進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第百四十六話

秋の陽は釣瓶落としというが、あっという間に平原から光が消え去り、夜の帳が完全に下りた。

 

 

王政の最奥に潜む暗部たちとの、文字通りの死闘。

 

 

だが、結果としてこの場に死者は一人も出ていない。

 

 

あちこちで呻き声を上げる黒ずくめの部隊の男たちは、俺の部下たちによって武器と立体機動装置を完全に剥奪され、両手を拘束された状態で地面に座らされている。

 

 

 

調査兵団が掲げたランプの微かなオレンジ色の光が、血と土に塗れた彼らの顔を不気味に照らし出していた。

 

 

 

俺は、ブレードの微かな汚れを布で拭い去り、鞘に納めると、平原の片隅へと足を向けた。

 

 

 

そこには、俺たちの手で武装解除され、木箱の上に腰掛けさせられている一人の大男の姿があった。

 

 

 

ケニー・アッカーマン

 

かつて王都の地下街で、死にかけのネズミだった俺にナイフの握り方と人の殺し方を叩き込んだ、どうしようもないクズ野郎。

 

 

 

そして、俺にとってのたった一人の「師」と呼べる存在だ。

 

 

 

ケニーの周囲には、俺の部下だけでなく、シガンシナ区から同行してきたグリシャ・イェーガーがしゃがみ込み、慣れた手つきで応急処置を施していた。

 

 

 

戦闘中、ケニー自身に致命傷は負わせていないが、俺がワイヤーのアンカーを掠めさせた肩口や、着地の衝撃で痛めた脚の打撲など、細かな傷の処置を行っているのだ。

 

 

 

「……随分と大人しくなったじゃねぇか、ジジイ」

俺はケニーの正面に立ち、見下ろすようにして声をかけた。

 

 

 

ケニーは、巻かれていた包帯の上から肩を軽く回すと、呆れたように鼻を鳴らした。

 

 

「ハッ。勝者の余裕ってやつかよ、リヴァイ。

……おめぇん所の作った変態みてぇなオモチャと、お前が育てた部下どもの完璧な連携。

アレを見せられちゃあ、流石の俺も白旗を上げるしかねぇわな」

 

 

負け惜しみ一つ言わず、己の敗北をあっさりと認める。昔から、そういう死生観に関しては妙に潔い男だ。

 

 

だが、俺には一つだけ引っかかっていることがあった。

 

 

「……ケニー。アンタ、開戦前にエルヴィンが『フリーダの不戦の契りを解呪する』と言った時……なぜあそこまでブチギレた」

 

俺の問いに、ケニーはピタリと動きを止めた。

 

 

手当てをしていたグリシャも、黙って顔を上げ、ケニーの横顔を見つめる。

 

 

あの時のケニーの殺気は、尋常ではなかった。

 

 

 

王政の番犬としての忠誠心などという安い言葉で片付けられるものではない。

 

 

 

己の魂そのものを踏みにじられたような、絶望と激怒が入り交じった純粋な暴力だった。

 

 

 

「……ハッ」

ケニーは自嘲気味に笑い、包帯の巻かれた手をだらりと下げた。

 

「笑いたきゃ笑えよ、リヴァイ……俺の、夢だったんだよ」

 

「夢……だと?」

 

「あぁ。俺みてぇな、血と暴力でしか他人と関われねぇクズがよ……あの『始祖の巨人』ってやつを喰って、歴代の王を縛り付けてきた『不戦の契り』の呪いを受けたら。

俺のこの腐った脳みそが上書きされて、あのウーリと同じ景色を見られるんじゃねぇかってな。

……俺も、本当の意味で他人に優しくなれるのか。

それが知りたかったんだよ」

 

 

 

ウーリ・レイス。

 

かつてこの男が襲撃し、そして圧倒的な力を見せつけられながらも、なぜか和解したという先代の王。

 

 

 

ケニーは、王に仕えていたのではなく、その王が見ていた『景色』に憧れ、執着していたのだ。

 

 

 

俺は言葉を失った。この殺人鬼の口から、他人に優しくなりたいなどという、まるで子供のような純粋で滑稽な夢が飛び出してくるなんて、想像すらしていなかった。

 

 

 

「……だが、お前のとこの金髪野郎が、その呪いを『ぶっ壊す』と抜かしやがった。俺がウーリと同じ景色を見るための唯一の希望が、目の前で永遠に消え失せたんだ。

そりゃあ、頭の血管もブチ切れるってもんだろ」

 

 

ケニーは寂しげに笑い、大きく息を吐き出した。

 

 

だが、その時だった。

 

 

ケニーの傷の手当てを終え、医療鞄を閉じていたグリシャが、低く静かな声で口を開いた。

 

 

