進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
847年10月14日
新エルディア帝国の首都、帝都ミットラス。
かつては限られた特権階級と貴族たちだけが歩くことを許されたその中心街は、無血革命と産業の爆発的な発展を経て、今やあらゆる階層の活気と熱気に満ち溢れた大都市へと変貌を遂げていた。
石畳の通りには、地下深くから採掘された氷爆石を動力とする真新しい蒸気機関の車が黒い煙を吐きながら走り抜け、行き交う人々の顔には、明日の生活を憂うような暗い影は微塵もない。
その華やかなメインストリートの片隅に店を構える、帝都でも最大規模を誇る老舗の大型書店。
休日の昼下がり、ひしめき合う客たちに紛れて、俺──ライナー・ブラウンは、極限まで高鳴る心臓の鼓動を分厚いコートの下で必死に抑え込みながら、静かに、そして鋭い眼光で書店の棚を一望していた。
鍛え上げられた長身と、金髪の屈強な体躯。
一見すれば精悍な若き兵士の休日の姿にしか見えないだろうが、俺の内心は、巨人の群れに囲まれた時よりも遥かに切羽詰まった緊張状態にあった。
(……あった……!)
俺の視線が、入り口から数メートル入った一番目立つ特設コーナーで、ピタリと止まる。
そこに平積みされていたのは、帝都……いや、この壁内の思想を完全に掌握している天才画家、エレン・イェーガー先生の神がかった筆致によって描かれた、最新の『三神教公式宗教画集』──もとい、女神たちの日常を綴った極上の芸術本であった。
俺の目は、その表紙に描かれた一枚の絵に完全に釘付けになった。
そこには、神聖な純白の衣装に身を包んだアトラス様が、右からは氷の鬼神たるリーシェ様に、左からは始祖の神であるユミル様にピッタリと挟み込まれ、逃げ場のない状態で両頬を染め上げて戸惑っているという、まさに『奇跡』と呼ぶに相応しい至高の構図が描かれていた。
リーシェ様の瞳に宿る、アトラス様だけを世界から切り離して独占しようとする絶対的な情欲。
ユミル様の瞳に浮かぶ、無邪気でありながらも全てを絡め取ろうとする純真な独占欲。
その二つの巨大な愛のベクトルに挟まれ、庇護欲を極限まで掻き立てる潤んだ瞳を向けるアトラス様の、比類なき超絶美少女フェイス。
(…ああ…素晴らしい。この世の真理が、ここにある……ッ)
俺は無意識のうちに両手を胸の前で固く組み、その場にひざまずいて祈りを捧げそうになるのを、強靭な理性で何とか食い止めた。
そう、俺が今日、遠く離れた訓練兵団の寮から片道4時間もかけて、わざわざ開通したばかりの蒸気機関車に乗ってこの帝都までやってきた理由。
それは、他でもない。この『アトラス様総受け本』を、誰よりも早く手に入れ、寮の自室という安全な聖域で心ゆくまでその美しさを網膜に焼き付けるためだった。
思えば、二年前。
故郷マーレの期待を背負い、『始祖奪還』という重大な使命を胸に、シガンシナ区の壁を破壊してこの島を地獄に変えようとしたあの日。
俺たちは、壁に指一本触れることすら許されず、文字通り一瞬にしてボコボコにされ、為す術もなく深い森の地下牢へと連行された。
あの、俺の最強の誇りであった『鎧』を紙屑のように吹き飛ばし、低い男の声で『歓迎しようじゃないか』と語りかけてきた威厳ある彫像のような男性型の巨人。
だが、その恐ろしい巨人のうなじから出てきたのは……神が丹精込めて造形したかのような、白く輝く肌とアイスブルーの瞳を持つ、圧倒的な超絶美少女だったのだ。
俺の戦士としてのプライドは、あの日、彼女の規格外の力と、その後の神の如き慈悲(寿命の呪いの強制解呪)によって、完全に粉々に叩き壊された。
そして残されたのは、ただ彼女という『絶対的な美と力』への完全なる屈服と、崇拝だけだったのだ。
そう、アトラス様である。 あの日から、俺の人生は根底から生まれ変わった。
訓練兵団での厳しい教練の合間を縫っては、エレン・イェーガー先生の神がかった宗教画を追い求め、三神教の敬虔な信者として、毎日ウォール・アトラスがそびえ立つ方向(360度全方位)へ向けて、熱烈な祈りを捧げる日々を過ごしていた。
だが、この敬虔な信仰心(という名の重度の百合オタク活動)は、流石に俺の微かに残る「マーレの戦士」としての理性と、男としてのプライドを守るためにも、同郷の戦友であるアニとベルトルトには絶対に隠し通さなければならない秘密だった。
もし、俺が休日にわざわざ帝都まで出向いて、美少女同士が顔を赤らめて挟まれている本を買い漁っているなどとバレたら……
(……アニには確実に「キモい」と一瞥され、ベルトルトには引いた目で見られるに違いない……!)
