進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第百八十話

 

 

 

うん……そりゃそうだ。

 

 

完全に信者に見放され、全く人が寄り付かなくなったこの静寂の教会に、突然謎の女三人組がやってきた上に、扉の前で「さいしょはグー」などと何やら訳の分からないアホな掛け声を上げ始めたのだ。

 

 

 

中にいる人間からすれば、不審者以外の何物でもない。

そりゃあ、どんな顔をして追い払ってやろうかと、迷惑そうな顔で要件を伺いに出向くに決まっている。

 

 

 

「……すみません、少しお話したいことがあって伺いに参りました……」

 

 

俺は、自身の前世からのガバ気質と、ユミルのノリに付き合ってしまったことを激しく後悔し、申し訳無い気持ちで一杯になりながら、目の前のニック司祭に深く頭を下げた。

 

 

「…………」

 

ニック司祭は、相変わらず呆れたような、そして疑いが混ざった複雑そうな様子でこちらを見やっていた。

 

 

しかし、そのまま扉をピシャリと閉められることはなかった。

 

俺、リーシェ、ユミルという、人類の限界を突破した『やたら面の良い三人組』だったのが功を奏したのだろうか。

 

 

あるいは、ただのならず者には見えない、ある種の気品を感じ取ったからかもしれない。

 

 

促されるままに教会の中に案内された俺たちは、礼拝堂の奥にある執務室らしき部屋へと通された。

 

 

かつては権威の象徴であっただろうその部屋も、今はどこか薄暗く、埃の匂いが微かに漂っている。

 

 

俺たち三人は、年季の入った革張りのソファに並んで座らされ、対面するように、ニック司祭が傷だらけの木製のテーブルを挟んで相対した。

 

 

「……客人に茶を出せない非礼を詫びる。見ての通り、教団は既に解体されたも同然の状況なのだ」

 

 

ニック司祭は、深く刻まれた眉間のシワを少しだけ緩め、深く頭を下げた。

 

 

その姿は、以前のふんぞり返っていた高慢な司祭の面影はなく、ひどく草臥れた、ただの中年男性のように見えた。

 

 

「いえいえ! こちらも何の予告も無しに突然押しかけてしまい、本当に申し訳ございません」

 

 

俺は慌てて両手を前に出して振り、どうか頭を上げるよう促す。

 

 

 

「して。話したい事とは、どういった内容だろうか」

 

 

ニック司祭は顔を上げると、先程までの草臥れた様子から一転して、若干警戒の色を瞳に宿らせ、身を乗り出すようにして本題を問いかけてきた。

 

 

「はい。ニック氏が最近保護されたという少女───ユミルさんについてです」

 

 

俺がその言葉を口にした瞬間。

 

 

ニック司祭は、まるで心臓を直接鷲掴みにされたかのように、酷く焦った様子で顔を強ばらせた。

 

 

テーブルの上に置かれた両手が、ギリッと強く握りしめられる。

 

 

「……あの娘は、過去に酷い仕打ちを受けた。

私は誓ったのだ、命尽きるその日まで、彼女と共にいると……

君達が新政府の回し者か何かは知らんが、何を言おうと彼女を差し出すつもりは無い。お引き取り願おう」

 

 

ダンッ、と。

 

テーブルを軽く叩き、ニック司祭は語気を強めて明確な拒絶の意思を示した。

 

 

その瞳には、かつて壁の秘密を守るために命を懸けた時と同じ、いや、それ以上の強烈な『覚悟』の炎が宿っている。

 

 

俺は、その真っ直ぐすぎる言葉に内心困惑した。

 

 

(えっ……?)

 

 

正直なところ、俺はここに来るまで最悪の事態を想定していた。

 

 

顎の巨人の方のユミルの素性や、彼女が『巨人化能力』を持っているという有用性に気付いたニック司祭が、その力を利用して、地に堕ちたウォール教団の権威を復活させようと目論んでいるのではないか、と。

 

 

 

だからこそ、ピクシス司令への養子の話を途中で白紙に戻したのだと思っていたのだ。

 

 

しかし、どうだ。目の前のこの男の態度は。

 

 

教団の復活なんて微塵も考えていない。

 

 

どうやってあの一筋縄ではいかないユミルの心を掴んだのかは不明だが、恐らく彼女の口からマーレでの出来事を聞き出し、さらには『命尽きるその日まで』という言葉から、彼女に課せられた「十三年の寿命の呪い」についてすらも知っている。

 

 

 

その上で、自身のすべてを投げ打ってでも、彼女を最後まで守り抜くと誓っているのだ。

 

 

 

これは、俺が想定している以上に、とんでもないバタフライエフェクトが起こっているぞ……

 

 

あの狂信的だったニック司祭が、一人の少女の『本当の父親』になろうとしているだなんて。

 

 

「……落ち着いて下さい、ニック司祭。私達は何も、ユミルさんをあなたから引き剥がそうとしに来た訳ではございません」

 

 

俺は、彼の誤解を解くために、努めて優しく、穏やかな声で語りかけた。

 

 

 

「彼女の持つ『特異な能力』については、ニック氏も既にご存知ですね?」

 

 

 

「ッ!」

 

 

俺の一言に、ニック司祭は「しまった」という絶望的な表情を見せた。

 

 

知性巨人の力を知られていると悟り、彼女が軍事利用されるために連行されると思ったのだろう。

 

