進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
冷たく、果てしなく続く銀色の砂漠
見上げれば、永遠に変わることのない星空と、全エルディア人の魂を繋ぐ巨大な光の樹『座標』がそびえ立っている
──────二千年
私にとって、『道』にいる限り時間は意味を持たない概念だった
王家の血を引く者が力を求める度、私はただ無言で立ち上がり、冷たい砂を捏ねて巨人の肉体を創り続けた
喜びも、悲しみも、怒りも無い
私は奴隷であり、システムの一部であり、ただ服従することだけが私の存在意義だった
私の世界は完全な静寂に閉ざされていた
あの日、あの瞬間までは
────バチィィィッ!!
座標の空間に、かつてない強烈なノイズが走った
王家の血を持たない、未知の巨大なシステムが、私の管理する『道』へと強引に接続し、その意識の根幹を引き摺り込んできたのだ
光の中から現れたのは、一人の少女だった
目を奪われるほどに整った、神様のように美しい顔立ち
彼女は砂の上に座り込み、ポカンと口を開けて辺りを見渡した後、私を見つけてこう言った
「……こ、こんにちは〜……」
鈴の音のような、高く澄んだ声
命令でも、服従の強要でもない。ただの、対等な存在に向ける『挨拶』
私はどう応えていいか分からず、ただ無言で彼女を見つめ返した
舌のない私には、言葉を返す手段がなかったから
彼女───アトラスは、私が無視していると勘違いして少し傷ついたような顔をしたけれど、すぐに持ち前の明るさで隣に座り込み、一方的に語りかけ始めた
「ええっと、私の名前、アトラスって言うんだ! よろしくね! 君はユミルさんだよね! ユミルちゃんって呼ぶね!」
それから、永遠に等しい時間が始まった
彼女は本当に、よく喋る人だった
私が今まで見たことも聞いたこともない、外の世界の……いや、別の世界の物語
『アニメ』や『マンガ』と呼ばれる、空想の絵や文字が織りなす不思議な世界の話
最初は、何を言っているのか全く理解できなかった
でも、彼女のコロコロと変わる表情
楽しそうな声
身振り手振りを交えたおしゃべりは、この悠久に等しい時間を過ごした冷たい砂の音しか知らなかった私の心に
少しずつ、少しずつ、不思議な温もりを落としていった
ある時、私は外の世界からの要請に従い、巨人を創るために砂の前にしゃがみ込んだ
すると、彼女が後ろから声をかけてきた
「……ねぇ、ユミルちゃん。私も一緒にやってみて良い?」
私は、砂を捏ねる手を止めた
誰も、私を手伝おうなどと言ったことはなかった。私は奴隷であり、巨人を創る道具でしかないのだから
驚きのあまり、私はゆっくりと首を縦に振った
『コクン』と
私のその小さな肯定の仕草に、彼女は「やったー!」と大袈裟なほど喜んで、私の隣に座って砂を捏ね始めた
彼女の創る巨人の脚は、とても不格好で、バランスが悪かった
私は無言でそれをササッと修正してあげた
すると彼女は、「おっけー! 修正ありがとう!」と、満面の笑みで私にお礼を言ったのだ
(……ありがとう……)
その言葉が、私の胸の奥で、小さく反響した
私に、感謝をしてくれる人がいる
私を、道具ではなく、一緒に作業をする『誰か』として扱ってくれる人がいる
空っぽだった私の心という器に、ポタポタと、感情の雫が溜まり始めていくのを感じた
彼女が『スール制度』という、血の繋がらない姉妹の尊い絆の物語を熱弁していた時のことだ
神様のように美しい彼女が、だらしなく顔を崩し、口の端から涎を垂らしそうになっていた
そのあまりにも無防備で、おかしな姿を見た瞬間
──ふふっ……
私の口から、久しく…いや、もしかしたら初めて『笑い声』が漏れた
自分でも驚いた
私は、笑えるのだ
彼女の姿がおかしくて、楽しくて、自然と頬が緩んでしまったのだ
彼女は私が笑ったことに気付いて、とても嬉しそうに、でも気を使ってそのまま話を続けてくれた
その優しさが、心地よかった
それから彼女は、私に『日本語』という新しい文字を教えてくれた
私は砂を思い通りに形作るのが得意だったから、彼女が教える文字の形をすぐに覚えることができた
