進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第二百二話

 

 

「…さて、本題に入ろうか」

 

エルヴィン総司令の、低く重みのある声が応接室に響いた。

 

 

先程までハンジさんとリヴァイ兵長が繰り広げていた子供のような言い争いと、それを頭を抱えて見守っていたドタバタとした空気は一瞬にして掻き消える。

 

 

為政者としての冷徹で理知的な顔つきに戻った彼の一言が、この部屋の空気を再び「新エルディア帝国の最高会議」に相応しい、ピンと張り詰めたものへと引き締めた。

 

 

高級なテーブルを挟んで、俺は背筋を伸ばし、三人の顔を真っ直ぐに見据えた。

 

 

「始祖ユミル氏の体調不良という、本来ならばあり得ない事態。……アトラス殿は、何かその原因について心当たりはあるだろうか」

 

 

エルヴィンの青い瞳が、僅かな焦燥を隠しきれない様子で俺を射抜く。

 

 

無理もない。彼にとって、俺たち三柱の特異点は帝国の絶対的な抑止力であり、平和の要だ。

 

 

そのシステムの中枢を担う神本人が、原因不明の機能不全に陥っているのだから。

 

 

俺は膝の上で両手をギュッと強く握りしめ、重い息を吐き出して首を横に振った。

 

 

「正直な話をしますと……原因は、完全に不明です」

 

 

俺がそう告げると、三人の表情がさらに一段階強張った。

 

 

「ユミル本人にも確認しましたが、彼女の管理する『道』の空間にも、自身を構成する『器』にも、破損やエラーなどの目立った問題は見られないと言っていました。

もし、ユミルの超回復力でも対処しきれないような未知の強力な病原菌におかされているのであれば、同じ空間で生活している私達も無事ではいられない筈です」

 

 

俺は、頭の中で何度も何度も繰り返してきた絶望的な検証結果を口にする。

 

 

「ですが、見ての通り私もリーシェも全くの無傷です。……原因の特定すらできない。完全に手詰まりといった状態です……」

 

 

俺の絞り出すような声に、応接室に重苦しい沈黙が落ちた。 エルヴィンは眉間に深いシワを寄せて腕を組み、リヴァイ兵長は舌打ちを堪えるように鋭く目を細めている。

 

 

「ねぇ、アトラスちゃん」

 

 

不意に、テーブルに身を乗り出すようにして、ハンジさんが真剣な眼差しで俺に問いかけてきた。

 

 

普段の狂気的な探究心に満ちたマッドサイエンティストの顔ではなく、事象の根源を探る優秀な研究者としての鋭い目つきだった。

 

 

「ユミルちゃんが急に体調を崩す『前』から、何かそういう……些細な変化とか、兆候みたいなものは無かったかい?」

 

 

「……その前、ですか」

 

 

俺は記憶の糸を必死に手繰り寄せた。 受肉してからのユミルは、俺が前世の知識で作った料理の虜になり、毎日目をキラキラさせながらお腹いっぱい食べていた。

 

 

太らないというチート設定を免罪符にして、底なしの胃袋を発揮していたはずだ。 それが……。

 

 

「……そういえば」 俺はハッとして顔を上げた。

 

 

「半月前から、妙に食欲が無かったような気がします。 最初はそれでも普通の人間よりは沢山食べていたんですけど、それから日を追うごとに量は減る一方で……今朝に至っては、水以外何も口にしていませんでした。 熱が出る直前まで本人が『お腹空かないだけだから大丈夫だよ!』と笑っていたので、あまり気に留めていなかったんですが……」

 

 

「なるほど。食欲減退、か……」

 

 

俺の話を聞いたハンジさんが、顎に手を当て、何か深い思考の海に沈み込むように「うーん……」と低く唸り声を上げ始めた。

 

 

彼女の脳内で、バラバラだったピースが猛烈な速度で組み合わさっていくのが分かる。

 

 

やがて、ハンジさんは顔を上げ、まるで恐ろしい真理に辿り着いてしまったかのような、震える声で口を開いた。

 

 

「これは、君たちの持つ『道』のシステムに関して、私個人の独自の解釈に基づく、あくまで仮説なんだけどね」

 

