進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
秋の夕暮れ時
レイス家の領地にあるなだらかな丘を赤く染める陽光を背に受けて、俺は忌々しい葉巻の煙を細く吐き出した。
背後には、何の変哲もない古びた石造りの礼拝堂。
その地下深くには、俺が喉から手が出るほど欲している『始祖の巨人』が眠っている。
そして前方の平原からは、一直線にこちらへ向かって土煙を上げる集団の姿が見えた。
「……来やがったな」
俺の背後に控える、黒ずくめの対人制圧部隊の部下たちが、一斉に散弾銃のグリップを握り直す音が響いた。
接近してくる集団の先頭。
俺の視力は、その先陣を切る三十名ほどの兵士たちが、対巨人用の鈍重な刃ではなく、明らかに『人間を殺す』ことに特化した見慣れぬ立体機動装置を装備しているのを確かに捉えていた。
その陣形の中心にいるのは、俺がかつて地下街の泥水の中から拾い上げ、ナイフの握り方から人間の殺し方まで、すべてを叩き込んでやったあの小汚いクソガキだ。
(いっちょ前に、俺と同じような『人殺しの部隊』を育て上げやがって……)
部隊は、俺たちとちょうど50メートルほど距離を開けた位置でピタリと停止した。
リヴァイ率いる三十名の兵士たちが無言で馬から降り、扇状に散開する。
一人一人が数メートルの間隔を空け、いつでもワイヤーを射出して背面から刃を抜ける、完璧な戦闘態勢だ。
その後方には、エルヴィン・スミス。
分隊長どもの姿。医者の男。そして、噂のバケモノじみた鬼神とやたら面貌の良い長身の女の姿もあった。
張り詰めた空気の中、リヴァイが一人、ゆっくりと前へ歩み出てきた。
その灰色の瞳には、俺に対する恩も感傷も、何一つとして残っちゃいねぇ。
ただの排除すべき障害を見るような、氷のような目だった。
「……ケニー。邪魔だ、そこを退きやがれ」
低く、冷徹な声が平原に響く。
俺は咥えていた葉巻を地面にペッと吐き捨て、革靴の踵で踏み躙りながら、わざとらしく両手を広げてみせた。
「おいおい、感動の再会のセリフがそれかぁ? 昔っから変わらず、可愛げのねぇクソガキだなぁ──リヴァイ」
「……」
リヴァイは何も答えず、ただ背面のブレードの柄にスッと指を這わせた。
その隙のねぇ構えに、俺は思わず口角を吊り上げる。
「そう怖い顔すんなって。俺の後ろで控えてる、可愛い優秀な部下がビビっちまうじゃねぇか」
俺が薄ら笑いを浮かべて挑発を続けると、痺れを切らした様子で、リヴァイが一段とドスを効かせた声で口を開いた。
「いつまで無駄口叩くつもりだ……さっさと本題を言いやがれ」
その言葉を聞いた瞬間。俺の顔から、ヘラヘラとした余裕の仮面が完全に剥がれ落ちた。
そうだ。お遊びの時間は終わりだ。
俺の表情がスッと、研ぎ澄まされた刃のように冷え切っていくのが自分でも分かった。
「オメェら、何が目的だ」
周囲の空気を凍りつかせるような重い殺気を込めて、俺は問うた。
テメェらがどうやって巨人の真実に行き着き、なぜ対人用の兵器まで持ち出して、王政の最奥であるこの場所に土足で踏み込んできたのか。
その腹の底を聞き出してやる。
すると、俺の放った殺気に臆することなく、部隊の後方から一頭の馬が進み出てきた。
エルヴィン・スミスだ。
あろうことかあの野郎は、立体機動部隊の隙間を縫って、馬に乗ったまま俺の目の前──リヴァイのすぐ隣までノコノコと歩み出てきやがった。
「おい、エルヴィン……!」
リヴァイが、そのあまりにも無防備で危険な行動に苦言を呈するように名前を呼ぶ。
だが、エルヴィンはリヴァイの制止を意に介さず、馬の上から、殺意を剥き出しにしている俺に向けて、真っ直ぐに青い瞳を向けてきやがった。
そして、堂々たる声で、信じられない言葉を放ったのだ。
「我々は、始祖の巨人の能力者であるフリーダ・レイス氏に接触し、彼女の受ける呪い──"不戦の契り"を解呪する為ここに来た」
「……は?」
俺の口から、間抜けな声が漏れた。
思考が停止した。エルヴィンが今、何と言った?
不戦の契りを、解呪する?
ブチッ、と
俺の額に、太い青筋が浮かび上がる音がした。
(ふざ……けるな……ッ!!)
俺の人生のすべては、あのウーリ・レイスという奇妙な男と出会った日から始まった。
あいつみたいに、圧倒的な力を持ちながら他人に頭を下げられるような、慈愛に満ちた存在。
そんな景色を、この血塗られたクソみたいな人生しか知らねぇ俺も、見てみたかったんだ。
そのためには、始祖の巨人を喰らい、歴代の王を縛り付けてきたあの『不戦の契り』という呪いに、俺自身の脳みそを上書きしてもらうしかねぇんだ。
それなのに。
目の前のこの金髪の青二才は、たった今、「その呪いをぶっ壊しに来た」と抜かしやがった。
もし本当にそんなことが可能なら、俺の夢はどうなる?
俺がウーリと同じ景色を見るための、唯一の希望はどうなる!?
俺は一生、ただのゴミクズみたいな人殺しのまま、何も分からねぇまま死んでいくしかなくなるじゃねぇか!!
「テメェら……ふざけんじゃねぇぞ……ッ!!」
腸の底からマグマのように沸き上がる激怒に任せ、俺は咆哮を上げた。
交渉? 牽制? そんなものはもう知ったことか。
俺の夢を粉砕しようとする奴らは、ここで一匹残らず肉片に変えてやる。
俺が両手で大腿部のホルスターから散弾銃を抜き放とうとした、その刹那だった。
──────ガガガガガガガッ!!!
後方に控えていた長身の黒髪の女が、何の前触れもなく、地面から巨大な『硬質化結晶のドーム』を一瞬にして発生させやがった。
(チッ、何だあのデタラメな力は……!)
背後にいる医者や要人どもは、その分厚い水晶の壁に完全に守られちまった。
だが、馬鹿な指揮官は別だ。
奴はわざわざ、ドームの展開範囲よりも前方、俺の散弾の射程距離のど真ん中にまで進み出てきている。
「死にやがれぇぇッ!!」
俺は二丁の銃口をエルヴィンの脳天と心臓に定め、躊躇いなく引き金を絞り込んだ。
──────ドガァァッ!!
銃口から火を噴くより、ほんのコンマ一秒だけ早かった。
「ぐあっ……!?」
隣にいたリヴァイの野郎が、馬の上のエルヴィンを蹴り飛ばすようにして、強引にその身体を真横へと吹き飛ばしやがったのだ。
──────ズドンッ!!!
爆音と共に放たれた無数の鉄弾は、エルヴィンがコンマ一秒前までいた空間を虚しく引き裂き、後方の訳の分からない結晶のドームに遮られた。
「……撃てェェェェェッ!!!」
「散開しろ!! 射線を外せ!!!」
俺の怒号と、リヴァイの鋭い命令が、夕暮れの空に同時に響き渡る。
鼓膜を破るような銃声の連続。ワイヤーが空を裂く風切り音。
どちらかが死に絶えるまで決して終わらねぇ、人間同士の凄惨な殺し合いの火蓋が、今、切って落とされた。