進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
あのアトラスさん浮気騒動───いや、神聖なるユートピアへの未知なる美少女(ユミルさん)の乱入という、歴史的かつ芸術的な大事件から三日が経過した。
あの日以来、俺は『寝とられ百合』という全く新しい世界(概念)をカンバスの上に完璧に描き出すべく、自室に籠りきりになっていた。
あの日リビングで見た、絶望に顔を歪めるリーシェさんと、アトラスさんに馬乗りになっていた鈍色の金髪の美少女。
そして何より、困惑しながらもすべてを受け入れようとしていたアトラスさんの、あの慈愛に満ちた表情。
俺は脳裏に焼き付いたその光景と、激情に任せて殴り書きした無数のメモに向き合いながら、絵筆を握り、絵の具を混ぜ、何度も何度も試行錯誤を繰り返していた。
だが、駄目だ。
構図は決まっている。色彩のバランスも悪くない。
なのに、何かが決定的に足りない。
あの三人の間に流れていた、ドロドロとした情念と、それでも隠しきれない圧倒的な『美』の説得力が、今の俺の筆ではカンバスに定着しきれていないのだ。
「エレン、今日も外に出ないの」
不意に、背後から声をかけられた。
同時に、俺の腰に細い腕が回され、背中に柔らかな感触が押し当てられる。
俺の肩にチョコンと顎を乗せ、カンバスを覗き込んできたのは、ミカサだった。
「あともう少しで、完全になるんだ……でも、何かが足りない……最後のピース……」
俺はミカサの温もりを気にも留めず、絵の具で汚れきった手を見つめながら、自問自答に近い返答を零した。
「……やっぱり、行くしかないのか?」
アトラスさんたちの生の姿を。
あの家で今まさに繰り広げられているであろう、極限の百合修羅場という名のインスピレーションの源泉を、もう一度この目で直接観察しなければ、この作品は完成しない。
俺の言葉の意図を察したのか、ミカサがコトンと首を傾げた。
「なら、私も着いていく」
「それはダメだ、ミカサ」
俺が食い気味に即座に却下すると、腰に回された彼女の腕の力が、ギュッと強くなった。
「なぜ?」
不満げな、少しだけ低い声。
俺は絵筆を置き、ゆっくりとミカサの方へと振り返った。
そして、彼女の黒い瞳を真っ直ぐに見据え、この世で最も真剣な表情を作って捲し立てる。
「あの家は、多分いつ刺し合いになっても可笑しくないぐらい危険な状態だ。そんな所に、ただ俺の個人的な趣味(芸術の探求)の為に、ミカサを危険な目には合わせられない」
「──っ!?」
俺の背中越しに、ドクドクとミカサの心音が一気に高鳴るのがはっきりと伝わってきた。
……正直なところ、俺の頭の中はアトラスさんとリーシェさんたちが織りなす「究極の百合空間」のことでいっぱいで、ノーマルな恋愛感情なんて微塵も趣味じゃない。
だが、こうやって「お前を守りたい」的なイケメンムーブをかまして言いくるめないと、ミカサはどこまでも絶対についてきそうだからな。
リーシェさんに教わった護身術(暗殺術)を極めつつある今のミカサが、あの修羅場に巻き込まれたら、インスピレーションどころの騒ぎじゃなくなってしまう。
「っで、でも、エレンが危ない……」
ミカサは頬を微かに赤く染めながら、それでも食い下がろうとする。
「それは大丈夫だ。俺はあの中に入っても、『背景』になるのが上手いからな。空気と同化して観察する技術は身についてる。
……心配してくれて、ありがとうな」
俺はさらに畳み掛けるように、優しく微笑んでみせた。
ミカサは若干何かに引っかかるような顔をしつつも、俺の真っ直ぐな(演技の)気持ちに完全にノックアウトされたらしく、顔を林檎のように真っ赤にして黙り込んだ。
そうして、脳内がお花畑状態になってフリーズしたミカサを横目に、俺は手早く必要な画材道具を鞄に詰め込み、そっと自室を後にした。
リビングを通ると、母さんが心配そうな顔で俺を引き止めようとした。
「エレン……今はやめといたほうが良いと思うけど……あそこのお宅、今ちょっと複雑な状況みたいだし……」
だが、俺の歩みを進める足は止まらない。
その奥の食卓では、父さんが新聞から顔を上げ、何か遠いところ
──もはや手の届かない真理の向こう側を見るような、複雑で諦観に満ちた目で俺を見送っていた。
(ごめん……父さん、母さん……俺……っ! 行くよ!!!)
