進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
846年1月11日、昼頃
冬の冷たく澄んだ空気を押し返すように、シガンシナ区中央に位置するベニア邸のリビングは、春の陽だまりのような暖かさと、爆発的な歓声に包まれていた。
「「「「「「「おかえりアルミン!!!」」」」」」」
俺たちベニア三姉妹と、イェーガー一家の総勢六人の声が重なり合い、リビングの天井を震わせる。
部屋の中央に鎮座する大きな木製のダイニングテーブルには、隙間がないほどに大皿が所狭しと並べられていた。
艶やかなデミグラスソースがたっぷりとかかったハンバーグ、卵の黄色とケチャップの赤が鮮やかなオムライス、そして前世の知識とユミルの『道』の謎テクノロジーをフル活用して作り上げた、生クリームたっぷりの特製フルーツケーキ。
何とかこの壁内に存在する限られた種類の食材をやりくりし、かつて俺が前世で食した現代日本の料理を見事に再現したものだ。
恐らく、帝都ミットラスでふんぞり返っている特権階級の貴族たちでさえ、一生口にすることができないであろう極上のオーパーツ的出来栄えである。
「みんな……ありがとう…!」
本日の主役であるアルミン・アルレルトは、テーブルに並ぶ見たこともない料理の数々と、自分を囲む温かい笑顔の輪を前にして、感極まった様子で一人一人に顔を向け、深々と頭を下げて感謝を伝えていた。
その少し照れたような、けれど知性に満ちた澄んだ青い瞳を見つめながら、俺の胸の奥底から、じんわりと熱いものが込み上げてくるのを感じた。
前世の記憶───本来の正史の通りであれば、彼はあの「運命の日」に壁が破壊される絶望を味わい、数え切れないほどの仲間の死や裏切りという地獄をその目で見て、自らの手を血に染めながら冷酷な決断を下す『悪魔の頭脳』へと変貌していくはずだった。
だが、今の彼を見てほしい。 この世界では、悲惨な過去を背負うことなく、家族のような温かい愛情に包まれたまま、その類い稀なる頭脳と好奇心を、新エルディア帝国の技術発展という平和的なベクトルへ大いに貢献させているのだ。
俺がこの進撃の巨人の世界に転生し、血を吐くような思いで己の肉体を壊し続け、歴史の因果に強引に介入してまでやってきたすべての選択が、確かにこの輝かしい未来を掴み取ったのだ。
この、誰も死なず、誰もが心の底から笑い合える光景を見られただけで。
俺は自分の存在意義が肯定されたような、本当に救われた気持ちになっていた。
気がつけば、俺は自然と自身の両隣に座る、二人の愛しい存在───リーシェとユミルの手に、自身の手をそっと重ねて握っていた。
右手に感じる、人類最強の鬼神でありながら俺の前ではただの恋する乙女となるリーシェの、少しひんやりとしつつも滑らかな指先。
左手に感じる、二千年の孤独から解放された神様であり、俺を「お姉様」と慕ってやまないユミルの、小さくて柔らかな手のひら。
二人の温かく柔らかな手は、俺のその万感の思いに応えるように、優しく、それでいて絶対に離さないという確かな力加減で握り返してくれた。
俺は、神が黄金比で設計した自身の超絶美少女フェイスを少しだけ照れくさそうに赤らめながら、テーブルを囲むみんなへ向けて、ありったけの慈愛を込めた微笑みを浮かべて口を開いた。
「ふふっ、今日の料理はいつも以上によりをかけて作ったよ。ユミルと新しく挑戦した料理もあるからいっぱい食べてね!」
俺のその言葉を皮切りに、「わぁっ、これすっごく美味しい!」「アトラスさん、このお肉のソースはどうやって作ってるんですか!?」と、リビングは一気に賑やかな宴の席へと変わった。 それぞれが取り皿に未知の料理を取り分け、舌鼓を打ちながら、皆思い思いに談笑の華を咲かせる。
そんな和やかな食事の最中。 ふと、エレン少年が隣に座るアルミンに向かって、少し声を潜めて尋ねた。
「アルミン、向こうに行く前に頼んだ新しい画材道具ってどうなった?」
巨人の駆逐ではなく、俺とリーシェと時々ユミルが織りなす『究極の百合空間』を後世に描き残すという、謎の狂信的使命感に目覚めた天才百合絵師。
そのエメラルドグリーンの瞳が、獲物を狙う鷹のようにギラリと光った。
