進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第百八十五話

 

846年1月11日

 

 

例年になく厳しい冷え込みを見せている冬のシガンシナ区だが、ウォール・マリア南端の突出区であるシガンシナ区に位置する我が家───俺とリーシェ、そしてユミルの三人が住まう、最早実家と言ってもいいぐらい馴染み深いベニア邸の中は、春の陽だまりのように暖かな空気に満ちていた。

 

 

 

今日は、帝都ミットラスで技術開発部門の特別顧問としてハンジ・ゾエと共に大活躍しているアルミンが、久しぶりに一時帰宅を果たす日だ。

 

 

その報せを受けたイェーガー一家であるグリシャさん、カルラさん、エレン、ミカサと、俺たちベニア三姉妹は総出で、彼の労いパーティの準備に朝から取り掛かっていた。

 

 

 

「ミカサ、そっちの端をもう少し高く持ち上げてくれるかしら?」

 

「……はい、リーシェさん。これくらいで良いですか?」

 

「ええ、完璧よ。カルラさん、お花の位置はどうかしら?」

 

「とっても素敵よ、リーシェちゃん、 凄く華やかになったわね」

 

 

 

リビングの方からは、飾り付けを担当しているカルラさん、ミカサ、そしてリーシェの楽しげな声が聞こえてくる。

 

 

最早見慣れた光景となった、カルラさんやミカサとすっかり打ち解け、和気あいあいと部屋の装飾を楽しんでいるリーシェ。

 

 

そんな様子を壁越しに感じるだけで、俺の胸の奥はほっこりとした温かさで満たされていく。

 

 

一方、俺とユミルは料理係として、買い出しに向かったグリシャさんとエレンが材料を調達して帰ってくるまでの間、キッチンで各種の下準備を進めていた。

 

 

 

我が家のキッチンは、控えめに言ってもこの846年の壁内世界の常識を完全に破壊する、ここだけ現代チックな完全オーバーテクノロジーの様相を呈している。

 

 

 

流し台や調理台は、俺の硬質化クリスタル能力をミリ単位で精密にコントロールして削り出した、傷一つ付かない大理石風の特注品。

 

 

火力は、俺の体内で生成される超高温の巨人蒸気を特殊な配管で圧縮・制御し、レバー一つで強火から弱火まで自在に調整できるコンロとオーブン。

 

 

 

そして極めつけは、始祖の力を持つユミルが『道』の謎テクノロジーである概念の書き換えシステムを駆使して生み出した、常に内部を冷気で保つ冷蔵庫擬きや、対象物だけを瞬時に加熱する電子レンジ擬きといった『魔導具』の数々だ。

 

 

 

もはや科学ではなく完全に魔法の領域だが、この理不尽な設備の設計者であり、扱い方を完璧に熟知している俺とユミルが、日々の日常生活においても料理の全権を担っているというわけである。

 

 

 

エプロン姿でオーブンの前に立ったユミルが、窓から差し込む冬の陽光を鈍色の金髪に反射させながら、目をキラキラと輝かせて振り返った。

 

 

 

「…でへへ〜、これだけ揃えばお姉様がいた世界の料理がいっぱい作れるね!」

 

だらしなく口の端からヨダレを垂らしながら、これから口にするだろう俺の前世の未知の料理の数々に思いを馳せているユミル。

 

 

たった一人で冷たい砂を捏ね続けてきたユミルは、俺が教えたジャンクな料理の味にすっかり魅了され、今や完全な『食いしん坊キャラ』へと定着しつつあった。

 

 

 

その無邪気で可愛らしい姿に微笑ましくなりつつも、俺はフリルのついたエプロンの紐を締め直しながら、鈴を転がしたような澄んだ声音で残酷な現実を突きつける。

 

 

 

「多分壁内にある食材の種類だけじゃ作れるものも結構限られると思うよ」

 

いくら調理設備が現代並みに整っていようと、肝心の食材──醤油や味噌といった調味料や、特定の野菜、海産物などが壁内には決定的に不足しているのだ。

 

 

俺の正論を聞いたユミルは、大袈裟に肩を落とし、ぷくぅーっと頬を限界まで膨らませた。

 

 

「じゃあサクッとマーレを征服して食べ物を献上してもらおう!」

 

そして、サラッと倫理観もへったくれもないとんでも案を口にしたのだ。

 

 

食べ物の為だけに向こうの敵国を征服しようとする、異常なまでの彼女の食への執念。

 

 

普通の少女が言えばただの冗談で済むが、彼女の場合、なまじその気になれば最大170メートルの巨人となって本当に数日で世界を更地にして実行できてしまうぐらいには、デタラメな強さを持っている訳だから、冗談なのか本気なのか分からないのが末恐ろしい。

 

 

 

(ユミルのアホの娘化が止まらない……)

 

 

俺は心の中で深い深い溜息を吐き出しながら、純白のサマーワンピースの袖を軽くまくり上げた。

 

 

そして、彼女と向き合うように立つと、「満面の笑みで征服しようなんて言っちゃダメだよ」と優しく窘めながら、ユミルの柔らかく白い頬を両手で包み込み、むにむにと少し強めに引っ張った。

 

 

「むふぅ〜、おねえしゃまぁ〜」

 

怒られているというのに、ユミルは俺の手のひらの感触が心地よいのか、目をトロンと細めて嬉しそうに俺の手にすり寄ってくる。

 

 

本当に、この子はいつからこんなに甘えん坊のアホの子になってしまったのだろう。

 

