進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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【閑話】止まらない異常の連鎖
第二百話


 

 

 

846年10月1日

 

 

新エルディア帝国の帝都ミットラス。 王城の最上階に位置する軍部総司令の執務室の窓からは、高く澄み渡った秋の空と、活気に満ち溢れた帝都の街並みが一望できた。

 

 

私がこの重厚なマホガニーの机に座り、新体制の舵取りを担うようになってから、早くも一年という月日が過ぎ去ろうとしていた。

 

 

あの日、オルブド区での奇跡を皮切りに、三重の壁すべてを計画的に解体し、人柱となって百年もの間眠り続けていた『超大型巨人』たちを人間に戻すという、神話にも等しい大事業。

 

 

 

それが無事に完遂されてからというもの、我が帝国の発展は、文字通り留まる所を知らない爆発的な勢いを見せている。

 

 

 

最終的に壁の中から救い出し、新たに我々の社会へ迎え入れることになった百年前の同胞の数は、約五十三万人。

 

 

壁内人類の総人口は一気に跳ね上がり、百八十万人を超えるという未曾有の規模へと膨れ上がった。

 

 

当初私が懸念していた急激な人口増加による社会の混乱や食糧不足は、拍子抜けするほどに平穏に、そして劇的に解消された。

 

 

近年帝国を悩ませていた深刻な人手不足問題が、この五十万人という膨大な労働力によって一挙に補われたのだ。

 

 

旧ウォール・マリア内の広大な未開拓地での農地開拓、地下街を中心とした大規模な鉱山開発、各区を繋ぐ線路の敷設、そしてハンジ・ゾエが主導する蒸気機関を用いたインフラ整備。

 

 

今後の近代工業化に欠かせないあらゆる分野において、彼らは即戦力として大いに活躍してくれている。

 

 

さらに言えば、彼らの勤労意欲と新政府に対する忠誠心は、異常なまでに高かった。

 

 

かつて世界の理不尽に翻弄され、壁の建材という名の『奴隷』として意志を奪われていた彼らだ。

 

 

それが今、太陽の光を浴び、衣食住が完全に保証され、自らの手で働いた分の正当な対価を得られる職に就けている。

 

 

その人間としての尊厳を取り戻せたことに対する感謝と恩義が、帝国の基盤を盤石なものへと補強してくれていた。

 

 

そして、彼らを束ね、新エルディア帝国の精神的支柱として絶対的な機能を発揮しているのが、ニック大司教率いる『三神教』の存在である。

 

 

彼らを地獄から解放した三柱の女神──アトラス殿、リーシェ、そして始祖ユミルに対する彼らの信仰心は、狂信的と言っても過言ではない。

 

 

今や三神教への正式な入信者は百万人を突破し、街の至る所で彼女たちを讃える祈りの声が聞こえてくる。

 

 

(……ここまでは、私の描いた盤面通りだったのだが)

 

 

私は、山のように積まれた書類の束から視線を外し、カップに注がれたぬるい紅茶を一口含んだ。

 

 

ズキリと、胃の腑のあたりが鈍く痛む。 国家運営は完璧だ。だが、私の計算を───いや、人類の歴史が培ってきた倫理や価値観すらも完全に狂わせてしまった『一つの予期せぬうねり』が、現在、帝都を中心に爆発的な勢いで拡大しつつあった。

 

 

 

その元凶は、他でもない。 シガンシナ区に住まうあのイェーガー医師の息子、エレン・イェーガー氏である。

 

 

 

彼は現在、天才画家として週に一回のハイペースで、神がかった筆致の『宗教画』を生み出し続けている。

 

 

その圧倒的な美の描写力は、三神教への入信者を激増させる絶大なプロパガンダ効果を発揮しているのだが……問題は、彼が描くその絵の『内容』と『テーマ』であった。

 

 

今更私が言うまでもないことだが。

 

 

アトラス殿、リーシェ、そして始祖ユミルの三人は、友愛や家族愛といった生易しい感情を遥かに超えた、”その先”の重く深い想いを互いに向け合っている。

 

 

 

─────同性同士でありながら、だ。

 

 

 

本来、この壁内の歴史や宗教観において、そうした同性同士の恋愛関係は『異端』とされ、表沙汰になれば静かな排斥や眉をひそめられる対象となるのが自然なはずだった。

 

 

