進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
「えっと……グリシャさん……改めてお聞きしますが……あの娘がエレンくん……? ちゃん? で間違いないでしょうか……」
俺は、静寂よりも騒がしい広大なリビングの端で、深い、ひどく深い溜息を飲み込みながら、目の前のグリシャさんに向けて再確認の言葉を投げかけた。
彼と向かい合うように座っている俺の心境は、未だに目の前で起きている超常現象という名のバグを受け入れきれずにいた。
「ええ、間違いありません……彼……彼女は、紛うことなき私の息子……? 娘? です……」
グリシャさんは、額に滲む汗を拭うことも忘れ、ひどく疲労困憊した様子でそう答えた。
彼のエメラルドグリーンの瞳には、長年医者として培ってきた医学的常識と、目の前の現実との凄まじいギャップに対する混乱が渦巻いている。
自身の子供の在り方について、彼がその定義にどれほど四苦八苦しているかは、その言葉の詰まり具合から痛いほどによく分かった。
視線を部屋の中央へ向ければ、そこには、まさに目を疑うような、華やかで、しかしカオス極まる光景が広がっていた。
俺の愛する二人──人類最強の鬼神であるリーシェと、二千年の歴史を司る現世に受肉した始祖ユミル、そしてシガンシナ区の家族であるカルラさんとミカサちゃんが、一人の可憐な美少女を囲んで熱狂的な『着せ替え人形の会』を開催しているのだ。
「まあ、このフリルのついたブラウスもよく似合うわね! エレン、ちょっとターンしてみてちょうだい」
「本当に! うちの子がこんなに可愛くなるなんて、お母さん夢みたいだわ! ミカサ、そこのリボンを取ってくれる?」
「……はい。エレン、とても綺麗」
「お姉様の世界の服も着せてみよっか! 絶対似合うよー!」
彼女たちの中心にいるのは、艶やかなダークブラウンの髪を揺らし、仕立ての良いワンピースやブラウスを次々と当てがわれている。ぱっと見、齢十かそこらの絶世の美少女。
あの、将来壁外の人類の八割を踏み鳴らす大量虐殺者としてのフラグを背負っていたはずの、エレン・イェーガーである。
(……なんであの二人(リーシェとユミル)は当たり前の様に順応してんだよ……)
俺は、手元のティーカップから立ち昇る紅茶の湯気を見つめながら、内心で盛大なツッコミを入れた。
玄関先でこの美少女化したエレンと遭遇した時、俺は処理落ち寸前にまで追い込まれたというのに。
リーシェに至っては、一目見た瞬間に『あら、エレンじゃない。凄く愛らしい姿になったわね』と、一切の動揺もなく正体を見破り、まるで髪を切ったかのような軽いトーンで受け入れたのだ。
ユミルもユミルで、『え!? 誰この美少女!? かーわーいーいー! え!? エレンくんなの!? いや、今はエレンちゃんか〜!』と、ドッキリ番組の仕掛け人に対して百点満点のリアクションを取りつつ、秒でその状況に適応してしまった。
かくして、この広いリビングの中は、常識をかなぐり捨てて適応できた者たち(女性陣)と、適応できずに困惑のどん底に取り残された者たち(俺とグリシャさん)とで、完全に分断されているという訳である。
いくら俺が『比類なき超絶美少女ボディ』へのTS受肉という前例があるとはいえ、彼女たちの様にそう易々と順応することは出来ない。
「あの、エレン……ちゃんは、辛く無さそうですか? 何か不都合があれば、すぐにでもこちらで何か対策を──────」
俺は、グリシャさんに向けて、真剣な眼差しで問いかけた。
本来であれば、肉体と精神の性別の乖離というのは、本人のアイデンティティに致命的な負担を強いるはずなのだ。
前世でも、それによって若くして自ら命を絶ったという事例は少なくない。
振る舞いや装いだけでカバーできない絶対的な区分が、本人の精神を深く蝕んでしまう。
エレンが突然TS化した時期を考えると、大方、ユミルが体調不良で床に伏している間に、彼女が自身の『道』の供給口を絞り込んだことによるシステムエラーか、何らかの致命的なバグの波及が原因なのだろう。
あの時、ユミルは『ハッピーエンド確定だよ!』などと不穏なフラグを無邪気に立てていたが、まさかこんな形で回収してくるとは思いもしなかった。
兎にも角にも、俺の心配に満ちた言葉を受け、グリシャさんは難しい顔をしながら言葉を捻り出そうとしていた。
しかし、その瞳には、すべてを受け入れた僧侶のような、不思議な決意の光が宿っていた。
「私も最初は、あの子が辛くないか、自身の身体の変化に嫌な思いをしていないだろうかと心配していました。もし辛そうであれば、直ぐに新政府を通じて、相談に向かおうと考えていたのです」
グリシャさんはそう言って、リビングの中央でわちゃわちゃと楽しそうにしている集団──特に、様々な衣装を身に纏いながら目を輝かせているエレンに向けて、父親らしい、優しくもどこか諦観の混じった微笑みを浮かべながら話を続けた。
「ですが、あの子は今の様に増々生き生きとした表情で、『これでアトラスさんたちが織りなす百合の表現の解像度に、増々磨きがかかる! 女性の身体構造を身をもって理解できるなんて最高だ!』と、極めて前向きに捉えている様で……」
(……天才百合絵師としての業が深すぎるだろ……!まさか自身もコンテンツの一種として消費しようというのか!?)
