進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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お人好しなアイツ
第百七十七話


 

 

私はいつだって、大人は何かを誰かに押し付けて、自分だけは無事でいたいという身勝手な思考で行動するクソだと思っていた。

 

 

事実、私がマーレにいたあの頃。

 

 

名もなき浮浪児だった私は、ある日突然、エルディア復権派の大人たちに拾われた。

 

 

そして、彼らの救いと誇りの象徴である『始祖ユミル』として、神として崇め奉られ、囃し立てられたのだ。

 

 

最初は訳も分からなかった。だが、大人たちが求めるように、ただその役を演じてやった。

 

 

名前を与えられ、綺麗な服を与えられ、温かい居場所を与えられ、人から傅かれる日々。

 

 

私はその時、心の底から安心していた。

 

『あぁ、私はここにいてもいいんだ』

『この『始祖ユミル』という役を演じ続けてさえいれば、私は二度と泥水を啜るような生活に戻ることはない。捨てられることはない』

内心、そう安堵していたのだ。

 

 

自分が本当に神になれただなんて、これっぽっちも思っちゃいない。

 

ただ───

 

人として、生きて良いんだと。誰かに必要とされているのだと。

 

そんな風に、甘い錯覚を抱いていた。

 

 

しかし、そんな淡い考えは、周りにいる大人たちを見ていく内に、暫くして完全に消え去った。

 

 

こいつらが見ているのは、私じゃない。

 

 

私の本当の姿でも、心でもない。

 

 

ただ、自分たちの願望と欲望を投影した『始祖ユミル』という名の、都合の良い看板に過ぎないのだと。

 

 

それに気付いた時、私は特に悲嘆したり、絶望したりはしなかった。

 

 

私は、自身に実体なんてものが無くても、別に良かった。

私が私である必要なんてない。

 

 

ただ求められれば、その理想の神を演じる。それだけで、私は生きていけるのだから。

 

 

だが、その薄っぺらい関係の結末は、マーレの治安当局に摘発され、楽園送りにされる時に、残酷な答えとして映し出された。

 

 

自分を神だと祭り上げていた大人たちは、拷問と死の恐怖を前にして、結局あっさりと私を見捨てた。

 

 

「この女が私達を騙したんだ!」と、すべての責任を私一人に押し付けてきたのだ。

 

 

あいつらが欲しかったのは、私じゃない。

 

 

自分たちの惨めな現実を忘れさせてくれる『希望の象徴』であり、都合が悪くなれば切り捨てることのできる『救済の器』。ただの都合のいい神様役だ。

 

 

私は、泣き叫びながら私を罵倒する信者たちの姿を見て、深い納得と、どうしようもない程の冷たい諦観で心の中が埋め尽くされるのを感じた。

 

 

あぁ、やっぱり大人はクソだ。

 

 

誰も、私のことなんて見ていなかった。

 

 

そうして私は、パラディ島の壁の外で無垢の巨人となり、終わりのない悪夢の中を彷徨い続けた。

 

 

────────────────────────

 

 

どれだけの時間が経ったのか。

 

私は、気付けば人間の姿に戻り、夜空の下で目を覚ましていた。

 

 

誰かを食って、知性巨人の力を得て、人間に戻ったのだと直感した。

 

 

私は、夜の闇に紛れ、人気の無い巨大な壁へと向かった。

 

 

自身を傷つけ、巨人になってあの壁を越えようとした。でも、最初はまるで歯が立たなかった。

 

 

私が継承した巨人は、顎が強靭で鋭い爪を持つ、小柄で機動力に優れたタイプだった。

 

 

だが、いくら機動力があるとはいえ、あの五十メートルを超えるクソ高い壁を、垂直に登り切るには流石に無理があった。

 

途中で力尽き、何度も何度も地面へと落下した。

 

 

私は昼間、壁から離れた森で、巨人の力を使わずに木を登る練習を繰り返した。

 

 

水場で泥に塗れながら喉を潤し、鳥の巣から卵を盗み、渋い木の実や果実を齧って飢えを凌いだ。

 

 

そして夜になると、また壁の下へと向かい、あの絶望的な高さの壁を乗り越える為に、何度も、何度も、爪から血を流しながら挑戦し続けた。

 

 

あの地獄のような無垢の巨人の悪夢には、二度と戻りたくない。

 

壁の中に入れば、少しはマシな人間の生活があるかもしれない。その一心だった。

 

 

一週間が経った頃

 

 

ようやく私は、巨人の爪を壁の隙間に深く食い込ませ、自身の機動力を限界まで引き出すことで、あの壁を乗り越える事に成功した。

 

