進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第二百十五話

 

 

 

帝都ミットラスの中心にそびえ立つ、かつての権力の象徴たる旧王城。

 

 

 

その最奥に位置する、選ばれた国家の最重要人物しか立ち入ることを許されない特別会議室へと案内された俺たち三人は、広大な室内の真ん中で、まるで神の裁きを待つ罪人のように身を縮こまらせていた。

 

 

 

床には豪奢な真紅の絨毯が敷き詰められ、部屋の中央には冷たくも荘厳な光沢を放つ大理石の巨大なテーブルが鎮座している。

 

 

 

俺、ベルトルト、アニの三人は、俺たちのような元・敵国の戦士が座るにはあまりにも分不相応な、ビロード張りの高級そうな椅子に揃って座らされていた。

 

 

 

椅子のクッションが柔らかすぎるせいか、逆に落ち着かず、俺の背筋は鉄の棒でも入っているかのようにガチガチに強張っている。

 

 

 

無理もない。

 

 

俺たちが極度の緊張と、肩身の狭い思いで冷や汗を流している最大の理由は、この部屋の広さや豪華さではないのだから。

 

 

 

俺の視線の先。

 

 

大理石のテーブルを挟んだ正面には、この壁内人類の頂点に君臨する『三神教』の生きた神々───あのアトラス様と、リーシェ様、そしてユミル様が、横に並んでお座りになられていた。

 

 

 

そして、その神聖なる三柱の背後には、帝国特務兵団の総司令たるエルヴィン・スミスが、冷徹な青い瞳でこちらを静かに見据えて立っている。

 

 

 

さらに部屋の薄暗い角の影には、人類最強の小柄な兵士──リヴァイ兵長が、腕を組みながら鋭い三白眼を光らせて控えていたのだ。

 

 

(……息が、詰まりそうだ……)

 

 

この部屋の空気の密度は、訓練兵団の兵舎のそれとは次元が違いすぎた。

 

 

そんな、俺の心臓が物理的な重圧で押し潰されそうになっていた、その時だった。

 

 

「いきなりごめんね? びっくりしたよね」

 

 

静まり返った重苦しい会議室の空気を、春の柔らかな風のように優しく溶かす、鈴を転がすような高く透き通ったお声が響いた。

 

 

中央に座る我らが女神、アトラス様だ。

 

 

彼女は、両手を顔の前で小さく合わせ、美しい漆黒の髪を揺らしながら片目を軽く閉じ、こてんと小首を傾げてみせた。

 

 

 

そして、およそ神に等しい力を持つ存在とは思えないほど気さくに、畏れ多くも俺たちのような下賤の者に対して、純粋な謝罪の言葉を投げかけてくださったのだ。

 

 

その一連の可憐な動作に伴って。

 

 

彼女の純白のワンピースが微かに擦れ、遅れて、ふわりと……頭の芯までとろけてしまいそうな、花畑のような甘い香りが、テーブルを越えて俺の鼻腔をくすぐった。

 

 

(……すごく、良い匂いだ……ッ)

 

 

俺の脳髄が、一瞬にして歓喜の熱を帯びて明滅した。

 

 

アトラス様が俺たちを気遣い、あまつさえこんなにも素晴らしい御姿と香りを至近距離で賜ってくださっている。

 

 

俺の中に残っていた僅かな「マーレの戦士」としてのプライドなど、とうの昔に三神教の教義の前に叩き壊されている。

 

 

 

俺は、椅子から弾かれたように勢いよく立ち上がり、そのままテーブルに額を打ち付けるような凄まじい勢いで、九十度の直角のお辞儀を繰り出した。

 

 

「いえいえいえいえいえ!!! そんな! こうして言葉を交せるだけでも大変光栄です!!!」

 

 

自分でも驚くほどの、訓練兵団の教官に対する返事よりも遥かに大きく、力強い声だった。

 

 