俺は心の内で両親に謝罪しながら、玄関の扉を開け放った。
あの日、夕陽に向かって誓ったんだ。
この世のすべてから、あの神聖な百合空間を『一筆残らず描き出してやる』と。
その第一歩のためなら、例えあの修羅場で命を散らそうとも、リーシェさんのブレードの錆になろうとも、死んでも俺は進み続ける……!
俺は、百合に魂を捧げた芸術家なのだから。
道中、そんな風に芸術への情熱と覚悟を限界まで研ぎ澄ませて歩を進めていたら、あっという間にシガンシナ区の中央にあるベニア家の扉の前に着いていた。
深呼吸を一つ。
俺は躊躇いなく、その重厚な木製の扉を叩いた。
──────コンコンコン
すると、すぐに家の中から、弾んだような明るい声が響いてきた。
「はーい! い、今開けますね!」
ドタドタという足音と共に、勢いよく扉が開け放たれる。
俺を、この素晴らしい芸術の世界へと導いてくれた、究極の女神様。
俺はいつもの、いや、決意を込めている分、いつもより力強い声で挨拶をした。
「お邪魔します! 今日も絵のモデル、よ……ろし……く……」
だが、俺の口から出た言葉は、最後までは続かなかった。
文字通り、俺の心臓は、この瞬間完全に停止したのだ。
俺の目の前に現れたのは、息を荒く切らせ、首の先まで顔を真っ赤に紅潮させながらも、純真無垢でホッとしたような笑顔を俺に浴びせてくる、アトラスさんの姿だった。
だが、その様子が、決定的に、狂うほどに『異常』だった。
彼女の神秘的なアイスブルーの瞳には、抗えなかった快感と羞恥の証拠である、薄らとした涙の雫が溜まっている。
そして、無意識に吸い寄せられるように口元へ視線を移せば、そこには誰かと、つい先程まで深い口付けを交わしていたであろう、いやらしくも艶やかな光が唾液と共に反射していた。
何より、俺の嗅覚を強烈に殴りつけてきたのは、その『匂い』だ。
普段からアトラスさんが纏っている、甘く花のような清潔な石鹸の香り。
そこに、今は足すようにして、ドロドロに溶け合ったような、ただならぬ色香と熱気を孕んだフェロモンが、尋常ではない濃度で漂い、俺の鼻腔を犯してくる。
そして──────
俺の脳の処理能力にトドメを刺したのは、彼女が身に纏っていた『衣装』だった。
なんだ、あれは。
この壁内で、いや、俺の10年間の人生で一度たりとも見たこともない、どこか異次元のように先進的で、かつ、とてつもなく破廉恥な服装。
胸元のリボンと特徴的な襟。
しかし、そのトップスは異常なほど丈が短く、彼女の柔らかな白いお腹と、魅惑的なへそを全く隠しきれていない。
さらに下半身。
ひだが幾重にも重なった極端に丈の短いスカートからは、神が彫刻したかのような、芸術的なまでに艶かしい太ももと、絶対領域と呼ばれる魔の空間が、俺の目の前で完全に、一切の防備もなく無防備に晒し上げられているのだ。
情報量が──────
10歳の少年の脳が受け止めるには、あまりにも暴力的すぎる『圧倒的なエロスと美の極致』が、処理領域を完全にオーバーフローさせた。
「…………ぁ……」
視界が、白く、白く飛んでいく。
……父さん、母さん、ミカサ……ごめん……
俺……どうやら、今日が命日だったらしい……
芸術の極致に触れるには、俺はまだ、あまりにも未熟すぎたんだ……
さようなら………………
ガクンッ
と俺の膝から力が抜け、重力に従って石畳へと倒れ込んでいく感覚を最後に、俺の意識は深い闇の中へと沈んでいった。
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彼、エレン・イェーガーが、薄れゆく意識の最期に抱いたその感情は、恐怖でも、絶望でもなく。
ただ純粋な、美に対する敗北と歓喜──すなわち、文字通りの『真の尊死』であった。