進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第百七十八話

 

 

 

我々ウォール教の権威は、先月の政変───三兵団と真女王擁立による無血革命によって、完全に地に堕ちた。

 

 

 

 

長年、壁の真実を隠蔽し、民衆に盲目的な祈りを強要してきた我々の教義は、壁の秘密が一部の者に知れ渡り、新体制が確立されたことでその意義を根本から失ったのだ。

 

 

 

これまで我々を盲信していた信者たちは、蜘蛛の子を散らすように教会から離れていった。

 

 

潤沢だった教団の資金は底を突き、各地に点在していた支部は維持することすら叶わず、次々と閉鎖に追い込まれていた。

 

 

そんな折だった。

 

 

ウォール・マリア内壁の辺境に位置する、ある質素な教会の支部に、一人の身寄りのない少女が預けられているという噂を耳にしたのは。

 

 

教会の神父たちすら逃げ出し、もはや組織的な活動が一切維持できなくなったその辺境の支部に、ただ一人、ポツンと取り残された少女がいるという。

 

 

名前は、ユミルと言った。

 

 

私は重い腰を上げ、自らその教会へと足を運んだ。

 

 

そこで出会った彼女は、身寄りがない孤独な子供とは思えないほど、どこか世界を達観したような、冷たく濁った瞳をしていた。

 

 

その異様な落ち着きと、周囲のすべてを拒絶するような孤高の姿に、私は奇妙な興味を惹かれたのだ。

 

 

 

私は少女を馬車に乗せ、帝都ミットラスにある教団の本部へと連れ帰り、私室の近くで保護することにした。

 

 

初め、私はこの崩壊しゆく教団という最悪のタイミングで迷い込んできた哀れな少女に対し、純粋な同情心から優しく話しかけていた。

 

 

「不便はないか」「何か食べたいものはあるか」と、努めて穏やかな声で接した。

 

 

しかし、彼女から返ってくるのは、あからさまな舌打ちや、冷たい無視、そして時には耳を疑うような辛辣な罵詈雑言であった。

 

 

食事を持っていけば「毒でも入ってんのか」と睨まれ、少しでも近づこうとすれば「気安く触るな、クソ坊主」と毒づかれた。

 

 

それでも、私は決してめげることはなかった。

 

 

腹が立たなかったと言えば嘘になる。

 

だが、それ以上に彼女の態度には、明確な『理由』があることが見て取れたからだ。

 

 

ユミルの瞳の奥深くに浮かんでいたのは、単なる反抗期などではない。

 

 

どこまでも深く、暗い、大人という存在そのものに対する絶対的な『不信感』と『諦め』だった。

 

 

彼女の尖った態度の裏には、『どうせお前も同じなんだろ』『都合が悪くなれば、私なんかすぐに捨て置くんだろ』という、悲痛な叫びが隠されているように見えたのだ。

 

 

おおよそ、この年齢に達するまでに、大人の身勝手さに振り回され、ろくな扱いを受けてこなかったのだろう。

 

 

彼女が吐き出す毒は、自身を守るための脆い鎧なのだと、私には痛いほどに理解できた。

 

 

だが、そんな私自身の明日も、深い暗闇に閉ざされようとしていた。

 

 

もはや帝都の広大な本部礼拝堂にすら、祈りを捧げる信者の姿は殆ど見かけなくなっていた。

 

 

ステンドグラスから差し込む光だけが、無人の長椅子を空しく照らしている。

 

 

資金も、権威も、すべてを失った。

 

 

残るはこの巨大な本部という名の空箱と、私自身の命くらいのものだ。

 

新政府の追及の手が、いつ私にまで及ぶかも分からない。

 

 

私には、この傷ついた少女の未来に責任を持つことなど、到底できそうになかった。

 

 

故に、私は自身が持つ過去の僅かなコネクション────駐屯兵団の最高司令官という太いパイプを頼り、極秘裏にユミルをどこか安定した家族の養子に向かわせようと手配したのだ。

 

 

収入も安定し、家庭環境も健全な、非の打ち所がない善良な一般家庭。

 

きっとこの家庭なら、教会の暗いしがらみから離れ、彼女も年相応の少女として幸せに暮らせるだろう。

 

 

私は、それが彼女にとっての最善の救済だと信じて疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

845年10月15日

 

 

私は、人気のない薄暗い執務室にユミルを呼び出した。

 

 

「ユミル、私が手配した家族のもとで幸せに暮らすのだ」

 

 

どこか草臥れた声だったと思う。

 

 

しかし、彼女の幸せを願う、私なりの最大限の慈愛を込めたつもりだった。

 

 

だが、その言葉を聞いた瞬間。

 

 

ユミルの顔から表情がすっと抜け落ち、代わりに、氷のように冷たく、自嘲的な笑みが浮かんだ。

 

 

「へぇ、私を捨てるって言うんだな」

 

 

「……!」

 

 

違う。

 

そんなつもりじゃない。

 

 

私がここに彼女を縛り付けてしまえば、いずれ路頭に迷わせてしまう。

 

 

共に飢え死にするか、私と共に政府の尋問を受けるような目に遭わせたくないだけなのだ。

 

 