俺は、己の顔が歓喜と極度の緊張で耳の先まで真っ赤に茹で上がっているのを自覚しながら、何度も何度も、バタバタと頭を下げ続けた。

 

 

「と、とんでもありません!! お呼びいただき、ありがとうございます!!」

 

 

隣に座るベルトルトも、俺と全く同じように顔を真っ赤にして立ち上がり、長身を折り曲げて激しく恐縮している。

 

 

 

俺たち二人の、あまりにも必死で滑稽な狂信者ムーブ。

 

 

 

だが、その横に座るアニだけは違った。

 

 

「恐悦至極に存じます」

 

 

アニは、椅子に座ったまま、俺たちの慌てふためく姿を氷のように冷ややかに一瞥した後。

 

 

一度として見せたこともない、そして彼女の口から出たこともないような、どこで覚えてきたのかと疑うほど完璧で洗練された『貴族の令嬢』のような言葉遣いを、極めて冷静に口にした。

 

 

そして、背筋をピンと伸ばしたまま、優雅に、深く美しい礼をして見せたのだ。

 

 

(……お前、そんな言葉知ってたのかよ……!?)

 

 

俺は額をテーブルに向けたまま、アニの恐るべき適応能力と処世術の高さに内心で激しく戦慄した。

 

 

さすがは、格闘術だけでなく常に冷静な判断を下せるだけはある。

 

 

この神聖な御前会議の場に相応しい振る舞いを、瞬時に選択したのだろう。

 

 

俺たちの三者三様の(主に俺とベルトルトがうるさい)反応を見て、アトラス様は少しだけ困ったように、けれどどこまでも優しい微笑みを浮かべられた。

 

 

「あ……あはは……みんなそんなに畏まらなくて大丈夫だよ。ここなら人目にもつかないし、こう……肩の力を抜いて……吸ってー、吐いてー」

 

 

アトラス様は、俺たちの緊張をほぐすために、ご自身で大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す深呼吸の手本を、身振り手振りを交えて見せてくださった。

 

 

(吸って、吐く……)

 

 

俺の優秀な戦士としての脳が、アトラス様のその神聖なる御言葉を、瞬時に都合よく解釈・変換した。

 

 

アトラス様が「吸え」と仰っている。

 

 

それはつまり、今この会議室に充満している、アトラス様ご自身から放たれているこの極上の甘い花の香りを……深呼吸と共に、俺の肺の奥底までたっぷりと取り込んでも良いという、神からの直接の『許可』に他ならないのではないか?

 

 

 

(こ、これは……合法的に、女神様方から漂う香りを存分に吸える、一生に一度のチャンスでは!?)

 

 

 

俺は、大真面目な顔のまま、強烈な使命感に突き動かされて自身の鼻腔を全開にした。

 

 

 

「スゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!!」

 

 

 

音を立てて、限界まで胸郭を膨らませ、この室内の空気を、アトラス様の残り香を一分子たりとも余すことなく吸い尽くす勢いで、強烈な深呼吸を実行した。

 

 

 

「ハァァァァァ……ッ……スゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」

 

 

 

吸って、吐いて、また吸い込む。 俺の肺胞が、甘く清らかな香りで満たされ、血中へと神聖な酸素が溶け込んでいく。

 

 

 

俺は、恍惚とした表情になりそうになるのを必死に堪え、戦士としての険しい顔つきを維持したまま、ただひたすらにスーハースーハーと深呼吸を繰り返した。

 

 

 

俺の右隣で、アニが「本気で気持ち悪い」とでも言いたげな絶対零度の視線を向け、左隣のベルトルトが「ライナー、顔がニヤけてるよ……」と小声で焦っていたが、俺の耳には届かない。

 

 

 

さらに正面からは、アトラス様の右隣に座るリーシェ様が、俺の不審な深呼吸の意図を察知したのか、『私の大切なアトラスの空気を泥棒するな、その鼻削ぐわよ』という明確な殺意の眼光を向けてきているような気がしたが。

 

 

