進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第百八十三話

 

 

秋の冷たく乾いた風が、旧王都の石畳を優しく撫でていく。

 

 

西の空に傾きかけた太陽が、崩れかけた教会の外壁を黄金色に染め上げ、長く伸びた影が中庭の地面に幾重にも重なっていた。

 

 

「……嵐のような、御方々だったな」

 

 

私は、軋む鉄格子の門越しに、遠ざかっていく三人組の背中を静かに見送っていた。

 

 

彼女たちの姿が、セピア色に染まる街の雑踏に紛れて完全な点となって見えなくなるまで、私はただ呆然と、しかし確かな畏敬の念を抱いて立ち尽くしていた。

 

 

ふと、自身の右腕に微かな重みと、温もりを感じた。

 

 

視線を落とすと、隣に立つユミルが、私の黒い法衣の袖口を小さな手でギュッと掴んでいた。

 

 

その手は、決して離すまいとするように白くなるほど力が入っている。

 

 

彼女は顔を伏せ、短く切り揃えられた黒髪の隙間から覗く耳の先から首筋にかけてを、火が出るほど真っ赤に染め上げていた。

 

 

先程の、本物の『始祖ユミル』とやらが別れ際に放ったあまりにも無邪気な言葉の余韻が、いまだに彼女の感情を激しく掻き乱しているのだろう。

 

 

(……やれやれ。神というのも、存外にお転婆ものらしい)

 

 

私は、袖を掴む彼女の小さな手から伝わる確かな体温を感じながら、内心で微かに苦笑を漏らした。

 

 

 

そして、この荒れ果てた教会で彼女と共に過ごした、短くも濃密な日々に思いを馳せた。

 

 

思えば、私が彼女をウォール・マリア南部の辺境の教会から引き取り、この帝都の暗い部屋で保護してから、まだ一ヶ月程しか経っていない。

 

 

出会った当初の彼女は、まるで傷ついた野生動物のようだった。

 

 

大人という存在そのものを憎み、決して心を開こうとせず、私が何を差し出しても、ただ氷のように冷たく濁った瞳で睨みつけてくるだけ。

 

 

口を開けば悪態をつき、耳を疑うような辛辣な罵詈雑言を私に浴びせ続けていた。

 

 

それも当然だろう。

 

 

壁の外の地獄……マーレという異国で、身寄りのない浮浪児から都合の良い神に祭り上げられ、最後はすべての罪を背負わされて悪魔に落とされたのだ。

 

 

 

大人たちの醜いエゴに振り回され、二千年の長きにわたる巨人の呪いを背負わされた彼女が、簡単に他人を信じられるはずがなかった。

 

 

 

だというのに。

今、彼女はこうして、不器用ながらも私という人間に明確な『安心』を抱き、身を寄せて袖を掴んでくれている。

 

 

悪態の裏に隠された、どこまでも純粋で、孤独に震えていた少女の心。

それに触れられたことが、私には何よりも嬉しかった。

 

 

 

(やはり、この娘には……無条件で守り、導いてやる『まともな大人』が必要だったのだ)

 

 

 

私は、夕陽に照らされる彼女の横顔を見つめながら、自身の胸の奥に渦巻く黒い感情と静かに対峙した。

 

 

私が、その『まともな大人』だと、胸を張って神の御前で言えるだろうか。

 

 

……問われれば、正直な話、決して言えないだろう。

 

 

私は神職という立場にありながら、長年、壁の真実を知りつつも沈黙を守り続けてきた。

 

 

民衆に偽りの平和を説き、真実を求める者たちを異端として退け、結果として多くの調査兵団の兵士たちを無為な死へと追いやる体制の片棒を担いでいたのだ。

 

 

 

王の意思とはいえ、民を壁の真実から遠ざけ、真の自由から目を背けさせようとした罪と事実は、この先の人生でどう足掻いても覆せるものではない。

 

 

この教会の崩壊と権威の失墜は、私が、そして我々ウォール教が受けるべき当然の報いだ。

 

 

 

それでも……これからの時代、街を歩けば周囲の人間から白い目を向けられ、旧体制の残党として後ろ指を指されようとも。

石を投げられ、蔑まれようとも。

 

 

私は、この私の袖を強く握りしめる不器用な娘の為だけに、真っ当な一人の人間であり続けなければならない。

 

 

 

彼女が、もう二度と大人の嘘に傷つき、絶望の涙を流すことがないように。

 

 

彼女が安心して帰れる、揺るぎない『居場所』であり続けるために。

 

 

あの始祖ユミルが、正真正銘の神の力で彼女を縛り付けていた忌まわしい巨人の力を封じ、十三年の寿命の呪いから解放してくれた。

 

 

 

この娘が、いつ終わるかも分からない絶望のカウントダウンから解き放たれ、ただの『一人の人間』として、これからの長い人生を自由に生きる事が出来るようになったのだから。

 

 

その奇跡を無駄にしないためにも、私はより一層強く、父親としての覚悟を胸に刻んだ。

 

 

「ユミル」

 

 

私は、彼女が今、確かにこの平穏な世界に存在していることを確かめるように、低く、穏やかな声でその名を口にした。

 

 

「……なんだよ」

 

 

ユミルは、顔の赤みを隠すように少しだけ顔を背けながら、相変わらずのぶっきらぼうな返しで伺いを立ててくる。 しかし、その声に棘はなく、袖を掴む手の力は一向に緩まなかった。

 

 

 

私はただ、そっと、不器用な手付きで自身の大きな右手を伸ばし、彼女の短く切り揃えられた黒髪の上へと乗せた。

 