 

 

「あ、ああ……勿論だとも……!」

 

 

彼はバッッとソファーから立ち上がり、そのままテーブルに手をついて、すがるような目で俺たちを見た。

 

 

「寿命が残り十三年であること……巨人化の能力を持っていること……

お前たちが危惧しているのは、帝都に潜むその巨人化能力であろう。

だが、どうか信じて欲しい! 彼女にその力は決して使わせない!」

 

 

ポロポロと。

 

 

あのプライドの高かった司祭の目から、大粒の涙が溢れ落ちた。

 

 

「頼む……残りの十三年、あの子を平穏に過ごさせてやりたいのだ……教団の残りの資金を上手くやりくりして、私が泥水啜って働き口を探しさえすれば、あの子一人くらい養える……! だから、どうか……どうか……お願いだ……!」

 

 

 

そう言って、ニック司祭は床に膝をつき、そのまま深く、深く頭を下げて土下座をした。

 

 

涙声で懇願するその姿には、教団の幹部としての面子など欠片もなく、ただ一人の不器用な少女を愛し、守ろうとする親の無償の愛だけが溢れていた。

 

 

(ニック司祭……あんた、そんなに良い人だったのかよ……)

 

 

俺は、予想外の感動的な展開に、思わずもらい泣きしそうになっていた。

 

 

すると、俺の右隣で静観していたリーシェが、呆れた様子で長いため息を吐きながら口を開いた。

 

 

「あのねぇ……最後まで話を聞きなさい。そもそもアトラスが、さっき『引き離さない』って言ったばかりじゃない」

 

 

「……えっ?」

 

 

リーシェの冷ややかな、しかし呆れを含んだツッコミに、ニック司祭はハッとした様子で涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。

 

 

 

俺は、リーシェの言葉に続くように、最大の朗報を彼に説明することにした。

 

 

「まず、彼女に課せられた『十三年の呪い』についてですが……それは既に解呪されています」

 

 

「……は?」

 

 

ニック司祭の口から、間の抜けた声が漏れる。

 

 

「同時に、彼女が持つ巨人化能力についても、完全に封印されています。

だから、彼女はもう二度と巨人になることはありませんし、十三年で死ぬこともなく、天寿を全うできるただの普通の女の子に戻ったんです」

 

 

「…………は?」

 

 

俺の言葉の意味が全く理解できないといった様子で、ニック司祭はぽかんと口を開けたまま俺を見つめている。

 

 

 

死の呪いが解けた? 巨人の力が消えた? そんな神の如き奇跡が、人間の手で起こせるはずがない。

 

 

彼の常識が、必死に俺の言葉を否定しようとしているのが分かった。

 

 

俺は、脳の処理が追いつかない様子で呆然とするニック司祭に、トドメを刺すかの如く、最後にして最大の衝撃の事実を伝えた。

 

 

「それを成し遂げたのが……私の左隣にいる、この『始祖ユミル』です」

 

 

俺が手のひらを向けて紹介すると。

 

 

空気を全く読まないユミルは、ソファの上でエヘンと胸を張り、眩しいほどの純真無垢な笑顔を浮かべた。

 

 

 

「えへへ、始祖ユミルだよ! なんか面と向かって言われると、恥ずかしいねー!」

 

 

ニコニコと満更でもない様子で、満面の笑みを浮かべるユミル。

 

 

世界を更地にできる神様が、なぜか「てへっ」と頭を掻きながら照れている。

 

 

俺はそんな彼女の頭を優しく撫でてやりながら、正面に座り込んだままのニック司祭の様子を窺った。

 

 

「……………………」

 

ニック司祭は、完全にフリーズしていた。

 

 

自身の愛する養女が救われたという奇跡の事実と。

 

 

二千年前の神話の存在である『始祖』ご本人が、なぜか現実世界にいて、目の前でアトラスに頭を撫でられて「えへへ」と笑っているという、脳のキャパシティを遥かに超える超常的な現実。

 

 

その二つの情報の濁流が、彼の哀れな脳髄を完全にショートさせてしまったのだ。

 

 

(……うん。これは、再起動するまでに暫く時間が必要そうだな)

 

俺は、白目を剥きかけているニック司祭を見守りながら、ふと、ある疑問に行き着いた。

 

 

ところで、俺たちがここに来た最大の目的である、顎の巨人の方のユミル本人は、今この教会のどこにいるんだ?

 

 

さっきから物音一つしないが、どこかの部屋に隠れているのだろうか。

 

 

俺が、静まり返った教会の奥へと視線を巡らせた、その時だった。

 

 

「……おい、ニック。誰か来たのか……?」

 

 

執務室の奥の扉がギィッと開き、一人の少女が気怠げに姿を現した。

 

 

ボサボサの短い黒髪と、鋭く吊り上がった目つき。そばかすのある頬。

 

間違いない。俺の記憶にある、あっちの『ユミル』だ。

 

 

彼女は、寝起きなのか目をこすりながら部屋に入ってきて。

 

 

そして、ソファに座る俺たち『やたら面の良い三人組』と、床で土下座したまま魂が抜けているニック司祭の姿を視界に収めると。

 

 

「…………は?」

 

 

ニック司祭と全く同じ、見事なまでに間の抜けた声を出して、その場に完全に硬直してしまったのだった。

 

 

 

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