進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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ごあいさつ編
第百七十話


 

 

845年10月18日

 

 

秋の深まりを感じさせる冷たい風が、帝都(旧王都)ミットラスの中心にそびえる、調査兵団本部の執務室の窓を小さく揺らしていた。

 

 

先月、長きに渡る王政の欺瞞を暴き、無事「無血革命」を成し遂げた我々三兵団は、ダリス・ザックレー総統とフリーダ・レイス新女王を頂点とする『新エルディア帝国』の樹立を宣言した。

 

 

それからの約一ヶ月間は、まさに不眠不休の戦いであった。

 

 

旧体制の甘い汁を吸っていた腐敗貴族たちを徹底的に排除し、内部の汚職を洗い出し、国家基盤の清浄化と新たな法整備を急ピッチで進める日々。

 

 

 

事実上の軍部トップにして最高意思決定者の一人となってしまった私の肩には、壁内人類すべての命運が重くのしかかっていた。

 

 

 

だが、優秀な部下たちの働きと、ピクシス司令やナイルとの連携もあり、昨日あたりからようやくその狂乱の事後処理も一段落を見せ始めていた。

 

 

 

温かい紅茶の香りが漂う執務室で、私は久しぶりに訪れた静寂を噛み締め、漸く一息ついていたのである。

 

 

 

そんな、束の間の平穏な昼下がり。

 

 

 

執務室の扉がノックされ、側近が恭しく一通の手紙を私の机の上に置いて退出していった。

 

 

書類仕事の合間に、何気なくその封筒に視線を落とす。

 

 

そして、そこに記された『宛名』を視界に入れた瞬間。

 

 

私の胃袋が、反射的にギリィッ、と力強く締め付けられるのを感じた。

 

 

差出人:『アトラス・ベニア』

 

 

我が調査兵団の、いや、人類の歴史における最高にして最大の貢献者であり、同時に、この世のすべての理を破壊する規格外の人物。

 

 

彼女からの、シガンシナ区の自宅からの私信であった。

 

 

私は、嫌な予感に微かに震える手でペーパーナイフを執り、封を切って中の便箋を広げた。

 

 

中には、非常に達筆で、流れるように美しい文字が並んでいた。

 

 

『拝啓、エルヴィン・スミス殿。

秋気肌に染みる季節となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。

革命後の新体制構築に向け、日々激務に追われていることとお察しいたします。』

 

 

簡単な、しかしとても丁寧な時候の挨拶から入る辺り、彼女の本来の生真面目さと誠実さが如実に表れている。

 

 

恐らく、事務作業や政治的折衝に追われているであろう私の立場を慮り、こうして一ヶ月という少し落ち着いたであろうタイミングを見計らって、近況報告の手紙を寄越して来てくれたのだろう。

 

 

 

なんという気遣いか。規格外の力を持ちながらも、その心根はどこまでも優しく、そして謙虚だ。

 

 

 

私は自身の胃の痛みが杞憂であったことに少しだけ安堵し、温かい気持ちで思いを馳せながら、便箋の次の行へと視線を滑らせた。

 

 

 

『……実は、先日の地下礼拝堂での一件の折、始祖ユミルが"現実世界に受肉してしまった"ため、現在私たちと同居しています。

つきましては、彼女の戸籍の登録や、団長さん方へのご挨拶も兼ねて、そちらの方にお伺いさせていただけたらと考えております。

日程について、折り返しのお手紙をお待ちしております……』

 

 

 

………

 

…………………

 

…………………………………

 

………………………………………………

 

 

 

 

私は無言のまま、手紙を机の上に静かに置いた。

 

そして、執務机の一番下の引き出しを勢いよく引き開け、久方ぶりに転がしていた胃薬の小瓶を取り出すと、親指で弾くように蓋を開け、そのまま数錠を水も飲まずに口の中に放り込んだ。

 

 

ボリボリと苦い錠剤を噛み砕きながら、私は必死に自身の精神を保とうと努めた。

 

 

しっかりしろ、エルヴィン・スミス。

 

 

思考を停止させるな。

 

今読んだ文字の羅列を、一つ一つ冷静に分解して処理するんだ。

 

『始祖ユミル』

 

あのエルディア復権派の生き残りであるグリシャ・イェーガー氏によれば、二千年前に存在した『全ての始まり』と言っても良い、神話の根源たる人物。

 

 

その上、我々が住むこのパラディ島と呼ばれる島の外に広がる、壁外の巨大な世界……

 

 

そこに住む人類諸共、容易に踏み潰し滅ぼせるほどのデタラメな力を保持しているという、絶対的な神。

 

 

その力の全貌は完全には不明だが、少なくとも、あの一個旅団規模を数秒で殲滅するリーシェ特別班長など目ではない。

 

 

下手をすれば歩く世界滅亡兵器であるアトラス氏に比肩する戦力やもしれぬと考えて良いだろう。

 

 

それが。

全く見当はつかないが、この現実世界に『復活』し、あまつさえ『受肉』して、シガンシナ区のあの小さな家で『同居』していると言うのだ。

 

 

