進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第百九十三話

 

 

846年2月12日

 

 

エルヴィン団長から送られてきた、あの正気の沙汰とは思えない「巨大土木工事」の無茶振りに応え、ウォール・マリアに代わる新たなクソデカ絶対防壁の建設を完了させてから、数日が経った頃。

 

 

直径1200km、円周にして約3770kmという、前世の俺の感覚で言えば日本列島を殆ど囲めるほどの途方もない長さの超長大なクリスタル防壁。

 

 

それを、15mの巨人体となってひたすら生成し続けるという地獄の果てしない散歩を終え、俺とユミルは無事にシガンシナ区の我が家へと帰還していた。

 

 

「……ふぁ〜あ……」

 

俺は、リビングの窓から差し込む冬の柔らかな日差しを浴びながら、お気に入りのふかふか長ソファーにだらしなく寝っ転がり、大きな欠伸を一つ零した。

 

 

壁の生成作業自体は、エネルギーが無尽蔵の俺にとって肉体的な疲労はそこまでなかった。

 

 

だが、あのスケールの景観を延々と見続けながら歩き続ける精神的な疲労は、計り知れないものがあったのだ。

 

 

おまけに、俺の手のひらの上では、170mの巨人体を遠隔操作して巨大な堀を掘り続けるユミルが、ずっと鼻歌を歌いながらお菓子をかじっていたわけだし。

 

(……それにしても、リーシェ遅いな)

 

俺はソファーの上でゴロゴロと寝返りを打ちながら、未だに家に帰って来ないことを考えていた。

 

 

壁の建設作業に出発する朝、彼女は珍しく同行を辞退し、『壁内でやるべき事がある』と言って一人残った。

 

 

……俺の本能はそれがとてつもない地雷であると、けたたましく警鐘を鳴らし続けている。

 

 

「考えたって仕方ないか……。とりあえず、お昼ご飯はユミルが買ってきてくれるサンドイッチでも食べよ……」

 

 

俺はお使いに出した妹分の帰りを待ちながら、再び微睡みの底へと意識を沈めようと目を閉じた。

 

 

その、矢先だった。

 

──────ドンドンドンッ!!!

 

「ひゃっ!?」

 

静まり返っていた我が家に、突然、玄関の分厚い木製扉がぶち破られそうなほどの激しい打撃音が響き渡った。

 

 

『た、大変です! アトラスさん! 開けてください!!』

 

 

続いて聞こえてきたのは、聞き馴染みのある大人の男の声。 だが、その声はまるで巨人の群れに追いかけられているかのように裏返り、尋常ではない焦燥とパニックを含んでいた。

 

 

(……グリシャさんか?)

 

 

ただならぬ気配に、俺の微睡みは一瞬で吹き飛んだ。 壁が破られたわけでもないのに、あの落ち着いたグリシャさんがここまで取り乱すなんて、一体何があったというのか。

 

 

「はいはい! 今開けますね!」

 

 

俺はソファーから跳ね起き、上履きを履くのも忘れて、ぺたぺたと裸足のまま玄関へと猛ダッシュした。

 

 

急いで鍵を開け、ドアノブに手をかけようとした───その直前。 待てなかったのか、外側から勢いよく扉が開け放たれた。

 

 

「た、大変です……! こ、これを……!!」

 

 

そこに立っていたのは、完全に顔面を蒼白にさせ、息をゼェゼェと切らしながら、両手でクシャクシャになった数枚の新聞紙を突き出してくる、グリシャ・イェーガーの姿だった。

 

 

彼の額からは脂汗が滝のように流れ落ち、そのエメラルドグリーンの瞳は、この世の終わりを見たかのように極限まで見開かれている。

 

 

「グリシャさん、落ち着いて……一体何が───」

 

 

俺が彼を宥めようと、突き出された新聞紙に視線を落とした、その瞬間だった。 俺の口の動きが、そして思考が、完全に停止した。

 

 

そこには、帝都ミットラスで発行されている、壁内最大手の新聞社の一面が。

 

 

いや、彼が持っている複数の新聞社すべての、第一面のぶち抜き見出しが。

 

 

俺の脳の処理能力を物理的に破壊する、とんでもない活字の暴力で埋め尽くされていたのだ。

 

 

『新政府より重大発表!! 偽りの歴史は終わり、真の世界が明かされる!』 『人類の守護神! 帝国の三つの柱が降臨!?』 『破壊と創造の神、女神アトラスとは──────!?』

 

 

(……は?)