そして、私は初めて、自分の意志を文字にして伝えた
『あ』『と』『ら』『す』『お』『ね』『え』『さ』『ま』
彼女が教えてくれた、特別な姉妹の呼び方
それを書いた瞬間、アトラスお姉様は顔を真っ赤にして、悶え苦しむような奇妙な動きを見せた
それがまたおかしくて、私はもっとたくさんの文字を知りたくなった
私たちは、一緒に『7m級の小太りの男』の巨人を創ったり、文字を使っておしゃべりをしたりした
そして私は、お姉様が語っていた『ひざまくら』というものを強請った
お姉様の太ももは柔らかくて、私の頭を撫でてくれるその手は、どこまでも温かかった
奴隷として犬に追われ、恐怖と苦痛しか知らなかった私の人生
でも今は、こんなにも優しく頭を撫でてくれる『お姉様』がいる
私はもう、空っぽの奴隷ではなかった
アトラスお姉様の妹
『ユミル』という、心を持った一人の女の子だった
ずっと、この時間が続けばいいと思っていた
この星空の下で、永遠に、お姉様と一緒に砂を捏ねて、笑い合って生きていきたいと
でも、終わりは突然やってきた
「……私……もう、帰らないと……」
頭を撫でてくれていたお姉様の手が止まり、悲しそうに、でも決意を秘めた声でそう告げた
その瞬間、私の頭の中が真っ白になった
イヤ
イヤだ、ダメ
私を、またこの暗くて冷たい世界に、たった独りぼっちで置いていくの?
『イヤ!!! ダメ!!!』
私は狂ったように砂に文字を書き殴った
初めて抱いた、明確な『拒絶』の意志
私は砂を叩き、耳を塞ぎ、声にならない声で泣き叫んだ
永遠に続く無機質な孤独の恐怖が、一気に押し寄せてきた
でも、お姉様はそんな私を、力強く、そして優しく抱きしめてくれた
彼女には、外の世界で待っている『家族』がいるのだという
その言葉を聞いて、私はハッとした
私をこんなにも愛してくれたお姉様を、外の世界の家族から奪って、この場所に永遠に縛り付けてしまうのは……間違っている
お姉様は、外の世界で幸せにならなければいけない人なのだ
私は、お姉様の背中に回していた腕の力を、少しずつ緩めた
涙で滲む視界の中、私は震える指で、砂に文字を綴った
『……わかった……』
心が引き裂かれそうに痛かった
寂しくて、悲しくて、たまらなかった
でも、私はお姉様に、私のすべてを預けようと思った
私が二千年間縛られ続けてきた『始祖の力』のすべてを、お姉様の『道』へ移すことを許可した
これで、外の世界の王の呪縛は消え去る。お姉様は、無事に現実世界へと帰ることができる
「ユミル……今まで、凄く楽しかった。ありがとね」
光に包まれ、透き通っていくお姉様の身体
彼女が、私に向けて最後に、優しくて少し寂しそうな笑顔を見せた
──────その瞬間
私の脳裏に、お姉様が熱弁していた特別な姉妹の関係『スール制度』の物語の、一番尊いと言っていた別れの場面がフラッシュバックした
(お姉様が、私に教えてくれた、一番大切な気持ちの伝え方……)
私は弾かれたように立ち上がり、光となって消えゆくお姉様の顔に、背伸びをして自身の顔を近づけた
そして、お姉様の柔らかい唇に、私の唇をそっと押し当てた
「ふぇぇぇ!? あわわわ……っ!!」
突然の出来事に、お姉様は目を白黒させ、顔を真っ赤に茹で上げて、聞いたこともないような情けない悲鳴を上げた
神様みたいに完璧なのに、中身はいつもどこか抜けていて、優しくて、面白くて、最高に可愛い私のお姉様
クスッ、と
私は最後に、とびきりの悪戯っぽい笑みを浮かべて見せた
眩い光が収まると、そこにはもう、アトラスお姉様の姿はなかった
再び静寂が戻った、星空と銀色の砂漠だけの『道』の空間
冷たくて孤独なだけの場所
私の唇には、お姉様の温もりがまだ微かに残っている
私の胸の中には、お姉様が教えてくれた言葉と、たくさんの温かい記憶が詰まっている
「……うっ……ひぐっ……うぅ……っ!────」
膝から崩れ落ちるように、銀色の砂の上へとしゃがみ込んだ私は、静かにしゃくりあげて泣いた
微かに残るお姉様の残り香と温もり
それが余計に、あの幸せだった記憶を鮮明に呼び覚まし
お姉様との深い絆で再構築された自我によって、胸の奥が引き裂かれそうになる
私はまた、独りになった