 

そう前置きをして、彼女はゆっくりと続きを話し始めた。

 

 

「いいかい? アトラスちゃんや始祖ユミルちゃんが持つ『道』という空間は、いわば巨大なエネルギーの貯蔵庫であり、それを現実に変換して行使する出力機関のようなものだ」

 

 

ハンジさんの例えは、前世の俺の感覚で言えば「巨大なクラウドサーバーと電源設備」といったところだろう。的確だ。

 

 

「始祖ユミルちゃんは、これまで百年間……ウォール・マリア、ローゼ、シーナの三重の壁の中にいた、約五十万体もの超大型巨人の巨大な肉体を維持するために、その『道』から常時、途方もない量のエネルギーを消費し続けていたはずだ」

 

 

俺の心臓が、ドクン、と嫌な音を立てた。 ハンジさんの言葉の行き着く先が、おぼろげに見え始めてきたからだ。

 

 

「でも、君たちはその五十万体の超大型巨人を人間に戻した。 つまり、ユミルちゃんの『道』からは、今までそれらの巨人体を維持するために使われていた莫大なエネルギーの消費先が、すっぽりと消え去ってしまった。……エネルギーが、丸々『浮く』ことになったんだ」

 

 

エルヴィンの青い瞳が驚愕に見開かれ、リヴァイ兵長の顔色が変わる。

 

 

「本来なら、消費先がなくなればエネルギーの生成も止まるはずだ。 でも……そこに、もう一つのイレギュラーが存在している。アトラスちゃん、君だよ」

 

 

ハンジさんの指先が、真っ直ぐに俺に向けられた。

 

 

「君と始祖ユミルちゃんの間には、『太いパイプ』が繋がっていると言っていたよね? 君の持つ無限のエネルギーが、そのパイプを通じて、常にユミルちゃんの『道』へと供給され続けているとしたら?」

 

 

「──────ッ」

 

 

俺は息を呑んだ。

 

 

「消費先が消滅し、エネルギーの行き場がなくなったユミルちゃんの『道』に。 アトラスちゃんから、絶え間なく膨大なエネルギーが注ぎ込まれ続けている。

当然、ユミルちゃんの『道』には、処理しきれない余剰エネルギーが次第に蓄積されていく訳で……」

 

 

俺の脳裏に、水風船に限界を超えて水を注ぎ込み続けているような、恐ろしいビジョンがフラッシュバックした。

 

 

「エネルギーの異常なインフレに耐えきれなくなったユミルちゃんの『道』の空間が、ついにパンクを引き起こし……『器』である彼女の現実の肉体にまで、影響を及ぼしているんじゃないかな?」

 

 

静まり返った応接室に、ハンジさんの出した絶望的な結論が響き渡る。 俺は、全身の血の気が一気に引いていくのを感じ、震える唇を必死に動かして問いかけた。

 

 

「……もしかしてそれは……このまま放置し続ければ、ユミルはいずれ……」

 

 

俺が想像した、考えたくもない最悪の未来。 それを肯定するように、ハンジさんは悲痛な顔で頷き、残酷な予想を口にした。

 

 

「最悪の場合、物理的……或いは概念的な現象を伴って、彼女の肉体ごと、大爆発を起こす可能性がある……かな……」

 

 

カヒュッ……

 

 

その言葉を聞いた瞬間、俺の喉が引き攣り、呼吸が完全に詰まった。

 

 

ユミルが……消滅する……?

 

 

あんなに無邪気に笑って、「お姉様大好き」って抱きついてきて。 二千年の奴隷としての孤独からようやく解放されて、俺たちと一緒に、温かい家族として、人間として生きていけるようになったあの子が。

 

 

俺から流れ込むエネルギーのせいで、破裂して、跡形もなく消え去ってしまう……?