俺は、エレンのその斜め上を行く狂気的なポジティブさに、頭を抱えたくなった。
「カルラも、その様子に進んで協力する様になりました。所作や立ち居振る舞い、髪の手入れ等、母親として教えられることをみるみる吸収していくエレンに、妻は心から幸せそうにしているのです。ミカサも、エレンが変わったことで、より一層護衛とスキンシップに熱が入っていますし」
グリシャさんは、ふぅっと深く長い息を吐き出した。
「私はただ、困惑しているのです。……これ程の幸せを享受しても良いのかと」
彼の声が、急に一段と低く、沈み込むようなトーンに変わった。
「時折考えるんです。アトラスさんがいなければ、今頃私は、あの地下礼拝堂で罪のないレイス家の子供たちを惨殺し、妻のカルラはこの世には存在せず、あの子は巨人を一匹残らず駆逐する復讐鬼として、血塗られた道を突き進んでいたのだろうと」
その言葉に、俺はハッとした。 そうか。
彼は、俺達の介入によって書き換えられた運命と、本来自分が辿る筈だった残酷な未来の記憶との間で、激しいギャップに苦しんでいるのだ。
自身がフリーダを食い殺し、幼いエレンに己を食わせるという、あまりにも重すぎる業。
それが取り払われ、寿命の呪いからも解放された今、彼の手にあるのは、絵画に没頭する息子(娘)と、笑顔の絶えない妻、そして平和な日常だ。
彼の生来切っての真面目で責任感の強い気質が、その「本来あるべきだった罰」を受けずに幸福を享受していることへの、強い罪悪感と不安を引き起こしているのだろう。
俺も、彼程真面目ではないが、その気持ちはよく分かる。
今あるこの幸せで、少しカオスだけれど平和な日常が、もし突如として崩れてしまったら。
マーレの脅威や、世界の理不尽が再び牙を剥き、この穏やかな時間が砂の城のように崩れ去ってしまったら。
そんな嫌な想像が、頭を離れない夜が何度もあった。
でも、そういう時、いつも俺の傍に、あの二人がいた。
「ふふっ……」
俺の口から、無意識のうちに小さな笑い声が漏れた。
もし俺が、そんな不安に押し潰されそうになって、二人に弱々しく甘えたりなんかした日には。
リーシェは『私が世界のすべてを切り刻んであげるから、安心して』と狂気的なまでの愛を囁きながら俺を抱きしめてくれるだろうし。
ユミルは『お姉様の敵は、私が巨人になって全部更地にしてあげる!』と、神様らしからぬ物理的な殲滅を提案しながら俺の首筋にすり寄ってくるだろう。
その、重すぎる愛情とヤンデレ気質に振り回される日々を思い出し、俺の心の中にあった微かな不安は、春の雪解けのように温かく溶け去っていった。
「幸せ過ぎて辛いというものですね。贅沢な悩みではありますが……そうですねー」
俺は、ティーカップをソーサーにコトリと置き、考える振りをしながら、態とらしく人差し指を白い頬に当てて、彼に向けて一つ提案をしてみた。
「エレンちゃんを、思いっきり褒めちぎってあげてはどうですか? 『今日は一段と可愛いな』とか、『その服、すごくよく似合ってるよ』だったり。……きっと、すごく喜びますよ!」
俺が熱烈に、そして少し突拍子もないぶっ飛んだ提案をすると、グリシャさんは少し思案する様に顎に手を当てた。
そして、何かを決意したかのように、おもむろに席を立ち、リビングの中央の女性陣の輪へと向かってゆっくりと歩き出した。
近付いてくるグリシャさんの姿に、リーシェやユミル、カルラさんたちが手を止め、何事かと視線を彼に向ける。
「あら、あなた。どうかしたの?」
不思議そうに首を傾げるカルラさんの言葉を他所に、グリシャさんは、様々なフリルがあしらわれたブラウスを着せられ、少し恥ずかしそうに、しかし満更でもない笑みを浮かべるエレンの前に立った。
彼は静かに片膝を付くと、そっと、その大きく温かい手をエレンの頭に乗せ、艶やかなダークブラウンの髪を、慈しむようにゆっくりと撫でた。
そして、一言。
「─────エレン。お前は……世界で一番可愛い、私の自慢の子だ」
目尻に光る涙を溜めながら、万感の思いを込めて、深く、そして力強く告げられたその言葉。
過去の凄惨な記憶の呪縛から解き放たれ、ただ一人の父親として、目の前の我が子への無償の愛を真っ直ぐに伝えた瞬間だった。
その一言に、周囲を囲むカルラさんもミカサちゃんも、そしてリーシェやユミルでさえも、ハッとした後に、とても柔らかく、微笑ましい表情を浮かべた。
対して、父親からの特大の褒め言葉を真正面から浴びたエレン少女は。
「えっ……あ、あの……と、父さん……!?」
ボフンッ! と音が鳴りそうな程に、顔の輪郭から耳の先までを一瞬にして真っ赤に茹で上げ、あわあわと声にならない声で情けなく口をぱくぱくさせていた。
そのあまりにも可愛らしく、そして平和で愛に溢れた光景。
俺は、その甘々な家族のやり取りを最高の肴にしながら、淹れたてのストレートティーを一口、静かに含むのだった。
とりあえず一区切りという事で、質問コーナー第二弾のリンク貼っときますね(*^^*)
個人情報以外なら『何でも』答えます。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=342496&uid=510753