進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第百五十七話

アトラス殿が、気絶したフリーダ氏の手にそっと触れた。

ほんの数瞬のことだった。

 

 

 

彼女がこちらを振り向き、いつもの余裕のある微笑みを浮かべて解呪の成功を告げようとした、まさにその時だ。

 

 

「無事解呪で───」

 

その言葉を言い終える途中で、アトラス殿の口から、凄まじい絶叫が弾け飛んだ。

 

 

「…ガァ゛ァ゛ア゛ア゛!!!!」

 

 

私は、その突然の異変に驚愕し、息を呑んだ。

 

 

喉を引き裂かんばかりの嗚咽と絶叫。

 

そして、これまで無敵を誇っていた彼女の顔から、今まで一度も見た事がない鮮血が鼻を伝ってボタボタとクリスタルの床に滴り落ちていく。

 

 

 

明らかな異常事態だった。

 

 

「アトラス!!!」

 

悲鳴のような声を上げ、リーシェ特別班長がすぐさま彼女に駆け寄ろうと飛び出した。

 

 

 

だが、アトラス殿は床に這いつくばりながらも、反射的に片手を力強く突き出し、彼女を制止した。「来るな」という無言の、しかし絶対の拒絶。

 

 

 

リーシェ班長はその場に縫い付けられたように足を止め、泣きそうな顔で震えている。

 

 

 

私は、自身の冷静な思考を必死に保ちながら、目の前の惨状を分析した。

 

 

 

恐らく、フリーダ氏にかけられていた強固な二つの呪い──『不戦の契り』と『十三年の呪い』を解呪し、そのシステムを丸ごと書き換えるという神をも恐れぬ所業が、彼女の脳と肉体に何かしらの甚大な反動をもたらしているのだ。

 

 

 

体内、特に脳内を強烈な激痛が駆け巡っているのだろう。

 

 

 

想像を絶する痛みの故に、彼女の美しい瞳からは滝のように大粒の涙が溢れ出している。

 

 

 

周囲の面々も騒然とし、言葉を失っていた。

 

 

 

あの氷のように冷徹なリヴァイですら、柄にもなく焦燥し、どこか悲痛な色を浮かべた目で苦悶する彼女を視界に入れている。

 

 

 

だが、私は決して目を逸らさなかった。

 

 

 

指揮官として、我々の最大の切り札であり、人類の希望である彼女がこれほどの代償を払っている姿から目を背けるわけにはいかない。

 

 

 

私には、何も出来ない。

 

 

 

ただ苦痛に耐え、のたうち回る彼女の姿を指を咥えて眺め、どうか死なないでくれと祈ることしか許されていなかった。

 

 

 

一分程経っただろうか。

 

 

 

ただ見守ることしかできない私にとって、その時間は体感にして数時間にも、数十時間にも感じられた。

 

 

 

やがて、彼女の絶叫が嘘のようにスッと鳴りを潜め、肩の上下運動だけが残った。

 

 

 

「…解呪…できました……」

 

 

アトラス殿は、息を整える暇も、自身の顔を拭う暇もなく、涙目で掠れた声を振り絞り、静かに私にそう告げたのだ。

 

 

「アトラス殿……!」

 

「無茶しやがって、この馬鹿野郎が……」

 

私とリヴァイが、安堵と労いの言葉をかけようとしたのとほぼ同時だった。

 

 

 

彼女はふにゃりと力なく笑うと、まるで糸が切れた操り人形のように、ふっと意識を失い、クリスタルの床へと倒れ込んだ。

 

 

 

「アトラスッ!」

 

すかさずリーシェ班長が駆け寄り、その小さな身体を大切に抱き抱える。

 

 

 

アトラス殿の命に別状はないようだが、深い昏睡状態に陥っていた。

 

 

「……皆、彼女の命懸けの献身に報いるぞ」

 

 

私は短く告げ、気絶しているフリーダ氏と、祭壇の奥で震えているロッド・レイス、そして子供たちに視線を向けた。

 

 