「っな! 私はお前の事を思ってだな───」

 

 

私が必死に弁明しようと声を荒げた、その時だった。

 

 

 

 

 

「──────なら最後まで面倒見ろよ」

 

 

私は、その言葉を聞いて一瞬、自身の耳を疑ってしまった。

 

 

帝都に来てからというもの、常に私を遠ざけ、毒を吐き、決して心を開くことがなかった彼女が。

 

 

初めて、私に対して「ここにいたい」「見捨てないでくれ」という明確な意思の言葉を、強い眼差しと共にぶつけてきたのだ。

 

 

「っ!?」

 

 

息を呑み、言葉を失う私に向けて、ユミルはさらに衝撃的な事実を口にした。

 

 

「私はどうせ後13年しか生きられない、それならアンタと泥被ってでも一緒にいた方がマシだ」

 

 

「13年……? どういう意味だ?」

 

 

私が呆然と聞き返すと、ユミルは大きなため息を一つ吐き、そのまま部屋の古びたソファにドカッと腰を下ろした。

 

 

そして、ポツリポツリと、自身の隠し続けてきた真実を語り始めたのだ。

 

 

彼女の出自

 

 

壁の外、海と呼ばれる広大な塩水の向こうにあるマーレという国で、名もなき浮浪児だった彼女が、ある日突然『始祖ユミル』という神の身代わりとして祭り上げられたこと。

 

 

 

名前を与えられ、信者たちに傅かれ、そこに自身の居場所を見出そうとしたこと。

 

 

 

しかし、治安当局の摘発に遭い、信者たち───彼女を神と崇めていた大人たちからすべての責任を押し付けられ、あっさりと見捨てられたこと。

 

 

 

楽園送りにされ、無垢の巨人として何十年もの間、終わりのない悪夢の中を彷徨い続けたこと。

 

 

 

そして、偶然にも知性巨人を持つ戦士を捕食したことで奇跡的に人間に戻ったものの、その力を継承した代償として、『ユミルの呪い』と呼ばれる絶対の掟により、自身の寿命が残り十三年しか残されていないということ。

 

 

 

静かな執務室に、ユミルの淡々とした、しかし血の滲むような過去の告白だけが響き渡っていた。

 

 

 

大人の身勝手な都合で神にされ、悪魔に落とされ、ただ生きるためだけに壁を越えてきた一人の少女の、あまりにも残酷な真実。

 

 

 

全てを語り終えたユミルは、まるで長年背負い続けてきた重い荷物をようやく下ろすことができたかのように、憑き物が落ちたすっとした、どこか清々しい表情をしていた。

 

 

 

だが、対する私は違った。

 

 

「…………ぁ……」

 

 

私は、震える右手を自身の額に強く当てた。

 

 

 

奥歯を強く噛み締めても、こみ上げてくる嗚咽を抑えることができなかった。

 

 

 

神に仕える身でありながら、私はこれまで壁の中で、偽りの教義を信じ、何一つ本当の世界の残酷さを知ろうとしてこなかった。

 

 

 

壁の外で、これほどまでに理不尽な地獄が広がっており、目の前のこの小さな少女が、その地獄の底を一人で這いずり回ってきたというのに。

 

 

 

「……幼い少女になんて惨いことを……」

 

 

ポロポロと、私の目から止めどなく涙が溢れ落ちた。

 

 

 

自身の無力さと、彼女からすべてを奪い、呪いを押し付けた大人たちへの拭いようのない怒り。

 

 

 

そして、何より、一人でこれほどの苦しみを抱え込んでいたユミルへの、深く、胸を締め付けられるような哀れみと愛情で、心がいっぱいになっていた。

 

 

 

私は、もう何も言わなかった。

 

 

 

安っぽい慰めや、宗教的な教えなど、今の彼女には何の意味も持たない。

 

 

 

私はゆっくりと歩み寄り、ソファに座る彼女の小さな身体を、ただ力強く、そして壊れ物を扱うように優しく抱擁した。

 

 

 

彼女はビクッと身体を強張らせたが、私は構わず、自身の温もりを伝えるように彼女の背中に腕を回し、耳元で温かい言葉を投げかけた。

 

 

 

「今まで、よく頑張った……辛かっただろう……」

 

 

私の涙が、彼女の肩を濡らす。

 

 

 

「お前はもう、一人じゃない。誰かの身代わりでも、神様でもない…………残りの十三年、いや、"命尽きる"その時まで、私と共に過ごそう……」

 

 

その言葉を皮切りに。

 

 

ずっと張り詰めていたユミルの心の糸が、プツリと切れたのが分かった。

 

 

 

「……う、あ……あぁぁぁっ……!」

 

 

私の胸元を小さな両手で強く、痛いほどに握りしめながら。

 

 

 

ユミルは、今まで見せたことのない子供のような声で、堰を切ったようにボロボロと大粒の涙を流し、大声で泣き出した。

 

 

 

誰もいない、神にも見放された静寂の教会で。

 

 

 

私はただ、自身の外套を濡らしながら泣きじゃくる不器用な少女の背中を、いつまでも、いつまでも優しく撫で続けていた。

 

 

 

 

 

 

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