進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
それはさて置きユミルちゃんを『道』に放ったらかしにしたアトラスにはお仕置です。
「ふぇぇぇ!? あわわわ……っ!!」
唇に焼き付いた柔らかい感触と、脳をショートさせるようなパニックの渦の中。
視界を埋め尽くしていた純白の光が晴れ、俺は勢いよく現実世界へと意識を引き戻された。
「……ハッ!?」
荒い息を吐きながら周囲を見渡す。
冷たいクリスタルの床。祭壇の奥で震えるロッド・レイスと子供たち。
そして、俺のすぐ後ろで、固唾を飲んで事の成り行きを見守っているエルヴィン団長、リヴァイ兵長、リーシェ、そしてケニーたち。
俺の手は、今まさに気絶したフリーダの手に触れた直後の体勢のままだった。
(……一切、時間が経ってない……)
あんなに……何百年、何千年という悠久の時をあの『道』で過ごし、ユミルと砂を捏ね、果てはオタク語りをし尽くしたというのに。
現実世界では、文字通り「一秒」たりとも時間は進んでいなかったらしい。
(危ねぇ……)
俺は内心で冷や汗を拭った。
もし現実世界と時間が同期していて、俺が虚空を見つめながらだらしない顔で「お姉様だなんて〜でへへ〜」とよだれを垂らしている姿を数年単位で晒し続けていたとしたら、特異点としての威厳もクソもなく、間違いなく社会的に死んでいただろう。
俺は小さく安堵の息を吐き、フリーダの白い手からそっと自身の手を離した。
そして、今か今かと俺の口からの「結果」を待ちわびている調査兵団の面々とケニーらに向けて、いつもの余裕たっぷりな美少女スマイルを向け、作戦が成功した事を告げようとした。
「無事解呪で───」
その、瞬間だった。
─────ズガァァァァァァァァンッ!!!!!
「…ガァ゛ァ゛ア゛ア゛!!!!」
俺の喉から、鼓膜を劈くような絶叫が弾け飛んだ。
頭蓋骨の内側から、脳髄を直接ドリルで抉り回されるような、経験したことのない超弩級の激痛。
原因は明白だった。
俺のこの現実世界にある物理的な「人間の脳」が、たった一瞬の間に、『道』で過ごした数千年分という天文学的な容量の記憶と経験を、強制的にダウンロードし、処理・統合しようとしたのだ。
処理能力の限界を突破した脳が悲鳴を上げる。
「あ゛……ぁ……ッ、がっ……!」
ドクドクと拍動に合わせ、自然と両の鼻の穴からツーッと赤い鼻血が垂れ落ちる。
視界が激しく明滅し、クリスタルの洞窟の景色と、銀色の砂漠の景色が脳内でバグのように交差する。
三半規管が狂い、強烈な吐き気が込み上げ、肺が酸素の吸い方を忘れたように呼吸ができなくなった。
俺はクリスタルの床に倒れ込み、頭を掻き毟りながらのたうち回った。
「アトラス!!!!!」
耳鳴りの向こう側から、悲痛で、今にも狂乱しそうなリーシェの絶叫が聞こえた。
彼女が俺の異常事態に血相を変え、駆け寄ろうと飛び出してくる気配を感じる。
(……来ちゃ、ダメだ……!)
俺は咄嗟に、本能レベルの危機感から、床に這いつくばったまま片手を力強く彼女の方へと突き出し、「近付くな」という制止のジェスチャーを送った。
今の俺の身体は、莫大な情報の処理で完全に暴走状態にある。
万が一、この状態でエネルギーが暴発したり、防衛本能で無意識の硬質化が発動したりすれば、不用意に近づいたリーシェを傷つけてしまうかもしれない。
ピタリと、リーシェの足音が止まる。彼女は、その場に縫い止められたように立ち尽くし、「アトラス……っ、いや……どうして……っ!」と泣きそうな声で震えていた。
周囲の大人たちも、俺の唐突すぎる異常事態に完全に騒然となっていた。
「おい! どうしたってんだ急に!」とケニーが叫び、エルヴィン団長が「グリシャさん! 医療鞄を!」と声を張り上げているのが、遠くのノイズのように聞こえる。
それから、約一分後。
──シュゥゥゥゥゥッ……
俺の身体に備わっている、デタラメな独自の『道』仕様の『超回復力のゴリ押し』が、強引に脳細胞を修復し、肥大化した記憶の最適化を完了させた。
明滅していた視界がゆっくりとクリアになり、止まっていた呼吸が、ヒューッ、と大きく肺へと流れ込んでくる。
「……はぁっ……はぁっ……」
荒い息を吐きながら、俺はゆっくりと上体を起こした。
鼻血を手の甲で拭い、涙目で滲む視界の先を見る。
そこには、今にも泣き出しそうなリーシェと、完全に顔面を蒼白にしたエルヴィン団長、ハンジ分隊長、そして、あの氷のように冷徹なリヴァイ兵長でさえ、柄にもなく本気で焦燥しきった顔でこちらを見つめていた。
俺は、心配をかけてしまった彼らを安心させるように、涙目のまま、力なくふにゃりと笑ってみせた。
「……解呪……できました……」
掠れた声だったが、その言葉はクリスタルの洞窟に確かに響き渡った。
「アトラス殿……!」
「無茶しやがって、この馬鹿野郎が……」
エルヴィン団長が深く、本当に深く安堵の息を吐き出し、あのリヴァイ兵長でさえ、心底ホッとしたような、それでいて俺の無謀さを叱りつけるような心配の言葉を口にした。
彼らからの、その温かくて重い言葉と感情をしっかりと受け止めながら、俺はコクンと頷き、フリーダの呪いの解除が無事に完了したことを改めて証明した。
そこからのことは、正直あまり覚えていない。
脳を限界まで酷使した反動と、数千年分もの強制処理による疲労感が一気に押し寄せてきて、俺の意識は急速に暗闇へと沈んでいったからだ。
薄れゆく意識の中で、俺の身体を優しく抱き起し、泣きながら強く抱きしめてくれたリーシェの温もりだけが、微かな記憶として残っていた。
……そして
次に重い瞼を開け、俺が明確に意識を取り戻した時。
気付けば俺は、オルブド区で一時休憩を取っていたあの宿舎の、見慣れたベッドの天井を見つめていた。