進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第十八話

パチッ、と大きく爆ぜた巨大な薪の音が、夜の静寂を震わせた。

 

オレンジ色の炎が、私とアトラスの間に横たわる物理的な距離と、決して埋まるはずのない体格差を、幻のように曖昧に揺らめかせている。

 

「今から話す事は……君にとっては、到底信じ難い話だと思う。だが、嘘を吐くつもりはない」

 

アトラスは、腹の底に響くような、けれどひどく慎重な声色でそう切り出した。

 

彼が何を語ろうとしているのか、私には見当もつかなかった。

 

ただ、彼のその端正で巨大な顔に浮かぶ、どこか人間臭い躊躇いと覚悟の色を見て、私は自然と居住まいを正した。

 

「私は……元は人間だった」

その言葉が鼓膜を打った瞬間、私の思考は完全に白く飛んだ。

この巨人が、元は人間?

 

パニックに陥りそうになる私の心を繋ぎ止めたのは、目の前にいる彼自身が放つ、あまりにも静謐で理性的な空気だった。

 

彼がただの化け物ではないことは、今日この数時間で身を以て知っている。

 

私に雨風を凌ぐ立派な家を造り、食べきれないほどの果物を山ほど抱えて戻ってきた、不器用で優しい存在。

 

もし彼が本当に元人間なのだとすれば、あの異質なまでの知性も、私への気遣いも、すべて腑に落ちる。

 

驚愕の波が引いていくと同時に、私の心の中にストンと、静かな納得が降り積もっていった。

 

アトラスは、自嘲するように鼻から小さく蒸気を漏らしながら、ぽつりぽつりと自身の過去を紡ぎ始めた。

 

彼がかつて、将来に漠然とした不安を抱える、どこにでもいるただの学生であったこと。

 

ある日突然、見知らぬ平原で、この強大で忌まわしい巨人の姿で目覚めたこと。

 

意思を持ち、言葉を話すことができたがゆえに、誰とも分かり合えず、人間に恐れられるだけの自分に絶望したこと。

 

そして、その途方もない孤独と恐怖を紛らわせるために、一人この暗い森の奥深くで、ただひたすらに己の肉体を壊しては直すという狂気的な修練を積み重ねてきたこと。

 

彼の口から語られる真実は、あまりにも過酷で、残酷なものだった。

 

私たちは、巨人を「意志を持たない災害」として恐れてきた。

 

けれど彼は、明確な人間の心を持ったまま、その災害の体に閉じ込められてしまったのだ。

 

同族からは人間と同じように異端として扱われ、人間からは化け物として討伐の対象にされる。

 

どちらの世界にも属すことができないまま、ただ一人、終わりの見えない時間を過ごしてきた彼の孤独は、私などには到底計り知れないほど深く、冷たいものだったに違いない。

 

「……体感時間があやふやになり始めた頃、無意識のうちに人との関わりに飢えていた私の下に現れたのが、リーシェ、君だったんだ」

 

そう言って、彼は大きな手で後頭部を掻いた。私と出会う直前、他の巨人を八つ当たりのように蹂躙していたことを見られたのが、内心恥ずかしかったのだと、まるで年相応の青年のように照れくさそうに笑う。

 

「ただ、このままではいけないと思った私は、勇気を振り絞って君に声をかけた。あの時は、怖がらせてしまって済まない……いきなり巨人が挨拶してくるなんて、今考えれば、人間であった頃の私でも腰を抜かして絶命していただろうな」

 

地響きを立てて、15メートルの巨体が、私の目の前で深く、深々と頭を下げた。

 

私のような、たかが一兵卒に対して。

 

その圧倒的な質量が折れ曲がる風圧を頬に受けながら、私の胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。

 

「でも、勇気を出して良かった。こうして種の壁を超えて、君と語り合うことができたのだから。……はは、人生とは、本当に何が起こるか分からないものだな」

 

顔を上げたアトラスは、炎に照らされながら、心底嬉しそうにそう締めくくった。

 

私は、小さく息を吐き出した。気づけば、両手でギュッと膝を抱え込んでいた。

「……信じられない話、ではあるわね。普通なら、絶対に」

私はゆっくりと口を開いた。声が少しだけ震えているのは、恐怖からではない。

 

「でも、私は信じるわ。あなたが私に見せてくれた不器用な優しさも、その人間以上に人間らしい温かい心も、全部本物だって分かっているから」

 

私は立ち上がり、少しでも彼の目線に近づけるように、焚き火の傍の太い木の根に登った。

 

「アトラス。私なんかに、そんな大切な秘密を打ち明けてくれて、本当にありがとう」

 

真っ直ぐに彼の青い瞳を見つめ返す。

 

「あなたが一人で過ごしてきた時間は、きっと私が想像するよりもずっと暗くて、孤独で、辛かったと思う。……なんの罪もないのに、ある日突然バケモノの姿にされて、誰とも話せないなんて。私なら、きっと一ヶ月も耐えられずに狂ってしまっていたわ」

 

彼の巨大な手、その硬質化の跡が残るゴツゴツとした指先を見つめる。

 

その手が、どれほどの痛みを乗り越えて今の強さを手に入れたのか。

 

彼が私を助けるために振るった「理外の力」は、彼が血の滲むような孤独の中で必死に生き抜いてきた証なのだ。

 

「でも、あなたは狂わなかった。絶望に呑まれず、その心を持ち続けてくれた。だから、私たちはこうして出会えたのよ」

 

私はふっと表情を緩め、今日一番の笑顔を作った。

 

「ねえ、アトラス。人生に何が起こるか分からないのは、お互い様よ。私だって、まさか壁外調査の途中で迷子になって、巨人に家を建ててもらって、焚き火を囲んでお喋りするなんて、朝起きた時にはミリも想像してなかったんだから」

 

私の軽口に、アトラスが目を丸くして、それから鼻から大きく息を抜いて笑う気配がした。

 

「夜は、まだまだこれからよ。あなたの人間だった頃の話、もっと聞かせて。どんな町に住んでいたの? 何を勉強していたの? 私はね、壁の中のことなら何でも教えてあげる。美味しいご飯の話でも、口うるさい上官の愚痴でも、何でもいいわ」

 

私は木の根に腰を下ろし、ぱちぱちと燃える炎越しに彼を見上げた。

 

「……もう、あなたは一人じゃないわ。だから、朝が来るまで、たっぷり語り明かしましょう?」

 

真っ暗な巨大樹の森の奥深く。

 

世界の誰一人として知らない、巨人と人間の、奇跡のような夜が始まろうとしていた。

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