特化した同族───対人制圧部隊との血で血を洗う殺し合いだ。

 

 

 

歴史の分岐点という、世界そのものの重圧。

 

 

 

ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ。

 

 

かつてない未知のプレッシャーで、俺の心臓は異常なほど速く、重く、強く鼓動を打ち続けていた。

 

 

 

胸の奥が締め付けられるように痛い。

 

 

 

無意識のうちに呼吸は浅くなり、何度も小さく息を吸い込んでは吐き出すことを繰り返していた。

 

 

 

冷や汗が背中を伝うのが分かる。

 

 

15メートルの鋼の巨人になれるはずの俺が、今はただの一人の人間として、己の背負ったものの重さに押し潰されそうになっていた。

 

 

 

そんな俺の傍らで、リーシェは何も言わずに、ただ静かに俺の身を案じていた。

 

 

 

宿のベッドの端に座る俺のすぐ横に立ち、彼女はいつものように抱きついてきたり、過剰なスキンシップを求めたりすることもなく、ただ痛ましそうな瞳で俺の横顔を見つめている。

 

 

 

無理もない。

 

 

俺のこんなにも余裕がなく、弱り切った姿を見るのは、彼女にとっておそらく初めてのことだ。

 

 

 

出会ったあの巨大樹の森から今日に至るまで、俺は常に圧倒的な『絶対者』として、彼女の前で最強の存在であり続けてきた。

 

 

 

どんな絶望的な巨人の群れを前にしても、決して焦らず、微笑みすら浮かべて蹂躙してきたのだから。

 

 

 

だからこそ、今の俺が何に怯え、何にプレッシャーを感じているのか、彼女には正確に理解できない。

 

 

 

ただ俺がひどく苦しんでいるということだけを感じ取り、故にどうすれば俺を救えるのかが分からず、ただ見守ることしかできずにいるのだろう。

 

 

 

(……ごめんな、リーシェ。心配かけて)

 

 

俺は浅い呼吸を少しだけ整え、彼女をこれ以上不安にさせないために、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「……リーシェ」

 

 

掠れた声で俺がそう呼ぶと、ビクンと肩を揺らし、リーシェは体ごと俺の方へと勢いよく向き直った。

 

 

 

その顔は、今にも泣き出しそうに歪んでいた。人類最強の鬼神として、一個旅団規模を単騎で殲滅するあの無敵の女が、今はただ一人の恋人を案じる普通の女の子として、ポロポロと涙を溢しそうな顔でこちらを見ている。

 

 

 

「どうしたの……? 何でも言って? 喉が渇いた? 少し横になる? ……アトラスの為なら、私、何だってするから……っ」

 

 

 

切羽詰まった、すがるような声。

 

 

 

俺の苦痛を取り除くためなら、極端なまでの純粋な愛情に、俺の胸の奥で暴れていた心臓の鼓動が、不思議と少しだけ和らいでいくのを感じた。

 

 

 

俺は、自身のこの『比類なき超絶美少女フェイス』に、どうしようもない疲労の色を滲ませながらも、彼女を安心させるためにふわりと柔らかい微笑みを浮かべた。

 

 

 

そして、前世の男としてのくだらないプライドなど今はすべて投げ捨てて、心からの甘えるような声音で言葉を紡いだ。

 

 

「……膝枕、して欲しいなー」

 

 

たったそれだけの、ささやかなワガママ。

 

 

だが、俺のその言葉を聞いた瞬間、リーシェの顔から絶望の色がパッと晴れ、代わりに限界突破した母性と狂おしいほどの愛情がブワッと溢れ出した。

 

 

「ええ、良いわよ! もちろん!」

 

 

リーシェは弾かれたように返事をすると、俺が座っていたベッドの上にするりと上がり、自身の両の膝をピタリと合わせた。

 

 

 

そして、自分の柔らかい太ももをポンッ、と軽く手で叩き、俺に頭を乗せるよう促してきた。

 

 

「ほら、アトラス。ここにおいで……」

 

 

蕩けるような、極上の甘い声。

 

俺はもう、重力に抗うことをやめた。

 

 

張り詰めていた全身の力を抜き、そのまま横に倒れ込むようにして、彼女の太ももの上へと静かに頭を乗せた。

 

 

「……んっ……」

 

リーシェの体温が、じんわりと頬に伝わってくる。ふわりと香る、彼女の髪の匂い。

 

 

硬いベッドではなく、愛する者の柔らかく温かい膝の上。それは、俺が背負っていた世界の重圧を、一瞬にして忘れさせてくれるほどの絶対的な安心感だった。

 

 

 

「よしよし……アトラス、えらいわね。私の可愛い、可愛いアトラス……」

 

 

リーシェが、愛おしくてたまらないといった様子で、俺の漆黒の長い髪を優しく、何度も何度も撫でてくれる。

 

 

 

その指先の感触が心地よくて、俺はゆっくりと目を閉じた。

 

 

(……あぁ、すごく落ち着く……リーシェの手、魔法みたいだな……)

 

 

浅かった呼吸が、次第に深く、規則正しいものへと変わっていく。

 

 

 

うるさかった心臓の音も、彼女の規則的な撫でるリズムと同調するように、穏やかな鼓動へと落ち着いていった。

 

 

 

あと数時間後には、血みどろの死闘と、歴史の改竄という大仕事が待っている。

 

 

 

だが、今の俺には、この膝の上の空間だけが世界のすべてだった。

 

 

「少し、休んでいいのよ。私がずっと、こうしてアトラスを守ってあげるから」

 

 

リーシェのその優しい子守唄のような囁きを聞きながら。

 

 

 

俺は、用意されていたはずの昼食を食べることも完全に忘れ、深い深い安心の底へと、静かに意識を落としていった。

 

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