進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
ひとしきり言いたいことを言い終え、胸の中に溜まっていた黒いモヤモヤを吐き出して満足した俺は、深く、ひどく疲労したため息を零した。
そして、怒りの感情をスッと切り替え、本来の最も重要な懸念事項──すなわち、ユミルの容態についての確認をとることにした。
「……それで、ユミルは今日、大丈夫なの? 見た感じ、昨日よりは少し楽になったみたいだけど」
俺が努めて穏やかな、心配の色を滲ませた声で問いかけると、ユミルはビクッとして顔を上げた。
昨日は高熱に浮かされ、息をするのも苦しそうに激しく咳き込んでいた彼女だが、今日の顔色は随分と良く、不自然な赤みも引いている。
俺の質問を聞いたユミルは、怒りが収まったことに安堵したのか、パァッと顔を明るく花咲かせ、いつもの無邪気な笑顔を取り戻した。
「ふっふっふー、始祖の力を舐めないで欲しいね。有り余るエネルギーで『道』の補強と供給口の絞り込みを同時進行したらこの通り!」
俺の言葉に、彼女は元気よくサムズアップを返しながら、得意げに「えっへん!」と胸を張って答えた。 これには、思わず素で舌を巻いてしまった。
ハンジさんの立てた恐ろしい仮説──俺の『道』から太いパイプを通じて莫大なエネルギーが供給され続け、ユミルの『道』がパンクを引き起こして大爆発するという絶望的なビジョン。
その解決策として、俺側からの流入を止めるか、彼女側から入り口を塞ぐかという選択肢しかなかったはずだ。
だが、ユミルが入り口を塞げば、圧力に耐えきれずに破裂してしまうという結論に達していた。
それなのに、彼女はあっさりと、その問題を自身の力技で解決してしまったというのだ。
有り余るエネルギーそのものを利用して、自身の『道』の空間が圧力に耐えられるように強固な補強を施し、その補強がシステムに馴染むまでの時間を稼ぐ。
そして、俺の『道』と彼女の『道』を繋ぐパイプと化した、始祖の力そのものの供給口を完全に"塞ぐ"のではなく、絶妙なバランスで"絞り込む"ことで、危険な供給量を安全なレベルまで減らすという荒業。
言葉にすれば簡単で手軽なことに聞こえるが、それはすべてのエルディア人の魂を繋ぐ果てしない銀色の砂漠と星空の空間を、己の手足のように自在に操れる彼女にしかできない、まさに神の芸当だった。
俺が『道』のシステムをハッキングして呪いを解除したのとは次元が違う、システム管理者としての圧倒的な権能の行使だ。
「それじゃあ、もう熱にうかされたり、爆発して消滅してしまう心配はないってことだよね?」
俺が念を押すように、震える声で確認すると。
「うん! これにて万事解決! "ハッピーエンド"確定だよ! お姉様!」
ユミルは、純真無垢な紫色の瞳をキラキラと輝かせ、満面の笑みで力強く頷いた。
その言葉を聞いて、俺の胸を締め付けていた重く冷たい絶望の塊が、春の雪解けのように一瞬にして溶け去っていくのを感じた。
隣を見ると、リーシェも、憑き物が落ちたような安堵の表情を浮かべ、深く、ひどく長い息を吐き出していた。
俺たちは互いに顔を見合わせ、心からの安堵のため息を同時につくのだった。
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846年11月1日
あれから約一ヶ月が経過した。 帝都ミットラスの空気はすっかりと冷え込み、秋が深まって冬の足音がはっきりと聞こえる季節となっていた。
政府の中枢敷地に隣接するこの広大な高級邸宅にも、冷たい北風が吹き付けているが、室内は俺の硬質化能力で作った暖炉のおかげで、ポカポカと春の陽だまりのような暖かさに包まれている。
ユミルの体調は、あの騒動以来次第に順調に快復の兆しを見せ、今ではすっかり元の元気な姿を取り戻していた。
いや、元気になりすぎていると言っても過言ではない。
「お姉様、おかわり!」
ダイニングルームのテーブルで、ユミルが空になった大きな皿を両手で突き出し、目を輝かせながら元気な声を上げた。
彼女の食欲は、今や一般的な成人男性並み、あるいはそれを凌駕するほどの恐ろしいレベルにまで復活していたのだ。
俺が前世の知識と『道』の謎テクノロジーを駆使して作り上げた、デミグラスソースたっぷりのハンバーグやオムライスを、彼女はブラックホールの如き胃袋へと次々に吸い込んでいく。
(……そもそも、成人男性並みの食欲を見せること自体が異常なんだが、まぁそこは今更気にしても仕方ないか……)