 

 

想像し得る限り最も最悪で、残酷なビジョンが現実の刃として突き付けられた。

 

 

「あ……あぁ……っ……!」

 

 

気づけば、俺の意思とは関係なく、視界がぐにゃりと歪んでいた。

 

 

大きな瞳から、ぽろぽろと、大粒の涙の雫が次から次へと溢れ出し、膝元に黒い染みを作っていく。

 

 

止まらなかった。 自身の持つ『道』が、愛する妹分を殺そうとしているという罪悪感と絶望で、胸が物理的に引き裂かれそうだった。

 

 

「……おいハンジ、テメェ、ビビらせ過ぎだ」

 

 

俺の嗚咽が漏れそうになった時、リヴァイ兵長がギリッと奥歯を噛み鳴らし、ハンジさんに向けてドスを効かせた怒声を飛ばした。

 

 

「もしコイツが絶望して狂って、心中なんか考えやがったら、この帝都ごと丸ごと吹き飛ぶんだぞ。言葉を選べ、クソメガネ」

 

 

リヴァイの言葉には、俺への気遣い以上に、歩く終末兵器が情緒不安定に陥ることへの切実な危機感が込められていた。

 

 

「あわわわわ! ごめんねアトラスちゃん! 違うの、これはあくまで私の考えた最悪のケースの仮説であって! それに、もしそうだとしても、君たちの規格外の力なら解決策は絶対に、絶対にあるから! だから泣かないでぇー!!!」

 

 

ハンジさんが大慌てで椅子から立ち上がり、身を乗り出して必死に両手を振りながら弁明と慰めの言葉を投げかけてくる。

 

 

エルヴィンも額に冷や汗を浮かべて立ち上がりかけていた。

 

 

「っ……ごめんなさい……」

 

 

俺は、彼らに心配をかけてしまったこと、そして何より、特務兵団総司令というトップの面前で情けなく泣いてしまった自分を恥じ、慌てて涙を止めようとした。

 

 

つい、前世からの手癖で、両手で乱暴に目元をゴシゴシと擦ってしまう。

 

 

ハッと気づいた時には、遅かった。

 

 

(……あっ)

 

 

ここに来る前。 一晩中泣き明かし、真っ赤に腫れ上がっていたみっともない目元を誤魔化すために、俺は自身の顔に薄くメイクを施していたのだ。

 

 

それを、今、手で力強く擦ってしまったことで。 応急処置的に塗られていたパウダーやアイシャドウが完全に剥げ落ち、誤魔化しが効かなくなってしまった。

 

 

「「「──────ッ!!!」」」

 

 

俺が手をどけて顔を上げた瞬間。 テーブルを挟んだ向こう側にいる三人が、一斉に、文字通り「息を呑む音」が応接室に響いた。

 

 

エルヴィン、ハンジ、リヴァイ。 百戦錬磨の彼らの視線が、俺の顔に完全に釘付けになって、石像のように硬直している。

 

 

無理もないだろう。 ただでさえ神が黄金比で設計した、人の理解を超えるほどの『比類なき超絶美少女フェイス』だ。

 

 

 

それが今、メイクが落ちたことで、真っ赤に腫れ上がった痛々しい目元を露わにしている。

 

 

ポロポロと涙を流し、恐怖と絶望に震え、庇護欲を極限まで掻き立てるその無防備で可憐すぎる泣き顔。

 

 

それは、彼らが普段接している『理外のバケモノ』という概念を完全に破壊し、「ただの一人の儚い少女」であることを強烈に脳髄に叩き込む、致死量の破壊力を持っていた。

 

 

「あ……あの……」

 

 

三人のあまりにも不自然な硬直と、向けられる生々しいまでの沈黙の視線。 それに耐えきれず、俺の全身をブワァッと強烈な気まずさと羞恥心が包み込んだ。

 

 

(……やばい、恥ずかしすぎる。逃げたい……!)