 

だが、壁の中は私が想像していたような楽園ではなかった。

 

 

壁を越えてウォール・マリア内の南部の荒野を彷徨っていた私は、力尽きて倒れ、駐屯兵団なんていう組織の兵士たちに不審者として保護された。

 

 

言葉も通じないふりをして警戒していると、私はそのまま、ウォール・マリア内の辺境にある、古びた教会の支部へと預けられることになったのだ。

 

 

しかし、私が来た頃には、すでに壁の中では大きな政変があったらしい。

 

 

教会の人々は常に青ざめた顔でヒソヒソと話し合い、ウォール教の辺境の支部であるこの教会からは、毎日のように、逃げるようにして次々と人が消えていった。

 

 

更に一週間後

 

遂に、このボロ教会に残されたのは、身寄りのない私一人となった。

 

誰もいなくなった礼拝堂で、私は冷たい床に寝転がりながら「あぁ、また捨てられたか」と、自嘲気味に笑った。

 

 

だが、その翌日

 

一人取り残された私のもとに、帝都から馬車を飛ばしてやってきたという、長身で細身の、神経質そうな男が現れた。

 

 

奴は「ニック司祭」と名乗った。

 

 

ウォール教の幹部だというその男は、何を思ったのか、汚れた服を着た私を見るなりひどく安堵したような顔を見せ、そのまま私を馬車に乗せると、教会の本部があるという旧王都(帝都)ミットラスへと向かっていった。

 

 

道中、あの男は私を、まるで実の娘のように甲斐甲斐しく扱った。

 

 

温かい食事を与え、清潔な服を用意し、寒くないかと毛布をかけてくる。

 

 

だが、私は大人に期待なんかしていない。

 

 

どうせこいつも、教団の何かの儀式の生贄にでもするつもりなのだろう。

 

 

都合が悪くなれば、すぐに私を切り捨てるに決まっている。

 

 

私はあえて、嫌われるような態度を取り続けた。

 

 

出された食事をわざとこぼし、乱暴な言葉を使い、隙あらば逃げ出そうとした。

 

 

さっさと私を見限って、見捨てさせようとしたのだ。

 

 

でも、奴は全く折れなかった。

 

 

私がどれだけ悪態をついても、ニックは怒るどころか、悲しそうに眉を下げるだけ。

 

 

「すまない、辛い思いをさせたな」

 

 

それどころか、余計に腫れ物を扱うかのように、あるいは過去の過ちを悔い改めるかのように、優しく、慎重に接してくるのだ。

 

 

私が人間に戻ってから一ヶ月ほどが経った、845年10月15日。

 

 

帝都の教会本部へと到着したが、そこには信者の姿はおろか、神父たちの姿すら一人もいやしなかった。

 

 

政変の影響なのだろう。

 

恐らく、もうろくに教会運営なんて出来やしないのだ。

 

立派なステンドグラスから差し込む光だけが、空虚な礼拝堂を照らしていた。

 

そんな時だった。

 

奴は、どこか草臥れた、酷く老け込んだ顔で私を自身の部屋へと呼び出した。

 

 

しかし、その瞳だけは、かつて私を祭り上げた大人たちには無かった、真剣で、慈愛の籠った光を宿していた。

 

 

ニックは私の前に跪き、私の小さな両手を自身の震える手で包み込むと、こう告げたのだ。

 

 

「ユミル……私が手配した、安全で信頼できる家族のもとで、幸せに暮らすのだ」

 

 

「……は?」

 

 

私は、自身の耳を疑った。

 

 

教団の金も権力も失い、自身もいつ新政府に捕まるか分からないような四面楚歌の状況。

 

 

 

そんな中で、この男は自身が助かる道ではなく、見ず知らずの、それも散々悪態をついてきた小娘の未来を案じ、自身のコネクションを使ってまで安全な養子先を探し出してきたというのか。

 

 

私にとって、この言葉が決定打となった。

 

 

これまで見てきた、自身の保身しか考えない醜い大人たちとは違う。

 

 

例え窮地に立たされた状況に於いても、他者を案じ、身を削ってまで救い出そうとする。

 

 

そんな底抜けのお人好しバカが、この壁の中にいたのだ。

 

 

それが分かった瞬間、私は初めて、この人なら信用できると思った。

 

 

私が『始祖ユミル』という看板ではなく、ただの『ユミル』という一人の人間として、誰かに無償の愛を向けられたのは、これが初めてだったのかもしれない。

 

 

 

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