進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第百八十七話

 

 

846年1月13日

 

冬の冷たく乾いた風が、新エルディア帝国の政治的中枢である帝都ミットラスの空を重く覆っていた。

 

 

 

分厚い雲に遮られ、太陽の光は弱々しく、重厚な石造りの調査兵団本部の執務室にも、どこか薄暗い影を落としている。

 

 

だが、私の手元にある一通の手紙が放つ熱量は、この部屋の冷気を完全に焼き尽くすほどに圧倒的だった。

 

 

「……団長。シガンシナ区のベニア邸より、極秘の書簡が届いております」

 

 

数十分前。息を弾ませて駆け込んできた側近のモブリットから、厳重に封蝋が施された革製のケースを受け取った。

 

 

 

差出人はアトラス・ベニア。

先日、私が『壁の中に眠る幾千万の超大型巨人の硬質化を解除し、彼らを人間に戻して労働力として回収する』という、正気の人間であれば即座に破り捨てるであろう途方もない計画を打診した、あの理外の存在からの返書である。

 

 

 

私は、ペーパーナイフを握る自身の右手が、微かに、しかし確かに震えているのを感じていた。

 

 

 

刃先を差し込み、蝋を割り、中から厚手の便箋を取り出す。 そこに綴られていたのは、相変わらず流れるように美しく、丁寧な文字の羅列だった。

 

 

だが、その内容は、壁内人類の歴史──いや、この世界の理そのものを根底から覆す、決定的な『神の託宣』であった。

 

 

私は、便箋に書かれた数行の文字を、食い入るように、何度も何度も目で追った。

 

 

「……ふっ……ははっ」

 

 

誰にも聞かれることのない執務室で、私の口から、乾いた、しかし底知れぬ歓喜と戦慄が入り交じった笑い声が漏れ出た。

 

 

 

「……私の考察に、間違いは無かった」

 

 

机に置かれた冷めた紅茶のカップが、私の手から伝わる微かな振動でカタカタと鳴った。

 

 

 

壁の硬質化解除。 壁の中に眠る、約五十万もの超大型巨人を人間に戻す。

さらには、それらに代わる新たな絶対防壁『ウォール・アトラス』を構築する。

 

 

 

御伽噺や神話ですら、これほどまでにデタラメで、スケールの狂った計画は存在しないだろう。

 

 

 

人類が百年間、ただ怯え、見上げることしかできなかったあの巨大な壁を、ただの『便利な人材バンク』と『都市開発の邪魔な障害物』として扱い、解体して再構築するというのだ。

 

 

 

それが、机上の空論ではなく、彼女たちの手にかかれば『実現可能』であるという、絶対的な事実。

 

 

 

(……アトラス殿。そして、始祖ユミル。二人……いや、二柱は本当に……人類の理解を絶する、歩く奇跡だ)

 

 

 

私は、無意識のうちに引き出しから茶色い小瓶を取り出し、胃薬の錠剤を数粒、手のひらに転がしていた。

 

 

 

この常軌を逸した計画を本当に実行に移すとなれば、これから待ち受ける政治的・社会的な混乱は計り知れない。

 

 

 

胃に穴が空くなどという生易しいものではない。

文字通り、命をすり減らす日々が始まるのだ。 だが、私の胸の奥底で燃え盛る『人類の未来を切り拓く』という野心は、この上ない高揚感に満たされていた。

 

 

 

私は手のひらの錠剤を水も飲まずに口内へと放り込み、ガリガリと音を立てて噛み砕きながら、立ち上がった。

 

 

 

「……明日の夜、御前会議を執り行う。これは新エルディア帝国の国家の命運を左右する、極めて重要な案件である。直ちに以下の者達に通達せよ」

 

 

 

私は扉の外に控える側近に向け、威厳に満ちた声で命じた。

 

 

「憲兵団師団長ナイル・ドーク、駐屯兵団司令ドット・ピクシス、新技術開発部門部門長ハンジ・ゾエ、調査兵団分隊長ミケ・ザカリアス、調査兵団兵士長リヴァイ・アッカーマン。

……そして、新エルディア帝国女王、フリーダ・レイス陛下だ」

 

運命共同体と言っても過言ではない、私が真に信頼を置く人物たち。 彼らの前で、私は自身のこの悪魔のような計画を共有し、実現に向けて彼らを巻き込み、協力させる。

 

 

 

人類の歴史が、再び大きく動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

846年1月14日、夜

 

 

 