俺は心の中でそっとツッコミを入れながら、彼女の食欲を満たすためにキッチンとダイニングを往復していた。
ユミルは、自身の肉体を『不老不死』に固定化する能力を適用しているため、どれだけ莫大なカロリーを摂取しても絶対に太ることはなく、この黄金比の美しい姿が崩れることはないのだ。
チート設定にも程があるが、彼女が美味しそうに俺の料理を食べてくれる姿を見るのは、特等席で眺める至福の癒やしでもあった。
そんな事を考えながら、「はいはい、ちょっと待ってね」と軽く一皿平らげた彼女の元気な声に応じるべく、皿を受け取ろうとしたその時だった。
タン、タン、タンッ
静かな邸宅の空気を震わせるように、玄関の分厚い木製扉に取り付けられたドアノッカーを叩く音が響いてきた。
俺は、キッチンで立ち働きながら、不思議に思って小首を傾げた。
(……こんな昼時に訪問者とは、珍しいな)
エルヴィン総司令やハンジさんからの緊急の伝令なら、もっと騒々しく駆け込んでくるはずだし、普段は対人立体機動部隊の精鋭たちが周囲を厳重に警備しているため、一般人がここまで入り込んでくることはあり得ない。
俺は、ユミルから受け取ろうとした皿の手を止め、エプロンの裾で軽く手を拭いながら、「はーい」と外に聞こえるように少し大きめの声を上げ、玄関へと向かった。
「今、開けますねー」
冷たい大理石の廊下を歩き、豪華な彫刻と装飾が施された重厚なドアノブに手をかける。
ゆっくりと、軋む音を立てないように扉を内側へと引き開けた。
そこに立っていたのは、秋の冷たい風に髪を揺らす、一人の見知らぬ人物だった。
「お久しぶりです、アトラスさん! お元気でしたか?」
鈴を転がすような、高く透き通った可憐な声。
パァッと花が綻ぶような、一点の曇りもない純粋な笑みを浮かべて俺を見上げているのは、非常に上等で仕立ての良い、上品なワンピースに身を包んだ謎の美少女だった。
背中のあたりまで伸びる、艶やかで美しいダークブラウンの髪。
そして、まるで新緑の森をそのまま閉じ込めたかのように、ぱっちりとした大きなエメラルドグリーンの瞳。
年齢は、おそらく十かそこらといったところだろうか。
俺は、そのあまりにも愛らしく、そしてどこか見覚えのあるような、しかし全く心当たりのない美少女の姿に、思わず困惑の表情を浮かべたまま口を半開きにしてしまった。
こんな貴族の令嬢のような女の子の知り合いはいないはずだ。
「えっと……お嬢ちゃんは誰かな? もしかして、迷子になっちゃった?」
俺は、目の前の少女を怖がらせないように、極力優しく、人の良い女神スマイルを浮かべながら、何とか言葉を絞り出して問いかけた。
すると、目の前の女の子は、自身のダークブラウンの髪を不思議そうに触りながら、ハッと何かを思い出したように、少しうっかりしたような愛らしい表情を浮かべて言葉を零した。
「あっ、そういえばちょっと見た目が変わってたんだった」
そして、彼女は両手を胸の前にちょこんと置き、その大きなエメラルドグリーンの瞳で俺を真っ直ぐに見据えながら、俺の脳髄を物理的に破壊するような、衝撃的な一言を放ったのだ。
「改めてお久しぶりです! エレン・イェーガーです!」
…………
……………………
………………………………
「はい?」
数秒、もしくは十数秒間の完全なるフリーズの間を開けて、俺の口から漏れたのは、限りなく知性を削ぎ落とされた、間抜けな風切り音のような言葉だけだった。
俺の脳内で、とてつもない速度でエラーとトライアンドエラーが繰り返され、処理落ち寸前の熱を帯びていくのが分かる。
確かに、目の前に立つこの可憐で絶世の美少女は、その桜色の可愛らしい口で、はっきりと『エレン・イェーガー』と名乗った。
エレン・イェーガー。
それは、原作の記憶において、将来壁外の人類の八割を無慈悲に踏み潰す、憎悪と復讐の化身たる大量虐殺者(ラスボス)としての壮大なフラグを背負っていた少年の名前だ。
俺とリーシェの介入(互いにクッキーをあーんし合う)によってその凄惨なフラグを完全にへし折られ、何をとち狂ったか、今や壁内で知らぬ者は居ないと言っても良いほどの有名人となった天才画家。
俺とリーシェ、そして時折ユミルが織りなす『究極の百合空間』を題材に、神がかった筆致で宗教画を描き殴り、帝都どころか国内全土の思想を百合で染め上げている天才百合絵師こと、エレン・イェーガー少年。
その、純粋で真っ直ぐな狂気を宿した彼が? 今、目の前に立つ、この仕立ての良いワンピースを着こなす可憐な美少女であると?