それすらも、今の俺にとっては三神教の試練の一つに過ぎなかった。

 

 

「はい! どう? 少しリラックスできた?」

 

 

俺が数回の限界深呼吸を終えたのを見計らい、アトラス様が胸の前でパンッと小さく手を合わせ、花が綻ぶような、この世のすべての闇を照らす美しい笑顔を俺たちに向けてくださった。

 

 

「はい! お気遣い頂き、誠にありがとうございます!!」

 

 

俺は、完璧に酸素(と女神の香り)が行き渡り、完全にリフレッシュされたクリアな頭で、アトラス様を真っ直ぐに見据えて力強い声で返答した。

 

 

「ふふっ。それじゃあ、本題に入るね」

 

 

アトラス様は、慈愛のこもった柔らかな笑顔をそのままに。

 

 

だが、その夜空のように深く透き通るアイスブルーの瞳の奥に、先程までの穏やかさとは打って変わった、確固たる真剣さと、国家を背負う者としての鋭い光を宿された。

 

 

部屋の空気が、再びピンと張り詰める。

 

 

俺も、ベルトルトも、アニも、自然と背筋を伸ばし、次の言葉を待った。

 

 

「今日、こうして君たちにこの王城まで来てもらったのは、他でもない。……獣の巨人継承者たる戦士長ジーク・イェーガーと、車力の巨人継承者のピーク・フィンガーが、このパラディ島に向かって来ている事を伝える為だよ」

 

 

──────ッ!?

 

 

その二つの名を、アトラス様の可憐な口から直接出された瞬間。 俺の心臓は跳ね上がり、思わず息を呑んでしまった。

 

 

左隣のベルトルトがガタッと肩を震わせ、右隣のアニも、組んでいた手を解き、信じられないものを見るように目を丸くして固まっているのが分かった。

 

 

ジーク戦士長と、ピーク。 俺たちの同郷の先輩であり、マーレの誇る最強の戦士たち。

 

 

俺たちがこの島に保護され、始祖奪還の任務に失敗して消息を絶ってから二年。

 

 

ついにマーレ本国が痺れを切らし、あの恐るべき頭脳と戦闘力を持つ二人を、偵察──あるいはいよいよ武力による制圧のために送り込んできたというのか。

 

 

(……いや、待て)

 

 

俺は、冷や汗を流しながら、ある恐るべき事実に気付いた。

 

 

(……この方は、一体どこまで知っているんだ?)

 

 

俺たちがマーレの戦士であること、それぞれの巨人の能力を持っていることまでは、すでに知られている。

 

 

だが、海の向こうから、今まさに誰が、どの巨人を継承している者がパラディ島へ向かってきているかなど、どうやって把握しているというのだ。

 

 

壁内には、海を渡る通信手段も、監視船もないはずだ。

 

 

それなのに、アトラス様はまるで空から世界を俯瞰しているかのように、彼らの接近を完全に、そして正確に把握しておられる。

 

 

俺は、正面でニコニコと微笑んでいるアトラス様の左隣──鈍色の金髪を揺らすユミル様へと視線を向けた。 『すべてのエルディア人の起源たる始祖ユミル』。

 

 

そうだ。彼女たち三柱の神々は、見えない『道』を通じて、すべてのユミルの民の動向を指先一つで把握し、支配できる存在なのだ。

 

 

(これが、神の力……)

 

 

俺は、アトラス様と彼女を囲む超越者たちの底知れなさに、改めて深い畏怖の念を抱き、背筋が凍るのを禁じ得なかった。

 

 

マーレの軍事力など、彼女たちの掌の上で転がされている玩具に過ぎないのだと。

 

 

しかし、同時に俺の胸の内に、強烈な焦燥と恐怖が湧き上がってきた。

 

 

ジーク戦士長と、ピーク。 彼らは俺たちの仲間であり、恩人でもある。

 

 

