進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第百九十九話

 

 

846年7月20日

 

 

肌をジリジリと焦がすような真夏の猛烈な陽射しが、シガンシナ区外の広大な平原へと容赦なく降り注いでいた。

 

 

シガンシナ区の巨大な門と、そこから左右に数kmにわたって連なるウォール・マリアの外壁をパノラマのように一望できる位置に、今日この日のために大々的に建造された超巨大な特設ステージ。

 

 

 

その周囲には、見渡す限り地平線の彼方まで、文字通り黒々と地面を埋め尽くすほどの民衆で溢れ返っていた。

 

 

 

帝都から駆けつけた貴族や商人、近隣の区から押し寄せた平民たち。

 

彼らの顔には、半年前にオルブド区で初めて超大型巨人の存在を明かされた時に見せたような、あの極限の絶望やパニック、あるいは未知の超常現象に対する恐れ慄くような畏怖といった感情は、もはや微塵も存在していなかった。

 

 

「おーい! 冷たい果実水はいかがですかー!」 「女神様たちがお出ましになるぞ! 」「頼む!一番前の場所、譲ってくれ!」 「今日はシガンシナ区の壁が消えるんだってな! どんなド派手な奇跡が見られるか楽しみだぜ!」

 

 

うちわを扇ぎ、汗を拭いながらも、彼らの表情は一様に明るく、まるで年に一度の盛大な夏祭りの打ち上げ花火でも待ちわびるかのように、今か今かとその時を楽しみにしているのだ。

 

 

(……人間の適応力っていうのは、本当に末恐ろしいな)

 

 

俺は、特設ステージの袖で出番を待ちながら、純白のサマーワンピースの裾を少しだけ直して内心で深く息を吐き出した。

 

 

無理もない。ここ数ヶ月、彼らはウォール・シーナから順に、幾度となくこの『壁の解体と超大型巨人の人間化』という神の御業を目の当たりにし続けてきたのだ。

 

 

恐怖の象徴であった壁の巨人が、実は自分たちの祖先であり、人間に戻って新たな同胞(労働力)として温かく迎え入れられているという事実。

 

 

それが日常化してしまった今、彼らにとってこの解体作業は、恐怖のイベントではなく、『三神教の女神様たちが起こす、ありがたくて最高にエンタメ性のある奇跡のショー』という程度の認識にまで見事に落とし込まれていたのである。

 

 

 

エルヴィン団長と三神教のプロパガンダ戦略の完全なる勝利だ。 あの金髪の苦労人の胃の痛みが、少しは報われていることを切に願う。

 

 

「さぁ、アトラス。私たちの出番よ」

 

「お姉様、行こっ!」

 

 

俺の右腕にリーシェが、左腕にユミルが、当たり前のようにそれぞれの柔らかな腕を絡ませてくる。

 

 

俺は小さく頷き、二人と共に、眩い光が差し込むステージの中央へとゆっくりと歩みを進めた。

 

 

俺たち三人の姿が民衆の視界に現れた、その瞬間だった。

 

 

「「「「うおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」」」」

 

 

大地を、いや、世界そのものを揺るがすような、爆発的で狂信的な大歓声が空へと轟いた。

 

 

「アトラス様ぁぁぁっ!!」 「リーシェ様! ユミル様!!」 「あぁっ、今日も御三方は信じられないほど美しい……!!」

 

 

割れんばかりの拍手と、熱狂の入り混じった野太い歓声。

 

 

さながら、前世でテレビ越しに見た、ドームツアーを満員にする海外の超大物スーパースターが来日した時の気分だ。

 

 

いや、俺たちは名実ともにこの新エルディア帝国の『神』として崇め奉られているのだから、それ以上かもしれない。

 

 

だが、ステージの上から見下ろす限り、夏の日差しを遮る遮蔽物が何一つない屋外の平原で、すし詰め状態になっている観客たちは、滝のような汗を流して茹でダコのように顔を真っ赤にしていた。

 

 

熱中症でバタバタと倒れられては、せっかくの歴史的フィナーレの目覚めが悪い。

 

 

(よし。最後だし、少しばかり派手な『ファンサービス』をしてやるか)

 

 

俺は、繋いでいた二人の手をそっと離し、ステージの最前面へと進み出た。

 

 

そして、自身の『道』のエネルギーを極限まで精密にコントロールし、硬質化能力の応用概念を脳内で構築する。

 

 

空に向けて、両手を優しく広げた。

 

 

 

──────サァァァァァッ……!! シャラララーン……!!