思えば、あの地下礼拝堂での一件以降、真の女王として覚醒したフリーダ氏は「頭の中に響いていた初代王の声が完全に消え去った」と同時に、始祖の巨人としての能力を一切行使できなくなったと報告を受けている。

 

 

まさか、こんな所で……こんな形で、あの不可解な現象の伏線が回収されるとは。

 

 

そもそも、二千年前に死んだはずの神が肉体を得て復活したこと自体、この世の物理法則や巨人の理を完全に無視しており、全く意味が分からない。

 

 

地下礼拝堂で、アトラス殿がフリーダ氏の呪いを解呪したあの瞬間が、何らかの鍵になっているのは間違いないだろうが……その過程が完全な謎だ。

 

 

だが、理由は考えるまでもない。

 

 

恐らく、アトラス殿が、あの見えない『道』の空間で、また何か規格外の致命的な何かしらのやらかしを引き起こしたのだろう。

 

 

彼女のあの無自覚な優しさと、周囲を狂わせる美貌と、常識外れの行動力が、ついには神までも現実世界に引き摺り下ろしてしまったというのか。

 

 

しかも、「戸籍を作りたい」などと、まるで遠方の親戚が引っ越してきたかのような世俗的なトーンで語られている。

 

 

私は両手で頭を抱え、重厚な机の上に力なく突っ伏した。

 

 

……まず、私が今やるべき事はなんだ?

 

 

そうだ、日程の調整と、彼女への返答の手紙だ。

 

 

いや、待て。

 

歩く終末兵器が三人に増えた今、向こうを動かすのは危険すぎる。

 

 

もういっそ、私の方からシガンシナ区へ直接向かうべきか?

 

 

しかし、新国家の基盤固めが佳境に入っている今、立場上、私がいきなり帝都を数日間も空けて席を外す事は絶対に不可能だ。

 

 

ダリス総統や貴族院の残党が何を言い出すか分からない。

 

 

だからといって、人類を数回は容易く滅ぼせるほどのバグ存在の集まりを、この新エルディア帝国の政治的中枢である帝都ミットラスに招き入れるというのも……

 

 

防衛上の観点から言えば、正気の沙汰ではない。

 

 

万が一、彼女たちの機嫌を損ねるような事態(例えば、アトラス殿の美貌に目をつけた愚かな憲兵が絡むなど)が起きれば、帝都は一瞬にして更地と化すだろう。

 

 

「……はぁ…………」

 

 

私は深く、ひどく疲労したため息を吐き出し、ゆっくりと顔を上げた。

 

 

落ち着くんだ。

 

 

例え今、我々がいつ人類が滅んでも可笑しくないほどの、とてつもなく薄く脆い氷の上に立たされていたとしても。

 

 

私はこれまで、数え切れないほどの仲間の命を背負い、常に先を見据えて、人類が生き残るための最善の選択をしてきたはずだ。

 

 

止まってはならない。

 

未知の恐怖に怯え、思考を停止させることは、敗北を意味する。

 

 

常に前を向いて、進み続けるんだ。

 

 

例え、その踏み出した一歩が薄氷を割り、破滅の冷水へと真っ逆さまに落ちる結果になったとしても。

 

 

私は壁内人類の指揮官として、この『神の降臨』という未曾有の事態に、真正面から向き合わねばならない。

 

 

私は決意を新たにペンを取り、真新しい便箋にインクを走らせる。

 

 

『アトラス・ベニア殿。お手紙、確かに拝読した。

始祖ユミル氏の顕現という事態に、ただただ驚愕を禁じ得ない。

戸籍の件を含め、今後のパラディ島の防衛方針に関わる重大な案件であるため、是非とも直接お会いして事情をお伺いしたい。

日程は一週間後、10月25日夜。

帝都ミットラスの旧王城内、特別会議室にて会談の場を設ける。その際、事の重大性に鑑み、我々の上層部である重要人物たち、リヴァイ、ハンジ、ミケ、ピクシス司令、ナイル師団長、そしてフリーダ・レイス女王陛下を同席させる無礼をどうかお許し願いたい。

道中の護衛は不要と思われるが、念の為、馬車と滞在の手配はすべてこちらで行う。

気を付けてお越しいただきたい。』

 

 

一息に書き連ねた手紙を封筒に納め、厳重に封印を施す。

 

 

私は扉の外に控えていた側近を呼び出し、僅かに震える手でその手紙を渡すと、最優先事項として早馬でシガンシナ区のベニア邸の住所へ送らせるよう命じた。

 

 

バタン、と扉が閉まり、再び執務室に静寂が戻る。

 

 

私は窓の外、青く澄み渡る帝都の空を見上げながら、自身の胃の辺りをそっと手で押さえた。

 

 

神こと始祖ユミルを受肉させ、ヤンデレの鬼神を従える意味不明な美少女。

 

 

彼女たちが一週間後、この帝都にやってくる。

 

 

果たして、私の胃が真の意味で休まる日は、生きている内に来るのだろうか。

 

 

そんな報われない疑問を空に投げかけながら、私は再び、終わりの見えない書類の山へと向き直るのだった。

 

 

 

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