進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第百九十四話

 

 

846年2月15日

 

 

「リーシェ、説明して」

 

 

シガンシナ区中央に位置する我が家のリビング。

 

 

いつもなら、冬の終わりを告げる柔らかな日差しがたっぷりと降り注ぎ、春の陽だまりのような温かさに包まれているはずのこの部屋は、今、極めて冷たく張り詰めた空気に支配されていた。

 

 

俺は、腕を組みながらテーブル越しに相対する人物に対して、明確な怒りと戸惑いを込めて説明を要求していた。

 

 

つい先程、数週間ぶりに帰宅したばかりのリーシェ・ベニアである。

 

 

彼女は、俺の追及の視線を正面から受け止めながらも、一切悪びれる様子を見せなかった。

 

 

それどころか、長旅の汚れなど微塵も感じさせない美しい金髪を優雅に払い、まるで大仕事を完璧に成し遂げて帰ってきた凱旋将軍のように、余裕綽々といった表情で椅子に腰掛けている。

 

 

そのアイスブルーの瞳には、俺という存在を数週間ぶりに視界に収められた歓喜と、何やら底知れぬ達成感が満ち溢れていた。

 

 

「お待たせ。紅茶、入ったよ」

 

 

重苦しい沈黙を破るように、キッチンの奥からコトリと食器の鳴る音がして、ユミルがリビングへと戻ってきた。

 

 

淹れたてのアールグレイの芳醇な香りが、緊張感に満ちた部屋の空気をほんの少しだけ緩ませる。

 

 

木製のトレーに乗せた三つのティーカップを、ユミルは慎重な手つきでテーブルに置き、俺とリーシェの前に配り終えた。

 

 

普段であれば「お姉様、あーんして!」と無邪気に俺の膝の上に飛び込んでくる彼女だが、流石に今日の俺の纏うピリピリとしたオーラを察しているのだろう。

 

 

珍しく真面目な様子で、俺がリーシェを問い詰める様子に少し居心地悪そうに視線を泳がせている。

 

 

「お姉様、少し落ち着いて? リーシェの話を聞こうよ」

 

 

ユミルはそう言って椅子を引き、俺のすぐ隣にチョコンと座った。

 

 

そして、俺の固く組まれた二の腕に自身の細い腕をそっと絡ませ、不安げな、それでいて俺の機嫌を伺うような上目遣いで見上げてきた。

 

 

その紫色の瞳の揺らぎを見た瞬間。

 

 

俺の脳内で、先日から溜め込んでいた混乱と、外の世界で自分たちが『神』として狂信的に祭り上げられているという異常事態への焦燥感が、ふっと理性のタガを外してしまった。

 

 

 

 

 

 

「ユミルも……ユミルも知ってたんじゃないの?……この事」

 

 

 

 

低く、微かに震える声が俺の唇から漏れた。

 

 

「え……」

 

 

ユミルの身体が、ビクッと硬直したのが分かった。

 

 

「私だけ蚊帳の外で……ユミルとリーシェ、二人だけでエルヴィン団長と結託して……」

 

 

「あっ……」

 

 

俺の口から唐突に向けられた、冷たい『疑い』の言葉。

 

 

その瞬間、ユミルの紫色の瞳からスッと光が失われ、みるみるうちに大粒の涙が浮かび上がり、ボロボロと溢れ落ちそうに揺らいだ。

彼女が俺の腕に絡ませていた手の力が、すっと弱まる。

 

 

「っ……!!」

 

 

彼女のその傷ついた瞳を見た瞬間、俺は頭から冷水を浴びせられたような強烈な衝撃を受け、すぐさま自身の口から出た失言を死ぬほど後悔した。

 

 

「アトラス、この子は関係ないわ。全部私がやったことよ」

 

 

テーブルの向かい側から、リーシェがすかさず鋭い声でユミルを庇った。

 

 

そうだ。少し冷静に考えれば分かることだ。

 

 

あの広大な『道』で孤独な奴隷として悠久の時を過ごし、全てを委ねて受肉したこの純粋な神様に、俺への隠し事なんて器用な真似ができやしない。

 

 

 

彼女はただ、大好きな『お姉様』が怒っている理由が分からず、オロオロしていただけなのだ。

 

 

俺は、自身が思っているよりも遥かに気が動転し、視野が狭くなっていたことを痛感した。

 

 

「……ごめんなさいユミル、酷いこと言っちゃって……」

 

 

俺はどう顔向けして良いか分からず、真っ赤になった顔を俯かせた。

 

 

そして、逃げるようにテーブルの上のティーカップを手に取り、丁度いい温度になった紅茶を口に含む。

 

 

芳醇な香りが鼻腔を抜けても、味など全く分からなかった。

 

 