 

 

俺の口から、間抜けな風切り音だけが漏れた。 視線を滑らせる。信じられない文字列が、次々と網膜に飛び込んでくる。

 

 

『始祖ユミルとは!? 新政府から公開された真の歴史に関する文献から徹底考察!』 『無血革命の真実! 王政打倒の真の立役者は、女神アトラスだった?』 『鬼神リーシェの力の由来がアッカーマンの血筋と類似!? 王家の暗部・アッカーマンの歴史と共に解説!』 『人類を導く新たな光! 新興宗教「三神教」について、教団トップのニック大司教が語る!』

 

 

「…………」

 

 

なぁにこれぇ。

 

 

俺は、自身の目がついに過労で幻覚を見せ始めたのかと思い、ゴシゴシと力強く目を擦った。

 

 

しかし、何度見直しても、そのおぞましい活字の羅列は消えることはなかった。

 

 

新聞の一面だけじゃない。 紙面を捲ってみれば、各新聞社すべてが全ページに至るまで、俺たち『ベニア三姉妹』に関する過剰なまでの考察や解説。

 

 

 

100年前の壁の成り立ちやマーレの存在といった「真の歴史」の大暴露。

 

 

 

挙句の果てには、ニック司祭をトップに据えた謎の新興宗教『三神教』の教義と設立宣言やらが、余すことなく、これでもかとばかりに詳細に記載されていたのだ。

 

 

(……やりやがった。あの金髪の悪魔……全部、一気にぶち撒けやがった……!)

 

 

確かに、壁の中の超大型巨人を人間に戻すという途方もない計画を完遂するためには、民衆の恐怖を希望にすり替える強烈な『プロパガンダ』が必要だというのは分かる。

 

 

 

だが、いくらなんでもこれはスケールがバグりすぎていないか?

 

 

国を動かすどころか、人類の常識と信仰を根底からひっくり返す、まさに神話の創造じゃないか。

 

 

俺の羞恥心と、元・小市民としての隠居願望が、木っ端微塵に粉砕されていく音がした。

 

 

 

だが、俺の精神に完全なるトドメを刺したのは、その狂った活字の海の中でも、一際異彩を放っていた『ある一つの情報』だった。

 

 

「……グリシャさん。……この絵って、もしかして……」

 

 

俺は震える指先で、新聞の一面の、実に表紙の半分以上を占有してデカデカと掲載されている『一枚の絵画』を指差した。

 

 

「…………」

 

 

グリシャさんは、脂汗を滲ませながら、この世のすべての罪を背負ったような悲壮感漂う表情を浮かべ、無言でコクリと首を縦に振った。

 

 

その絵の下には、はっきりと、こう署名が刻まれていたのだ。

 

 

 

 

 

『作:エレン・イェーガー』

 

 

 

 

(…………エレンんんんんんッ!!!!)

 

 

俺の心の中で、絶望の絶叫がシガンシナ区の空へと木霊した。

 

 

新聞に掲載されているその絵は、かつてこの家の庭で、彼が狂ったような熱量でカンバスに描き殴っていたスケッチを、極限まで芸術的に昇華させた『完成品』だった。

 

 

 

絵の構図はこうだ。 中央で、神々しい微笑みを浮かべた『俺らしき人物』が、柔らかな日差しの中で静かに座っている。

 

 

その隣で、『リーシェらしき人物』が、俺の頭に可憐なシロツメクサの花冠を優しく被せながら、慈愛と狂気が混じったような、この世のものとは思えないほど甘く艶かしい視線を俺に向けている。

 

 

 

そして、俺の膝の上には、『ユミルらしき人物』が、安心しきった赤子のように身を丸め、幸せそうにもたれかかって眠っている。

 