「……だとしたら、ケニーさん。あなたは最初から、その夢を叶えることはできなかったのですよ」

 

 

「あン?」

ケニーが怪訝そうに眉を顰め、グリシャを睨みつける。

 

 

 

俺も黙って医者の男に視線を向けた。

 

 

彼は、アトラスやあの狂犬娘と共にシガンシナ区に潜伏し、巨人の真理をすべて知っているという男だ。

 

 

「どういう意味だ、ヤブ医者」

グリシャは眼鏡の位置を直すと、悲酷な事実を容赦なく突きつけた。

 

 

「私はただの医者ではありません。壁の外から来た、エルディア復権派の生き残りであり……巨人の真理を知る者です。

……ケニーさん。あなたたち『アッカーマン一族』は、巨人科学の副産物として生み出された、王家の血とは異なる特殊な血筋だ」

 

 

「……あぁ、知ってるぜ。だから始祖の記憶改竄が効かねぇ。俺の爺さんがそう言ってた」

 

 

「ええ。ですが、それは同時に……あなたたちアッカーマン一族が、決して『巨人化することができない』ということを意味しているのです」

 

 

「……は?」

ケニーの喉から、間の抜けた声が漏れた。

 

 

「巨人化薬を注射されたとしても、あなたたちアッカーマンの肉体は巨人に変異することはない。

……つまり、あなたがどれだけ望もうと、フリーダ・レイスを喰って始祖の巨人を継承することなど、物理的に不可能だったのです。不戦の契りの呪いを受けることも、ウーリと同じ景色を見ることも……最初から、絶対に叶わない幻想だったのですよ」

 

 

ランプの火が、パチリと音を立てて爆ぜた。

沈黙が落ちた。

 

 

「……そう、かよ」

 

 

数秒後

ケニーの口から零れ落ちたのは、怒りでも絶望の叫びでもなく、ただただ虚ろで、魂の抜け殻のような呟きだった。

 

 

 

「最初から……俺には、権利すら無かったってわけか……ハハッ。滑稽だな。俺のこの数十年は、いったい何だったんだ……」

 

 

ケニーは力なくうなだれ、その広い背中をひどく小さく丸めた。

 

 

 

長年追い求め、今日、エルヴィンに壊されると思っていた夢は……そもそも最初から、手を伸ばすことすら許されない幻影だったのだ。

 

 

 

圧倒的な暴力で王都の裏社会を支配してきた男が、今、完全に生きる気力を失い、ただの抜け殻のようになっていく。

 

 

 

その惨めな姿を黙って見下ろしていた俺は。

 

 

「……チッ」

短く舌打ちをすると、思い切りケニーの脛を蹴り飛ばした。

 

 

「痛ぇッ!? 何しやがるクソガキ!!」

 

「シケたツラしてんじゃねぇ、ケニー」

俺は、痛みに顔を歪める男を見下ろし、冷たく、しかし確かな熱を込めて言い放った。

 

 

 

「アンタのくだらねぇ夢が幻だったからって、そこで終わったようなツラをしてんじゃねぇよ。

 

……周りを見てみろ」

俺が顎でしゃくった先。

 

 

 

そこには、ランプの明かりに照らされた、黒ずくめの対人制圧部隊の男たちの姿があった。

 

 

 

彼らは両手を縛られ、無様にも地面に転がっているが、その瞳は絶望などしておらず、ただ一点──俺たちの前でうなだれている、彼らの『隊長』の姿を、痛ましいほどに心配そうに見つめていたのだ。

 

 

 

「あいつらは、アンタの夢がどうのこうのなんて関係なく、ただアンタの背中を追って、アンタについてきた連中だろ。

……その手下どもがまだ生きて息をしてるってのに、大将が先に死んだようなツラしてどうする」

 

 

俺の言葉に、ケニーはハッとして顔を上げ、周囲を取り囲む自身の部下たちの顔を見渡した。

 

 

『隊長……』

『無事ですか、ケニー隊長……』

拘束されたまま、彼らは口々にケニーの身を案じる声を上げる。

 

 

 

「……お前ら……」

ケニーの瞳に、微かな光が戻った。

 

 

ウーリと同じ景色は見られなくても、この男が自身の力とカリスマで築き上げてきた『絆』は、確かにそこに存在していたのだ。

 

 

不意に──────

 

 

ケニーは深く息を吐き出すと、木箱からゆっくりと立ち上がり、夜空を見上げるようにしてポツリと語り出した。

 

「……なぁ、リヴァイ。お前、なんで俺があの地下街で、お前を置いて出て行ったか……知ってるか?」

 

 

突拍子もない問いに、俺は眉を顰めた。

 

 

「……俺の力が、アンタの足手まといになるからだろ。俺が未熟だったから、アンタに見捨てられた。ずっとそう思ってた」

 

 

