進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
846年2月10日
帝都ミットラスの中心に位置する、巨大な中央広場。 抜けるような冬の青空の下、肌を刺すような冷たい北風が吹き抜けているにも関わらず、この広場は今、異常なまでの熱気と喧騒に包まれていた。
今日この日のために、広場の中央には堅牢な木材で組まれた巨大な特設舞台が設えられている。
我々新政府は、事前に王都の各新聞社や情報機関を経由して、『本日正午、新エルディア帝国政府より、壁内人類の未来に関わる重大発表を行う』とだけ公式に声明を出していた。
旧王政が打倒され、新たな体制が産声を上げて間もないこの時期。
民衆の関心と不安が最高潮に達しているタイミングでのこの予告は、劇的な効果をもたらした。
舞台上から見下ろせば、石畳の地面を覆い尽くさんばかりの人、人、人だ。
泥に汚れた作業着姿の平民、豪奢な外套を羽織った商人や旧貴族の生き残り、整然と並ぶ各兵団の軍人、そして新政府の官僚たち。
普段であれば決して交わることのないあらゆる階級の人間たちが、皆一様に、今か今かとその発表を待ちわびていた。
群衆の放つ吐息が白い霧となって上空へ立ち昇り、地鳴りのようなざわめきが波のように広場を揺らしている。
私は、厚手の団長コートを翻し、堂々とした足取りで舞台袖から中央へと歩み出た。
「おおっ……! エルヴィン団長だ!」
「無血革命の英雄だぞ!」
私の姿を認めた群衆の中から、期待と畏敬の混じった歓声が上がる。
私は表情を一切崩さず、舞台の中央に設置された、鈍く光る金属製の奇妙な装置の前に立った。
ハンジ・ゾエ率いる新技術開発部門が、叡智を結集して生み出した装置『固定式拡声器』である。
蒸気機関の原理を応用し、音波を物理的に増幅させて広場全体へと響き渡らせるという、この壁内においては魔法にも等しい最新設備だ。
私は拡声器の頭頂部分を前にして、すぐには言葉を発しなかった。
ただ、冷たく、そしてすべてを見透かすような蒼い瞳で、眼下に広がる何千、何万という群衆を静かに見下ろした。
私が無言で立ち尽くしていると、熱狂していた民衆たちは次第に己の声を潜め、やがて「何が始まるのだ?」と互いの顔を見合わせ、広場の喧騒は嘘のように自然と収まっていった。
完全な静寂が、ミットラスの広場を支配する。
(……ここからだ)
私は、コートの下で微かに痛みを主張し始めた胃の腑を意識の端へ追いやり、深く、冷たい冬の空気を肺の底まで吸い込んだ。
そして、拡声器を通して、広場全体、いや、壁内すべての同胞の鼓膜を直接打ち据えるような、重く力強い声を発した。
「新エルディア帝国の諸君……今日この日、我々は歴史の証人となる!」
その第一声が響き渡った瞬間。 静まり返っていた広場が、再び爆発的なざわめきに包まれた。 「歴史の証人だと?」「一体何が起こるというんだ……!」 不安と好奇が入り混じった無数の視線が、私の一挙手一投足に突き刺さる。
私はその空気を鋭い刃のように切り裂くべく、一切の躊躇なく、残酷な真実を喉から絞り出した。
「私は今から、旧王政が百年の長きにわたり、自己の保身のためにひた隠しにしてきた『この世界の真実』を公開する!」
拡声器を通した私の声は、もはや後戻りのきかない決定的な宣告となって響いた。
「よく聞け、同胞たちよ! 我々人類は、決してこの壁の中にだけ生き残った最後の生き残りなどではない! 壁の外、あの果てしない荒野と広大な塩水の向こうには……我々の文明を遥かに上回る技術と兵力を持った、超大国が存在しているのだ!」
「なっ……!?」 「壁の外に……人が……!?」
悲鳴のような驚愕の声が各所から上がる。 だが、私は彼らに息をつく暇すら与えなかった。
「そして、我々がこれまで血と涙を流し、恐怖し、狩り続けてきた『巨人』の正体。 ……あれは、その超大国に囚われ、薬を打たれ化け物の姿に変えられた、我々と同じエルディア人の同胞である!!」
「嘘だろ……!?」 「巨人が……俺たちの同胞……!?」
パニックの波が、群衆の中に急速に広がっていくのが見えた。 私は容赦なく、グリシャ・イェーガー氏から語られた世界の理を、冷徹に叩きつけていく。
「巨人の中には、『九つの巨人』と呼ばれる知性を持った特別な巨人が存在している。 我々エルディア人は、百年前よりも以前、その巨人の力を用いて世界に覇を唱えていた。 そして……百年前、我々がこの島に閉じこもって以降、外の世界の人類は我々を『悪魔の末裔』と称し、我々の絶滅を心から望んでいる!」