(……いや、そうはならんやろ……)
俺の脳の奥底から、かつて自身がTS受肉した時と全く同じ、魂からの突っ込みが木霊した。
どこからか『なっとるやろがい!』と、エセ関西弁の強烈なツッコミが幻聴として聞こえてきそうだった。
(いや、待てよ。もしかしたら、何処かの悪徳貴族だか商家の人間が、自身の娘をあの天才画家エレン少年だと名乗らせて、俺たち三柱の女神とのコネを作ろうと画策する、狂気の詐欺作戦やもしれん!)
俺は、目の前のこの超常的な現象よりはまだ現実味がありそうな、それでもどんぐりの背比べぐらいにはありえない苦しい仮説を必死に立て、何とか崩壊しそうな正気を保とうと足掻いた。
だが、その儚い希望は、続く声によって無残にも打ち砕かれることとなる。
「……ご無沙汰しております」 「久しぶり! アトラスちゃん、元気してた?」
見覚えのある、少し草臥れた表情の長身の男性と、日傘を差した穏やかで美しい女性。
そして、赤いマフラーを巻いた、黒髪の少女。
間違いなく、シガンシナ区で第二の家族のような関係を築いていた、グリシャさんとカルラさん、そしてミカサの本人らが、エレン少年(少女?)の後に続くようにして、邸宅の敷地へと足を踏み入れてきたのだ。
「……お、お久しぶりです……グリシャさん、カルラさん、ミカサちゃん……」
まるで、俺の現実逃避への無慈悲な答え合わせのようなタイミングで現れた彼らを前にして、俺は何とかギリギリのところで正気を保ちながら、掠れた言葉を捻り出した。
「あの……この娘は、一体……」
俺は、せめてもの無駄な足掻きとばかりに、本人たちに向けて最終確認の問いを投げかけた。
すると、グリシャさんは、現在のエルヴィン総司令と全く同じように、胃のあたりを力強く押さえながら、この世のすべての不条理を背負ったような苦笑いを浮かべて答えた。
「……先月辺りからです……朝、いつも通り家族で朝食を取ろうとした時には、既にこの姿に……」
疲労困憊で死んだ魚のような目をしたグリシャさんの告白。
それに続くように、カルラさんが、夫の絶望など全く意に介さない、弾けるような明るい笑顔で、ふふふと楽しそうに笑いながら報告してきた。
「なんだか、新しく可愛い娘が出来たみたいで、ついいろんなお洋服を着せ替えたり、女の子らしい振る舞いを教えたりしてたら、夢中になっちゃって。おかげで、帝都への引越しが少し遅れちゃったのよ。ふふふ」
息子の唐突な変異(TS美少女化)という、世界の理を揺るがす異常事態に対して、「新しい娘ができて着せ替えが楽しい」と何食わぬ顔で受け入れ、全力で楽しんでのけるカルラさん。
そのあまりにも強靭な母性という名の狂気に、俺は内心で激しく戦慄しつつ、改めて目の前に立つエレンの姿を視界に入れた。
「……?」
エレン少女(?)は、自分がどれほど周囲の常識を破壊しているかに全く無自覚な様子で、不思議そうにコトンと小首を傾げ、純粋で愛らしい微笑みを俺に向けている。
その、計算されていない天然の可愛らしさと、仕立ての良いワンピースが織りなす圧倒的な美少女オーラは、間違いなく本物だった。
俺は、この不可解なTSバグの連鎖という異常事態について、深く考える事を完全に停止した。
考えるだけ無駄だ。俺自身が巨大なバグの塊なのだから、周囲にまでその影響(バグ)が伝染してしまったと解釈するしかない。
「……立ち話もなんですから、どうぞ中へ。温かい紅茶を淹れますね」
俺は、もはや悟りを開いた僧侶のような、すべてを受け入れる女神の微笑みを顔面に張り付け、イェーガー一家を暖かな邸宅のリビングへと迎え入れるのだった。
(……エルヴィン総司令に、この事態を何て報告すれば良いんだろう……)
『歩く終末兵器』に続き、今度は『天才百合絵師の少年が超絶美少女に変異しました』などと報告書を上げれば、間違いなく彼は発狂するだろう。
今頃、帝国の更なる発展と巨大な壁の解体プロジェクトの事後処理の為、冷えた執務室で大量の胃薬を噛み砕いているであろう金髪の苦労人に向け。
俺は、心の底からの同情と哀愁の念を、遠い冬の空へと密かに送るのだった。
TS超絶美少女天才百合絵師原作主人公爆誕