進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
俺が見据える、約1キロメートル程離れた先。
そこでは、土煙が晴れゆく秋の平原のど真ん中で、マーレが誇る知性巨人の継承者であるピークとジーク、そして十数人のマーレ兵たちが、我らが帝国特務兵団の精鋭部隊によって完全に武装解除され、捕虜として地面に跪かされている姿が視界に入っていた。
『…………』
俺は、自身の視界の高さを保っている15メートル級の巨人体──その青白い硬質化結晶で完全に覆われた右拳を、ゆっくりと目の前まで持ち上げた。 シュウウウゥゥゥ……と。
大気を叩き割った摩擦熱と、破壊の余波によって、巨大な拳の表面からは尋常ではない量の超高温の蒸気が立ち昇っている。
(……力加減、難しいなぁ……)
俺は、冷や汗を流す機能が巨人体に備わっていないことをこれほど感謝したことはないと思いながら、内心で深く、深々とため息をついた。
つい先程、マーレの戦士たちにこのパラディ島の『圧倒的な力』と『絶対に越えられない次元の違い』を見せつけ、一切の抵抗の意志をへし折るために行った、本作戦最大のデモンストレーション。
俺の役割は、彼らの正面に立ち、ただ一発、地面に向けて拳を叩き込むことだった。
念の為、彼らが乗っていた車力の巨人からは1キロメートル程の十分な距離を置き、余波で彼らが死んでしまわないように細心の注意を払ったのだ。
そして、俺の感覚としては『結構軽めに、ちょっとしたジャブ』くらいの気持ちで地面を叩き付けたつもりだったのだが。
結果として、俺の拳が触れた大地は、まるで薄いガラス細工のように一瞬にして粉砕され、周囲数百メートルに渡って巨大なすり鉢状のクレーターを生み出してしまったのである。
(……これじゃあ、ちょっとした災害じゃねぇか……。1キロ離れててこれなら、もう少し近かったら爆風で木の葉みたいに吹き飛んで死んでたぞ……)
自身の持つ、物理法則を完全に無視したバグじみた化け物具合に、俺は内心で激しく戦慄し、戦々恐々としていた。
やはり、この15メートルの鋼の巨体と無限のエネルギーを、一切の被害を出さずにコントロールするのは至難の業だ。
俺は、遠くで完全に死んだ魚の目をしているジークやマガト隊長たちの姿を視認しながら、この『マーレ戦士捕獲作戦』を立案し、実行に移すに至った経緯を、頭の片隅で静かに思い返していた。
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時は少し遡り、一週間前。 847年10月13日。
帝都ミットラスの、政府中枢敷地に隣接する広大な高級邸宅。
シガンシナ区ののどかな一軒家からこの帝都のど真ん中へと移り住んでから、早いものでもう一年という月日が流れていた。
最初は、周囲を対人立体機動部隊の精鋭たちに囲まれ、政府の要人ばかりが住むこの環境に息苦しさを感じていた俺たちだったが。
最近では、警備の目を上手く誤魔化し、時折三人で変装をして帝都の華やかな街並みへとお忍びでデートに出かける程度の余裕も見せ始めていた。
その日の夜。
俺の硬質化能力と前世の知識、そしてユミルの『道』の謎テクノロジーを駆使して構築された、無駄に広く豪華なリビングルームでは、いつも通り三人仲良く夕食の席につき、温かな舌鼓を打っていた。
「ん〜っ! 今日もお姉様の料理は絶品だね! この肉汁たっぷりのハンバーグと、甘辛いデミグラスソースの相性がもう抜群だよ!」
ダイニングテーブルの特等席で、ユミルが目をキラキラと輝かせながら、俺の手作りハンバーグを幸せそうに頬張っていた。
彼女のそのあどけなさが残る極上の美貌が、美味しいご飯によってさらに蕩けていくのを見るのは、料理を作った側としては非常に嬉しいものなのだが。
「ふふっ、本当に美味しいわね。……でもユミル、口元にソースが付いているわよ」
俺の右隣に座っていたリーシェが、呆れたような、しかしどこか甘やかすような慈愛に満ちた笑みを浮かべ、身を乗り出した。
そして彼女は、ユミルの桜色の唇の端にちょこんと付いていたデミグラスソースを、自身の白くしなやかな指先でそっと拭い取ったのだ。
それだけなら、まだ微笑ましい姉妹のやり取りで済む。
だが、リーシェはその拭い取ったソースが付いた自身の指先を、一切の躊躇いもなく、色っぽく自身の口元へと運び──ペロッと、艶めかしい音を立てて舐め取ったのである。
「やーん、リーシェのえっちー!」
ユミルは、怒るどころか頬をほんのりと赤く染め、満更でもない様子でキャッキャと笑いながら頬を抑えてゆらゆらと腰をくねらせていた。
その二人の、あまりにも自然で、流れるような、それでいてひどく官能的なスキンシップの応酬。
「…………」
俺は、フォークを握る手にギリッと力を込め、美しい額に青筋を一つ浮かべながら、その光景を無言で見つめていた。
(……なーに目の前で、堂々とイチャついちゃってるのかなー?……最近、君たち、ちょーっと仲良し過ぎやしないかー?)