俺は、そんなゴミを見るような目を向ける二人の姿を脳内で想像し、ブルブルと大きく首を振ってその思考を振り払った。
周囲の客の視線がないか、キョロキョロと素早く辺りを見回す。 よし、誰も俺を見ていない。
俺は息を止め、震える太い指先を伸ばし、そっとその神聖なる表紙の本を手に取った──────
──────「……ライナー」
「っ!?」
俺の心臓が、肋骨を突き破らんばかりの凄まじい音を立てて跳ね上がった。
背後から、聞き覚えのある……いや、絶対に間違えるはずのない、長年寝食を共にしてきた戦友の声が、確かに俺の鼓膜を揺らしたのだ。
ギギギ……と、油の切れた機械のように軋む動きで、俺はゆっくりと背後へと首を巡らせた。 俺の視線の先に立っていたのは。
「……ベルトルト……アニ……」
共に死線を潜り抜けた仲間が巨人に食われる姿を目の前にした様な、絶望に満ちた掠れた声で、俺の口から二人の名前が零れ落ちた。
私服姿の二人が、少し驚いたような、そして信じられないものを見るような目で、俺の姿を見つめて立ち尽くしていた。
(……終わった)
俺の戦士としての人生が、いや、一人の人間としての尊厳が、今ここで完全に終了したことを悟った。
二人の視線は、俺の顔から、自然と俺の大きな手がガッチリと握りしめている一冊の本───アトラス様がリーシェ様とユミル様に挟まれて喘いでいる、その表紙へと向けられていた。
「……ライナー……」
ベルトルトが、ゆっくりと俺の顔へと視線を戻し、もう一度、深く思い詰めたような声で俺の名を口にした。
その長身の身体は微かに震え、彼の声には、測り知れない同情と、どうしようもない哀れみの感情がたっぷりと乗っていた。
「買うんだな……今……ここで……」
ベルトルトの悲痛な問いかけ。
それはまるで、取り返しのつかない決断を下そうとするような、極限の覚悟を問う響きを持っていた。
俺は、もう誤魔化すことは不可能だと悟った。
ならば、せめて最後は、マーレの戦士としての……いや、三神教の敬虔な信徒としての誇りを持って、この十字架を背負うしかない。
俺は、手に持った薄い本を胸にギュッと抑え、覚悟を決めた戦士の顔つきで、低く重い声で答えた。
「あぁ……この本は……今、ここで買う」
書店の中に、俺とベルトルトの間にだけ、周囲の平穏な空気とは全く切り離された、異常なまでに悲壮感の漂う沈黙が落ちた。
だが、その感動的な謎の空間を、氷のように冷たい一言が木っ端微塵に粉砕した。
「たかだか本を買うだけで、何でそこまで悲壮感漂わせる訳? 馬鹿じゃないの?」
隣に立っていたアニが、金髪の隙間から完全に死んだ魚のような、底冷えする絶対零度の眼差しで俺たち二人を見下し、容赦のない正論の刃を突き刺してきた。
その視線の冷たさに、俺は一瞬たじろいだが、ここで引くわけにはいかない。
「アニ、これは男同士にしか分からない、真理に到達するための覚悟の儀式だ」
俺は、まるで全人類の未来を背負っているかのような真剣な表情で彼女を諭そうとしたが、自分でも何を言っているのか全く分からない意味不明なことを口走っていた。
アニは「はぁ……」と深いため息をつき、もはや俺と会話することすら諦めたように顔を背けたのだった。
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「お買上げありがとうございましたー!」
書店の女性店員さんの明るく元気な声を背に受けながら、無事、目的の聖遺物を紙袋に収めた俺は、三人並んで帝都の活気ある街並みを散策していた。
秋の冷たい風が吹き抜ける中、俺の足取りは、先程の絶望的な遭遇が嘘のように、目的を果たした達成感でひどく軽やかだった。
「にしても、ライナーも僕と同じ趣味を持っていたとはね……言ってくれれば良かったのに」
