進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
845年9月12日
愛しいリーシェの、この世の何よりも柔らかく温かい膝枕と、極上の子守唄(幻聴)
それによって精神的疲労を完全に回復……いや、むしろバフが限界突破した俺は、予定時間通りに宿を出て、シガンシナ区で待機していた本隊と合流を果たした。
オルブド区の巨大な壁門を潜り抜け、ウォール・ローゼの内壁へと入る。
そこからは、かつて自らの足で壁内の暗部を調査し尽くした男──グリシャ・イェーガーの確かな案内のもと、俺たちは馬の腹を蹴り、王政の真の支配者であるレイス家が治める領地へと向けて一気に進軍した。
やがて、傾き始めた秋の夕陽が、広大な平原を赤く染め上げる頃。
前方のなだらかな丘の上に、ポツンと建つ古びた石造りの建物のシルエットが視界に入ってきた。
地下深くへと続く入り口を隠すための、カモフラージュの建造物。
あれこそが、始祖の巨人が受け継がれてきた血塗られた聖地───『地下礼拝堂』の外観だ。
だが、俺たちの視線は、その建物そのものよりも、建物の前に立ち塞がるようにして横一列に並んでいる『異常な影』の群れに釘付けになっていた。
夕闇を背負うようにして待ち構えていたのは、見知らぬ数十人程の集団だった。
全身を黒ずくめの特殊な防具で固め、背中には鈍く光る筒状のタンク。
そして何より、彼らの中心に立ち、葉巻を咥えながら周囲の空気を歪めるほどの圧倒的な威圧感と殺気を放っている、長身で痩躯の男。
……間違いない。
あれが、王政府の暗部にして、リヴァイ兵長の育ての親。
ケニー・アッカーマン率いる『中央第一憲兵・対人制圧部隊』だ。
「……チッ。やはり、嗅ぎつけてやがったか」
先頭を走っていたリヴァイ兵長が、忌々しげに舌打ちを漏らす。
俺たちの部隊は、対人制圧部隊とちょうど50メートルほど距離を開けた位置で、一斉に手綱を引き、馬の足を止めた。
その瞬間から、陣形は淀みなく、冷徹な戦闘態勢へと移行する。
リヴァイ兵長率いる『対人立体機動部隊』の三十名が、無言のまま馬から降り、一人一人数メートルの間隔を空けながら扇状に散開し、先頭に立った。
いつでも立体機動のワイヤーを射出し、背面のショートブレードを引き抜ける構えだ。
対する俺も、自身の役割を果たすべく密かに動く。
前世の記憶通り、奴らの主兵装は『対人用の散弾銃』だ。
広範囲に鉄の雨を降らせるその攻撃から、後方にいるグリシャさんやハンジ分隊長といった非戦闘員(要人)を確実に守り抜く必要がある。
俺は手のひらに意識を集中させ、いつでも自身の周囲に絶対防御の『硬質化結晶のドーム』を展開できるよう、地面の下に極太のクリスタルの根を張り巡らせて待機した。
隣では、リーシェが黒鋼の剣の柄に手をかけ、極低温の瞳で前方の敵集団を睨み据えている。
張り詰めた糸のような、ジリジリとした間合い。
枯れ葉が風に舞う音さえも鮮明に聞こえる静寂の中、リヴァイ兵長が一人、ゆっくりと前に歩み出た。
「……ケニー。邪魔だ、そこを退きやがれ」
一切の感情を排した、氷のように冷たい声。
かつて自分に生きる術と殺しの技術を教え込んだ男に対する、恩も情も欠片も存在しない絶対的な敵対宣言だった。
「おいおい、感動の再会のセリフがそれかぁ? 昔っから変わらず、可愛げのねぇクソガキだなぁ──リヴァイ」
ケニーは咥えていた葉巻を地面に吐き捨て、革靴の踵で踏み躙りながら、わざとらしく両手を広げて肩をすくめた。
その口元には薄ら笑いが浮かんでいるが、鍔広の帽子の奥から覗く瞳は、獲物を前にした飢えた獣のようにギラギラと光っている。
「……」
リヴァイは何も答えない。ただ、背面に格納された刃の柄に、スッと指を這わせる。
「そう怖い顔すんなって。俺の後ろで控えてる、可愛い優秀な部下がビビっちまうじゃねぇか」
ケニーが挑発するように笑い声を上げた。
お互いに探り合い、コンマ一秒の隙を窺う神経戦。
だが、痺れを切らした様子で、リヴァイ兵長が低くドスを効かせた声で口を開いた。
「いつまで無駄口叩くつもりだ……さっさと本題を言いやがれ」
その瞬間
ケニーの顔からヘラヘラとした薄ら笑いが完全に消え去り、その表情がスッと、研ぎ澄まされた殺人鬼の刃のように鋭く冷徹なものへと切り替わった。
「オメェら、何が目的だ」
周囲の空気が、急激に冷え込んだ錯覚を覚えるほどの重い殺気。
ケニーの放った言葉は、単なる足止めではない。
調査兵団という青二才どもが、どうやってこの場所の情報を手に入れ、一体何を企んで自分の縄張りに踏み込んできたのかを測るための、最後通牒だった。
その時だ。
「おい、エルヴィン……!」
リヴァイ兵長が、苦言を呈するように背後へ向けて鋭く名前を口にした。
俺がハッとして横を見ると、なんとエルヴィン団長が、対人立体機動部隊が作った防衛線の隙間を縫って、馬に乗ったままゆっくりと前へと進み出ていたのだ。
そして、そのままリヴァイ兵長のすぐ真横にまで歩み寄り、立ち止まった。
(えっ!? エルヴィン団長!? 何やってんの!?)
