進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第百八十一話

 

 

数分後

 

 

脳の処理能力を超えて完全にフリーズしていたニック司祭と、彼と全く同じような間の抜けた表情で硬直していたもう一人のユミルが、なんとか正気を取り戻した。

 

 

改めて、俺たちと対面する形で、彼らは年季の入った革張りのソファに並んで腰を下ろした。

 

 

 

ニック司祭は未だにどこか夢見心地のような、信じられないものを見るような目で俺たちを見つめている。

 

 

一方、顎ユミルの方は、腕を組み、鋭い三白眼で警戒心を剥き出しにしながら、俺がもう一度一から説明した『事の顛末』を聞き終えたところだった。

 

 

「……てことはなんだ。

そこの頭の緩そうな金髪が『本物の始祖ユミル』で、私の十三年の寿命の呪いと、巨人化能力を指先一つで封じたって?」

 

 

顎ユミルは、自身の短い黒髪をガシガシと掻き毟り、本当に頭が痛そうに額に手をやりながら、至極真っ当で容赦のないツッコミを繰り出してきた。

 

 

「お前ら、頭イカれてんのか?」

 

 

うん。当たり前の反応だ。

 

二千年前の神様が受肉していて、遠隔で呪いを解いたなんて、俺の前世の記憶にある「ショートメッセージに何千件と送られてくる怪しいURL付きの詐欺メール」の方が、まだ現実味があって信用できるぐらい、訳の分からないぶっ飛んだ内容だからな。

 

 

壁の外の地獄を知り、大人の嘘に散々振り回されてきた彼女にとって、こんな都合の良いおとぎ話など、到底信じられるはずがない。

 

 

(……さて、どうやってこの強固な疑いを解いて、信用してもらおうか)

 

 

俺が、言葉選びに慎重になりながら思案していると。

 

俺の左隣に座る、愛しの妹にしてこの世界の創造主たるユミルが、のほほんとした口調でとんでもない提案を口にした。

 

 

「うーんとね、だったら試しに、今ここで巨人化しようとしてみたら? その方が手っ取り早いし、信じてもらえるよね!」

 

 

「…………は?」

 

俺の思考が、一瞬にして真っ白になった。

 

 

……おい、ユミルの能力と昨日彼女がサクッと施した封印を疑う訳じゃないが。

 

 

もし、万が一、億が一の確率でシステムにバグが生じていて、その提案に乗った顎ユミルが本当にこの教会のど真ん中で巨人化してしまったら、どうなるか分かっているのか?

 

 

天井を突き破り、帝都のど真ん中に突如として5メートル級の知性巨人が出現し、大惨事になる。

 

そんなリスクを、この天然神様は全く分かっているのか? 絶対分かってない。

 

 

「いや、ちょっと待って! もうちょっと穏便な方法で証明を──────」

 

 

俺が慌ててその危険すぎる提案を却下しようと、両手を前に出して立ち上がりかけた、まさにその矢先だった。

 

 

「……なるほどな。それが一番手っ取り早い」

 

 

ソファの向かい側に座っていた顎ユミルが、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべて立ち上がった。

 

 

そして、止める間もなく足早に執務室を出て、教会の外へと向かってスタスタと歩き出してしまったのだ。

 

 

……おいおい待て待て、嘘だろ!?

 

 

あいつもあいつで、行動力がありすぎる!

 

 

しかも、自身が巨人化することで周囲にどれだけの被害が出るかなど、全く気にしていない様子だ。

 

 

俺は血の気が引くのを感じながら、急いで後を追いかけ、外扉へと向かう顎ユミルを制止しようと大声で叫んだ。

 

 

「ちょっと待っ──────」

 

 

だが、俺が言い終えるよりも早く。

 

 

教会の外扉を勢いよく開け放ち、中庭の石畳の上に出た顎ユミルは、どこからともなく取り出し隠し持っていた鋭利な小型ナイフで、一切の躊躇なく、自身の左手の掌を深く切りつけたのだ。

 

 

ザシュッ!

 

 

鮮血が飛び散り、彼女の手からボタボタと赤い雫が石畳へと落ちていく。

 

 

巨人化のトリガーである「流血」と「明確な目的」。条件は完全に揃った。

 

 

俺は息を呑み、最悪の事態(巨人化の爆発)に備えて、瞬時にリーシェとユミルを庇えるよう身構えた。

 

 

……

…………

………………

 

 

静寂

 

秋の冷たい風が、教会の荒れ果てた中庭を吹き抜けていくだけ。

 

 

黄色い閃光も、落雷のような轟音も、灼熱の蒸気も、何も起こらない。

 

 

「…………」

 

 

数秒の沈黙の後……

 

 

「……本当みたいだな」

 

 

顎ユミルは、自身の血だらけになった左手の掌をじっと見つめながら、ぽつりと、信じられないというような、しかしどこか深い安堵を含んだ言葉を零した。

 

 

 

「はぁぁぁ……っ」

 

 

俺は、全身から一気に力が抜けるのを感じて、その場にへたり込みそうになりながら、ホッと深い息をついて足を止めた。

 

