進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第二百九話

 

 

847年9月下旬

 

 

海の向こうの大国、マーレの首都。

 

 

その中枢に位置する軍参謀本部の奥深くには、分厚い防音扉に閉ざされた最高機密の会議室が存在する。

 

 

ここは、広大な植民地の統治状況や、世界を股にかける軍全体の方針決定、ひいては国家の命運を左右する重大な国家方針にまで踏み込んだ密談が行われる、まさにマーレの心臓部であった。

 

 

部屋の中央には巨大な世界地図が広げられた円卓が鎮座し、その周囲を、胸に数え切れないほどの勲章をぶら下げた軍部の支配者層──マーレ人の高官たちが囲んでいる。

 

 

彼らの手元から立ち昇る高級葉巻の紫煙が、部屋の空気を重く、そして淀んだものにしていた。

 

 

「──────であるからして、化石燃料の乏しい我が国において、半島に位置する資源地帯の確保は、今後の国家運営において必須にして急務である」

 

 

仰々しい軍服に身を包んだ初老の男が、指揮棒で地図の一点を叩きながら、傲慢さを隠しきれない声で報告を締めくくった。

 

 

半島の資源地帯。

 

 

そこは、長年マーレと敵対関係にある『中東連合』が直接支配する豊かな土地だ。

 

 

巨人の力を絶対的な武力として世界に君臨してきたマーレだが、近代兵器の発展が著しい昨今、軍艦や飛行船を動かすための化石燃料の確保は、大国の維持にとって死活問題となっていた。

 

 

本来の歴史──史実の『進撃の巨人』の世界線においても、この中東連合の資源地帯を巡って、マーレは約四年間という血みどろの壮絶な戦争を繰り広げる運命にあった。

 

 

無垢の巨人を空から降らし、知性巨人を前線に投入する地獄の泥沼。

 

 

この世界においても、その歴史の奔流は予定調和の如く、血生臭い未来へと突き進んでいく。

 

 

誰もがそう信じて疑わなかった。

 

 

彼らマーレの上層部も、巨人の力で中東連合をねじ伏せる算段を立て、余裕の笑みを浮かべていた。

 

 

その、筈だった。

 

 

──────バンッ!!!

 

 

 

突如として。 会議室の淀んだ、そして傲慢な空気を物理的に切り裂くように、重厚なオーク材の扉が激しい音を立てて開け放たれた。

 

 

「な、何事だ貴様! 会議中だぞ!!」

 

 

激怒する高官たちの視線の先。

 

 

そこには、軍服を汗と乱れた呼吸でぐしゃぐしゃにし、顔面を土気色に蒼白にさせた伝令兵が、今にもその場に倒れ込みそうな様子で立ち尽くしていた。

 

 

「た、大変です!!! パラディ港にて監視船より、緊急の暗号通信が!!」

 

 

伝令兵は、引き攣る喉から悲鳴のような声を絞り出した。

 

 

「島の内陸方向から……微弱ではありますが、確かに『人工的な電波』を受信したとの報告が上がりました!!!」

 

 

「「「─────────ッ!?」」」

 

 

その瞬間。 会議室の豪奢な椅子に深く腰掛けていた上層部の男たちの間に、雷に打たれたような激震が走った。

 

 

一瞬の静寂の後、それは即座に狂乱へと変わった。

 

 

「ば、馬鹿な! 島の悪魔共が、電波をだと……!? そんな事、あるはずがない! 何かの計器の不具合か、間違いではないのか!?」

 

 

「そうだ! 奴らは百年前から壁の中に引きこもり、自ら文明の発展を縛っている、植民地以下の原始的な土人共の筈だぞ!!」

 

 

「事実だとすれば由々しき事態だ! 今すぐ総力を挙げて島へ攻め入るべきだ!!! 奴らがこれ以上の力を付け、世界に牙を剥く前に、何としてでも根絶やしにせねば!!」

 

 

 

「馬鹿を言うな! 下手に軍を動かして刺激し、かのフリッツ王が遺した『地鳴らし』のトリガーを引かれてみろ! マーレだけじゃない……世界そのものが幾千万の巨人に踏み潰されて滅ぶんだぞ!」

 

 

 

「では、このまま指をくわえて見過ごすというのか!? かつてのエルディア帝国の悪夢、あの血塗られた時代の再来を待つと!?」

 

 

 

「そうは言っていない! ここは一先ず、慎重に様子を伺って──────」

 

 

カオス。 まさしく、完全なるカオスであった。

 