 

 

 

俺の手のひらから、淡く青白い光の粒子が上空へと舞い上がったかと思うと。

 

 

それが真夏の青空で急速に冷却・結晶化し、無数のキラキラと輝く『雪の結晶』となって、数万人を覆い尽くすようにして広範囲に降り注ぎ始めたのだ。

 

 

実際にこの結晶は、ただの光の錯覚ではない。極めて低温の氷の性質を持たせた本物の冷気だ。

 

 

それが観客たちの頭上に舞い散ることで、密集した空間の温度を物理的に急激に冷まし、真夏の熱気をスゥッと和らげていく効果があった。

 

 

夏の日差しに焼かれていた民衆にとって、それはまさに天から降り注ぐ恵みの冷気───俺からの、ささやかで慈愛に満ちた配慮だった。

 

 

「おお……っ、涼しい……!」 「嘘だろ、真夏なのに雪が降ってきたぞ!?」 「これが、アトラス様がもたらす神の奇跡……! ありがたや……ありがたや……っ!」

 

 

民衆たちは天を仰ぎ、降り注ぐ雪の結晶に手を伸ばしながら、感動のあまりボロボロと涙を流し始めた。

 

 

 

 

「ハァッ……ハァッ……! アトラス様の結晶……! つまりこの空間の冷気そのものが、アトラス様の一部……すなわち、俺は今、全身でアトラス様を感じているということ……ッ! あぁっ、吸い込め! アトラス様を肺の底まで吸い込むんだ!!」

 

 

 

(……一部、度し難い完全な変態が混じっているようだが)

 

 

 

俺は、ステージ上から視力抜群の巨人由来の目でそのヤバすぎる信者の姿を捉え、内心で冷や汗を流しながら盛大にツッコミを入れた。

 

 

 

だが、全体的な反応としては、熱中症の予防も兼ねた完璧な上々の滑り出しと言っていいだろう。

 

 

 

俺は姿勢を正し、神が黄金比で設計した自身の比類なき超絶美少女フェイスに、この世のすべての慈愛を込めた『極上の女神スマイル』を浮かべた。

 

 

そして、ハンジさんが用意してくれた固定式特大拡声器へと向かい、鈴を転がすような、どこまでも透き通る可憐な声で語りかけた。

 

 

 

「新エルディア帝国の同胞の皆様。本日はお暑い中、こうして沢山の方にお集まり頂いたこと、心より大変嬉しく思います。

……ささやかではございますが、皆様に少しでも快適にご観覧頂けるよう、周囲の冷却措置をとらせて頂きました」

 

 

 

俺の言葉に、数万の群衆から「おおおおっ!」という感動のどよめきと、「アトラス様、愛してます!」という狂信的な声援が飛び交う。

 

 

「半年近く続いた壁の解体も……いよいよ、本日で最後となります。 これまで各区での解体を追い続けて来られた方も、そして、今日が初めてという方も。

……どうか、我々が紡ぐ新たなる歴史の幕開けを、是非最後までご観覧下さい」

 

 

俺がそう締めくくり、静かに一礼をすると、歓声は次第に収まり、平原は極限の期待と緊張を孕んだ完全なる静寂へと包まれた。

 

 

俺は拡声器から離れ、左右に立つリーシェとユミルへと視線を送った。

 

 

二人は小さく、力強く頷く。 三人の呼吸が、完全に一つに重なった。

 

 

俺は、正面にそびえ立つシガンシナ区の巨大な壁──かつて人類を外界から隔絶していた鳥籠の象徴──に向かって、右腕を真っ直ぐに突き出した。

 

 

「───顕れよ」

 

 

俺の袖口から、七色に輝く圧倒的な光の粒子が放たれた。

 

 

それはまるで流星群のように民衆の遥か上空を掻き分け、尾を引きながら、一直線にシガンシナ区の壁へと突き進んでいく。

 

 

 

──────シャラララララッ……!!

 

 

光の粒子が壁に到達すると同時、そこを起点として、青白く輝く強固な『硬質化の保護膜』が、左右数kmに及ぶ壁全体を滑らかに、そして瞬く間に覆い尽くし始めた。

 

 

これから壁が崩壊する際、砕けた岩盤の破片が民衆や兵士たちに降り注ぐのを防ぐための、絶対防壁の展開だ。

 

 

壁が完全にクリスタルの保護膜で覆い尽くされたのを、俺の視座が正確に確認した、次の瞬間。

 

 

左隣に立つ、すべての巨人の始祖たるユミルが、その純真無垢な瞳をスッと細め、静かに、しかし絶対的な神の権能を行使した。

 

 

「───『始祖』の力よ。解き放たれよ」

 

 

 

──────ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!!