言葉を紡ぐたびに、広場の空気は冷え込み、民衆の顔から血の気が引いていく。
彼らが百年間信じ込んできた「壁の中だけが世界であり、巨人は自然発生した人類の敵である」という脆弱な常識が、今、音を立てて粉々に砕け散っていた。
自分たちが世界の被害者ではなく、外の世界すべてから憎悪され、滅亡を望まれている『世界の敵』であったという絶望的な事実。 その重圧に耐えかね、その場にへたり込む者すら出始めていた。
だが、私はまだ、彼らを本当の『ドン底』にまでは突き落としていない。
私は一度言葉を切り、沈黙で群衆の恐怖を極限まで引き絞った。
そして、彼らが今最も信じ、寄りかかっている絶対的な防壁──我々を守る『壁』へと視線を向け、静かに、しかし絶望的な重さを持って告げた。
「……そして、最後にもう一つ」
私の声に、万余の民衆が息を呑む。
「これまで我々を巨人の脅威から守ってきた、ウォール・マリア、ローゼ、シーナの『三重の壁』。 ……あの壁の中には、幾千万もの『超大型巨人』が埋まっている!」
「─────────」
一瞬。本当に一瞬だけ、広場からすべての音が消滅した。 彼らの脳が、その言葉の意味を処理することを強烈に拒絶したのだ。 だが、数秒後。
「……あ、ああ……あぁぁぁぁぁぁっ!!」 「壁の中に巨人が!? なんだよそれ! じゃあ俺たちは、ずっと巨人の腹の中で飼われてたって言うのか!?」 「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!! エルヴィン団長は狂っちまったんだ!」 「俺たちは世界の敵だったのか……?」 「…死にたくない死にたくない、嫌だぁぁぁ──」 「何を信じればいいんだ……!」 「巨人は人間で…人間は巨人で……自分は人間で…巨人は自分で───!!」
阿鼻叫喚。 広場は完全に、絶望とパニックが支配する狂乱の坩堝と化した。
頭を抱えて泣き叫ぶ者、隣の者と掴み合いになる者、天を仰いで神を呪う者。
彼らの精神は崩壊の縁に立たされていた。
百年の欺瞞が剥がれ落ち、自分たちが絶対的な悪意と、身近すぎる巨人の脅威に完全に囲まれていることを悟ったのだから。
(……よし。今だ)
私は、舞台の上からその惨状を極めて冷徹な目で俯瞰していた。
胃壁を削るようなプレッシャーの中で、私はこの『タイミング』を計っていたのだ。
人間という生き物は、極限の絶望と恐怖に叩き落とされた時、必ず何かに縋りたくなる。
絶対的な救済を、無意識に渇望する。 その極限の飢餓状態を作り出すために、私はあえて彼らを地獄へと突き落としたのだ。
ここからが、私の、いや、新エルディア帝国が行う最大の『盤面操作』の始まりである。
私は拡声器を強く握り締め、腹の底から、先程までの冷酷な声とは全く違う、圧倒的な熱量と力強さを込めた咆哮を放った。
「案ずるな!!─────────」
その一喝は、暴風のように広場の狂乱を切り裂いた。 泣き叫んでいた民衆たちが、ビクッと肩を震わせ、涙に濡れた目で舞台上の私を見上げる。
私は、希望の光を彼らの眼前に突きつけるように、高らかに宣言した。
「我が新エルディア帝国には! それらすべての理不尽を、外敵の脅威を、一切合切薙ぎ払う『絶対の神』が存在する!!」
「……『神』……?」
唐突に投げかけられた常識を疑う言葉に、民衆の大半が怪訝な表情を浮かべた。
ウォール教の権威が失墜した今、都合よく神などという言葉が出てくることへの戸惑い。
だが、私は彼らの疑問を許さず、淀みなく言葉を重ねた。
「紹介しよう。我らが帝国の守護神たる三柱の女神たちを! 第一の柱、女神アトラス! 彼女は、既存の九つの巨人の枠に収まらない理外の『十つ目の巨人化能力者』にして、身一つで地表を灰塵に帰すと同時に、その力で硬質の結晶を無限に生み出すことができる、まさに『破壊と創造の神』である!!」
『歩く終末兵器』であり、かつて地下空間で生着替えを硬質化のドーム越しに披露したあの超絶美少女の姿が脳裏を過り、一瞬だけ胃酸が逆流しそうになったが、私は鋼の精神でそれを抑え込んだ。
呆然とする民衆を他所に、私は第二の神の名を叫ぶ。
「第二の柱、始祖ユミル! 彼女こそが、すべてのエルディア人の原初たる存在であり、二千年の長き時を経て、今再びこの現世に蘇った『創世の神』ご本人である!!」