 

ほんの数分前まで、中東連合をいかにして巨人の力で蹂躙するかと高みの見物を決め込んでいた男たちが。

 

 

たった一人の伝令兵のもたらした「電波」という二文字だけで、顔を真っ赤にして唾を飛ばし合い、あるいは青ざめてガタガタと震えながら、互いの保身と恐怖をぶつけ合っている。

 

 

 

長年、彼らの優越感の根底にあった『パラディ島は文明から取り残された無知な悪魔の巣窟である』という大前提が、音を立てて崩れ去ったのだ。

 

 

 

未知の脅威を前にして、世界を牛耳る支配者層の仮面は、いとも容易く剥がれ落ちた。

 

 

そんな、怒号と雑言が飛び交う醜い狂乱の中で。

 

 

「……待て。落ち着け、貴様ら」

 

 

長机の最奥に座っていた、軍の最重鎮である元帥が、低く、腹の底に響くような声で一言を発した。

 

 

その声に、喧騒が水を打ったように静まる。

 

 

元帥は、自身の額に滲む冷や汗をハンカチで拭うこともせず、血走った目で会議室の面々を見渡し、最も恐ろしく、最も核心を突いた疑問を投げかけた。

 

 

「我々が島へ送った戦士隊……『始祖奪還』の命を帯びたあの四人は、一体何をしているのだ?」

 

 

静まり返る、会議室。

 

 

そう。 二年前に、このマーレから海を渡らせた、まだ十代の若き戦士たち。

 

 

『超大型巨人』、『鎧の巨人』、『女型の巨人』、そして『顎の巨人』を継承した、マーレが誇る最高戦力の結晶。

 

 

「そ、そうだ……。彼らは、一体島で何をしているんだ。あれからもう、二年が経った。……本来の計画であれば、そろそろ始祖の巨人を奪還して帰還していても可笑しくはない時期ではないか?」

 

 

一人の幹部が、震える声で希望的観測を口にする。

 

 

だが、その希望は、別の男の極めて現実的で冷酷な一言によって無残に打ち砕かれた。

 

 

「まさか…………彼らは、裏切ったのか?」

 

 

──────っ!?

 

 

その言葉が落ちた瞬間、会議室の温度が物理的に数度下がったかのような錯覚に陥った。

 

 

全員の顔から、さらに血の気が引いていく。

 

 

すると、先程まで入り口で立ち尽くしていた伝令兵が、重苦しい空気に耐えかねたように一歩前に進み出た。

 

 

「……現場のパラディ港に居た提督も、通信の中で同じような結論を出しています……」

 

 

伝令兵は、手元の報告書を震える手で握り締めながら、絶望の推測を読み上げた。

 

 

「……『島の悪魔達が、百年間の空白を埋めて自力で電波通信の技術発展に至るのは、事実上不可能に近い。考えられるとすれば、外部からの知識と技術の流入。……つまり、我々が送り出した戦士隊四名が何らかの理由で島側に寝返り、マーレの技術を供与したと考えるのが自然である』……と」

 

 

 

会議室を支配する空気は、最早完全な『お通夜状態』であった。

 

 

 

この仮定が意味すること。

 

 

 

それは、始祖奪還作戦が失敗したという生易しいものではない。

 

 

 

マーレが世界を支配するための絶対的な軍事力である『九つの巨人』のうち、実に四体もの知性巨人が、最大の敵であるパラディ島側に寝返ったということである。

 

 

もしこれが事実であれば、マーレの軍事バランスは一瞬にして崩壊する。

 

 

建国史上、類を見ない大失態。

 

 

国家への反逆。

 

 

そして、世界に対する抑止力の完全な喪失。

 

 

「ま、まだ……そうだとは確定していない……!」

 

 

一人の幹部が、藁にもすがるような思いで声を振り絞った。

 

 

「そうだ、まだ推測の域を出ていない! 直ちに調査隊を派遣するんだ。壁内に密かに潜入し、奴らの文明の発展状況を含め、戦士隊との接触を図る。

もし彼らが任務を継続し、何らかの理由で潜伏を余儀なくされているだけなら、そのまま支援して任務を続行させる。

……だが、もし本当に裏切っているのなら、レベリオ収容区に残してきた彼らの『家族』を人質に取り、降伏と帰還を迫る交渉のカードとする……! 我々に残された道は、もうこれしかない……!」

 

 

苦し紛れの、しかし現状で取り得る唯一の現実的な打開策。

 

 