並んで歩いていたベルトルトが、どこかホッとしたような、仲間を見つけた安堵の笑みを浮かべてポツリとこぼした。
その手には、俺が買ったものとは別サークルの、エレン先生の初期衝動が詰まった『氷の鬼神と女神の邂逅録』の画集がしっかりと握られていた。
……そう。俺の最大の勘違いは、ベルトルトがまともな感性を保っていると信じ込んでいたことだ。
あの日、地下牢でアトラス様から直々に手枷を外され、その神のような微笑みと甘い香りを至近距離で浴びたベルトルトもまた、俺と同じように魂を根底から書き換えられ、完全にこちら側(信者)へと転落していたのである。
「無茶言うな。こんな趣味、お前達に話せる訳ないだろ」
俺は、紙袋を大事に抱えながら苦笑して返した。
男のプライドとして、自分だけが狂信者になっていると思い込んでいたあの孤独な葛藤は、一体何だったのか。
だが、同じ秘密を共有できる同志がいるというのは、思いのほか悪くない気分だった。
俺たちが奇妙な連帯感を感じて微笑み合っていると、隣を歩いていたアニが、心底忌々しそうに吐き捨てた。
「一応言っておくけど、私は違うからね。ベルトルトと一緒にしないで」
アニは、腕を組みながら、俺たちとは一線を画すという強い意志を込めてそっぽを向いた。
確かに彼女は、あの地下牢でも冷静さを保とうとしていたし、神の如き力を見せつけられても、どこか冷めた目で現実を分析している節があった。
だが、俺は知っている。
訓練兵団の寮で、アトラス様たちの話題が出た時、彼女が密かに耳を傾け、時折その整った顔に微かな朱を差していることを。
「そう言って、お前も案外、夜中に一人でコソコソ楽しんで──────ぐあぁっ!」
俺がニヤリと笑いながらからかいの言葉をかけた、その瞬間。
空気を切り裂くような鋭い風切り音と共に、アニの強烈なローキックが、俺の右の脛に容赦なく、そして完璧なフォームで叩き込まれた。
「いっっっっつ!!」
マーレの過酷な訓練で鍛え抜かれた俺の骨すら軋むほどの、文字通りの一撃必殺。
俺は痛みのあまり紙袋を抱えたままその場に蹲り、声にならない呻き声を上げた。
「……殺すよ」
蹲る俺を見下ろすアニの瞳は、冗談抜きで、いつうなじを削ぎ落としてやろうかという『絶対零度の殺意』に満ちていた。
その底知れぬ迫力に、俺は肩をガタガタと震わせ、「……すまん」と情けなく謝罪の言葉を口にするしかなかった。
「ライナー……今のは、流石に擁護出来ないよ……」
隣でベルトルトが、助け船を出すどころか、気まずそうに顔を逸らしながらアニに同調した。
どうやら、俺はまた知らず知らずのうちに、デリカシーに欠ける致命的な発言をしてしまったらしい。
戦士としての能力は高くとも、女心を読む能力は相変わらず底辺のようだ。
俺は心の中で深く反省しながら、ジンジンと痛む脛を抱えて、ゆっくりと立ち上がった。
その時だった。
「おぉ! 女神様だ!」 「アトラス様ー! こっち向いてー!」 「あぁっ! 手を振ってくれた!」 「あぁ……なんて美しい御姿なんだ……!」
大通りの奥の方から、突如として、人々の驚きと歓喜に満ちた熱狂的な地鳴りのような『どよめき』が押し寄せてきたのだ。
俺とベルトルトはハッとして顔を上げ、アニも警戒するように眉を顰めてその方向を見た。
歓声の波が押し寄せ、人の海を割って、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。 その中心を歩いていたのは。
「────ッ!」
俺の呼吸が、完全に止まった。
純白のワンピースを揺らし、長く艶やかな漆黒の髪に秋の陽光を反射させながら歩く、比類なき黄金比の超絶美少女。
その右隣には、タイトな私服に身を包み、周囲の愚民どもを近づけさせまいとする絶対的な威圧感を放ちながらも、彼女にだけは蕩けるような視線を送る金髪の鬼神、リーシェ様。