しかし、 エレン・イェーガー氏がカンバスに叩きつける、魂を揺さぶるような『美の暴力』が、その常識を完全に凌駕してしまったのだ。

 

 

彼が描く、女神たちが互いの髪を撫で、慈愛に満ちた視線を交わし、頬を染め合う宗教画の数々は、見る者の脳髄に直接語りかけ、価値観や思想を根底から上書きするような、ある種の『洗脳』にも近い力業を成し遂げてしまったのである。

 

 

 

結果として何が起きたか……

 

 

現在、帝都ミットラスを中心に、身分や階級を問わず、彼女たち三柱を題材にした”そういった類の”──いわゆる『百合』をテーマにした小説や絵画、芸術作品が、爆発的な大流行を見せ始めているのだ。

 

 

書店に並ぶのは女神たちの背徳的で美しい関係を綴った物語であり、貴族たちのサロンで交わされる話題は「誰と誰の組み合わせが最も尊いか」という熱い議論である。

 

 

それは、民間の流行だけに留まらなかった。 我々、軍の内部でさえ、その汚染(思想革命)は深刻なレベルまで進行している。

 

 

つい先日も、兵舎の廊下を歩いていた時だ。

 

 

曲がり角の死角から、警備任務に就いているはずの精鋭の部下たちが、声を潜めて熱く語り合っているのを私のこの耳で聞いてしまったのだ。

 

 

『なぁ、昨日裏通りでこっそり売られてた「アトラス様総受け本」読んだか? 後半のリーシェ様とユミル様に挟まれる描写、マジで神がかってて尊すぎて俺、泣いちまったよ……』

 

 

 

『分かる! 俺は最近出た「ユミ×リー本」が凄く良かったぜ……普段は絶対零度の鬼神であるリーシェ様が、あの一見天然美少女な始祖ユミル様に翻弄されて赤面する御姿は、控えめに言って致死量の破壊力だった──────』

 

 

(……お前たち、仮にも自分たちの命を握る神と元上官だぞ。それをコンテンツとして消費して薄い本で興奮するなどと……ッ!)

 

 

私はその時、彼らを怒鳴りつける気力すら湧かず、ただ壁に手をついて自身の胃を強く押さえ込むことしかできなかった。

 

 

仮にも神である三人を、あのような形で偶像化し、大衆の娯楽として消費するこの国の現状は、為政者である私の胃に新たな穴を穿つには十分すぎる光景だったと言えるだろう。

 

 

 

……コホン。少し、話が私怨に脱線してしまった。 頭を振り、私は再び目の前の重要な書類の束へと意識を戻す。

 

 

今日、私が裁可を下した最も大きな案件。 それは、帝国内における我々『調査兵団』の在り方について、ようやく正式な触れ込みと改革を行うというものだった。

 

 

 

調査兵団は、”本来”であれば、壁外の地理や巨人の生態を調査し、人類の生存圏を広げることが主な任務の部隊であったはずだ。

 

 

間違っても、一個人の暴走(リーシェの狂気)に振り回されたり、世界を滅ぼす終末兵器(アトラス殿と始祖ユミル)を抱え込んだり、リヴァイのような対人戦に特化した特殊暗殺部隊を創設したり、旧王政を打倒する先導的立ち位置でクーデターを起こしたり。

 

 

 

あまつさえ、壁外にいたはずの巨人を文字通り物理的に狩り尽くしてしまうような、規格外の『化け物暴走集団』ではないのだ。

 

 

壁の脅威が去り、新体制が落ち着きを見せ始めた頃から、議会でも度々「もはや調査する対象(巨人)がいなくなった調査兵団とは、一体何なのか?」といった、哲学的な問題に対し真面目に議論されることが多々あった。

 

 

しかし、ここ一年の激動すぎる事態の収拾とインフラ整備に追われ、その定義についての話し合いは結論が出ないまま、問題の先送りが続いていたのだ。

 

 

だが、今日。ようやくその問題に明確な終止符を打つこととなった。

 

 

先ず、長年親しまれてきた『調査兵団』という名称は、本日をもって公式に廃される。

 

 

代わって、我々は『帝国特務兵団』として、新たな名と役割を冠することとなった。

 

 

人員は、旧調査兵団に所属していた歴戦の猛者たち約千五百名をそのまま引き継ぎ、さらに駐屯兵団や憲兵団からの優秀なスカウトを含め、最大人員二千名までとする少数精鋭の組織とする。