俺は内心で盛大に焦った。
指揮官が最も射線の通りやすい最前線に、しかも馬という巨大な的の上に乗ったまま出るなど、狂気の沙汰だ。
だが、エルヴィン団長は目の前で殺意を剥き出しにしているケニーに向けて、一切の臆病風に吹かれることなく、威風堂々とした態度で言葉を放った。
「我々は、始祖の巨人の能力者であるフリーダ・レイス氏に接触し、彼女の受ける呪い──歴代の王を縛る"不戦の契り"を解呪する為にここに来た」
「……は?」
エルヴィン団長の、あまりにも包み隠さないストレートな宣言。
それを聞いたケニーの目が、これ以上ないほど大きく見開き、その額にブチブチと太い青筋が何本も浮かび上がった。
(あ〜あ……エルヴィンさんや、あんたワザとやったのか?)
俺は心の中で、顔を引きつらせながら盛大にツッコミを入れた。
いや、違う。エルヴィン団長は、ケニー・アッカーマンという男の『真の目的』を知らないのだ。
ケニーの目的は、王政を守ることでもレイス家に忠誠を誓っていることでもない。
彼が最も渇望しているのは、自身が始祖の巨人を継承し、あの『不戦の契り』という呪いに己の脳を上書きされることで、かつての友であるウーリ・レイスと同じ境地(景色)を見ることなのだ。
それを……
エルヴィン団長はただ、正直に「今からフリーダの不戦の契りを解呪(破壊)しに行く」と告げてしまった。
それはケニーにとって、自分の人生のすべてを懸けた「夢」を、目の前で永遠に粉砕されるという最悪の宣告と同義だった。
「……テメェら……ふざけんじゃねぇぞ……ッ!!」
ケニーの全身から、文字通り爆発的な怒気と殺意が噴き上がった。
彼にとって、もはや交渉の余地など欠片も残されてはいなかった。
俺は言葉を発するよりも早く、コンマゼロ秒の反射速度で能力を解放した。
──────ガガガガガガッ!!!
地面を割り、俺を中心とした半径10メートルを覆い尽くす、分厚く透明な『硬質化結晶の半球ドーム』が一瞬にして展開される。
これで、背後にいるグリシャさんやハンジ分隊長たちは完全に守られた。
しかし──────
エルヴィン団長は、俺のドームの展開範囲よりもさらに前方、リヴァイ兵長と並ぶ最前線へと進み出てしまっていたため、絶対防御の範囲から完全に外れていたのだ。
「死にやがれぇぇッ!!」
怒声と共に、ケニーが両腕を交差させるようにして大腿部のホルスターから二丁の対人散弾銃を抜き放ち、その凶悪な銃口をエルヴィン団長へと真っ直ぐに向け、引き金に指をかけた。
(間に合わない……ッ!)
俺が硬質化の壁を前方に伸ばそうとした、その瞬間だった。
──────ドガァァッ!!
「ぐあっ……!?」
ケニーが引き金を絞るより一瞬早く。
隣に立っていたリヴァイ兵長が、エルヴィン団長の乗る馬の腹ではなく、エルヴィン自身の身体を強烈な回し蹴りで真横へと蹴り飛ばしたのだ。
──────ズドンッ!!!
爆音と共にケニーの放った無数の鉄弾が、エルヴィンがコンマ一秒前まで存在していた空間を無慈悲に引き裂き、背後の俺の展開した硬質化ドームに激しく打ち付けた。
馬から蹴り落とされ、地面を無様に転がるエルヴィン。
しかし、そのおかげで彼は脳天を蜂の巣にされるという即死の運命を免れた。
「……撃てェェェェェッ!!!」
「散開しろ!! 射線を外せ!!!」
ケニーの怒号と、リヴァイ兵長の鋭い命令が、夕暮れの平原に交差した。
バァン! ズドン! という耳を劈くような銃声の連続と、空気を切り裂く立体機動装置のワイヤーの射出音。
人類の反撃の希望である『調査兵団・対人立体機動部隊』と、王政の最奥の番犬である『ケニー率いる対人制圧部隊』。
決して交わることのない二つの信念と殺意が激突する、人間同士の凄惨な直接戦闘の火蓋が、今ここに切って落とされた。