王都ミットラスの中心にそびえる旧王城。

その最奥に位置する特別会議室の周辺は、かつてないほどの異様で物々しい空気に包まれていた。

建物の内外を問わず、目に見えるすべての経路に、完全武装した兵士たちが隙間なく配置されている。

 

 

 

 

内部の最も重要な警備ラインには、リヴァイが手塩にかけて鍛え上げた『対人立体機動部隊』の精鋭30名が、音もなく影のように潜んでいる。

 

 

 

それに加え、ナイルが身辺調査を徹底し、真に信頼できると見込んだ憲兵団の精鋭50名が要所の扉を固め、建物の外周には駐屯兵団から選抜された100名の兵士が、蟻一匹通さない厳重な警備網を敷いていた。

 

 

 

これほどまでの過剰な警備を敷いた理由は他でもない。

 

 

 

今宵の会議の内容が、万が一にも壁内の旧体制派の残党や、密偵の耳に漏れれば、即座に国家の転覆、あるいはパニックによる内乱に直結するからだ。

 

 

 

重厚なオーク材の扉が開かれ、私が会議室へと足を踏み入れる。

 

 

 

「……」

 

 

部屋の中央に設えられた円卓には、すでに招集された全員が着席していた。

 

 

上座には、女王の威厳を纏いながらも、どこか憂いを帯びた紫色の瞳を持つフリーダ陛下。

その左右を固めるように、ピクシス司令、ナイル、ハンジ、ミケ、そしてリヴァイが座っている。

 

 

 

 

「皆、突然の招集に応じてくれた事、心より感謝する」

 

 

私は真っ直ぐに壇上へと進み、国家の命運を握る要人たちに向け、先ずは深く、そして重々しい礼をした。

 

 

顔を上げると、彼らの目には、僅かながら強烈な緊張の色が見え隠れしていた。

 

 

私から『国家の命運を左右する極秘案件』という通達を受けた彼らは、それがどれほど血生臭い、あるいは絶望的な内容であるかを覚悟してきているのだろう。

 

 

 

(……なるほど。これが本来の、国家運営のシリアスな空気か)

 

 

私は内心で小さく息を吐いた。 前回の会議の時のように、あのベニア三姉妹──アトラス殿、リーシェ特別班長、そして始祖ユミルという、良くも悪くも緊迫感を根底から吹き飛ばし、カオスな空間を作り出す存在がここに居ない。

 

 

 

 

あの、会議中に平気でイチャつき、常識を破壊する発言で我々の脳をショートさせる彼女たちが不在というだけで、この場はこれほどまでに重く、純粋な緊張感に包まれるのか。

 

 

少しだけ、あの騒がしさが懐かしくもあるが……今は、この冷徹な空気が有難かった。

 

 

 

彼らは無言のまま、私の次の言葉を促している。

 

 

「今日、皆に集まってもらったのは他でもない……我が帝国の、いや、人類史に残る最大規模の計画を共有する為だ」

 

 

 

一段階、空気が重くなった。 『人類史に残る』。 私が口にしたその言葉の重圧が、文字通り物理的な質量を持って、会議室の空気を押し潰したのが分かった。 ミケが微かに鼻を鳴らし、ナイルがゴクリと唾を飲み込む。

 

 

 

「ここ最近、我らが新エルディア帝国は凄まじい勢いで成長している。

皆も知っての通り、ハンジの開発力による『蒸気機関』の導入から始まり、地下街の本格的な資源採掘場化は、この帝国の産業、技術、そしてインフラの発展に大きく寄与することとなった」

 

 

 

私は、現状の明るい材料を並べた後、あえて声を落とし、重苦しい現実を突きつけた。

 

 

 

「しかし、ここに来て……ある致命的な問題が、帝国の急激な発展に強力な制止をかけている。 それは、『深刻な労働者不足』だ」

 

 

ピクシス司令が、スキットルを持ったまま静かに頷く。 統治の中枢にいる彼らなら、すでにその問題の深刻さに気付いているはずだ。

 

 

「現在、我々の帝国が抱える壁内人類の総人口は、凡そ百三十万人。

そこから老人や子供、女性を差し引き、インフラ整備や農地開拓、資源採掘といった過酷な肉体労働の主軸を担える成人男性の数を割り出せば、精々六十万人程度しか存在しない」

 

 

 