「グリシャさん、フリーダ氏の容態は?」

 

 

「はい。外傷はありません。ただ、眠っているだけのようです」

 

 

「分かった。彼らを地上へ連れて行く。我々の革命は、ここからが本番だ」

 

 

我々は、意識のないフリーダ氏をハンジやミケたちに担がせ、怯えるレイス家の人々を包囲しながら、冷たい地下礼拝堂の階段を上り、地上へと帰還した。

 

 

 

夜の冷たい風が吹き抜ける平原。

 

 

 

拘束されたケニーの部下たちを見張っていた対人立体機動部隊が、我々の無事の帰還を見て敬礼する。

 

 

 

やがて、用意していた馬車の中で、フリーダ氏が静かに目を覚ました。

 

 

「……ここは……?」

 

 

彼女はゆっくりと身を起こし、自身の両手を見つめた。

 

 

 

その紫色の瞳には、地下で対峙した時に宿っていた、あの漆黒の苦悩や、老成した何者かに取り憑かれたような淀みは完全に消え去っていた。

 

 

「目が覚めましたか、フリーダ・レイス氏」

 

 

私は馬車の中に同乗し、彼女の真正面に座って静かに声をかけた。

 

 

「あなたを縛っていた『不戦の契り』──初代王の思想は、アトラス殿の力によって完全に排除されました。今のあなたは、誰の意思にも操られていない、あなた自身の思考を持った一人の人間です」

 

 

フリーダ氏は、信じられないというように何度も瞬きをし、自身の胸に手を当てた。

 

 

「……消えた。あの、常に頭の奥で響いていた、重くて冷たい声が……何も聞こえません……」

 

 

「ええ。あなたを蝕む十三年の寿命の呪いも、すでに解かれています」

 

 

私は彼女の瞳を真っ直ぐに見据え、言葉を続けた。

 

 

「フリーダ氏。我々は王政府を打倒し、壁内人類を真の自由へと導くためのクーデターを起こします。

そのために、真の王家の血を引くあなたに、革命の象徴─我々の『真の女王』として表舞台に立っていただきたい」

 

 

 

隣で聞いていたロッド・レイスが、青ざめた顔で声を荒らげた。

 

 

「ば、馬鹿な! 始祖の力なくして、どうやって壁の中の平和を保つというのだ! 壁外の脅威はどうする!?」

 

 

「黙っていろ、ロッド・レイス」

 

 

私は冷徹に言い放ち、再びフリーダ氏に向き直った。

 

 

「壁外の敵は、我々調査兵団が、アトラス殿たちの特異な力と共に必ず退けます。

あなたには、偽りの平和ではなく、人類が自らの意志で未来を勝ち取るための道を、共に歩んでほしいのです」

 

 

 

フリーダ氏は、じっと私の目を見返した。

 

 

かつて、領民を愛し、壁内の悲劇を終わらせたいと願いながらも、王の呪縛によって心を殺され続けてきた優しい少女。

 

 

 

彼女の瞳に、次第に強い光が宿っていくのが分かった。

 

 

 

「……私は、ずっと抗えなかった。この力で皆を救いたいと願いながら、どうしても出来なかった……」

 

 

 

彼女はギュッと拳を握り締め、小さく、しかしはっきりとした声で言った。

 

 

「もし、本当にその呪いが解け、私が私の意志で、壁の中の人々を守るために戦えるのなら。

……私は、あなたたちの革命に協力します。エルヴィン・スミス団長」

 

 

「フリーダ! 正気か!?」と叫ぶ父親を無視し、彼女は私に向かって深く頭を下げた。

 

 

「感謝する、フリーダ・レイス女王陛下」

 

 

私は、彼女のその決断に最大の敬意を払い、深く一礼を返した。

 

 

これで、最大の難関であった「真の王の擁立」というカードが、完璧な形で我々の手札に加わった。

 

 

アトラス殿が文字通り身を削って切り開いてくれたこの盤面。

 

 

私は夜空を見上げ、来たるべき王都での決戦に向けて、静かに闘志を燃やした。

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