進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第百九十五話

 

 

846年2月17日

 

 

冬の鋭い冷気が肌を刺す、ウォール・シーナ北部突出部・オルブド区外の広大な平原。

 

 

抜けるような冬晴れの空の下、巨大な壁から数百メートルほど離れた平原のど真ん中には、今日この日のために急造された巨大な野外舞台がそびえ立っていた。

 

 

 

そして、その舞台の周囲を見渡せば───そこには、文字通り地面を黒々と覆い尽くさんばかりの、数万、数十万という途方もない数の群衆がひしめき合っていた。

 

 

 

一週間前、帝都ミットラスの中央広場でエルヴィン団長が放った「壁の巨人を人間に戻す」という、神話めいた宣告。

 

 

その『奇跡』の証明を己の目に焼き付けようと、壁内全土からあらゆる階級の民衆がこのオルブド区へと押し寄せていたのだ。

 

 

 

彼らの吐き出す白い息と、極限の期待と恐怖が入り交じった熱気とが、冷たい冬の平原の空気を不気味なほどに歪ませていた。

 

 

 

舞台の周囲には一定間隔で調査兵団や憲兵団の精鋭兵士たちが並び、厳しい顔つきで群衆を制止している。

 

 

また、背後にそびえるオルブド区の巨大な外壁の上や麓にも、駐屯兵団の兵士たちが隙間なく等間隔で配置されていた。

 

 

 

民衆が危険な壁に近付き過ぎないようにするためのバリケードであると同時に、これから人間に戻るであろう『百年前のエルディア人(元・超大型巨人)たち』を迅速に保護・回収するための、周到な受け入れ態勢なのだ。

 

 

 

群衆のざわめきと地鳴りのような熱狂が渦巻く平原。

 

 

だが、その喧騒から完全に視界と音を遮断された舞台裏の巨大な特設テントの中では、それとは全く対照的な、異様な空気が流れていた。

 

 

そこには、俺たち三柱の女神(?)と、エルヴィン団長、ニック大司教、ピクシス司令、ナイル師団長といった、新エルディア帝国の首脳陣たる面々が一堂に会していた。

 

 

「お姉様、似合ってる?」

 

 

鈴を転がすような甘い声と共に、俺の視界の端でくるりと純白の布地が舞った。

 

そこに立っていたのは、白を基調とし、金の刺繍が細やかに施された高位聖職者を彷彿とさせる法衣に身を包んだ、ユミルだった。

 

 

普段の彼女なら絶対に選ばないような、首元から足首まで肌の露出が殆どない、厳格で神聖なデザイン。

 

 

だが、その禁欲的な衣装が、かえって彼女の持つ鈍色の金髪の神秘的な美しさと、あどけなさが残る顔立ちを強烈に引き立てていた。

 

 

花も照れる様な純真無垢な笑みを浮かべて首を傾げる彼女は、控えめに言っても天使……いや、間違いなく二千年の時を超えた『女神』そのものだった。

 

 

(……やばい、うちのユミル可愛すぎないか?)

 

 

俺が彼女のその圧倒的な美貌と清楚な姿に見惚れ、無意識のうちにだらしない笑みを浮かべてしまっていた、その時だった。

 

 

「ねぇ、アトラス。……私はどう?」

 

 

ふわり、と。 俺の右腕に、滑らかな布地越しに、驚くほど柔らかで熱を持った温もりが絡みついてきた。

 

 

互いの神聖な法衣が擦れる微かな音と共に、耳元で、どこか艶っぽく、熱を帯びた声音で問いかけてきたのは、リーシェだった。

 

 

振り向いた瞬間、俺の呼吸が止まりかけた。

 

 

彼女もまた、ユミルと同じ純白の法衣に身を包んでいたのだが、その着こなしと醸し出すオーラが決定的に違った。

 

 

一切の隙がない立ち姿でありながら、俺を見つめるアイスブルーの瞳はドロドロに溶けきっており、今にも俺を押し倒しそうなほどの妖艶な色香を放っている。

 

 

というか、ゼロ距離過ぎる。 衣装がどうのこうのと評価する以前に、俺の視界の殆どを彼女の強すぎる顔面が占有しており、思考が完全にショートしかけていた。

 

 

(ち、近ッ……! 心臓に悪いってば……!)