「もちろん用意出来てるよ。毛先がへたりにくくてエレンの好みに合った筆と、職人が調合した帝都有数の絵の具、その他にもエレンが渡してくれた予算以内で沢山買い込んでおいたよ」
アルミンはニコリと笑うと、足元に置いていた大きな紙袋を持ち上げ、中身が溢れ出しそうなほどパンパンに詰まったそれをエレンへと手渡した。
「おお!流石アルミン!俺が欲しかったやつが全部入ってる!」
紙袋の中を覗き込んだエレンは、まるで欲しかったおもちゃを買ってもらった子供のように、年相応に目を輝かせながら中身の高級画材を物色し始めた。
「これなら、アトラスさんとリーシェさんのあの肌の透明感や、光の反射具合をもっと完璧にカンバスに落とし込める……! 次の作品は絶対の自信作になるぞ……ッ!」
ブツブツと、10歳の少年らしからぬ業の深い百合オタク特有の独り言を呟きながら筆の毛先を確認する息子を。
向かいの席に座るグリシャさんとカルラさんが、なんとも言えない、どこか諦観と疲労の混じった複雑そうな面持ちで眺めていた。
「……あなた。エレン、本当にあんなに高い絵の具ばかり使って、パトロンの貴族様に怒られないかしら……それに、描いてる絵の内容が……」
「……カルラ。もう何も考えるな。アトラスさんたちが庇護してくださっている芸術家として生きるなら……それでいいじゃないか……」
両親のひどく現実的で切実なヒソヒソ話を耳ざとく聞き取りながら、俺は苦笑いを浮かべて温かい紅茶を啜った。
まぁ、彼が非行に走るよりはマシだろう。俺の羞恥心が少し削られるだけで済むのなら。
そんなこんなで、笑いの絶えないアルミンのおかえり会は無事に終了した。 夕方頃「ごちそうさまでした! また来ます!」と元気よく手を振るエレンたちイェーガー一家とアルミンを見送り、我が家には再び、三人だけの静かな時間が戻ってきた。
「ふぅ、楽しかったね」
「うんっ! お姉様のハンバーグ、みんな美味しいって食べてたね!」
「アトラスが作ったんだから当然よ。
……さぁ、片付けは私とユミルでやるから、アトラスは少し休んでて」
そう言って、リーシェとユミルは俺をリビングの椅子に座らせると、二人でいそいそと大量の皿を持ってオーバーテクノロジーのキッチンへと向かっていった。
最近のこの二人は、「アトラスを甘やかす」という一点においては見事な連携を見せるようになっている。
俺は大人しく二人の好意に甘えることにして、ふと、玄関の郵便受けの確認を忘れていたことに気づいた。
立ち上がって玄関の小箱を開けると、そこには分厚い封蝋が施された一通の手紙が入っていた。
(……宛名は、エルヴィン・スミス、か)
新エルディア帝国の事実上のトップであり、現在最も多忙を極めているであろう金髪の苦労人からの私信。
俺は手紙を手にリビングへと戻り、キッチンで仲良く泡だらけになりながら皿洗いをしているリーシェとユミルの後ろ姿を横目に、椅子に腰掛けてテーブルの上で封を切った。
手紙の文面は、相変わらず無駄がなく、理路整然としたエルヴィンらしい硬い筆致で綴られていた。
しかし、その内容は───読み進めるにつれて、俺の目を限界まで点にさせるほど、あまりにもぶっ飛んだものだった。
内容は、ざっくり要約するとこうだ。
『急速な技術発展に伴う産業の活性化により、現在帝国では労働力不足が深刻化していること』
『内政の拡大と開拓において、三重の壁の存在そのものが、今後の物流や経済活動の阻害になっていること』
『解決策として、【壁の中の幾千万の超大型巨人】の硬質化を解き、彼らを人間に戻して労働力として回収する案を考えていること』
『それが始祖ユミルの力で遠隔から可能かどうか、聞いて欲しいこと』
『そして、外敵に対する絶対の防衛線として、ウォール・マリアに代わる新たな壁の構築に、アトラス殿の能力で協力願いたいこと』
……
…………
…………………
「いや、スケール感ッッ!!!」
俺は誰もいないテーブルで、手紙を握りしめたまま思わず声に出して盛大なツッコミを入れてしまった。
いやいやいや、ちょっと待て。
人手不足解消のために、壁の中の超大型巨人を人間に戻して労働力として回収!?