気付けば、さっきまで俺の二の腕にあったはずの、ユミルの温かく柔らかな温もりは消え去っていた。

 

 

「ううん、大丈夫だよ。本心で言ってないのは分かってたから」

 

 

隣から聞こえたその声に恐る恐る顔を向けると、ユミルは若干血の気が引いた顔色で、無理に口角を上げた痛々しい作り笑顔を浮かべていた。

 

 

その顔を見た瞬間、俺の心臓が、まるで鋭い針金でぐるぐると締め付けられる様な、強烈な罪悪感に襲われた。

 

 

最低だ。

 

 

いくらパニックになっていたとはいえ、俺を心の底から慕い、信じてくれている女の子に対して、疑い、突き放す様な発言をしてしまった。

 

 

いくらその言葉が本心でないと彼女が理解してくれていたとしても、言葉という刃は、確実に彼女の純粋な心を切り裂き、傷付けたのだ。

 

 

前世から散々「女の子を泣かせるようなクズにはならない」と思っていたのに、俺は一体何をやっているんだ。

 

 

「……ユミル……」

 

 

俺はただ、純粋で健気なユミルの言葉に、申し訳なさで胸を潰されそうになりながら、小さく頷くことしか出来なかった。

 

 

「先ずはごめんなさい、アトラス。黙っていたのは、この計画を聞けばきっと反対すると思ったからよ」

 

 

重苦しい沈黙が落ちたリビングで、リーシェが静かに、しかし確かな意思を持って語り始めた。

 

 

当然だ。俺が反対しないわけがない。

 

 

『壁の硬質化を解き、幾千万の超大型巨人を人間に戻して労働力とする』というエルヴィンの無茶振りの手紙だけでも正気を疑ったというのに。

 

 

その裏で、俺たち三人を『三神教の女神』として神格化し、民衆の恐怖を狂信へとすり替えるという、常軌を逸したとんでもないプロパガンダ計画が同時進行していたのだ。

 

 

それを事前に伝えられていれば、俺は何がなんでも、全力でエルヴィンの執務室に乗り込んで阻止していただろう。

 

 

「……私たち、ずっとシガンシナ区で平和に暮らしてきたじゃん。ここの住民達は、私たちの正体を知っても変わらず接してくれた。エレン君のご両親だってそうだった」

 

 

俺は、カップを置き、震える手で自身の膝をギュッと握りしめた。

 

 

「でも、それは偏にこれまでの関わりで築かれた関係性あっての事で……実情を知らない区外の人間が、何処からか得た情報を頼りに、街中で話しかけたり、ユミルの肩に触れようとしたりした時は

 

 

 

────私、その場で相手の心臓を抉り出してやろうかと思った」

 

 

 

 

俺の口から漏れたのは、過保護という言葉すら生ぬるい、どす黒いまでの防衛本能だった。

 

 

 

そう、ユミルは始祖の力を持っているとはいえ、俺とリーシェの様に『生身の肉体で一騎当千の戦闘力』は有していないのだ。

 

 

 

多少は生身でも『道』の力を使って硬質化能力を扱えるが、俺の様にミリ単位で自由自在に扱える訳ではない。

 

 

 

能力の概念が共有されているとは言え、実戦における熟練度と反射速度はまた話が変わってくる。

 

 

もし、俺の知らない所で、狂信的な信者や、あるいは俺たちの力を利用しようとする不穏分子によって、彼女が傷付けられたり攫われたりなんて事があれば。

 

 

俺はきっと、正気ではいられないだろう。

 

 

この世界そのものを物理的に滅ぼしてでも、彼女を取り返すという最悪の選択をしてしまう自信があった。

 

 

「リーシェ、私心配だったんだよ。大事な用事があるからって、壁作りにも着いて来なかったし、私達が帰ってきてもリーシェは家に帰って来なかったし……気付けば私達が神として仕立て上げられてて……もうどうすれば良いかわからなかった」

 

 

俺は、堰を切ったように本音を零した。

 

 

最強の存在であるはずの俺が、未知の政治的なうねりと、愛する者たちが巻き込まれることへの恐怖に、ただただ怯えていたのだ。

 

 

「うん」

 

「シガンシナ区の人達は、親身になって案じてくれたけど、区外の人達からは物珍しさから私たちを囲んで来たりもした……こんなの、全然平穏じゃないよ」

 

 

俺の悲痛な訴えを、リーシェはただ、感情の読めない静かな表情で聞いていた。

 

 

否定も肯定もせず、俺がすべてを吐き出し終えるのを待ってから。

一拍置いて、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

 

「エルヴィンからこの計画を聞いた時ね……私も迷ったの。協力したらきっとアトラスの負担になる。あなたは優しすぎるから、よく一人で抱え込むし、辛い思いさせちゃうかも知れないって」