 

それは、三人の少女(神)が織りなす、完璧な『美』と『愛』の結晶。

 

 

宗教画としての荘厳さと、背徳的なまでの百合の園という名のユートピアの香りを放つ、恐るべき傑作だった。

 

 

「……先月辺りからです……」

 

グリシャさんが、もう何も考えたくないといった様子で、死んだ魚の目をしながら虚空を見つめて語り出した。

 

 

 

「エレンが突然、『究極の芸術を仕上げるために帝都に行ってくる』とだけ言って、ミカサと共に家を出ていったのです。 私とカルラは、何度も具体的な理由を問い質したのですが……一向に口を割らず、『俺の使命だ』とだけ言い残して……まさか。エルヴィン団長と結託して、こんな大々的な宗教画のプロパガンダを描き上げていたとは……」

 

 

 

父親としての責任感と、息子のあまりにも業の深い暴走(天才百合絵師としての国家的デビュー)に、グリシャさんは完全に魂を抜かれたように項垂れていた。

 

 

(……どこから突っ込めば良いんだ、これ……)

 

 

俺は、玄関の冷たい床の上で、限界を迎えた脳を必死に再起動させようと試みた。

 

 

本人の知らぬところで勝手に俺たちの正体が大公開されてるし。

サラッと100年の世界の真実が白日のもとに晒されてるし。俺たちを女神として崇める謎の新興宗教が爆誕してるし。

 

その公式宗教画として、エレンの描いた『俺とリーシェとユミルの百合イチャイチャ絵』が壁内の新聞一面を完全に支配している。

 

 

カオス。 もう、カオスという言葉すら生ぬるい。 俺という特異点バグが引き起こしたバタフライエフェクトが、エルヴィンという稀代の策士と、エレンという狂気的な芸術家の手を経て、ついに壁内社会全体を巻き込む特大の核爆弾となって炸裂してしまったのだ。

 

 

「あっ! お姉様とグリシャおじさん、見てみてー! 私達、新聞に載ってるよー!」

 

 

その時、のほほんとした、この絶望的な空気には全く似つかわしくない明るい声が、開け放たれた玄関の外から響いた。

 

 

振り返ると、そこにはお使いから帰ってきたユミルが、満面の笑みで立っていた。

 

 

「えへへ、凄いでしょー! お店の人達がね、『女神様、どうかこれをお納めください!』って、お肉も野菜も、パンも果物も、みーんなタダでいっぱいくれたの!」

 

 

彼女の肩にかかった手提げのカバンと、背負った大きなカゴの中には、まるで神への供物の如く、山のような量の高級食材が溢れんばかりに詰め込まれていた。

 

 

そして彼女の右手には、グリシャさんが持ってきたものと全く同じ、俺たちの『宗教画』がデカデカと載った新聞の一面が、自慢げに高く掲げられていたのである。

 

 

「…………」

 

 

俺は、新聞を片手にはしゃぐユミルと、魂が抜けて白目を剥きかけているグリシャを交互に見比べ。

 

 

「……はぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 

 

この世界に転生してから何百回目か分からない、クソデカため息を深く、深く吐き出して、ただただ力なく天を仰いだ。

 

 

今日から俺は、この壁内において、名実ともに『信仰の対象』として生きていかなければならないらしい。

 

 

街を歩けば、この新聞で描かれたような百合空間の体現者として、民衆から熱狂的な崇拝と生暖かい視線を向けられることになるのだろう。

 

 

(……というか、リーシェはいつになったら帰ってくるんだよ……)

 

 

彼女が『壁内でやるべき事』と言っていたのは、間違いなくこのプロパガンダの準備……エレンの絵画制作への、熱血な「構図の監修」と「百合の布教活動」だったに違いない。

 

 

彼女が満面のドヤ顔でシガンシナ区に帰ってくるその日を想像し、俺は冷たい玄関の床に崩れ落ちたまま、自身の残された羞恥心と尊厳の消滅を、静かに受け入れることしかできなかった。

 

 

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