 

 

彼ら一人一人が、他兵団の部隊長クラスにも匹敵する異常な戦闘力を有しており、治安維持、要人警護、諜報、そして壁外の未踏領域の開拓など、各分野に特化した特殊部隊へと配属される。

 

 

主な任務は、実のところこれまで我々が泥を被って行ってきた『何でも屋』のような荒事と、さして変わりはない。

 

 

ただ、政府内で明確に「国家直属の特務機関」として定義され、正式に必要な権限と予算を有することとなったのだ。

 

 

言い響きは悪いかもしれないが、もはやかつて旧体制の目を盗んでは後暗い任務をコソコソとやる様な必要が無くなったというのは、組織の健全化において非常に大きい。

 

 

そしてまた、必然的に、この特務兵団を率いる総司令である私個人が有する権力も、かつてないほどに増大することとなった。

 

 

各兵団との太いパイプを持ち、旧体制の財を管理し、何よりあの理外の特異点たちとの唯一の『交渉窓口』を担っている私だ。

 

 

もはやこの新エルディア帝国内において、私に表立って逆らえる存在は、あの三柱の女神たち以外に存在しないと言っても過言ではない。

 

 

(……私自身に、支配欲や権力への執着心など微塵も無いのだがな)

 

 

私はペンを走らせながら、小さく息を吐いた。 私が欲していたのは、ただ父の仮説の証明と、壁内人類の真の自由だけだ。

 

 

 

権力とは、目的を達成するための道具に過ぎない。 だが、この強大すぎる権力を一手に握ってしまった以上、私が数十年後にこの座を退き、誰かに明け渡す際の後継者問題については、今から極めて慎重にならなければならないだろう。

 

 

 

もちろん、あの三柱の特異点たちがこの帝国に君臨している限り、私の後継者が己の私欲で暴君のような振る舞いをすることは事実上不可能だ。

 

 

少しでも民衆を苦しめるような愚策を取れば、即座にリーシェかアトラス殿の粛清が下るだろう。

 

 

だが、それでもだ。これ以上、あの気まぐれで規格外な神々たちに、人間同士の権力闘争という余計な迷惑をかけるわけにはいかない。

 

 

「……優秀で、大局を見据えられ、かつ胃が丈夫な後継者を、今のうちから育てておかなければな」

 

 

私はアルミン少年の顔を思い浮かべながら、そんなことを考え、山の様に積み重なった決済書類を次々と捌き続けていた。 その時である。

 

 

──────バンッ!!!

 

 

「し、失礼します! エルヴィン団長……いや、総司令!!」

 

 

分厚い執務室の扉が勢いよく開け放たれ、専属の伝令兵が、息をゼェゼェと切らし、顔面を土気色に蒼白にさせながら、文字通り転がり込むように突撃してきたのだ。

 

 

私はペンを止め、瞬時に指揮官としての冷徹な顔つきに戻った。

 

 

 

これほどまでに血相を変える事態。 旧王政の残党による大規模なテロか? マーレ国からの不穏な動きか? あるいは、またエレン氏の絵画が過激すぎて暴動でも起きたのか。

 

 

 

「どうした。落ち着いて報告しろ」

 

 

私が低い声で促すと、伝令兵はガクガクと震える膝を必死に押さえつけながら、この世の終わりのような絶望的な声で叫んだ。

 

 

「し、始祖ユミル様が……ッ! ユミル様が、風邪をひきました!!!」

 

 

 

「…………」 「…………」

 

 

 

執務室に、数秒の完全なる静寂が落ちた。

 

 

 

……風邪?

 

 

あの、「170メートルの巨人に変身可能」で、「無限のエネルギーを保有」し、『不老不死』の、生きる神本人が?

 

 

あらゆる病や怪我を一瞬で超回復するはずの理外の存在が、季節の変わり目の風邪っぴきになったと?

 

 

 

私は、伝令兵の尋常ではない気迫と、彼から告げられたあまりにも日常的で平和的すぎる。

 

 

そしてシステム的に絶対にあり得ないはずのバグ報告の内容との凄まじいギャップに、脳の処理が完全に停止してしまった。

 

 

「……は?」

 

 

そして、人類の希望を導く冷徹な特務兵団総司令の口から、この数年間で一番の間抜けで気の抜けた声が、静かな秋の執務室へと虚しく響き渡ったのだった。

 

 

 

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