進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
窓は分厚いカーテンで固く閉ざされ、机の上に置かれた古びた一つのランプの灯りだけが、室内の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。
帝都ミットラスの片隅、名門校の敷地内にひっそりと佇む旧校舎の薄暗い備品室の中。
今、この埃の匂いが微かに漂う一室には、私とニック教授が、傷だらけの木製テーブルを挟んで相対するように向き合っている。
かつてはウォール教の幹部として壁の真実を隠蔽し人々を真実から遠ざけていた男。
だが、無血革命によって教団の権威が完全に失墜した今、彼は我々新政府の監視下におかれつつも、その該博な知識を買われ、帝都有数の名門校で歴史の非常勤講師として日々優秀な生徒たちに教鞭を振るっていた。
多忙を極める私が自ら足を運び、極秘裏に彼と対面して話す機会を設けたのには、他でもない重大な理由があった。
壁内人類の歴史を根本から、それこそ世界の理ごと大きく動かす計画の『最重要の一端』を、彼に担って貰うためだ。
私は、ランプの炎が揺らめく中、自身の内にある冷徹な指揮官としての顔を微塵も崩すことなく、極めて冷静に、落ち着いた口調で目の前の男に語りかけた。
「……以前、ニック教授のもとに訪れた三人組を覚えているだろうか」
私のその問いかけに、ニックの顔に刻まれた深いシワがピクリと動いた。
彼は、机の上で自身の両手をギュッと組み合わせながら、ゆっくりと、確かめるようにその名を口にした。
「……ああ。始祖ユミルと名乗る若い女と、アトラスと名乗る女性……そして、兵団最強と噂される鬼神リーシェのことですな?」
流石は、かつて信者を束ね、教団の暗部を知り尽くしていた元司祭だっただけはある。
私の目から見ても、極めて冷静で落ち着いた様子だ。
新国家の軍部トップである私を前にしても、己の芯を失っていない。
「いかにも」と私は小さく頷き、言葉を継いだ。
「私がこれから話す内容において、彼女ら三人の存在が、今後の壁内人類の計画を語る上で非常に重要な鍵となる」
「……計画、ですか」
ニックの警戒に満ちた低い声が、薄暗い備品室に響く。
私は机の上に置いた両の手を組み、真っ直ぐに彼の目を見据えながら、まずは彼女らの『正体』について開示することにした。
彼に我々の狂気的な計画を呑ませるには、まず彼が抱いている常識という名の薄皮を、完膚なきまでに引き剥がす必要があるからだ。
「まず、『始祖ユミル』と名乗った者についてだ」
私は、あえて抑揚を抑えた淡々とした声で告げた。
「彼女は……正真正銘、二千年前に存在した本物の『始祖ユミル』ご本人である」
ニックの眉間が、怪訝そうにピクリと寄る。
「その力は計り知れない。想像を絶する巨体に変身することが可能であり、彼女の持つ無限のエネルギーをもってすれば、少なくとも壁内人類などものの数日、いや、片手間で世界を更地にできるほどの力を有している」
「……は?」
ニックの口から、間の抜けた、自らの聴覚を本気で疑うような声が漏れた。
正気を疑うような、あるいは私が過労で狂ってしまったのではないかと心配するような視線が向けられる。
だが、私はそんな彼の動揺にお構いなく、無慈悲に次の事実を突きつける。
「次に、アトラス・ベニア殿。……彼女は、既存の九つの巨人とは一線を画す、独自の『道』を持つ第十番目の巨人化能力者である」
ニックの瞳孔が、僅かに見開かれた。
「彼女の巨人体は、超音速の硬質化弾を放ち、その気になれば半径10キロ圏内の地形を一撃で崩壊させる、歩く終末兵器だ。
そして彼女こそが、我々兵団を導き、無血革命による新エルディア帝国擁立を成功に導いた最大貢献者でもある。
さらに言えば……あの二千年前の始祖ユミルを、現実世界に顕現させた全ての元凶だ。
彼女もまた、人類を容易に滅ぼす事ができる力を持っている。
そんな彼女を、我々は畏敬と恐怖を込めて『理外の巨人』と定義した」
「…………」
ニックは、もはや言葉を発することすらできず、ただ息を呑んで絶句していた。
彼の額から、ジワリと冷たい脂汗が滲み出し、ランプの光を反射しているのが見える。
「そして最後の一人、リーシェ・ベニア特別班長。
彼女は、『理外の巨人』たるアトラス殿と接触した最初の人間であり、『アトラス』の名付け親でもある。
……そして、アトラス殿を狂信的なまでに愛し、その強烈な愛と『道』への接続によって人類の限界を突破し、一個旅団規模を単騎で殲滅する力を持つ『鬼神リーシェ』の異名を冠するまでに至った人物だ。
だが、これほどの暴力の化身でありながら、彼女は巨人化能力を持っていない……“一応”は、人間だ」
「一応……人間……?」
