進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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楽園の目覚め
第二百八話


 

 

847年9月下旬

 

 

パラディ島南部に位置する、境界線という名の絶望の果て。

 

 

波がコンクリートの堤防に打ち付け、冷たく重い潮の匂いを含んだ風が、灰色の空の下を吹き抜けている。

 

 

必要最低限の機能しか備えていない無骨な桟橋の先には、漆黒の船体を揺らすマーレ軍の蒸気船が停泊していた。

 

 

ここはパラディ港。

 

 

世界から「悪魔の末裔」と忌み嫌われるエルディア人たちが、最後に人間の姿で立つことを許される、地獄の入り口である。

 

 

「さっさと並べぇ!!!」

 

 

海風を切り裂くように、マーレ軍の指揮官の怒号が響き渡った。

 

 

その声に反応し、コンクリートの冷たい地面に無造作に引きずり出された数十人のエルディア人たちが、ビクンと肩を跳ねさせて身を縮こまらせる。

 

 

彼らは皆、後ろ手に固く縛られ、視界を奪う粗末な目隠しを布で巻かれていた。

 

 

その顔は恐怖と絶望で土気色に染まり、ガタガタと歯の根を合わさずに震えている。

 

 

「嫌だ! 嫌だぁ……っ!」

 

 

口々に命乞いを叫び、泥に塗れた地面に顔を擦り付けて懇願する者もいる。

 

 

だが、彼らを冷酷な目で見下ろすマーレ兵たちの心には、一欠片の同情も存在しない。

 

 

彼らにとって、足元で泣き喚くエルディア人など、駆除されるべき害獣か、あるいはただの使い捨ての兵器でしかないのだ。

 

 

「立て。そして歩け」

 

 

マーレ兵は、震えるエルディア人の首根っこを掴んで強引に立たせると、そのまま高さ30メートルはある切り立った堤防の縁へと引きずっていく。

 

 

そして、背後に立ち、不気味に濁った液体──巨人の『脊髄液』で満たされた注射器を、容赦なく彼らの首元へと突き立てた。

 

 

「ヒッ……ァ……!」

 

 

脊髄液が体内に注入される嫌な感触に、エルディア人の身体が痙攣を起こす。

 

 

注射を終えたマーレ兵は、まるでゴミでも捨てるかのような手つきで、その背中をポンと無造作に突き飛ばした。

 

 

「あ、あああぁぁぁぁぁぁッ────!!」

 

 

目隠しをされたまま、30メートルの高空から真っ逆さまに落下していくエルディア人。

 

 

その絶望の悲鳴が海風に溶けるか溶けないかの刹那。

 

 

──────キィィィィィンッ!!!

 

 

空間を、世界そのものを劈くような、鼓膜を破壊する甲高い破裂音が轟いた。

 

 

空中で落下していく人間の身体を起点として、目も眩むような強烈な金色の閃光が弾け飛ぶ。

 

 

 

周囲の空気が一瞬にして膨張し、爆風となってコンクリートの堤防を叩きつけた。

 

 

「オオオオオオオッ!!」

 

 

爆炎と凄まじい熱量を帯びた白い蒸気の中から、それは姿を現した。

 

 

人間の皮を引き伸ばし、醜悪に膨張させたかのような異形の肉体。

 

 

異常に大きな頭部、アンバランスに歪んだ顔のパーツ、そして重力に逆らうように細長く伸びた手足。

 

 

体長およそ7メートルの小太りな男性型。知性など欠片も感じられない、虚ろな目とだらしなく開かれた口を持つ『無垢の巨人』である。

 

 

着地の衝撃で大地を揺らしたその巨人は、自らがかつて人間であった記憶などとうの昔に消し飛び、ただ本能のままに、フラフラと北の方角──三重の壁があった内陸へと向かって歩き始めた。

 

 

「次だ。さっさと片付けろ」

 

 

指揮官の冷淡な声に合わせ、次々と悲鳴が上がり、注射器が突き立てられ、人々が堤防から突き落とされていく。

 

 

閃光、爆発、蒸気、そして異形の誕生。

 

 

そのおぞましい光景の連続を、マーレ兵たちはまるで工場の流れ作業でもこなすかのように、ただ淡々と処理していく。

 

 

 

誰一人として、新たに生まれ、内陸へと歩き出す無垢の巨人たちに背を向けて見向きもしない。

 

 

彼らの視線はすでに、自身の仕事を終えて桟橋に停泊する帰還用の蒸気船へと向けられていた。

 

 

これが、マーレの日常。 これが、悪魔の末裔たるエルディア人に与えられた扱いの真実。

 

 

圧倒的な理不尽と、血の通わない絶対的な差別。

 

 

神のごとき力で因果がねじ曲げられ、カオスで平和な百合空間が展開されている壁内の情勢とは全く無縁の、残酷で血生臭い『進撃の巨人』の世界の本来の姿が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

一方、パラディ港に停泊するマーレ軍の蒸気船の内部。

 

 

波の揺れに合わせて微かに軋む船体の音に混じり、艦橋に隣接する薄暗い通信室では、ただならぬ緊迫感が渦巻いていた。

 