俺がそう答えると、ケニーは「ハッ」と自嘲気味に笑った。

 

 

「馬鹿野郎。違ぇよ」

ケニーは俺に向き直り、その鋭い瞳で俺の目を真っ直ぐに捉えた。

 

 

「俺はな……人の親にはなれねぇんだ。血と暴力しか知らねぇクズだからな。

だが……あの痩せこけて死にかけてたお前を、どうしても見捨てることは出来なかった」

 

 

「……」

 

 

「だから、この過酷な地下街で生き延びるための術を、ナイフの握り方から全部、俺なりに叩き込んでやった。

……そして、お前がもう一人でも生きていけるくらい、十分に強くなったと判断したから……俺は、あの場を去ったんだ。

これ以上、俺みてぇなクズがお前の側にいるべきじゃねぇと思ったからな」

 

 

その言葉は、俺の胸の奥に、深く、そして静かに染み込んでいった。

 

 

見捨てられたわけじゃなかった。

 

 

見限られたわけでもなかった。

 

 

この不器用で狂った殺人鬼は、俺が一人で生き抜ける強さを身につけたことを『認めた』からこそ、親離れさせるように去っていったのだ。

 

 

「……そうかよ」

俺の口から、無意識のうちに安堵の息が漏れた。

 

 

 

ずっと胸の奥底で燻っていた、未熟な自分への呪縛。

 

 

 

それが、今、ケニー自身の言葉によって綺麗に解き放たれ、どこか胸の内がスッと軽くなるのを感じた。

 

 

「……悪かったな、リヴァイ」

 

「……今更だ、バカ野郎」

俺たちは、ほんの少しだけ口角を上げ、互いに視線を外した。

 

 

 

言葉にしなくても、それで十分だった。

 

 

そこへ、背後から静かな足音が近づいてきた。

 

 

エルヴィン・スミスだ。

 

 

彼は、蹴り飛ばされた時の土汚れを払い落としながら、俺とケニーの前に歩み出た。

 

 

「怪我の具合は良さそうだな、ケニー・アッカーマン」

 

 

「あぁ、お陰様でな……さっきはドタマ撃ち抜こうとして悪かったな、調査兵団の団長さんよ」

 

 

「構わない。我々も、君たちの夢と職務を武力で踏みにじったのだからなお互い様だ」

 

 

エルヴィンは微塵も怒った様子を見せず、冷静に言葉を返した。

 

 

ケニーは首の後ろを掻きながら、少しバツが悪そうに口を開いた。

 

 

「……なぁ、団長さんよぉ。俺の夢はもう完全に潰えた。これ以上、お前らの邪魔をする意志も動機も、すっからかんに消えちまったよ。

 

……だがよ」

 

ケニーは、背後の地下礼拝堂を顎でしゃくった。

 

 

「あそこには、俺の親友だったウーリの姪がいる。

……お前らが、あの中でフリーダの呪いを解き、この国の歴史をどう引っくり返すつもりなのか。

……それだけは、この目で見届けてぇ。俺に、同行の許可をくれねぇか?」

 

 

そして、ケニーは両手を前に差し出し、まるでおどけるように笑った。

 

 

「必要なら、この両手に重てぇ手錠を嵌めたままでも構わねぇ。大人しくしてるって約束するぜ」

 

 

エルヴィンは少しだけ思案するように目を細めた。

 

 

王政の最高戦力である男を、最も重要な作戦の中枢に引き入れる危険性。

 

 

だが、俺はエルヴィンの背中に向かって、短く声をかけた。

 

 

「……構わねぇだろ、エルヴィン。俺が責任を持って見張る。少しでも妙な真似をしたら、即座に俺がこいつの首を刎ねる」

 

 

俺の後押しを受け、エルヴィンはゆっくりと頷いた。

 

 

「分かった。ケニー・アッカーマン、君の同行を許可しよう。

……手錠は不要だ。君のその眼で、我々が切り拓く人類の新たな歴史を見届けるがいい」

 

 

「……感謝するぜ」

こうして、王政の暗部との死闘は、奇妙な和解という形で幕を閉じた。

 

 

夜の冷たい風が、平原の草を揺らす。

 

 

俺たちは、負傷した部下たちを地上に残し、エルヴィン、俺、ハンジ、グリシャ。

 

 

そしてあのアトラスとリーシェの姉妹。

 

 

そこにケニーを加えた少数のメンバーで、礼拝堂の入り口へと向かった。

 

 

重厚な石の扉を押し開ける。

 

 

その奥に広がるのは、青白く光るクリスタルの洞窟と、地下深くへと続く長い階段。

 

 

世界の真実が隠された、始まりの場所。

 

 

俺たちは足並みを揃え、己の信じるものを胸に抱きながら、静かにその聖域へと足を踏み入れた。

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