六十万人。 一見すれば多く聞こえるかもしれないが、領土を広げ、近代国家として産業革命を推し進め、ゆくゆくは海の向こうのマーレや世界列強と対等に渡り合うための国力を築くには、あまりにも、あまりにも少なすぎる絶対数だった。

 

 

 

「このままでは、我々は人手不足によって自壊するか、発展を止めて再び緩やかな死を待つかしか道はない。

……故に、私は『壁の中』に目を向けた」

 

 

私の言葉に、ハンジがビクッと肩を跳ねさせた。 彼女のゴーグルの奥の瞳が、「まさか…」といった、信じられないほどの期待と、それを上回る困惑の混じった色に染まり、私を見つめている。

 

 

「皆も知っての通り、壁内人類をこれまで百年間、外の脅威から守ってきたウォール・シーナ、ローゼ、マリアの三重の壁。

……あの壁の正体は、硬質化で覆われた幾千万の『超大型巨人』が眠っている姿だ。その数は、ざっと五十万体と推測される」

 

 

五十万体────その具体的な数字を口にした瞬間、全員の顔色が変わった。

私の思考の先にある、あまりにも禁忌的で、狂気じみた発想を、彼らは完全に察したのだ。 リヴァイの灰色の瞳が細められ、フリーダ陛下が息を呑む。

 

 

 

今の私は、一体どういった表情をしているだろうか。 冷徹な指揮官としての無表情か。 それとも、人類の禁忌に触れる、悪魔のような薄ら笑いを浮かべているのだろうか。

 

 

「そして今、我が帝国には、すべてのエルディア人の起源たる『本物』の始祖ユミルが現世に顕現し、アトラス殿と共に在る」

 

 

私は、壇上から彼らを一人一人見据えながら、静かに、しかし絶対に揺るがない断言を下した。

 

 

「この、神の采配を生かさない手はない。

私は……始祖ユミルによる『壁の硬質化の解除』と『壁の中の超大型巨人の人間化』。

そして、アトラス殿による新たな絶対防壁、『ウォール・アトラス』の構築という……神話を実現しようと考えている」

 

 

 

沈黙が、重厚な会議室を完全に支配した。

五十万の超大型巨人を、人に戻し、労働力として社会に還元する。

 

そして、不要になった壁を解体し、一人の巨人の力で新たな壁を創り直す。

 

 

国家百年の計を、たった二人の少女の力で数日のうちに成し遂げようという、神への冒涜にも等しい計画。

 

 

 

「……チッ。遂にイカれやがったか、エルヴィン」

 

 

最初にその沈黙を破ったのは、リヴァイだった。

彼は腕を組み、背もたれに深く寄りかかりながら、心底呆れたように、しかしどこか「お前なら言い出しかねない」と納得したような深く重いため息を吐き出した。

 

 

 

「百年前のエルディア人の解放……!!」

 

それに続いたのは、完全に理性のタガが外れたハンジの狂乱の叫びだった。

彼女は椅子から転げ落ちんばかりに身を乗り出し、両手で頭を抱えながら歓喜の奇声を上げ始めた。

 

 

「巨人だった時の記憶はどうなっているんだ!? 肉体の老化は進行していないのか!? 百年間壁の中にいたことによる認知機能の低下や体力の衰えは!? ああ、素晴らしい! 解剖したい!! 今すぐ彼らの身体を隅々まで調べ尽くしたい!! 胃の内容物が残っていれば、当時の百年前の食生活も正確に分かるじゃないか!!」

 

 

 

ハンジは完全に自身の世界に入り込み、猛烈な勢いで手元のメモ帳に何かを書き殴りながら、私に向かって手を合わせた。

 

 

「エルヴィン! お願いだ、百年前の人間、数人だけでいいから私の研究用に貰っても良い!? ねぇ、良いよね!? ありがとうエルヴィン!!」

 

 

「……ハンジ。彼らは我々の大切な同胞であり、労働力だ。実験動物ではない。勝手に解剖の約束を一方的に取り付けるな」

 

 

私は頭痛を堪えながら、即座に彼女の猟奇的な要望を却下した。五十万人を救い出して即解剖など、狂気の沙汰である。

 

 

「ちょっと待ってくれ、エルヴィン」

 

ハンジの暴走を遮るように、ナイルが青ざめた顔で立ち上がった。 憲兵団師団長として、王都の治安を預かる彼にとって、この計画はあまりにもリスキーすぎた。

 

 