だが、今のパラディ島に上陸すればどうなる? この圧倒的な力を持つ神々や、背後で睨みを利かせる鬼神リーシェ様、そして人類最強のリヴァイ兵長を前にしては、彼らの力など赤子の手をひねるようなものだ。

 

 

一瞬にして細切れにされ、肉塊に変えられる未来しか見えない。

 

 

「……アトラス様は……」

 

 

俺は、震える声を必死に押さえ込み、恐る恐る、乾いた喉を鳴らして問いかけた。

 

 

「戦士長と、ピークを……どうされるおつもりなのですか」

 

 

もし、彼らをここで殺す、排除すると言われたら。

 

 

巨人化能力をアトラス様の手によって完全に封印され、ただの人間へと成り下がった今の俺たちには、彼らを助ける術など何一つ残されていない。

 

 

ベルトルトが、固唾を呑んで俺の横顔をすがるように見つめている。

 

 

アニも、表情こそ冷静な氷の仮面を装っているが、膝の上で手を白くなるほど硬く握りしめる微かな衣擦れの音が聞こえた。

 

 

俺たちの絶望的な不安を察したのか。

 

 

アトラス様は、ふっと表情を和らげ、どこまでも優しく、そして力強い光を瞳に灯された。

 

 

「大丈夫。彼らを傷付ける様な事は、絶対しない。……新エルディア帝国の柱たる、アトラス・ベニアの名において約束する」

 

 

スッと背筋を伸ばし、自身の胸元に白い手を当てて、アトラス様はそう高らかに宣言された。

 

 

その御言葉は、ただの慰めではない。 絶対的な力を持つ者が発する、揺るぎない『神の誓い』であった。

 

 

「……あぁ……っ」

 

 

俺は思わず、肺の底に溜まっていた重苦しい空気をすべて吐き出し、深く、深く安堵して胸を撫で下ろした。

 

 

隣でベルトルトが小さく息をつき、アニの強張っていた肩の力もスッと抜けたのが分かった。

 

 

アトラス様が約束してくださったのだ。彼らが不当に命を奪われることはない。

 

 

「君たち三人には、私達と彼らの橋渡し役として、協力して欲しいの」

 

 

アトラス様は、俺たちの安堵の表情を見て優しく微笑みながら、今回俺たちを呼んだ目的を語り始めた。

 

 

「彼らもきっと、突然この島にやって来て、色々と混乱すると思うんだ。だから、同じマーレの戦士だった君たちの口から、この壁内の今の状況や、私達に敵意がないことを説明してあげてほしいんだよね」

 

 

確かに、俺たちの言葉であれば、あの警戒心の強いジーク戦士長たちも耳を傾けてくれるかもしれない。

 

 

恩人たちを救うためなら、どんな役目でも果たす覚悟だ。俺は力強く頷こうとした。

 

 

だが、アトラス様はそこで一息ためて。 少しだけ小悪魔的な、得意げな笑みをその美しい口元に浮かべられた。

 

 

「それと……物事を円滑に進める為の、所謂『デモンストレーション』に付き合って欲しいんだ」

 

 

「……デモンストレーション?」

 

 

俺は、アトラス様のその少し楽しげな、しかしどこか不穏な響きを持つ言葉に、ただオウム返しに聞き返すことしか出来なかった。

 

 

背後で、エルヴィン総司令が重いため息をつき、リヴァイ兵長が「また悪ふざけか」とでも言いたげに舌打ちをしたのが聞こえた。

 

 

 

果たして、アトラス様の仰る『デモンストレーション』とは何なのか。

 

 

神が思いつく円滑な交渉術が、ただの話し合いで済むはずがない。

 

 

 

俺は、戦士長たちを待ち受けるであろう常識を破壊する展開を予感し、再び背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。

 

 

本作の被害者(広義の意味で)

  • エルヴィン
  • リヴァイ
  • ミケ
  • グリシャ
  • ジーク
  • ライナー
  • ベルトルト
  • アニ
  • エレン
  • その他(感想欄等で)
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