進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第百九十一話

 

 

846年1月25日

 

 

エルヴィン団長から特急で送られてきた、あの『壁の中の幾千万の超大型巨人を人間に戻し、労働力として回収する』という、正気の沙汰とは思えないぶっ飛んだ内容の手紙を読んだあの日から、丁度二週間が経った頃。

 

 

 

果てしなく続く壁外の荒野、ウォール・マリアから南に直線距離にして約120kmほど離れた何もない平原のど真ん中において。

 

 

今、俺は、人類の歴史上かつてない規模の『超・巨大土木工事』の真っ只中にいた。

 

 

「ふふ〜ん♪ ふふふ〜ん♪」

 

 

俺の視界のすぐ下───正確には、巨大な右手のひらの上で、俺お手製のもこもこのダウンに身を包み、鈍色の金髪を風に靡かせているユミルが、上機嫌に鼻歌を歌いながら遠くの景色を眺めている。

 

 

 

因みに、今回はリーシェの姿はない。 いつもであれば、俺の比類なき美少女ボディにスッポンもかくやという執念でガッチリと張り付き、一時も離れようとしない彼女なのだが。

 

 

『ごめんなさい、アトラス。私、壁内でちょっと「やるべき事」ができてしまって……今回はお留守番させてもらうわね』

 

 

出発の朝、彼女は珍しく同行を辞退したのだ。

 

 

ただでさえこういった場面では俺から離れたがらないあのリーシェが、俺との数日間の離れ離れという苦痛を甘受してでも優先する『やるべき事』。

 

 

それが、新政府や壁内社会にとってどれほど恐ろしい、とてつもない地雷であるか。

 

 

俺の最早砂つぶ程度となってしまった元男子大学生としての微かな生存本能が、激しく警鐘を鳴らし続けている。

 

 

(……エルヴィン団長、本当にご愁傷様です。どうか生きていてください)

 

 

俺は、壁内で胃薬をボリボリと噛み砕いているであろう金髪の苦労人に向け、心の中でそっと合掌し、意識を目の前の現実へと戻した。

 

 

ズズンッ……! ズズンッ……!

 

 

 

大地が、まるで怯えるように悲鳴を上げ、規則的な大地震を絶え間なく引き起こしている。

 

 

視線を前方に向けると、そこには、天を衝くほどの圧倒的な威容─────全高約170メートルに達する、筋繊維や骨格がやや剥き出しになった巨大な『始祖の巨人』が、ゆっくりと歩みを進めていた。

 

 

 

その始祖の巨人が、アホみたいに巨大な両手をショベルカーのように地面に突き立て、深さ約10メートル、幅数十メートルにも及ぶ途方もない『堀』を、ただただ無造作に、土煙を舞い上げながら延々と手掘りし続けているのだ。

 

 

 

そして、その始祖の巨人が掘り進めた巨大な堀の底を。15メートルの鋼の筋肉を纏った男性ベースの巨人体となった俺が、のんびりと歩きながら、自身の無限に等しい硬質化能力をフル稼働させ、左右の壁と地面に向けて青白く輝くクリスタルを放出し続けていた。

 

 

 

─────パキィィィンッ……! シャララララ……!

 

 

 

俺が歩いた跡には、堀の底から天に向かって垂直にそびえ立つ、高さ50メートル、厚さ十数メートルにも及ぶ、絶対に破壊不可能な巨大クリスタルの壁が、滑らかに、そして途切れることなく生成され続けていく。

 

 

 

太陽の光を反射して青白く輝くその防壁の列は、地平線の彼方まで果てしなく一本の線となって伸びていた。

 

 

 

我ながら、完全に物理法則と質量保存の法則をガン無視した、神々の砂遊びである。

 

 

しかし、俺の思考は、この圧倒的な土木作業の成果よりも、もっと根本的で、恐ろしい一つの『矛盾』へと向いていた。

 

 

『ユミル、一つ聞きたいのだが……』

 

 

俺は、現在のこの鋼の筋肉を持つ厳つい巨人体に合わせた、腹の底から響くような重低音の男性ボイスで、自身の"手のひらの上"で鼻歌を歌っている少女に向けて声を掛けた。

 

 

「ん?どしたのお姉様」

 

 

鈍色の金髪を靡かせ、愛らしい、どこまでも純真無垢な微笑みを浮かべながら俺を見上げるユミル。

 

 

 

俺は、巨人体には存在しない筈の痛みを頭の奥の方に感じながら、前方の土煙の中で絶賛手掘り中の170mを超える始祖の巨人体へと目を向ける。

 

 

 

そう。 今、俺の目の前には、確かに『170mの始祖の巨人体』が存在し、動いている。

 

 

にも関わらず、その始祖の能力者であるはずの本体ことユミルは、なぜか巨人のうなじの中にはおらず、俺の手のひらの上で女の子座りをしてのんびりとくつろいでいるのだ。

 

 

 

本体が不在のまま、170mの巨体がひとりでに、しかも完璧な精度で堀を掘り続けている。 この明らかな怪奇現象について、俺は慎重に問いを投げかけた。

 

 

『……どうやって"アレ"を動かしているんだ』

 

 

ユミルは、俺の重低音の問いかけに対し、何度目か最早分からないほど軽い、まるで「あそこのパン屋さんで買ってきたの」とでも言うような口調で答えた。

 

 

 

「遠隔で動かしてるよー」

 

 

 

 