あの、一歩間違えば世界を平らに踏み潰す『地鳴らし』のトリガーとなる幾千万の超大型巨人の群れを、ただの「便利な労働力」として計算に入れてるのか!?
しかも、壁が物流の邪魔だから取っ払うって……エルヴィン……100年間人類を守ってきた壁を、都市計画の邪魔な土手か何かと勘違いしてないか?
そして極めつけは、ウォール・マリアに代わる新たな壁の構築。
なんでも、直径1200kmものウォール・マリアを遥かに超える規模の防壁を、俺一人の硬質化能力で丸ごと創り直してくれという、とんでもない丸投げの無茶振り。
……そう来たかぁ
俺は手紙をテーブルに置き、両手で顔を覆って深いため息を吐いた。
確かに、今の俺たちのバグめいた能力と、ユミルの始祖の権限をもってすれば、三重の壁の硬質化の解除は指先一つで可能かもしれない。
彼らを超大型巨人からただの人間に戻すことも、多分できると思う。
そして、新たな壁の構築。
俺の体内にある無限のエネルギーと、硬質化クリスタルの生成能力を使えば……まぁ、不可能ではない。
流石にこの華奢な美少女ボディで直径1200kmの壁を一気に生成するのは、精神的にもエネルギー的にもキツイから、15mの巨人体になって実行することにはなるだろうが。
(……不可能じゃない、っていうのが、冷静に考えて一番ヤバいんだよな……)
俺は天を仰いだ。 かつて調査兵団の異常戦力に胃を痛めていたはずのエルヴィン団長。
それが今や、俺たち特異点のデタラメなスペックを完全に理解し、一切の常識に囚われることなく、国家百年の計を「数ヶ月」で成し遂げようと演算し、実行に移そうとしているのだ。
その為政者としての強靭な発想力と、狂気すら感じる柔軟性には、前世の記憶を持つ俺ですら本当に恐れ入るしかない。
俺は手紙をテーブルに残し、リビングの隅にある、俺が一番お気に入りの長ソファーへと移動して、どすんと腰を下ろして一息ついた。
世界の運命を左右する途方もない計画を前にして、俺のメンタルが少しだけ休息を求めていたのだ。
すると、グッドタイミングで皿洗いを終えたらしい二人が、足音を忍ばせてこちらへと近づいてきた。
ストン、ストン、と。
俺がソファーの真ん中でくつろいでいるのを見つけるなり、リーシェとユミルが、まるで磁石に吸い寄せられるかのように、俺を挟み込むようにしてピッタリと両隣に着席してきた。
右側からは、リーシェが俺の太ももの上にコロンと頭を乗せ、見事な膝枕ポジションを確保して嬉しそうに目を細めている。
左側からは、ユミルが俺の華奢な肩に自身の小さな頭をコトンと預け、腕を絡ませて甘えてくる。
両脇から伝わってくる、女の子特有の柔らかな温もりと、石鹸と花の混ざったような極上の香り。
相変わらず、俺のパーソナルスペースという概念はこの家には存在しないらしい。
「ねぇ、ユミル」
俺は、重力に逆らうことを諦め、顔を天井の木目に向けたまま、左肩に寄りかかる彼女の名を呼んだ。
「ん?」
俺の肩にグリグリと頬を擦り寄せながら、ユミルが甘えきった猫撫で声で返事をする。
二千年の歴史を司る始祖ユミルが、今や完全に俺の可愛い妹分と化している。
俺は、エルヴィンから送られてきた『世界を根底から作り直すレベルの超特大プロジェクト』について、まるで「明日の夕飯、シチューにする?」とでも提案するかのような、極めて日常的で軽いテンションで彼女に問うた。
「壁の硬質化の解除とあの中にいる巨人を人間に戻すのって出来る?」
俺の肩に頭を乗せたまま、ユミルは数秒の思考すらはさむことなく、即座に口を開いた。
「よゆー」
一言、ただそれだけだった。
「……そっかー」
俺は、いつの間にか俺の膝の上で幸せそうに寝息を立て始めようとしているリーシェの、太陽の光を編み込んだような艶やかな金髪を指先で優しく撫でながら、ただただ脳死でそう応えるのだった。
明日からまた、この世界を物理的に書き換えるための、途方もない大仕事が始まる。
だが、この温かい両隣の体温を感じている限り、どんな無茶振りも、まぁ何とかなるだろうと、俺は静かに目を閉じた。