 

マジで寿命が縮むかと思った。やっぱり、始祖の封印システムは完璧に作動していたらしい。

 

 

その後ろから、ぞろぞろとリーシェ、ユミル(始祖)、そして完全に腰を抜かしそうになっていたニック司祭が、遅れて中庭へと出てきた。

 

 

「ユミル。あれだけ、軽率な発言には気を付けなさいって、さっき言ったでしょ」

 

 

リーシェが、全く悪気のない始祖の方のユミルの背後に立ち、その柔らかい両頬を自身の両手でムニムニと容赦なく挟み込みながら、お姉ちゃんぶって厳しく叱りつけた。

 

 

「えー、ほのほうがはやいっひぇおもっはのにー(えー、その方が早いって思ったのにー)」

 

 

ユミルは、人類最強の鬼神に無抵抗のまま頬をムニムニと揉みくちゃにされながら、唇を尖らせて不満げな言い訳をしている。

 

 

(……クソッ……なんだそれ、めっちゃ可愛いなおい!)

 

 

俺は、そのユミルとリーシェの姉妹のような微笑ましいじゃれ合いを見て、先程までの寿命が縮むような焦りなど完全に吹き飛び、無意識の内に「俺も彼女の頬をムニムニしたい」という謎の衝動に駆られて、両手の指が勝手にワキワキと動いてしまっていた。

 

 

 

そんなアホな思考を垂れ流していると。

 

 

俺の後ろから、ニック司祭が血相を変えて、叫び声を上げながら顎ユミルの方へと猛ダッシュで走り出していった。

 

 

「ユ、ユミル!!! 手が! 血が! あああ!! 早く手当をしなければ、破傷風になってしまう!!」

 

娘の流血という事態に、司祭としての威厳もクソもなく、完全にパニックに陥った父親のような慌てふためいた様子で駆け寄るニック。

 

 

その大袈裟な様子を見て。

 

 

顎ユミルは、原作では決して見せることのなかったような、年齢相応の、心からの優しく柔らかい微笑みを浮かべた。

 

 

「大丈夫だ、ニック。ほら、もう傷は塞がった」

 

 

彼女は、血だらけになった左手を一瞬見せびらかしたあと、ヒラヒラと無傷のもう片方の右手を翻しながら、ニックに向けてそう告げた。

 

 

そうだ。

 

あの時、俺がシガンシナ区でニートしながら組んだシステムは、「寿命の呪いの解除」と「巨人化という巨大な質量変換の封印」だけだ。

 

 

巨人由来の異常な『治癒力』については、あえてロックをかけなかった。

 

というより、この残酷な世界で生きていく継承者達へのせめてもの贈り物として、本人の意思次第で怪我を即座に治せるチート能力だけは、自由に行使できるように残しておいたのだ。

 

 

相変わらず、俺の作ったシステムは都合の良すぎるチート具合である。我ながら少し呆れる。

 

 

「おお……! おお、神よ……! 痛くなかったか、ユミル……!」

 

ニック司祭は、傷が塞がっていることを確認してもなお安心できず、彼女の小さな身体を、壊れ物を扱うように優しく、しかし力強く抱擁した。

 

 

大粒の涙を流しながら、娘の無事を喜ぶその姿は、かつて壁の秘密のために人の命を切り捨ててきた冷徹な司祭の面影など微塵もなかった。

 

 

「……たくっ。涙脆いおっさんだな……服が汚れるだろ」

 

 

顎ユミルは、口では「鬱陶しい」と愚痴を垂れながらも。

 

 

決して彼を突き飛ばすことはなく。血で汚れていない方の綺麗な右手で、ニック司祭の背中にそっと腕を回し、不器用ながらも優しく抱き返したのだ。

 

 

秋晴れの空の下。

荒れ果てた教会の庭で、ニック司祭が不器用な父性を爆発させ、あの大人が大嫌いだった顎ユミルが、一人の素直な娘としてそれを受け入れている、この世で最も尊く、美しい光景。

 

 

「……………………」

 

 

俺は、その涙ぐましい親子の姿を少し離れた場所から見守りながら。

 

 

自身の前世の記憶にある、血みどろで絶望に満ちた『進撃の巨人』の原作ストーリーとの、あまりにもかけ離れたこの凄まじいギャップに、一人静かに戦慄していた。

 

 

(……本当に、何をどうやったら、こんな全員が幸せになる訳の分からないカオスな展開になるんだよ……)

 

 

本来なら、壁が破壊され、クリスタと出会い、数奇な運命を辿ってマーレへと帰り、ポルコに食われて死ぬはずだった彼女が。

 

 

今、壁の中で「父親」という絶対的な味方を見つけ、不老不死ではないにせよ、天寿を全うできる普通の人間として、ただの少女として笑っているのだ。

 

 

 

俺は、自身の数々のガバと、特異点としての介入がこの原作崩壊の『すべての主因』であることを完全に棚に上げ、誰にも見えないように、心の中で深く頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

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