そんな、どこまでも平和で緩い百合空間をキッチンで生成していると、ガチャリと玄関の扉が開く音がした。

 

 

 

「ただいま戻りました。ユミルさんアトラスさん」

 

両手に新鮮な野菜や肉がたっぷりと詰まった紙袋を抱え、買い出し組のグリシャさんとエレン少年が帰ってきたのだ。

 

 

俺が「おかえりなさい」と声をかけようと振り返った、その瞬間だった。

 

 

荷物をテーブルに置こうとしていたエレン少年のエメラルドグリーンの瞳が、キッチンで俺に頬をむにむにされているユミルの姿を捉え、カッ!と限界まで見開かれた。

 

「……おぉ、キッチンでアトラスさんに頬をむにむにされるユミルさん……緩い雰囲気でありながら暴力的なまでの美貌が調和して神聖さを醸し出している……!暫くそのままでお願いします!」

 

 

ドサッ、と持っていた紙袋を床に放り投げ、エレンは息をするようにコートの懐から小さめのスケッチブックと鉛筆を取り出すと、目にも止まらぬ早さでシャシャシャッ!と狂ったような猛烈な勢いでデッサンを描きだした。

 

 

 

一切の淀みがない、まさに天才百合絵師としての業の深さを見せつける神速の筆致。

 

(………ほんとどうしてこうなった…………)

 

俺は、頬をむにむにした体勢のまま完全にフリーズし、死んだ魚のような目で心の中で盛大にツッコミを入れた。

 

 

主人公としての「巨人を駆逐する」という強烈なモチベーションを、すべて俺たちベニア三姉妹の『究極の百合空間の描写』に全振りしてしまった少年の成れの果てがこれだ。

 

 

視線をズラすと、隣に立つグリシャさんもまた、「私の息子は一体どこへ向かっているのだろうか」と言わんばかりの、完全に現実を諦めきった遠い目で息子の奇行を見下ろしていた。

 

 

まぁ、もとよりユミルのつきたてのお餅のようなもちもちほっぺをもう少し堪能するつもりだったし、彼女も俺に触られて割と満更でもなさそうに目を細めている。

 

 

 

俺は小さく息を吐き、エレンのスケッチの筆が一段落するまで、暫くこのシュールで尊い体勢に付き合ってやることにした。

 

 

 

鉛筆が紙を擦る心地よい音をBGMにしながら、俺は脳内で、ここ最近の壁内情勢と、今後の未来について静かに思考を巡らせていた。

 

 

 

846年。 前世の記憶──原作の歴史において、この年は壁内人類にとって最も絶望的で残酷な年だったはずだ。

 

 

 

シガンシナ区とウォール・マリアを奪われ、深刻な食糧難に陥った王政府が、「領土奪還作戦」という名の口減らしのために、25万人もの同胞を無垢の巨人が群がる壁外へと追いやった、あの血塗られた年。

 

 

 

だが、俺という特異点が介入し、歴史の因果を力技でねじ曲げた結果。

 

 

シガンシナ区の壁は無傷のまま保たれ、偽りの王政は打倒され、度重なる歴史改変と俺たちのガバによって、原作終盤の『地鳴らし』の脅威すらも、もはや回避されたと言っても過言ではない状態に着地している。

 

 

 

さらに、壁内文明は今、異常なまでの成長期を迎えている。

 

王都でアルミンとハンジが主導している新技術開発部門の働きにより、地下街から採掘された氷爆石の蒸気エネルギーを応用した蒸気機関やインフラ整備が急速に進み、壁内はまさに『産業革命』の真っ只中に突入しているのだ。

 

 

 

(痺れを切らしたジークらがやってくるまで4年……)

 

 

俺は、むにむにとユミルの頬を撫でながら、ぼんやりと計算を立てる。

 

 

海の向こうのマーレが、パラディ島に潜入させた戦士たちからの連絡が途絶えたことに痺れを切らし、ジークやピークを偵察に送り込んでくるまで、本来の歴史ならまだ4年という長い年月がある。

 

 

だが、あのエルヴィンのことだ。俺の脳裏に、執務室で大量の胃薬をボリボリと噛み砕きながら、常に人類の数歩先を見据えているあの金髪の指揮官の姿が浮かぶ。

 

 

 

これだけの規格外の戦力と、技術革命によるインフラを手に入れた彼が、ただ指を咥えて4年間も大人しく待っているはずがない。

 

 

きっと、ジークらがやってくる前に、こちらから仕掛けてマーレを無血で屈服させるような、何かとんでもない策を水面下で実行するやもしれない。

 

 

 

それに、現在壁内にて訓練兵団で事実上保護している戦士三人組のライナー、ベルトルト、アニと交わした、『マーレに残された家族の救出』という約束もある。

 

 

いずれ俺たちの圧倒的な武力をもって、海を渡る日は来るだろう。

 

 

(まぁ暫くは、この平和な日常を謳歌できるだろ)

 

 

俺は、目の前で満足げにスケッチブックを閉じるエレンと、「ほらエレン、手伝いなさい」と呆れながらも野菜を運ぶグリシャさん、そしてリビングから聞こえるリーシェたちの楽しげな笑い声に耳を傾けながら、心からの安堵の息を吐き出した。

 

 

 

この温かくて、少しカオスで、誰も死なない優しい日常が、ずっと続いてくれればいい。

 

 

 

 

俺のそんな想いは、この後ある意味斜め上にぶっ飛んだ形で吹き飛ばされることになる。

 

 

 

 

 

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