 

 

俺は、一気に顔の表面へ熱が集まっていくのを感じながら、照れ隠しのように自身の空いている左手を伸ばし、彼女のサラサラの金髪を優しく撫でるしかなかった。

 

 

「……すごく綺麗で、可愛いよ。リーシェ」

 

俺が掠れた声で素直にそう伝えると、リーシェは「んふふ……っ」と蕩けるような笑みを浮かべ、さらに俺の腕へと胸を押し付けてすり寄ってくる。

 

 

「むぅ……リーシェばっかずるい!」

 

 

その様子を見たユミルが、ぷくぅーっと頬を限界まで膨らませて抗議の声を上げ、空いていた俺の左腕にガッチリと抱き着いてきた。

 

 

神聖な儀式を前にして、荘厳な衣装を身にまといながら、両手に花もかくやという光景。

 

 

客観的に見れば、この舞台裏のテントの隅で、俺たちはなし崩し的にその神聖な姿に全く似つかわしくない『百合サンド』の様相を呈してイチャイチャしているわけである。

 

 

俺の羞恥心のHPは、出番を前にしてすでにゴリゴリと削られ始めていた。

 

 

そんな、極上の百合空間を展開している俺たちを意図的に視界の端に追いやりながら、テントの中央では、帝国の首脳陣らが極めて真面目で血生臭い最終確認を続けていた。

 

 

「民衆が壁に近付き過ぎないよう、外壁を覆うように兵士を配置したぞ、エルヴィン」

 

 

普段は酒瓶を手放さないピクシス司令が、今日ばかりはスキットルを懐にしまい、珍しく老練な将としての真面目な表情で現状の報告をする。

 

 

「助かる。舞台周囲の警備も問題ないか」

 

 

エルヴィン団長が、いつものように胃の辺りをそっと手で押さえながら、静かで重みのある声で確認を取る。

 

 

「ああ。怪しい動きを見せる旧体制の残党や不審者は、適宜こちらで捕縛している」

 

 

憲兵団の精鋭を指揮するナイル師団長が、鋭い目つきで静かに頷いた。

 

その頼もしい言葉を聞いたエルヴィンは、僅かに安堵の息を吐くと、次にその視線を、教典を手に静かに佇む一人の男──ニック大司教の方へと向けた。

 

 

「ニック大司教殿。ここまでの大役の引き受けと、民衆を束ねる類い稀なる働きに、心より感謝する」

 

 

言い終えると同時に、エルヴィンは新政府のトップという立場でありながら、彼に対して深く、敬意を込めて頭を下げた。

 

 

『三神教』という巨大なプロパガンダをたった数週間で民衆の間に浸透させ、この途方もない計画の精神的支柱を築き上げたのは、他ならぬ彼の手腕あってこそだった。

 

 

「……娘の件もある。私が少しでもあなた方に借りを返せたのであれば、それ以上何も言うまい。引き続き、大司教としての役目を全うしよう」

 

 

ニック大司教は、原作で見たかつての狂信的な司祭の面影はなく、ただ壁内人類の未来と愛娘の平穏を守るためだけに尽力する、真っ当な大人としての落ち着いた口調で、己の職務を全うする姿勢を告げた。

 

 

彼らの話し合いがひと段落したことを察した俺は、両腕に美少女二人をぶら下げたまま、静かに彼らの輪の中へと歩み寄った。

 

 

「ニックさん、お久しぶりです」

 

 

俺が鈴を転がすような声で挨拶をすると、ニック大司教はハッとしてこちらを向き、深く一礼を返してくれた。

 

 

「あれから、娘さんとの生活に何か支障はありませんでしたか? 大司教という大役を引き受けていただいた故に、何かご不便を被る様な事がありましたら、すぐにお声掛け頂ければ幸いです」

 

 

俺は今回の計画における最大の苦労人である彼に向け、心からの申し訳なさを込めて深くお辞儀をした。

 

 

彼に『三神教の大司教』という役目を強要してしまったせいで、この一週間、彼は各地の教会を回り、信者たちを説き伏せる激務に追われていたはずだ。

 

 

寿命の呪いが解け、普通の女の子に戻った愛する娘(顎の巨人のユミル)との穏やかな時間を取ることも、難しくなっているに違いない。

 

 

俺はとにかく、そのことが申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

 

だが、俺の謝罪を聞いたニック大司教は、少しだけ驚いたように目を見開いた後……ふっと、その厳格な顔のシワを優しく綻ばせた。

 

 

「お久しぶりです、アトラス殿。……ご心配には及びません。 むしろ、あの日からこれまでの反動か、あの子は私に常にベッタリでしてな。あの子のためにも、私が外で仕事をする時間があった方が、親離れの丁度良い口実になったものです。 お気遣い、心より感謝致します」

 

 

「……えっ?」

 

俺は思わず瞬きをした。 あの悪態をつきながらも照れ隠しをしていた不器用な顎ユミルが、安心した反動で、ニック大司教に『常にベッタリ』な甘えん坊状態になっているだと……!?