「し、始祖ユミルだと……!?」 「二千年前の神話の存在が、蘇った……?」
理解を超えた情報量の連続に、民衆は完全に口を半開きにして石像のように固まっていた。
そして私は、最後の一手──彼らが最もよく知る人物の名を、神の領域へと昇華させた。
「第三の柱、鬼神リーシェ! これまで調査兵団最強と称され、人類の希望として数多の巨人を屠ってきた彼女は……女神アトラスに初めて接触した人類であり、その愛と加護を受けたことで神の領域、すなわち『不老不死』へと至った現人神である!!」
「─────────ッ!!」
数々の異名を持ち、帝都で知らぬ者はいない人類最強の兵士。
彼女が、巨人を倒すただの人間ではなく、文字通り『神々の領域』に至った不老不死の存在であったという衝撃。
「…………」
数秒間の、異様な沈黙。 そして、それはやがて、先程の絶望とは全く別のベクトルを持つ爆発へと変わった。
「こ、この男は正気か……!?」 「冗談はよしてくれ! 神が現世に受肉しただの、不老不死だの、御伽噺じゃあるまいし!」 「ふざけるな! 俺たちを絶望させておいて、最後は狂人の妄言で煙に巻くつもりか!!」 「バカにするのも大概にしろ! エルヴィン・スミスを引き摺り下ろせ!!」
理解を、常識を遥かに超えた告白に、民衆は当然の反応を示した。
先程までの絶望から一転、彼らの感情は「この団長は狂ってしまった」という困惑と、自分たちを愚弄されたという激しい怒りと嘲笑へと反転したのだ。
舞台の下で護衛に当たっていた兵士たちが、暴動を警戒して色めき立つ。
だが、私は微動だにしなかった。 この怒りも、この嘲笑も、すべては私の緻密な演算の中に組み込まれた『想定内の反応』である。
「静まれッ!!」
私は再び拡声器を通して怒号を放ち、広場の暴動の火種を強引に押さえ込んだ。
私は後ろ手に回していた両手のうち、右手を前へと突き出し、天に向かって人差し指を一本、静かに立てた。
「諸君の反応は当然だ。己の理解を超えた存在に対し、疑い、困惑し、憤るのも無理はない。私も最初はそうであった。だからこそ痛いほど理解できる」
私はあえて声のトーンを落とし、冷徹に、しかし絶対的な自信を声に乗せて、彼らに『最後の審判』を突きつけた。
「言葉だけで信じろとは言わない。……故に、証明しよう」
私は立てた人差し指を民衆に向け、ゆっくりと、はっきりと宣言した。
「一週間後。 我々は、ウォール・シーナ北部の『オルブド区』において、壁の硬質化を広範囲にわたって解き放つ。 そして、女神アトラスと始祖ユミルの力をもって、巨人の身に囚われた百年前の同胞たちを……一斉に『人間』へと戻してみせる!」
「なっ……!?」
怒りに沸いていた群衆の声が、ピタリと止んだ。 壁を解体し、中の巨人を人に戻す。
先程『絶望』として提示した壁の巨人の存在を、今度は自らの手で解放し、救済するという壮大すぎるデモンストレーションの提案。
「一週間だ。……この一週間の間に、今日私が語った真実と予告を、壁内全土の同胞たちへと伝えよ。 そして一週間後、オルブド区の壁前に集い、君たち自身のその両目で、神の御業がもたらす『奇跡』を焼き付けるがいい」
私は拡声器から一歩下がり、背筋を伸ばして群衆を見下ろした。
「その奇跡を目撃した時……私が狂った道化であるか、それとも人類を導く真の指揮官であるか、諸君自身が判断するのだ」
それが、私の演説の締めくくりであった。 どよめきと、困惑と、そして心の奥底に芽生え始めた抗いがたい『期待』。
広場は、かつてない異様な空気に包まれたまま、静かに私の退場を見送っていた。
一週間という猶予。 この衝撃の告白が壁内全土に行き渡り、人々の心の中で発酵し、証明をその目に焼き付けようと決意するための期間。
もし一週間後、アトラス殿たちが壁の巨人を人に戻すことに成功すれば。
民衆は今日味わった絶望の反動から、彼女たち三柱を狂信的に崇め奉る『三神教』の完璧な信徒として生まれ変わるだろう。
(……頼むぞ、アトラス殿、始祖ユミル、リーシェ。 ……私の、いや、人類の運命は、君たちのデタラメな御業に懸かっている)
私は、コートの下で再びズキリと痛み始めた胃を軽く手で押さえながら、舞台袖へと静かに歩みを進めた。
人類の歴史が、真の神話へと書き換わる『審判の日』に向けたカウントダウンが、今、確かな音を立てて動き始めたのであった。