「いくら相手が始祖の神だろうが、そんな事無茶じゃないのか!? 何百キロにも及ぶ壁の硬質化を解いて、五十万の巨人を人に戻す? それに代わる壁を、あのアトラスが一人で新しく創る? ……いくらなんでもスケールが狂いすぎている。あくまでエルヴィン、お前の希望的観測と考察に過ぎないんだろ!?」

 

 

ナイルの常識的なツッコミは、当然の疑問だった。

だが、その彼の切実な問いに対して、上座に座るフリーダ陛下が、静かに、しかし絶対的な威厳を持って口を開いた。

 

 

 

「可能ですよ、ナイル師団長……始祖の力なら」

 

 

フリーダの紫色の瞳が、ナイルを真っ直ぐに見据える。

 

 

「アトラスさんの独自の『道』の全貌は私には分かりませんが……大元の始祖の巨人の権限であれば、硬質化の解除も、エルディア人の肉体構造の書き換え、巨人から人への回帰も、決して不可能なことではありません。

……元始祖の継承者である、私が保証します」

 

 

 

王家の血を引き、かつてその力を身に宿していた彼女の言葉の説得力は、何よりも重かった。

ナイルが絶句して言葉を失う中、ミケもまた、静かに腕を組んだまま首を縦に振った。

 

 

 

「……フリーダ陛下の言葉に、嘘や誇張の匂いはない。彼女の言葉は、事実だ」

 

 

ミケの嗅覚による裏付けが、さらにその証明を強固なものにする。

私は、彼らの動揺が少しだけ落ち着くのを待ち、決定的な事実を告げた。

 

 

「……既に、シガンシナ区の彼女らには手紙で確認を取っている。

始祖ユミル本人が言うには、壁の解除も人間化も『容易』であると。

また、アトラス殿による新たな壁の構築に関しても、精神的な負担はあるが『問題ない』との力強い返事を貰っている」

 

 

 

「容易……だと……」

 

 

ナイルが、完全に力なく椅子へと崩れ落ちた。

 

 

百年間人類を支配してきた絶望の象徴が、彼女たちにとっては「容易い作業」でしかないという理不尽。

 

 

 

だが、この狂気的な計画を前にして、一人だけ、全く別の次元から鋭い視線を投げかけてくる者がいた。

 

 

駐屯兵団司令、ドット・ピクシスである。 彼はスキットルの蓋をゆっくりと閉め、鋭い鷹のような目で私を射抜いた。

 

 

 

「……しかしのう、エルヴィン。 それが物理的に可能じゃとして……民衆の混乱には、どう対応するつもりなんじゃ?」

 

 

ピクシスの声には、老練な為政者としての重みがあった。

 

 

「今まで百年間、巨人の脅威から自分たちを守ってくれる神聖な存在だと信じ込んできた『壁』の解体。

そして、その壁の中に無数の巨人が埋まっていたという事実の暴露。

さらには、長年人類を食い殺してきた憎き巨人が、実は自分たちと同じ人間だったという残酷な真実。

……極めつけは、その『元巨人』であった五十万人の見ず知らずの人間を、いきなり隣人として受け入れろというんじゃ。 食糧問題もそうじゃが……民衆のパニックと暴動、精神的な混乱は絶対に避けられんぞ」

 

 

 

ピクシス司令の指摘は、まさにこの計画における最大の壁であり、最も血が流れる可能性のあるアキレス腱だった。

 

 

 

物理的な問題は特異点たちが解決できても、人間の心と社会のシステムは、魔法ではどうにもならない。

 

 

だが。 その質問を受けた瞬間、私は無意識のうちに、口角が深く吊り上がるのを感じていた。

 

 

 

(……やはり、司令もそこに気づかれるか)

 

 

胃の痛みは、不思議と消え去っていた。

代わりに、私の脳内で緻密に組み上げられた『次なる政治的カード』が、美しく光り輝き始めている。

 

 

 

私は、待っていたとばかりに微笑みを深めた。

 

 

純粋な物理的破壊と創造のフェーズは終わった。

ここからは、人間の心を操り、大衆を先導する、私の最も得意とする『盤面操作』のフェーズへの移行だ。

 

 

 

「ええ、ピクシス司令。ご懸念の通りです。

……だからこそ、我々には彼ら五十万人を『希望の象徴』として民衆に受け入れさせるための、強烈な『プロパガンダ』が必要になるのです」

 

 

 

私は机の上に両手をつき、身を乗り出して、この会議室に集まった運命共同体たちに、最後の、そして最も悪魔的な一手を開示するのだった。

 

 

 

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