 

 

リーシェの言葉は、氷の鬼神のそれではなく、ただひたすらに俺を想う『伴侶』としての、深い慈愛に満ちていた。

 

 

「でもね。……もしもの『未来』を考えたの」

 

「未来…」

 

「そう。もしこの計画に協力せず、私たちがただの『強い兵士』や『都合の良い巨人』として大人しくしていたら。

……私たちを悪魔と呼ぶ外の敵、マーレや世界中の軍隊が、本気でこの島に攻めて来た時。きっと、今の新エルディア帝国の軍事力だけでは絶対に守りきれない」

 

 

リーシェの青い瞳が、俺を真っ直ぐに射抜いた。

 

 

「私たちのこの平穏な暮らしを、エレンたちの未来を守る為に。結局、私達が前線に出ないといけなくなる。

……そうなれば、アトラス。あなたは、皆を守るために、海の向こうからやって来る何十万、何百万という人間を、その手で物理的に殺す事になるでしょうね」

 

 

「…………ッ」

 

 

俺の呼吸が、ピタリと止まった。

 

脳裏に、冷たい刃を突きつけられたような衝撃が走る。

 

……失念していた。

 

完全に、忘れていたのだ。

 

 

今まで、俺という特異点バグによる歴史介入や、エルヴィンの機転といった奇跡的な要因が重なって、ここまで殆ど血を流さず、平和的に事態を収拾して済んできた。

 

 

だから、錯覚していた。

 

 

そもそもこの世界は、あの絶望と狂気、そして理不尽な差別に覆われた『進撃の巨人』の世界なのだ。

 

 

海の向こうのマーレには、今も尚、収容区で家畜のように虐げられているエルディア人がいる。

 

 

そして、このパラディ島に住む俺達の絶滅を心から望み、兵器を開発し続けている人間が、世界中に数えきれない程存在しているのだ。

 

 

彼らが本気で艦隊や飛行船を率いて襲来した時。

 

 

俺がこの15mの巨体と硬質化能力で迎撃すれば、当然、無数の『命』を奪うことになる。

 

 

巨人を狩るのとは訳が違う。血の通った、感情を持つ人間たちを、大義名分の下で大量虐殺する悪魔にならなければならない。

 

 

それは、元・平和な現代日本で育ったただの男子大学生である俺の心を、確実に、そして取り返しのつかないほどに壊してしまうだろう。

 

 

 

 

……少し、ぬるま湯に浸かりすぎたらしい。

 

 

絶対的な力と、シガンシナ区の壁の破壊という凄惨な悲劇を無血で回避できたことで、俺は完全に驕っていたのだ。

 

 

自分はもう、この世界のすべてをコントロールできているのだと。

 

 

(……リーシェは、それを……俺に血を流させないために……)

 

 

もし、俺たちが『現人神』として、絶対的で侵すことのできない神聖な存在として世界に認知されれば。

 

 

そして、幾千万の超大型巨人を人間に戻すという『神の奇跡』を完遂し、世界中にその圧倒的すぎる力と慈悲を見せつけることができれば。

 

 

外の世界の人間たちは、我々を「討伐すべき悪魔」ではなく、「決して触れてはならない絶対神」として畏怖し、無謀な戦争を仕掛けてくることすら諦めるかもしれない。

 

 

すべては、俺の魂を、血塗られた殺戮者のカルマから守るための、彼女なりの深く重い愛情と防衛線だったのだ。

 

 

俺は、自身の浅はかさを恥じ、ギュッと拳を握りしめた。

まだ、この残酷な世界にはやるべき事が残っている。

 

 

正面には心配そうに俺を見つめるリーシェ。

 

 

左隣で、無理をして笑ってくれていた、愛すべき不器用なユミル。

 

 

そして、これまで出会った数多くの人達。グリシャさんやカルラさん、エレンやミカサ、アルミン。

 

 

彼らの、このシガンシナ区での穏やかな未来を、本物の平和にするために。

 

「……リーシェ」

 

俺は、カップの中に残っていた、すっかりぬるくなってしまった紅茶を、迷いを断ち切るように一息に飲み干した。

 

 

カップをソーサーに置く乾いた音が、静かなリビングに響く。

 

 

顔を上げ、俺は自身の瞳に、特異点としての───この世界を正しく導く『神』としての、確かな覚悟と炎を宿した。

 

 

「教えて。私は、私達は、何をすればいい?」

 

俺のその問いに。

 

 

リーシェは、再び前を向いてくれたことに安堵したように、しかし、これから始まる歴史的偉業への確かな覚悟を滲ませながら、ゆっくりと立ち上がり、こう告げた。

 

 

「2日後のオルブド区で行われる壁の解体を、私達三人が、民衆の目の前で執り行うわ」

 

 

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