 

 

そして、幼子をあやすように、優しく、ゆっくりとその頭を撫でてやる。

 

 

 

彼女はビクッと肩を震わせたが、何も言わずにその場に立ち尽くし、私の不器用な手を受け入れてくれた。

 

 

 

目を伏せ、されるがままに私の掌の温もりを感じ取っているその姿は、かつて私を睨みつけていた孤独な少女のそれとは、まるで別人のように小さく、愛らしかった。

 

 

「……良かったな」

 

 

西の空へと沈みゆく太陽を見つめながら。

私の胸の奥から、しみじみと、ただその一言だけが溢れるように口をついて出た。

 

 

 

呪いが解けたこと。寿命が伸びたこと。 新政府からの多大な援助により、これからの生活の不安が消え去ったこと。 そして何より、彼女がこうして、生きて私の隣にいてくれること。

 

 

 

そのすべての『良かった』を込めた言葉だった。

 

 

「…ふん」

 

 

彼女はただ小さく鼻を鳴らし、照れ隠しからか、さらに顔を反対側へとプイッと向けてしまった。

 

 

だが、私の撫でる手を払い除けようとはしなかった。

 

 

むしろ、ほんの僅かにだが、私の掌の心地よさに身を委ねるように、頭を押し付けてきているのが分かる。

 

 

(……なんて、不器用で、愛おしい娘だろうか)

 

 

そんな彼女の不器用な優しさと、伝わってくる確かな命の温もりに、私の胸の奥が熱く焼け付くように熱を帯びていく。

 

 

視界が急にぼやけ、鼻の奥がツンと痛んだ。

 

 

全く……歳を取るというのは嫌なものだ。

 

 

かつては教団の幹部として、どんな凄惨な真実を前にしても冷徹でいられたというのに。

 

 

どうにも、ここ最近の私は、自分の感情の制御が利かないほどに涙脆くなってしまったらしい。

 

 

ポタッ、と。

 

 

私の目から零れ落ちた一滴の雫が、乾いた石畳に黒い染みを作った。

 

 

「また泣いてるのかよ、ニック」

 

 

不意に、私を見上げたユミルが、少しだけ意地悪に、しかし本当に仕方がないなといった様子で、呆れたような、ひどく優しい笑みを浮かべていた。

 

 

「大の男が、しかも元司祭様が、ちょっとした事ですぐボロボロ泣くなんて。ほんと、情けねぇおっさんだな」

 

 

口ではそう毒づきながらも、彼女は私の袖から手を離し、今度は私の大きな手を自身の両手でそっと包み込んでくれた。 温かくて、小さな両手。

 

 

保護者として、こんなにも頼りなく情けない姿を見せているというのに。

 

 

彼女は、そんな私を馬鹿にするでもなく、こうして慕い、寄り添ってくれている。

 

 

私は、彼女を暗い運命から守らなければならない、私が救わなければならないと、ずっと一人で勝手に気負っていた。

 

 

だが、実の所、もしかしたら……本当の意味で救われていたのは、私の方なのかもしれない。

 

 

この娘が居たからこそ。

 

 

私は、教団が崩壊していく絶望の中で、己を見失って狂気に囚われずに済んだ。

 

 

この娘が居たからこそ。

 

 

あの三人組という奇跡が現れ、我々のこれからの生活と未来が保証された。

 

 

そして、この娘が居たからこそ。

 

 

私は、人を心から愛し、人の温もりに触れ、こうして自分の弱さを隠すことなく、安堵と幸福の涙を流す事が出来たのだ。

 

 

 

私は、幸せ者だ。

 

 

 

神が沈黙したこの残酷な世界で。 私は今、これまでのどんな祈りの時間よりも、深く、確かな幸福の内にいる。

 

 

これだけは、誰に対してでも、堂々と胸を張って言える。

 

 

「ありがとう……」

 

 

私は、涙で滲む視界のまま、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

 

 

「こんな不甲斐ない私と共にいてくれて……本当に、ありがとう」

 

 

私の絞り出すような、心からの感謝の言葉を聞いて。

 

 

 

「ばか……一々水臭ぇんだよ……」

 

 

夕陽の赤い光に照らされたユミルの顔が、また一段と、爆発するように赤く染まった。

 

 

彼女は恥ずかしさを誤魔化すように私の手をギュッと握りしめ、足元の石畳をコツンと軽く蹴った。

 

 

私は、彼女の頭を撫でる手を止め、その小さな手をしっかりと握り返した。

 

 

「さぁ、中へ入ろうか。日が落ちると冷える」

 

 

「……うん」

 

 

柔らかな秋の夜風が、二人の間を通り抜けていく。 私たちは並んで歩き、年季の入った教会の重厚な木製の扉にゆっくりと手をかけた。

 

 

「今夜は、温かいスープにしよう。お前の好きな、野菜をたっぷり入れたやつだ」

 

 

「……肉も入れろよな。タダ飯食らいになる予定は無くなったんだから、たまには贅沢させろ」

 

 

「ははは……そうだな。少しだけ、奮発しよう」

 

 

ギィィ……という軋む音と共に、扉が開かれる。 もはや信者のいない静まり返った礼拝堂は、少し薄暗く、埃の匂いがした。 だが、もう冷たくは感じない。

 

 

ここには、私たちだけの確かな生活と、明日へと続く光があるのだから。

 

 

私は、愛娘と繋いだ手の温もりを確かめながら、静かに教会の奥へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

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