 

 

 

大気が震え、世界そのものが怯えるように、激しい地響きがシガンシナ区の平原を揺らした。

 

 

 

──────バリバリバリッ!

 

 

鼓膜を劈くような轟音と共に、俺が展開した保護膜の内側で、巨大な岩盤が次々と崩れ落ちていく。

 

 

そして、その中から姿を現したのは。 筋繊維が剥き出しになった、皮膚のない赤黒い肉体の塊。

 

 

原作で人類を絶望のどん底に叩き落とした、無数の『超大型巨人』たちの巨大なおぞましい姿だった。

 

 

だが、それも一瞬のこと。 「シューゥゥゥゥゥッ!!」という強烈な音と共に、剥き出しとなった超大型巨人たちの身体全体から、爆発的な白い蒸気が一斉に噴き出した。

 

 

熱量へと変換され、巨人の呪縛から解放されていく彼らの肉体は、まるで糸の切れた巨大な操り人形のように、すぐさま膝から崩れ落ち、地響きを立てて倒れ込んでいく。

 

 

──────ドズゥゥン……!!

 

 

何度見ても、この超大型巨人の群れが一斉に崩壊していく光景は、圧倒的で壮観だ。

 

 

 

眼下に立つ数十万の民衆も、誰一人として声を出すことなく、この神話のような崩壊劇を固唾を飲んで見守り続けている。

 

 

 

保護膜の内側で、巨人の肉体が完全に消失し、中心にいた『百年前の人間たち』の生体反応だけが残ったのを確認した俺は。 完璧なタイミングを見計らい、右手をスッと下ろした。

 

 

 

──────パキィィィィンッ……!

 

 

 

壁を覆っていた七色の硬質化クリスタル保護膜が、光の粒子となって一瞬で消滅する。

 

 

 

──────ザァァァァァァァァァッ!!

 

 

 

保護膜内で限界まで滞留していた莫大な白い蒸気が、ブォォォォッと音を立てて、一気にシガンシナ区の大地と平原へと広がっていった。

 

 

 

視界が真っ白な霧に包まれ、熱を帯びた風が俺たちの髪と衣服を激しく揺らす。

 

 

やがて。 夏の強い陽射しと風が、その濃密な蒸気をゆっくりと、だが確実に吹き払っていった。

 

 

霧が晴れた、その向こう側。

 

 

そこに現れたのは、もはや巨人の姿など微塵もない、ただの瓦礫の山となった壁の跡地。

 

 

そして、その緩衝地帯では、ピクシス司令の指示で待機していた駐屯兵団や調査兵団の兵士たちの手によって、百年の眠りから覚めた『同胞たち』が、迅速に、そして薄手の布に包まれながら保護されていく姿があった。

 

 

 

だが、民衆の目を最も釘付けにしたのは、それだけではなかった。

 

 

彼らの視界を遮り続けてきた巨大な壁が消え去ったことで。

 

 

そこには、今まで壁で完全に覆い隠されていた、平和な『シガンシナ区の美しい街並み』。

 

 

そして、さらにそのずっと奥。

 

 

見渡す限りの広大な『緑の地平線』が、どこまでも、どこまでも果てしなく広がっていたのだ。

 

 

「あ……あぁ……っ」「壁が……消えた……」

 

 

群衆の中から、誰かが震える声でそう呟いた。

 

 

 

それが波紋のように広がり、やがて平原全体を包み込むような、感動と歓喜の入り交じった嗚咽と大歓声へと変わっていく。

 

 

 

これで、三重の壁は完全に、そして誰の血も流れることなく、平和裏に解体されたのだ。

 

 

俺は、両隣で誇らしげに俺の手を握りしめてくるリーシェとユミルの温もりを感じながら、眼下に広がるその自由の地平線を、静かに見つめていた。

 

 

前世の記憶で見た、無数の超大型巨人が世界を無慈悲に踏み潰していく、あの凄惨な『地鳴らし』の悲劇。

 

 

その絶望的な未来は、俺たちの手によって完全に上書きされ、消滅した。

 

 

今日この日、シガンシナ区で起きたこの出来事は、破滅の歴史としてではなく、新エルディア帝国の『神話』として。

 

 

三柱の女神がもたらした『永遠の奇跡』として、この先何百年、何千年と、人類の歴史に語り継がれていくことになるだろう。

 

 

 

俺の顔には、民衆に見せるための完璧な女神の微笑みではなく。

 

 

一人の、ただの人間としての、心からの安堵と達成感に満ちた、穏やかな笑顔が浮かんでいた。

 

 









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