 

「……提督。ありえない事が……起こっています……」

 

 

通信機から伸びる無数のケーブルと、複雑に並ぶ計器類を前にして。

 

 

ヘッドホンを片耳に当てた通信士が、顔面を紙のように蒼白にさせ、震える声で背後に立つ男を振り返った。

 

 

彼の目は、信じられないものを見るように、メーターの針の異常な振れ幅に何度も釘付けになっている。

 

 

「どういう意味だ?」

 

 

豪華な軍服に身を包み、威圧的な空気を纏うマーレ軍の提督が、怪訝な表情で通信士を問い質した。

 

 

「……パラディ島の、内陸から……微弱ではありますが、確かに『電波』が……ここまで届いてきています……!」

 

 

 

──────ガタッ!

 

 

 

提督が思わず身を乗り出し、軍靴の踵が金属の床を激しく叩く音を立てた。 彼の顔に、明確な驚愕と否定の色が浮かび上がる。

 

 

 

「馬鹿な! 奴らは自ら文明の発展を縛り、百年前に逃げ込んだきりの、植民地以下の原始的な文明しか持たぬはずだ! 何かの計器類の不具合ではないのか!?」

 

 

電波通信技術。 それは、マーレのような世界を牛耳る近代国家においてすら、軍事や国家運営の根幹を成す最先端の技術である。

 

 

壁という鳥籠に引きこもり、巨人の恐怖に怯えて暮らすだけのパラディ島の悪魔どもが、自力でそのような通信技術を開発・運用するなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。

 

 

「ええ! ですから、私も最初はそう疑い、何度も予備の部品と取り替えて確認をしているんです! でも、結果は変わりませんでした! 断続的ですが、確かに人工的な電波が……壁のある方角から発信されています!」

 

 

通信士の悲痛な報告が、狭い通信室の空気を凍りつかせた。

 

 

「────なっ!」

 

 

提督の額に、じわりと冷たい汗が滲み出した。

 

 

彼の長年培ってきた軍人としての経験と、マーレの持つ情報が、脳内で激しく衝突し、最悪の予想をシミュレートし始める。

 

 

(……奴らが、自力で技術を発展させるのは不可能に近い。外部からの技術介入がない限り、絶対にあり得ない事だ。

……まさか! 我々がパラディ島に送った『戦士』たちが、裏切ったというのか!?)

 

 

提督の脳裏に、二年前に「始祖奪還計画」の命を帯びてこの島へと送り出された、四人の若き戦士たちの顔がよぎる。

 

 

実際には、彼らのうち顎の継承者は道中で不運にも無垢の巨人に捕食され、残る三人はシガンシナ区の壁を破壊する直前、理外の特異点であるアトラスによってコンマ数秒で完全に無力化されていたのだが。

 

 

 

そして、アトラスのハッキングによって『ユミルの呪い』を解かれ、エルヴィン・スミスとの密約を経て、現在は壁内の訓練兵団にて正体を隠したまま、一時の平和な日常を享受している。

 

 

さらには、壁内の新エルディア帝国は、ハンジ・ゾエとアルミン・アルレルトの類稀なる頭脳によって、旧王政が隠蔽していた文献から『無線通信』の技術を掘り起こし、すでに大規模な実証実験の段階に入っているのだ。

 

 

だが、そのような真実など、海の向こうのマーレ軍が知る由もない。

 

 

(『超大型巨人』、『鎧の巨人』、『女型の巨人』、そして『顎の巨人』を継承する戦士四人組は、マーレの徹底した洗脳教育を受け、あの島の悪魔どもを根絶やしにするという明確な意志と使命感を持って送り出されたはずだ。祖国に残した家族という人質もある。裏切る理由がない……)

 

 

提督は奥歯を強く噛み締めた。

 

 

とは言え、百年続いた悪魔の楽園が、今更長きに渡る眠りから目覚め、技術革新を起こしたとは到底考えにくい。

 

 

故に、この異常な電波の発信源は、外部要因である『戦士たち』、あるいは他国の何者かが干渉していると疑うのが必然といっても良かった。

 

 

見えない敵、見えない変化が、あの不気味な壁の中で確実に進行している。

 

 

提督は、背筋を這い上がるような得体の知れない恐怖を振り払うように、腹の底から怒号を上げた。

 

 

「帰還次第、急ぎ本部にこの事実を報告するのだ!!!」

 

 

「はっ!」

 

 

提督は通信室を飛び出し、艦橋へと向かった。

 

 

分厚いガラス窓越しに、秋の灰色の空の下、波打つ海とコンクリートの堤防、そしてその向こうに広がるパラディ島の内陸を、額に冷たい汗を滲ませながら鋭く見据える。

 

 

 

彼の背後で控えるマーレ兵たちもまた、只ならぬ焦燥と怒声を感じ取り、今までただの害獣の隔離施設だと見下していたこの島から漂ってくる『未知の脅威』に、最悪の予感を感じながら無意識のうちに肩を震わせるのだった。

 

 

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