 

 

まぁ、うん。でも、仲良く生活されている様で本当に良かった。

 

 

しれっと顎ユミルの甘えん坊気味になっているという、意外で可愛らしい一面が明らかとなってしまったが、本人の名誉の為に、ここは深く触れないでおこう。俺は心の中でほっこりと微笑みながら頷いた。

 

 

それから、エルヴィン団長を中心に、この後の具体的な壁の硬質化解除のタイミングや、人間に戻った彼らの誘導手順について、それぞれ最終確認が手短に済まされた。

 

 

十数分後。 テントの外から、群衆のざわめきが一層高まり、開始の時刻が迫っていることを告げていた。

 

 

「それでは、各員手筈通りに」

 

 

エルヴィン団長が、冷徹な指揮官の顔に戻り、鋭い掛け声を発した。 「ハッ!」という短く力強い返事と共に、ナイルやピクシス、そして周囲の護衛の精鋭たちが、皆それぞれ己の果たすべき所定の位置へと素早く移動を開始する。

 

 

 

いよいよだ。 俺たちも、舞台へと向かう準備を整えなければならない。

 

 

俺たち三人は、用意されていた装飾品──金色の繊細な細工が施された純白の仮面を、それぞれ自身の顔へと装着した。 神性を保ち、民衆に神秘的な印象を与えるための演出アイテムだ。

 

 

「……お姉様、緊張してる?」

 

 

仮面を被り終えたユミルが、少しだけくぐもった声で、俺の顔を下から覗き込むようにして声をかけてきた。

 

 

「うん、そうだね」

 

 

俺は、同じく仮面越しに少しくぐもった声で、強がることなく正直に自身の状態を打ち明けた。

 

 

「絶対歴史に残るだろうし、かっこ悪いところは見せられないからね」

 

いくら特異点で規格外の力を持っているとはいえ、中身はただの元男子大学生なのだ。

 

 

数十万人という人間の前に立ち、彼らの人生と常識を根底から書き換える儀式を執り行う。そのプレッシャーと緊張感は、計り知れないものがあった。 俺の手が微かに震えそうになった、その時だった。

 

 

スッ……と。 リーシェのしなやかな腕が俺の腰に回され、彼女の身体がピッタリと俺に寄り添うように抱き寄せてきた。

 

 

「アトラスはいつだって凛々しいし、美しいわ。少しぐらいドジなところを見せても、逆に案外ウケが良いかもよ」

 

 

仮面でその表情は読めない。 だが、その凛とした、それでいて深い愛情に満ちた声色から、彼女が仮面の下で『私の愛する伴侶は世界で一番最高よ』と、絶対の自信に満ち溢れた笑顔を浮かべていることだけは、はっきりと伝わってきた。

 

 

彼女のそのブレない重すぎる愛情が、今は何よりも頼もしく、俺の強張っていた肩の力をスッと抜いてくれた。

 

 

「うんうん! お姉様は"受け"だからね! そのままで十分尊いよ!」

 

「…………」

 

 

逆側から抱きついてきたユミルの、明るく元気いっぱいの励まし(?)に俺は仮面の下で、スッと真顔になった。

 

 

(……おい。今の感動的な流れで、上下(意味深なポジション)を語る隙あったか?)

 

 

俺が前世の知識として『スール制度』などの百合文化を布教しすぎたせいで、彼女の語彙力と概念の解像度が完全にそっち方面(オタク特有の解釈)に偏ってしまっている。

 

 

俺は一応、身長15mの巨人体になれる神の如き存在なのに、二人の中では完全に「受け」として認定されているという理不尽。

 

 

内心で盛大なツッコミを入れながらも、そのあまりにも間抜けで緊張感のないやり取りに、思わず「ふふっ」と小さく吹き出してしまった。

 

 

「……ありがとう、二人とも。行こっか」

 

 

俺たちは並んで歩き出し、特設舞台の壇上へと続く、重厚な木製の階段に足をかけた。

 

 

一段、また一段と上るたびに、冬の冷たい風と、何十万人という民衆が発する熱気とざわめきが、うねるように押し寄せてくる。

 

 

だが、不思議なことに。 さっきまで俺の胸の内にあった恐怖や不安は、完全に掻き消えていた。

 

 

その隙間を温かく埋める様に。 右にリーシェ、左にユミル。この愛すべき、規格外で最強の二人が隣にいてくれるなら。

 

 

(きっと、三人なら大丈夫だ)

 

 

そんな確かな確信と希望が、じんわりと、そして力強く俺の全身へと広がっていくのだった。

 

 

眩い光が差し込む舞台の頂上へ向け、俺たちは静かに、人類の新たな神話の一歩を踏み出した。

 

 

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