初めは「アトラスを愛でる同盟」として奇妙な連帯感を持ち始め、今では俺の預かり知らぬところで、こうして二人きりの甘い百合空間を形成するまでに関係性が深化している。
俺は、蚊帳の外に置かれたような微かな疎外感と、二人がイチャイチャしていることに対する、自分でも説明のつかないモヤモヤとした『嫉妬心』を持て余し、ムスッと口を尖らせて黙々とハンバーグを口に運んだ。
そんな俺の不機嫌な様子を、優秀すぎる鬼神のセンサーが見逃すはずがない。
「ふふっ。ほら、ユミルが馬鹿なこと言うから、アトラスが拗ねちゃったじゃない」
リーシェが、手元のワイングラスを傾けながら、態とらしく俺の様子をダシにしてユミルを非難する。
そのアイスブルーの瞳の奥には、「私の可愛い伴侶が嫉妬してくれている」という、どす黒いまでの最上級の愉悦が隠しきれずに滲み出していた。
「……別に、拗ねてないし」
俺は、自分が本当に拗ねていることを自覚しながらも、隠す気のない不満げな反論を口にした。 すると。
「きゃー!! 嫉妬深いお姉様、可愛い過ぎるぅ!!」
ユミルが、椅子から立ち上がらんばかりの勢いで甘い悲鳴を上げ、俺の首元へと勢いよく抱きついてきた。
「えへへ、お姉様も構って欲しかったの? 大丈夫だよ、私が後でいーっぱい、あんな事やこんな事してあげるからね!」
「ちょっとユミル! 抜け駆けは許さないわよ、私だってアトラスを──」
かくして、いつものように俺を挟んでの激しい愛情表現という名のセクハラ合戦が再開される。
(……はぁ。こないだも、似たようなやり取りをしてる所を……)
俺は、二人に揉みくちゃにされながら、ある少年……少女の姿を思い出していた。
そう、我が家の近所に引っ越してきたイェーガー一家の息子にして、TSバグによって可憐な美少女へと変異を遂げてしまった、エレン・イェーガー少女のことだ。
彼女は、俺たち三人が織りなすこのドロドロで甘ったるい日常風景を、物陰から目を血走らせてスケッチし、見事に宗教画(創作のオカズ)として消費して帝都中にばら撒いているのだ。
その内、この「嫉妬する女神と二柱の神の戯れ」も、新しいカンバスの題材としてインスピレーションの源泉にされるに違いない。
「……はぁ」
俺は、自身の社会的威厳がまた一つ芸術作品として昇華されていく未来に、深く、深くため息をつきながら、食後の熱いストレートティーをちびちびと口に運んだ。
そんな、カオスでありながらも平和な夕食の時間が過ぎていた、まさにその時のことだった。
「あっ、そうそう」
ユミルが、自身の特製デザートであるプリンを銀のスプーンで掬いながら、思い出したかのように、ぽつりとある事を口にした。
「獣と車力の巨人の継承者が、海を渡ってこっちに向かって来てるけど、どうする?」
…………は?
まるで食事中に「追加のお水はいかが?」とでも提案してくるかのような、あまりにも日常的で、軽すぎるトーン。
だが、その言葉が意味する情報の質量は、パラディ島の歴史を根底から覆すほどの爆弾であった。
「ブフォッ……!!!」
俺は、口に含んでいた熱々の紅茶を、勢いよく空中に向かって噴き出してしまった。
「けほっ、ゴホッ……! あ、あっつぅ……!!」
俺は、神が設計した超絶美少女フェイスを涙目で歪ませ、咽せながら間抜けな悲鳴を上げた。
熱湯に近い紅茶が喉と鼻の粘膜を焼き、むせ返るような痛みが走る。
「ちょっ! ちょっとビックリさせないでよユミル! やけどしちゃうじゃん!!」
俺が口元をハンカチで押さえながら、涙目で抗議の声を上げる。
リーシェがすかさず俺の背中を優しく擦り、「大丈夫? アトラス」と心配そうな声をかけてくれた。
それにしても、だ。 マーレの誇る最強の戦士長である『獣の巨人』ジークと、その補佐である『車力の巨人』ピークが、すでにパラディ島に向けて海を渡ってきている?