『……そうか』

 

 

俺は、思わず死んだ魚の目になりながら短く相槌を打った。 違う、そういう事じゃない。

 

 

遠隔で動かしてるなんて事は、この状況を見れば馬鹿でも分かる。俺が知りたいのは、あの170mの終末レベルのデカブツを、"どうやって"神経接続もなしに遠隔操作しているかについてだ。

 

 

 

大方、俺の『道』からコピペして発展させたであろうバグったスペックのチートコマンドか何かだろうが。

 

 

 

もし、仮に。 もしアレを、距離に関係なく自由に遠隔操作できるとするならば。

 

 

ユミルは、シガンシナ区の俺たちの家の温かいリビングで、のんびりと紅茶を飲みながら、海の向こうのマーレ国にあの170mの始祖の巨人を突撃させ、安全圏からノーリスクで世界を蹂躙する事が理論上可能という事になるのだ。

 

 

(……また訳の分からない事やってるよこの娘……)

 

 

俺は、可愛い妹分の底知れぬチートっぷりに、驚愕を通り越して深い呆れを感じていた。

 

 

原作の「地鳴らし」すら生温い。ただのテレビゲーム感覚で世界を滅ぼせるリモコンを、この人畜無害な雰囲気を漂わせる少女が握っているのだから。

 

 

だが、ここで一つ、念の為に確認しておかなければならない事がある。 それは。

 

 

『私も同じように遠隔で動かせるのか?』

 

 

そう。過去のユミルの『道』で別れ際、あの不意打ちキスによる動揺によって、ユミルの『道』と俺の独立した『道』は太いパイプで完全に接続され、能力の概念が共有されている。

 

 

ユミルにできるチートコマンドは、理論上、俺にも可能ということだ。

 

 

もし俺もこの15mの巨人体を遠隔操作できるようになれば、わざわざこうして現場に出向いて巨大な肉の鎧に引き籠もる必要もなくなる。

 

 

シガンシナ区で寝転がりながら、壁の生成作業を全自動化できるのではないか。

 

 

俺の問いに対し、ユミルは俺の手のひらの上で女の子座りをしながら、「うーんと」とグーにした小さな手を自身の顎に当てて、真剣に考え込んだ。

 

 

 

「お姉様の脳のスペックなら十分可能なんだけどー……脳の構造的に無理だね。『道』で改造出来るけどやり方教えよっか?」

 

 

 

『遠慮しておこう』

 

 

俺は、遠い目で虚空を見つめながら、被せ気味に、食い気味に断った。

 

 

(脳の構造とか改造とか、絶対失敗したら廃人になるパターンじゃねぇか! こえーよ!!)

 

 

いくら便利でも、自分の物理的な脳みその構造を『道』の謎テクノロジーで書き換えられるなんて、ホラー以外の何物でもない。万が一バグって自我が崩壊したら取り返しがつかない。

 

 

俺が内心で激しく戦慄していると、ユミルはパァッと顔を輝かせ、楽しそうに笑い声を上げた。

 

 

「あっ、もしかしてお姉様怖がってるでしょー。んふふーもー可愛いなー」

 

 

俺の巨大な手のひらが、恐怖で微かに震えていたのだろうか。

 

 

ユミルは俺の手のひらの上で立ち上がり、俺の巨大な顔の鼻先あたりに向かって、慈愛と、そしてどこかドロリと濁った重すぎる愛情を込めて、謎のフォローを入れてきた。

 

 

 

 

「大丈夫だよ。 どんなお姉様になっても、廃人になっても、お姉様を愛する気持ちは変わらないからね」

 

 

 

 

『…………』

 

 

俺は、完全に思考を停止させた。

 

 

……何一つ、大丈夫な要素が無い。 廃人になっても気持ちは変わらない?

 

 

つまり、俺が脳改造に失敗してヨダレを垂らすだけの意思を持たない肉人形になったとしても、それはそれで『自分だけの可愛いおもちゃ(意味深)』として永遠に愛でてやるという、極限のヤンデレ宣言ではないか。

 

 

リーシェの狂信的な愛情も恐ろしいが、このユミルの持つ「無邪気な狂気」は、また別ベクトルで俺の背筋を芯から凍りつかせる破壊力を持っていた。

 

 

(……この事は、絶対にエルヴィン団長には黙っておこう…胃潰瘍で死んでしまう)

 

 

もし、帝都で過労と闘っているあの金髪の苦労人が、『始祖ユミルは自宅のリビングから遠隔操作で世界を更地にできます。さらにアトラスの脳を改造しようとしています』などという報告書を読んだ日には。

 

 

 

彼が常備しているあの茶色い小瓶の胃薬を瓶ごと飲み込んでも足りず、文字通り胃に風穴が開いて即死してしまうだろう。

 

 

俺は、新エルディア帝国の平和と、団長の残された僅かな胃壁の安寧を守るため、この恐るべき通信機能(遠隔操作)の秘密を、自身の胸の奥深くに永遠に封印することを固く誓った。

 

 

ズズンッ……! ズズンッ……! 果てしなく続く平原に、自動操縦の170mの巨人が土を掘る地響きが木霊する。

 

 

 

俺は、手のひらの上で「お姉様、おやつ食べよー!」と無邪気に微笑む恐ろしい妹分を乗せたまま、ただひたすらに思考を放棄し、無心で青白いクリスタルの壁を生成し続けるのだった。

 

 

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