進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
窓から差す斜陽から推測するに、それほど時間は経っていないようだ。
あれから十数分程経っただろうか。
俺は気付けば、アトラスさんがいつもお気に入りで使っているという、リビングのふかふかのソファーの上で目を覚ました。
「……うっ……」
重い瞼を開けると、視界がぐらりと揺れた。
まだ俺の脳髄には、気絶する直前に網膜に焼き付いた『強烈な情報の暴力』──あの神がかり的に扇情的で、破廉恥極まりない未知の衣装を身に纏い、息を荒らげていたアトラスさんの姿──が色濃く残っている。
思い出すだけで再び脳の処理領域が熱を上げて悲鳴を上げそうになり、俺は少し顔を顰めさせながら、情けない呻き声を漏らした。
俺のその声に反応して、テーブルの向かい側に相対するように座っていたリーシェさんと、あの日からこの家に居着いている鈍色の金髪の美少女──ユミルさんが、弾かれたようにこちらへ視線を移した。
「エレン……っ!」
「エレンくん……」
二人の声は、ひどく沈んでいた。
そして、その整った顔には、この世の終わりのような深い後悔と、取り返しのつかない大罪を犯してしまったという濃密な罪悪感が、べったりと張り付いているではないか。
あの、人類最強の鬼神であるリーシェさんが、ここまで露骨に意気消沈している姿なんて、俺は初めて見た。
(……そういえば、アトラスさんはどこに行ったんだろうか?)
あんなにも強烈な色香を放っていたこの家の主(ヒロイン)の姿が、どこにも見当たらない。
「……あの、アトラスさんはどこに?」
俺は何の気なしに、純粋な疑問としてそう尋ねた。
すると、ただでさえ暗かった二人の表情が、さらに一段階、真っ暗な絶望の底へと沈み込んだのだ。
ユミルさんが、消え入りそうな声でゆっくりと口を開く。
「……えっとね……エレン君が来る前──」
「ちょっと、ユミル」
だが、その言葉を遮るように、リーシェさんが鋭く制止の声を上げた。
「子供にそんな話しちゃダメでしょ。エレンの教育に悪すぎるわ」
(一体、さっきまでナニをしていたんだ!?)
リーシェさんのその言葉が、俺の『芸術家(百合厨)としての探求心』という名の好奇心に、爆発的な火をつけてしまった。
教育に悪い? つまり、子供には見せられないような、聞かせられないような、濃密で、背徳的で、ドロドロに爛れた何か(百合)が、あの扉が開く直前まで、このリビングで繰り広げられていたということか!
さっき、その暴力的なまでの情報量(色香)に当てられて心停止し、気絶したばかりだというのに。
そんな恐怖は、俺の頭からすでにすっぽ抜けていた。
知りたい。
その『過程』を知らなければ、あの奇跡のような瞬間をカンバスに描き出すことはできない。
俺はソファからむくりと身を起こし、まるでこれから死地である最前線へと向かう調査兵団の兵士のような、悲壮な決意を込めた表情で言葉を放った。
「リーシェさん、ユミルさん。俺なら大丈夫です」
「エレン……?」
「お願いします。
俺に、その出来事(世界)を教えてください。
アトラスさんの美しさを、二人の想いを後世に残すためにも、俺はすべてを知る必要があるんです……!」
血を吐くような真剣な眼差しで懇願する俺を見て。
リーシェさんは深く、ひどく疲労したため息をつき、頭を抱えるようにして呆れたように独り言ちた。
「……そうだった……そういえばこの子、そっち系(百合厨)だったわ……ほぼほぼ私とアトラスのせいとはいえ、とんでもないモンスターが育っちゃったわね……」
「えっ?」
横に座っていたユミルさんが、目をぱちくりと瞬かせる。
「……そっち系って、もしかして、そっち系(百合厨)?」
「そうよ」とリーシェさんが投げやりな声で答える。
「ユミルはこっちに来たばかりだからまだ知らないようだけど、この子は美少女の仲睦まじい姿をモデルにした絵を描くためなら命だって投げ出す、筋金入りのそっち系よ」
「えぇ……どうなってるの、この世界……」
ユミルさんが、純粋な10歳の少年(俺)の本性を知り、ドン引きしたように頬を引き攣らせた。
とにかく。
なんだかんだと好き放題言われ、呆れられながらも、俺の熱意(狂気)に押し切られる形で、リーシェさんとユミルさんは重い口を開いてくれた。
もちろん、俺が10歳の子供であるという最低限の配慮から、直接的な性表現は避けられ、かなりマイルドにオブラートに包まれた表現ではあった。
だが、この数日間の出来事──この二人がいかに結託し、あのアトラスさんを朝から晩まで弄り倒し、街中で公開処刑(キス)し、お風呂場で追い詰め、そして俺が来る直前、あんな破廉恥な衣装を着せた上で、前後から限界まで追い詰めていたかという『ここまでの情事』を、俺は克明に聞き出すことに成功した。
(……すごく、凄かった……)
二人の口から語られる事実を脳内で映像化していくうちに、俺の語彙力は完全に崩壊しかけていた。