なんでそんな重要すぎる国家機密を、夕食のデザートの時間に思い出したように報告してくるんだ、この娘は。
いや、彼女がすべてのエルディア人の魂を繋ぐ『道』の大元である以上、巨人の継承者たちの位置情報など、GPSのようにお見通しなのは分かっている。
当たり前のように敵の最高戦力の動向を把握していることについては、もはや『ユミルだから』の一文で片付く話であり、今更一々ツッコミを入れる気も起きない。
「……相変わらずね、この子は……」
リーシェが、呆れたようにため息をつきながら、冷静に状況を整理し始めた。
「アトラス、取り敢えずエルヴィン辺りに連絡した方がいいんじゃない? 敵の幹部が海を渡ってきているのなら、特務兵団を動かして迎撃の準備を整えさせるべきよ」
「……そうだね。それにしても、獣と車力かー」
俺は、喉の痛みを落ち着かせながら、どこか感慨深くその言葉を口にした。
(本来の歴史なら、彼らがパラディ島に上陸してくるのは、ウォール・マリア奪還作戦が行われる850年のはずだ……)
それが今、847年の秋。
原作のタイムラインよりも、実に三年も早く彼らが海を渡ってきているのだ。
俺がこれまでにやらかしてきた数々の原作破壊によるバタフライエフェクトが、ついにマーレ側の痺れを切らし、前倒しでの強行偵察を引き起こしたというわけだ。
(……ピークはともかく……ジークは、結構拗らせちゃってるからなぁ……)
俺の脳裏に、あの丸眼鏡をかけた髭面の男の顔が浮かぶ。
彼が掲げる、狂気的で悲壮な目的──『エルディア人安楽死計画』。
始祖の巨人の権能を用いて、全エルディア人の生殖能力を奪い、世界から巨人の血を根絶やしにすることで、安らかな滅びと平和をもたらすという、彼なりの歪んだ救済の計画。
(……まぁ、もうその計画、100%不可能なまでにこの世界の歴史はぐっちゃぐちゃに再構築させられちゃってるからなぁ……)
俺は、遠い目をしながら心の中でツッコミを入れた。
そもそも、始祖の巨人の権能は今、俺の隣でプリンを頬張っているこの食いしん坊のユミルと、俺の独立した『道』で共同管理もかくやな状況である。
ジークが接触するべき対象が、すでに概念ごと書き換わっているのだ。
さらに言えば、彼が計画の要として接触を試みるはずだった異母弟の『エレン』に至っては。
(彼……いや、彼女は、世界を滅ぼすどころか『百合』に魂を捧げ、今も尚、壁内の人々に己の性癖を啓蒙し続ける天才美少女絵師として覚醒してる訳で……)
ジークが、もし弟のそんな変異した姿と狂気的な思想を目の当たりにしたら。
彼が長年抱き続けてきたエルディア人の悲劇的な宿命など、あまりにもカオスすぎる現実の前に音を立てて崩れ去り、彼の脳髄は完全にショートしてしまうだろう。
一体、何をどうやればこんな訳の分からない状況になるのか、引き起こした元凶である俺自身ですら、本当にツッコミが追いつかない。
「取り敢えず、島に上陸した瞬間に巨人化封じとく?」
プリンを完食したユミルが、まるで「玄関の鍵、閉めとく?」くらいのノリで、敵の最強戦力を無力化する恐ろしい提案を口にした。
彼女の権限があれば、遠隔で彼らの巨人化能力にロックをかけることなど容易いことなのだ。
「ダメ」
俺は、すかさず食い気味にその提案をやめさせた。
「ここで完全に無力化して野垂れ死にさせちゃうと、マーレ側がパニックになって大規模な艦隊を送り込んでくるかもしれない。彼らには、この島の『圧倒的な力』と『絶望』をその目でしっかりと見てもらって、心が折れたところで生け捕りにしなきゃいけないんだ」
平和的な交渉という名の圧倒的な武力による脅迫のカードとして、彼らには生きてこちら側に寝返ってもらわなければならない。
「そっか。じゃあ、お姉様にお任せするね!」
ユミルはニコニコと笑い、俺の決断に絶対の信頼を寄せて頷いた。 俺は、冷めかけた紅茶をぐいっと飲み干し、決意を固めて立ち上がった。
「……さてと。それじゃあ、エルヴィン総司令に手紙を書こうかな」
とにかく、ここ最近は壁内のインフラ整備も順調に進み、胃の調子も良さそうにしていた金髪の総司令に。
『敵国の最高戦力が上陸してくるので、盛大なドッキリ(捕獲作戦)を仕掛けましょう』という、またしても彼の胃壁に特大の穴を開けかねない、激痛必至の緊急案件を送り付けるのだった。