私が意図的に含みを持たせたその言葉に、ニックは強烈な引っ掛かりを感じたのだろう。
彼の表情が、石膏のように硬く引き攣る。
私は、微かに額から冷たい脂汗を滲ませながら顔面を蒼白にしている目の前の男に対し、彼を完全に絶望の淵へと叩き落とす、決定的な現実を突きつけた。
「他二人(神と理外の巨人)と比較すると、ただの人間である彼女は見劣りするかもしれないが。
……リーシェ班長を含め、この三人には、ある恐るべき『共通点』が存在する」
私は、かつて私自身が王城の特別会議室でこの事実を聞かされ、胃に穴が空きそうになった時の絶望感を思い出しながら、低く重い声で宣言した。
「この三人……いや、この三柱は─────始祖ユミルが受肉時に構築した権能により、『不老不死』となっているのだ」
「なっ!?」
ダンッ! と。 ニックは思わず立ち上がりかけ、その膝がテーブルの裏に激突した。
不老不死。 生きとし生ける者であれば、誰もが一度は考えるであろう神の領域。
欲深い権力者たちは永遠の命を夢見て、無謀な試みから人より早く死ぬ者もいる。
それが、あのうら若き、可憐な少女たちの姿をした三人に適用されており、彼女たちが永遠の時を生き、永遠にこの世界の頂点に君臨し続けるという絶望的な事実。
「……エ、エルヴィン殿……先程から話される内容、いくらなんでも荒唐無稽すぎる。
……にわかには、到底信じがたいのだが……」
ニックの顔色は完全に土気色に染まり、彼は震える手で自身の額を拭いながら、必死に私の言葉を否定しようとした。
当然の反応だ。 だが、私には彼を完全に沈黙させるための、絶対的な『証拠』があった。
「しかし、ニック教授。
……貴方はすでに、その目で確かな『奇跡』を目撃しているはずだ」
私は彼を真っ直ぐに射抜き、残酷な真実を口にした。
「貴方が保護し、深く愛している愛娘……顎の巨人の継承者である彼女の『十三年の寿命の呪い』が解かれ、巨人化能力が完全に封じられた事実を。 あの日、彼女の能力が封印された後……一度でも、彼女が巨人化したことはあったか?」
「……ッ……」
ニックの口が、パクパクと金魚のように開閉し、やがて力なく閉じられた。
彼は、すでに奇跡の恩恵をその身で受けているのだ。
彼女が人間として天寿を全うできるようになったのは、紛れもなくあの特異点たちの力によるもの。
故に、私が語った神話のような“真実”を、彼は完全に受け入れざるを得なかった。
「……あなたの言葉を、信じましょう」
数分の重い沈黙の後、ニックはドサリとソファーに深く腰を沈め、敗北を認めるように絞り出した。
酷い頭痛に襲われているのだろう。彼は両手でこめかみを強く押し、眉間に深い皺を寄せながら続きを促した。
「……して。名門校の一介の非常勤講師に過ぎない私に、これ程の国家機密……いや、世界の理を語ったのは、一体何故だ」
彼が覚悟を決めたのを見届け、私はついに、本題である計画の全貌を明かした。
「近々、我々新エルディア帝国は……三重の壁の硬質化を広範囲にわたって解除し、中に眠る約五十万体の超大型巨人を人間に戻す計画を実行する。
そして、失われた防壁の代わりに、アトラス殿の能力をもって、マリアを遥かに超える巨大な絶対防壁『ウォール・アトラス』の構築を計画しているのだ」
「………………」
言い終えると同時に、ニックは両手で自身の頭を抱え込み、机の上に突っ伏してしまった。
無理もない。 百年間、人類を守り、そしてウォール教の教義の根幹であった『壁』の解体。
そして、五十万という途方もない数の『百年前の人間』が、突如としてこの壁内社会に溢れ返るという前代未聞の事態。
私は内心で彼に深い同情を寄せつつも、一切の表情を崩さずに、冷徹な為政者としての最後の一手を打った。
この五十万人の帰還と、新たな壁の構築。 これを社会の崩壊や暴動を招くことなく完遂するためには、民衆の恐怖を希望へとすり替える、強烈な『プロパガンダ』が必要不可欠なのだ。
そして、民衆の心を一つに束ねるための宗教的なカリスマ性を持つ人物は、彼をおいて他にいない。
「ニック教授」
私は、頭を抱えて震える彼に向けて、決定的な役割を提示した。
「貴方には、先程語った……始祖ユミル、理外のアトラス、鬼神リーシェの三柱を帝国の絶対的な女神として崇める、新たなる信仰『三神教』の大司教となって頂きたい。
そして、迷える五十万の同胞と、恐れおののく民衆たちを平和的に統合するための、大いなる導き手となって貰うのだ」
薄暗い備品室のランプの炎が、チロチロと揺れている。 壁内人類の未来と、神のごとき少女たちを祀り上げるという狂気のシナリオ。
かつてのウォール教司祭が、再び人類の精神的支柱として表舞台に立つための、あまりにも重く、そして後戻りのできない悪魔の契約が、今ここに提示されたのであった。