そして左隣には、無邪気な笑顔で手を振りながら、彼女の腕にピッタリとすり寄る神秘的な鈍色の金髪を靡かせる、ユミル様。
まさに、俺が今さっき買ってきた『薄い本』の表紙の構図が、そのまま三次元の極上の現実となって、圧倒的な光と芳香を放ちながら顕現していたのだ。
(……本物だ……っ!)
俺の横で、ベルトルトが感激のあまり膝から崩れ落ちそうになっている。
俺もまた、その美の暴力に完全に魂を奪われ、その場に石像のように立ち尽くしていた。
だが、その神聖なパレードが俺たちの数メートル手前まで差し掛かった時。
アトラス様がふと立ち止まり、そのアイスブルーの瞳で、群衆の中に紛れていた俺たち三人を見つけ出したのだ。
「あっ! お姉様! あの子達居たよ!」
ユミル様が、俺たちを指差してパッと顔を輝かせる。
「本当に帝都に来てたんだ……」
アトラス様が、少し驚いたように、しかし安堵したような柔らかい笑みを浮かべた。
「ふふっ、流石アトラスね」
リーシェ様が、アトラス様の横顔を誇らしげに見つめながら甘い声で囁く。
「いや、ユミルがやってた事を真似たら、偶々出来ただけで……」
アトラス様は少し照れくさそうに頬を掻いている。
──────俺たちのために、神が直接この足で!?
俺の心臓は、もはや恐怖ではなく、恐れ多いほどの歓喜と畏敬の念で破裂しそうになっていた。
周囲の民衆たちが、「あの少年たちは何者だ?」「女神様のお知り合いか!?」と、俺たちを訝しむように、そして強烈な嫉妬の目を向けてくる。
だが、俺はそんな外野の視線など全く気にも留めず、ただ目の前に佇む、正真正銘の女神様の姿を前にして、直立不動のまま立ち尽くすことしかできなかった。
やがて、アトラス様は俺たちの目の前まで歩み寄ると。
花も照れるような、春の陽だまりのように暖かく、極上の慈愛に満ちた女神スマイルを浮かべて、親しく語りかけてきた。
「久しぶりだね、皆。……ちょっとお話したい事があるんだけど、時間大丈夫?」
その、鈴を転がすような透き通った御声と、至近距離で浴びせられる致死量の美貌とフェロモンを前に。
かつてマーレの戦士としてすべてを破壊しようとした男は。
「はいぃ……」
ただ、完全に骨抜きにされた、情けない裏返った声で、ひれ伏すように返事をすることしか出来なかったのである。
本作の被害者(広義の意味で)
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エルヴィン
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リヴァイ
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ミケ
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グリシャ
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ジーク
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ライナー
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ベルトルト
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アニ
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エレン
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その他(感想欄等で)