だが、その提案には、すぐに致命的な問題が突きつけられた。

 

 

「……調査隊を送るとしてだ。一体、誰を向かわせるのだ?」

 

 

通常の兵士では、島を取り囲む無垢の巨人の群れを突破することすらできない。

 

 

「……これは極めて危険な賭けだが。戦士長であるジークと、その補佐としてピークを向かわせよう」

 

 

元帥のその重々しい決断に、会議室から悲鳴のような反発が上がった。

 

 

「は、はぁ!? ジークとピークをだと!? 『獣』と『車力』まで島に送るというのか!?」

 

 

「狂気の沙汰だ! もしその二人まで島で消息を絶ち、我々が失うようなことになれば、マーレは完全に巨人戦力という優位性を喪う事になるんだぞ!? 中東連合どころか、世界中から一斉に牙を剥かれる!」

 

 

 

「分かっている」

 

 

 

元帥が、淡々と、しかし拳を血が滲む程強く握り締めながら、言葉を続ける。

 

 

 

「しかし、この二人なくして、無垢の巨人が跋扈する島への隠密潜入と任務遂行は不可能だ。我々が『楽園送り』と称して、長年あの島へ送り込んだ数え切れないほどのエルディア人が、今や無垢の巨人となって島を幾重にも取り囲む強固な防壁となっている」

 

 

元帥は、額の血管を浮き上がらせながら、最悪のシナリオを突きつけた。

 

 

「もし、巨人の力に頼らず通常兵器だけであの島を突破しようとすれば、軍隊規模の膨大な兵力と艦隊が必要になる。

そうなれば、秘密裏の潜入など不可能だ。最悪の場合、我々の行動が敵対行動と見なされ、奴らとの『全面戦争』に繋がりかねん……」

 

 

元帥の声が、恐怖で微かに震えた。

 

 

「考えてもみろ。……もし、奴らが電波通信だけでなく、海を渡る『艦船の技術』まで既に手に入れていたとしたら? 我々が手を出した瞬間、逆上陸してきて……このマーレ大陸は、一夜にして火の海だ」

 

 

詰み。 正に、完全なる詰みであった。

 

 

その絶望的なまでのシミュレーションが、彼ら上層部の脳内を駆け巡る。

 

 

彼らは長年、パラディ島を『悪魔の隔離施設』として見下し、自分たちが世界の支配者であると信じて疑わなかった。

 

 

だが現実には、自分たちは眠れる巨大な竜の檻の前に立ち、その竜がいつ目覚めて炎を吐くかと怯える、ただの無力な存在に過ぎなかったのだ。

 

 

「…………分かった……」

 

 

反発していた幹部の一人が、力なく椅子に深く沈み込み、うわ言のように呟いた。

 

 

「皆も、相違ないな?」

 

 

元帥の確認に。 会議室にいるすべての男たちが、一様に土気色に染まった苦渋の表情を浮かべながら、静かに、そして重々しく首肯した。

 

 

「……では、本件は極秘裏に行うものとする。 パラディ島からの電波受信、および戦士隊の裏切りの疑惑。

……これが諸外国に知れ渡ってしまえば、我々マーレは瞬く間に対外的な優位の地位を失い、植民地では独立の反乱が勃発し、鎮圧に追われて内部から完全に瓦解することとなる」

 

 

元帥は、立ち上がり、最後に重い宣告を下した。

 

 

「これは国家の存亡を賭けた、決して失敗出来ない作戦だ。……ジークとピークの出立の準備を急がせろ」

 

 

その言葉を皮切りに、マーレの運命を分かつ、絶望に満ちた会議は幕を閉じた。

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

パラディ島の内陸から発せられた、微弱な電波。

 

 

 

その島からの電波が引き起こした、マーレ軍上層部の壮大な勘違いと恐怖の連鎖によって。

 

 

 

史実の歴史よりも数年早く、戦士長ジークとピークの二人が、パラディ島へと上陸することが決定してしまったのである。

 

 

 

地鳴らしの恐怖に怯え、裏切った戦士たちを説得するという悲壮な覚悟を胸に海を渡る彼ら。

 

 

しかし、その島で彼らを待ち受けているのは、おぞましい悪魔の軍勢などではない。

 

 

 

果たして、マーレが誇る冷徹な戦士長たちは、狂気と平和が入り混じる理外の光景を目の当たりにして、己の精神を正常に保つことができるのだろうか。

 

 

 

因果の歯車はまた一つ、予測不能なバグに向けて大きく回り始めていた。

 

 

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