 

 

俺はバッと椅子から立ち上がり、顔を真っ赤にして俯きながら、早口で言葉を紡いだ。

 

 

「そ、そうですよね。ごめんなさい、私が先走って絶望してしまいました。

……ハンジさんの仮説を元に、私の方で何か出来ないか色々試してみますね! 早速、ユミルに話を聞いてみようと思います。

……そ、それでは、本日はこれで失礼しますね!」

 

 

それだけを言い残すと、俺は彼らの返事を待つこともなく、逃げるように背を向け、応接室の重厚な扉を開けて廊下へと飛び出した。

 

 

バタン、と扉が閉まる。

 

 

「はぁ……はぁ……っ」

 

 

冷たい大理石の廊下に背中を預け、俺は荒い息を吐き出した。

 

 

すごく失礼な事をしてしまったと頭では分かっている。

 

 

だが、これ以上は居た堪れ無さすぎて、あの場には一秒たりとも居られなかった。

 

 

あのままあそこで泣き顔を晒し続けることを激しく拒絶したのだ。

 

 

(落ち着け、俺。泣いてる場合じゃない。ユミルを助ける方法を考えるんだ)

 

 

俺は涙を袖口で拭い、歩き出しながら脳内で猛烈な速度で演算を開始した。

 

 

ハンジさんの仮説が正しいとするならば。 要するに、ユミルの『道』というサーバーに、俺からのエネルギーが過剰に供給され続けて、容量オーバーを起こしている状態だ。

 

 

今思いつく解決策は、二つのアプローチしかない。

 

 

一つは、エネルギーを一時的に一気に、もしくは恒常的に発散する方法…を見つけること。

 

 

例えば、彼女に170メートルの超巨大な巨人体に変身────或いは遠隔操作してもらい、そのまま何日も平原を暴れ回らせてエネルギーを消費させる、というような物理的な放出だ。

 

 

だが、今の熱に浮かされた衰弱しきった彼女の身体で、そんな荒療治に耐えられるとは思えないし、何より帝国の周辺でそんな真似をすれば大惨事だ。

 

 

となれば、もう一つの方法。 俺の方の『道』から、ユミルの『道』へ供給されているエネルギーのパイプを「止める」か、「塞ぐ」かだ。

 

 

(……いや、無理だ。こっち側から止める方法が分からない……)

 

 

俺は歩きながら、自身の精神の深淵にある『道』の繋がりを探ってみた。

 

 

確かに、俺とユミルを繋ぐ極太の光のパイプを知覚することはできる。

 

 

だが、あのパイプは、俺が意図して蛇口を捻ってエネルギーを送っているわけではないのだ。

 

 

無限のエネルギーを生成し続ける俺の『道』と、消費先を失って空き容量が圧迫されつつあるユミルの『道』。

 

 

その二つの空間の間に生じた「圧力差」によって、高い方(俺)から低い方(ユミル)へ、水が低い所へ流れるように、ただ自然の摂理として押し込まれているに過ぎない。

 

 

ただ知覚することは出来ても、干渉し、ましてやバルブを閉めたり、パイプを物理的に絞ったりする様な真似は、俺のシステム権限(というか不器用さ)では不可能に近い。

 

 

俺側から干渉できないとすれば。 残された方法はただ一つ。

 

 

ユミルの方から、自身の『道』の入り口を塞いで拒絶してもらうか。

 

 

あるいは。

 

 

────俺と彼女を繋いでいる、この光のパイプそのものを、完全に『断ち切る』か、だ。

 

 

(…………)

 

 

俺の足取りが、ピタリと止まった。 廊下の静寂の中で、俺の心臓が重く、冷たい音を立てる。

 

 

 

パイプを断ち切る。 それは、

 

 

あの、『道』の砂漠で永遠にも等しい時間たった独りだった彼女が。

 

 

俺との繋がりだけを心の支えにして、俺を「お姉様」と呼び、愛し、ようやく見つけた絶対的な『絆』そのものを、物理的にも概念的にも切断するという残酷な行為だ。

 

 

(……あの子が、それを受け入れるかどうか……)

 

 

「お姉様大好き」と、熱に浮かされながらも俺の手を握りしめて離さなかったユミルの姿が脳裏を過る。

 

 

彼女にとって、俺とのパイプを切断されることは、死ぬことよりも恐ろしく、絶望的な拒絶に感じられるかもしれない。

 

 

俺は、重くのしかかる選択の過酷さにギュッと唇を噛み締めながら、愛するユミルと、看病してくれているリーシェが待つ寝室へと、決意の足取りを進めるのだった。

 

 

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