背徳的で、罪深く、そしてあまりにも尊すぎる三日間。
アトラスさんにとっては地獄の責め苦だったかもしれないが、俺にとってはインスピレーションの宝庫だ。
しかし───
今日、俺がタイミング悪く(いや、良く?)あの扉を叩き、気絶してしまった事で、事態は最悪の結末を迎えてしまったらしい。
俺が倒れた姿を見て、限界を迎えていたアトラスさんの堪忍袋の緒が、遂にブチッと切れてしまったのだ。
『流石に今回のはライン越えだ』と。
明確な拒絶と怒りを顕にした彼女は、二人の謝罪にも一切耳を貸さず、寝室の扉を大きな音を立てて閉め、ガチャリと内側から鍵をかけて引きこもってしまったのだという。
今もなお、彼女はその扉の向こうから出てくる気配がない。
(あの、聖母のように優しくて、いつもニコニコしているアトラスさんを本気で怒らせるって……)
俺は、頭を抱えてドン底まで落ち込んでいる目の前の二人に対して、若干の軽蔑の眼差しを向けざるを得なかった。
いくら愛情が重いとはいえ、やりすぎだ。
ともあれ、このままではいけない。
俺は咳払いを一つして、空気を変えた。
いかにしてあのアトラスさんの機嫌を直させるか、彼女の怒りを解きほぐすかについて、三人で真剣な作戦会議を行うこととなったのだ。
「俺は……やっぱり、真っ直ぐ真剣に謝った方が良いと思います」
俺は腕を組み、顎に手を当てながら、真面目なトーンで切り出した。
「俺の勘ですけど。アトラスさんは、きっと二人を嫌いになったとか、愛情が冷めたとか、そういうのじゃないと思うんです」
「え……?」
リーシェさんとユミルさんが、縋るように顔を上げる。
「ただ、このままだと……自身がただ、二人の欲望のままに想いをぶつけられるだけの、『玩具』になってしまう。
……対等な関係じゃなくなってしまう。
アトラスさんは、きっと、そんな一方的な関係は嫌だから……だから今は、とにかく距離を置いて、二人の頭を冷やさせて、落ち着かせたい。
……そういう気持ちで、鍵をかけたんだと思います」
静まり返るリビング。
俺の口から出た、10歳の少年とは思えない異常なまでに解像度の高い心理考察が、二人の瞳を、信じられないものを見るように大きく揺らしていた。
「……エレン、そうね……
あなたの言う通りかもしれないわ。
ここ数日の私は、ほんと、どうかしていたわ……アトラスの気持ちを、全く考えていなかった……」
リーシェさんが、両手で顔を覆い、深く、深く反省の溜息を吐き出した。
「リーシェ……この子、ほんとに10歳なの?」
ユミルさんが、恐怖すら混じった目で俺をまじまじと見つめる。
「人生五周ぐらいしないと辿り着けない境地に、すでに至ってない……?」
「ちょっと、黙りなさいユミル」
「あっ、うん……ごめんなさい……」
リーシェさんに鋭く睨まれ、ユミルさんはシュンと小さくなった。
リーシェさんはゆっくりと顔を上げると、まるで実の弟に向けるような、慈愛の籠った優しい目で俺を見つめた。
「ありがとう、エレン。
あなたのアドバイス、真摯に受け止めるわ。
まずはアトラスが落ち着くまで待って、それから、しっかりと私たちの愚かさを謝罪する」
ふふっ、と。彼女は少しだけ目を細めながら、純粋な感謝を伝えてきた。
(その極上の笑顔と慈愛は、どうか俺ではなく、アトラスさんに向けてあげてくれ……)
俺は内心で突っ込みつつ、その言葉を何とか喉の奥に飲み込みながら、照れ隠しのように笑って返した。
「いえいえ、リーシェさんの力になれて、俺も嬉しいです!」
その時だった。
ようやく極度の緊張と興奮状態が解けたからだろうか。
俺の腹の底から、ぐぅぅぅぅぅぅぅっ、と、この厳粛な空気をぶち壊すような、ひどく情けない音が鳴り響いたのだ。
「…………あっ」
俺は顔を真っ赤にしてお腹を押さえた。
「ふふっ」
リーシェさんが、今日初めての、憑き物が落ちたような柔らかい笑い声を漏らした。
「丁度お昼時だし。
エレン、あなたもここで食べていきなさい」
俺は恥ずかしさに頬を掻きながら、
「あはは、すみません……じゃあ、お言葉に甘えて……」
「遠慮しなくて良いのよ。
ほら、ユミル。エレンにサンドイッチを作るから、キッチンの材料を用意して」
「はーい! 私、手伝います!」
リーシェさんの指示で、ユミルさんがいそいそと立ち上がり、二人は連れ立ってキッチンの方へと向かっていった。
(よし……今だ!)
二人の背中が完全に見えなくなったのを確認した瞬間。
俺は鞄から愛用のスケッチブックとメモ帳を猛烈な勢いで引っ張り出した。
そして、先ほど二人から聞き出したばかりの、この数日間の『背徳的で罪深い百合エピソード』の数々を、忘れないうちに一字一句、狂ったような速度でページに書き留め始めたのである。
転んでもただでは起きない。
俺は未来の天才百合絵師として、この神聖なる情報のすべてを、必ずや至高の芸術へと昇華させてみせるのだから。